ドジっ子

「ただいま」

「あら、おかえり」

 

 ガラッ、とドアを開けた音に反応し、委員長が私に返事をする。


「どうだった? その格好で廻った感じは?」

「……別に」

「別に? じゃあ、問題なく歩けたってことね」

「……別に」

「???」


 委員長が話し掛けてくるが、今頭の中では別の事で一杯になっていた。


 くっそ~、あのドスケベが! パンツを見ただけでなく、私のスタイルにまで文句を言いやがって! 色気がない? 断崖? ふざけるな! 


 お世辞にも私のスタイルは起伏があるとは言えない。平均というか、他の女子に比べたら……まあたしかに胸は小さいだろう。だが、あくまでのであってわけではない。そこは誤解しないでほしい。


「堀田さん?」


 ええ、ええ。私は胸が小さいですよ。それは自他共に認めていることよ。でもね、初対面でぶつかった相手にいきなり言う台詞? しかも、結局手を貸して立たせることもなく、あいつは見下ろしていただけ。男としてどうなのよ!?


「堀田さん?」


 ああ~、思い出しただけでもイライラする! 一発じゃ足りなかったわ。もっとボコボコにしてやればよかった! そうよ、私はボッチャンで姿が見えなかったんだもの。いくら危害を加えてもバレな――。


 そこで一瞬目の前が暗くなり、再び光を取り戻すとすぐ傍に委員長が立っていた。なぜか視界が広がっており、委員長の手元にボッチャンがあることから、どうやらボッチャンを脱がされたのだと遅蒔きながら理解できた。


 床にボッチャンを置きながら委員長が尋ねてくる。

 

「何かあったの?」

「え? あ、い、いや、その~、なんでもないよ」

「ごめんなさい、ちょっとやり過ぎたかしら? その格好で校内を廻らせたのは」

「いやいや、それは大丈夫。良い予行練習になったよ。周りとの距離感とか階段の感覚とか」

「そう? ならよかったのだけど」


 心配そうな目を向ける委員長に慌てて手を振る。たしかに問題は多々あった。特に最後の男子生徒とのいざこざは大問題だ。しかし、いくら同じ女性とはいえパンツを見られたことを説明するのは気が引ける。


「それより委員長、何か手伝うことない?」

「あるわよ。そりゃもう腐るほど」


 はぁ~、と大きな溜め息をつく委員長。どうやら私が思っている以上に私達のクラスの進行状態は芳しくないようだ。


「なら、私もそっちに回るよ」

「それは助かるわ。でも、さっきまであんなに拒否していたのにどうして?」

「いや、実は一階の人達の作業する姿を見たらなんか私も何かしなくちゃ、って思って」


 彼らの一生懸命な姿を見て、先程まで駄々をこねていた自分が情けなくなり、反省の意も込めて提案をする。


「そう。あなたを扮装させて廻らせたのは功を期したようね。じゃあ、遠慮なくお願いするわ」


 そう言うと委員長は手元の書類に目を通し始めた。そこには各担当の進行具合が記されているのだろう。一通りページを捲ると一番遅れている担当分野を見つける。


「それじゃあ、教室の飾りつけの方に回ってもら――」


 チャラ、ラララ、チャチャ~♪


 すると委員長のスマホに着信が入る。


「あら、峰岸さんからだわ」


 液晶を見ると、たしかに明里からの電話だった。私と委員長は何だろう? と眉を潜め、電話に出る。


「もしもし、峰岸さん。どうかしたの? ――え? ああ、そういえば伝えてなかったわね。じゃあ、今から言うからメモを――え? 冗談でしょう? はぁ~、分かったわ」


 そう言うと委員長は電話を切った。


「明里、何だって?」

「ごめんなさい、堀田さん。今すぐ峰岸さんの所に行ってもらえる?」


 頭を抱えながら委員長が私にそうお願いしてきた。


「あれ? 飾りつけは?」

「それは戻ってきてからお願いするわ。まずは峰岸さんの所へ」


 頭に疑問符が幾つも浮かび、何だろうと考える。荷物が多すぎて一人では運べなくて応援を求めたのだろうか? それとも何かトラブルでも?


 そう思うと不安が次々と膨れ上がり、私は焦りを感じ始めた。


「彼女ね――」


 暗い委員長のこのトーン。やっぱり明里に何かあったんだ!


「――何を買うのか知らないんですって」

「……」


 ………。

 ………。

 アホか明里!


 心の中で突っ込みを入れる。明里の身を案じた私がバカだった。


「私も今気付いたけど、彼女勢いよく出ていったから買う内容伝え忘れていたのよ」


 たしかに明里はもうスピードで買い出しに出掛けた。しかし、勢いだけだったようだ。肝心の買う物を聞いていないとはアホとしか言いようがない。


「じゃあ、電話で伝えれば――」

「それが彼女、財布を忘れたんですって」


 ………。

 ………。

 もう何にも言えない。


 言葉が出ないとはまさにこの事を言うのだろう。先程までならアホやらバカやらと言えるだろうが、ここまできたら表現できる言葉が見つからない。だが明里の現在の姿なら容易に想像できた。きっと買い物かごを片手に、半べそをかきながらお店で立ち尽くしているに違いない。


「全く、一体峰岸さんは何しに行ったのかしら」


 深い深い溜め息をつく委員長。


 ああ、なるほど。さっきの委員長の暗いトーンは呆れから来たものだったのか。今なら理解できる。なぜなら私も同じ気持ちであり、同様の表情をしているからだ。


「ここまでくると魅力として捉えるべきかしら?」

「いや~、それは無理があるんじゃない?」

「でも、欠点を克服するんじゃなくて逆に極めるって中々できないわよ? 怒り所を探すのがバカバカしくなるぐらいに。マイナスにマイナスを掛ければプラスになるように、欠点も極めたらそれは1つの魅力になるんじゃない?」


 どうなんだろう。ドジっ子は男に人気があるとかなんかの雑誌で読んだことがあるが、それでも境界というものがあるような気がする。連続して失敗する女子はさすがに嫌われるのでは?


「まあ、そんなことはいいわ。というわけだから堀田さん、お願いできる?」

「いいよ。今この場で手が空いているのは私ぐらいだし。それに、手伝いを申し出たわけだからね」

「助かるわ。じゃあ、これ買う物を書いたメモと代金」


 委員長からメモとお金を預かり、私は明里の元へと向かった。


 ちなみに、私が明里の元に着くと一番に頭を殴ったのは言うまでもないだろう。

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