第39話 一騎討ち

「無礼ついでだ。アースニング殿には、立ち会いを頼みたいが?」


 場所を城館裏の閲兵場へ移して、トリアンは城主へ声を掛けた。


「引き受けよう」


「シンノ、多重結界だ」


「はい」


 シンノが頷いて、魔力を高めてゆく。


「立ち会い人殿を含めて、総員を結界で守護しろ」


「はいっ!」


 トリアンの声の厳しさに、シンノが真剣な顔で返事をする。

 初めて見るトリアンの形相だ。


「貴様に決闘を申し込む」


 指さす先で、ゴルダーンが頷いた。


「お受けしましょう」


 トリアンと男の間に、光の鎖のようなものが伸び出て繋がった。"DUEL"という光文字が鎖の上で点滅してから消えて行った。


 "HP/MP/SP boost +150"

 

 と、目の前に文字が明滅した。


「では、ラスティン・アースニングが立ち会いの下、ゴルダーン・オルゴス殿、トリアン殿の決闘を開始する!」


 アースニングが直上に掲げた剣を振り下ろした。

 直後、ほとんど消えるようにして、ゴルダーンの巨体とトリアンの痩身がぶつかっていた。真っ向からの斬り合いである。

 打ち合わされた片手刀と剣が異様な衝撃音を鳴らして火花を散らし、互いに少しずつ後ろへと飛ばされる。速度で勝ったトリアンの切り込みが、ゴルダーンの額から側頭部へかけて一筋の傷を入れていた。

 次は、ゴルダーンが先に動いた。

 蹴った足場に爆煙を上げるようにして踏み込むなり、両手に一本ずつ片手刀を握って上下から斬りつける。衝撃波が地面を深々と裂いて走り、シンノの結界を打ち叩いた。

 すでに、この時点で、これが人知を超えた決闘であることが誰の目にも明らかになっている。立ち会い人のアースニングはもとより、警護の騎士達も畏怖で顔色を失い、冷たい汗を浮かべて見守っていた。

 分身したトリアンが無数の突きを繰り出す。

 横薙ぎの片手刀で旋風を起こして分身を寸断するゴルダーンに、急加速をしたトリアンが突進する。旋風よりも速く、深く懐へ踏み込むなり、剣の柄元で殴るようにして拳を撃ち込んだ。


 ドシッ・・


 重々しい衝撃音と共に、ゴルダーンが上体を揺らした。しかし、足は地面を踏みしめて一歩も下がっていない。曲げた腕でトリアンの打ち込みを受け止めて凌いでいた。

 袈裟に斬り下ろされたゴルダーンの片手刀を、こちらも両足を踏みしめたトリアンの剣が下から上へ切り上げて防ぎ止める。

 そのまま斜めに身を反らすようにして、トリアンの剣が伸ばされ、ゴルダーンの首を襲った。煩げに逆の片手刀で打ち払ったゴルダーンの手甲を剣の切っ先が抉って火花を散らした。

 すっと半間を退いて、トリアンは剣を片手に半身になって切っ先を斜めに下げた。


「おおぉぉぉぉ」


 吠えるゴルダーンに、


「シッ!」


 鋭く呼気を吐いたトリアンが襲いかかる。

 ゴルダーンの人間離れした重たい打ち込みを、トリアンが片手に握った剣一本で受け止め、受け流し、いなして躱す。互いに地を譲らず、それでも傷はゴルダーンの体に増えていった。


(・・こんな人が居るんだ)


 シンノにとっては驚愕の出来事だった。

 ゴルダーンの動きはシンノの眼をもってしても、霞んで見切れていない。その上で、有り得ない剛腕による斬撃である。結界越しに感じる圧力だけでも、背筋が冷えるような恐ろしい化け物だった。


「うははは・・」


 ゴルダーンが笑い出した。


「楽しいか?」


 トリアンは眉根を寄せる。


「人の身とは言え、我に傷を与える存在は久しぶりですぞ」


「・・まるで、人では無いような口ぶりだ」


「人・・ではありませんなぁ。もう、ずいぶんと昔に人では無くなっておりますよ」


「ほう・・」


「若君も、人をおやめになったようですな」


 ゴルダーンが右手の片手刀を撃ち込む。


「どうだかな」


 トリアンはひっぱたくように剣で打ち払いながら、続いて降ってくる逆の手の片手刀をくぐって前に出るなり、ゴルダーンの膝内を狙って刺突を繰り出した。

 わずかに膝当てをずらすようにして受けようとする。

 その切っ先を下から上へ、喉元へと軌道を変化させて跳ね上げた。

 ゴルダーンが避けずに前に出ながら斬り込んできた。

 トリアンの剣はゴルダーンの下顎を貫いて鼻腔の裏まで突き通っただろう。しかし、まるで意に介さず、ゴルダーンの片手刀が振るわれ、伸びきったトリアンの肩口を襲った。

 剣を捨て、次の剣を収納から引き出したトリアンがぎりぎりで受けて身を沈める。

 斜め前へと踏み込んでゴルダーンの後背へと回り込んだ時には、足のアキレス腱を叩き切っていた。

 間髪を入れず、脇や手首、首筋など太い血管の通った箇所を狙って剣を繰り出す。

 たちまち、鮮血が噴き上がってゴルダーンの巨躯を染めた。


「さて・・この身では若君を捉えられぬようですな」


 ゴルダーンが人ごとのように血塗れの自身を見回して呟いた。

 構わず、トリアンは腰だめに剣を構えて踏み込んだ。


(あっ・・駄目っ!)


 シンノが悲鳴を呑み込んだ。

 ゴルダーンの巨躯がさらに一回り以上も膨れあがっていた。しゅうしゅうと蒸気が噴き出るような音をさせて、膨れた肉体から湯気を立ち上らせつつ、ゴルダーンがトリアンを迎え撃って拳を振り抜いた。

 乾いた金属音が鳴ってトリアンの長剣がひん曲がって宙を飛ぶ。

 振り抜かれた拳の風圧がシンノの結界を直撃して粉砕した。多重結界での減衰が無ければ、死人が出ていたかもしれない。


「すいません!」


 アースニング達に謝罪しながら、シンノは魔力を総動員して多重結界を張り直した。

 ゴルダーンが獣のような咆哮をあげた。

 すでに、身の丈が15メートル近い巨人になっていた。黒鉄のような肌色をしている。着ていた黒鎧はそのまま巨大化をしていた。


「ふん・・なりだけは強そうだ」


 シンノの師匠が悪態をついて挑発している。

 銀狐の総身から魔力が白銀の光りとなって噴き上がった。十重二十重に結界が張り巡らされて、これから始まる死闘に備える。

 見守る妖精族達は声も無く、ただただ瞠目して身を固くして立ち尽くすばかりだった。

 トリアンは剣を捨てた。

 応じるように、巨人となったゴルダーンが蹴りつけてきた。

 トリアンはその場から動きもせずに、拳を固めて足甲で固めた爪先めがけて殴りつける。


 ドヒィッ・・ン・・


 奇妙な音が鳴って、蹴りつけたゴルダーンの巨大な足が、倍する勢いで後ろへと弾き戻されて行き、踊りでも踊るかのような格好で、巨人となったゴルダーンが姿勢を乱してひっくり返った。


「ふぅっ!」


 両拳を構えたトリアンが疾駆した。

 咄嗟に手を突いて転倒を防ごうとしたゴルダーンの右手の手首がほぼ水平に真横に折れ曲がった。拳を打ち抜いた姿勢からトリアンが身を捻りながら振り返る。そこに、支える腕を払われて肩から転がるゴルダーンの側頭部が迫っていた。


 メキィ・・


 トリアンの両拳で骨鳴りがした。

 踏み込みざまに渾身の一撃を巨大な頭部めがけて叩き込む。体格からすれば、爪楊枝でも当たったかのような格好だが、トリアンの拳が当たった部位を中心に、衝撃が旋回する波となってゴルダーンの頭部を貫いて内部を破壊する。

 冗談のような勢いで巨人の体が転がって遠く、シンノの結界ぎりぎりの城門まで吹っ飛んで止まった。

 トリアンが走る。

 ぐんぐん速度が増して行く。

 駆け抜けた左右へ衝撃波が轟音を響かせて爆ぜ拡がる。


「ボワァァァ・・・」


 ゴルダーンが言葉にならない叫びをあげて身を起こそうとしている。

 その座り込んだ腰骨の上辺りへ、トリアンが突っ込んだ。

 いったいどれ程の威力が秘められていたのか、ゴルダーンの腰から下がねじ切れるように引き裂けて転がった。勢い余ったトリアンが城門に頭から突っ込んでぶつかる。


「くっ・・うぅっ!」


 シンノが懸命に魔力を振り絞って結界を支えた。


「シュガァァァッァア!」


 半身を失ったゴルダーンが両手を地面に着いて身を起こしながら絶叫を放った。その口から、真っ赤な閃光が撃ち放たれた。


(師匠っ!)


 避ける力なく、トリアンが蹲るようにして、まともに閃光を浴びた。

 灼熱の奔流の中、黄金の輝きが灯った。

 シンノの師匠が神光を身に纏ったまま、灼け崩れる体を瞬時に回復し続けている。


「・・ガアッ・・アアアァァ」


 赤い閃光を吐き終えたゴルダーンが呂律の回らない声をあげる。

 直後に、無数の黒い鎖が出現してゴルダーンを縛して地面へ引き摺り倒し、地面に縫い付けるようにして押さえ込んだ。


 金色に輝く大輪の魔法陣が出現した。

 眩い光を突き破るように四本の金属の道が延びる。巨大な台車に載せられた異様に大きな大砲がゆっくりと姿を現した。砲口の先が、押さえつけられたゴルダーンの頭を狙ってわずかに調整された。"硬軟自在""速度上昇""回転上昇""軽重自在"・・砲口の先に魔法陣が浮かぶ。

 赤色灯が点灯し、ジリジリ・・と警報が鳴り始めた。

 トリアンは右手を挙げ、


「撃てっ!」


 鋭く振り下ろした。

 列車砲が火を噴いた。一発でゴルダーンの頭部が吹き飛ぶ。


「次弾装填、ベトン弾」


 トリアンの指示が飛び、列車砲がゴルダーンの胴体へと砲口を向けた。


「撃てっ!」


「次弾装填、榴弾」


「撃てっ!」


「次弾装填、ベトン弾」


「撃てっ!」


「次弾装填、ベトン弾」


「撃てっ!」


 "You WIN!!" extra points +5,000,000


「次弾装填、榴弾」


「撃てっ!」


「次弾装填、ベトン弾」


「撃てっ!」


「次弾装填、ベトン弾」


「撃てっ!」


  ・

  ・

  ・


 列車砲がゆっくりと光る魔法陣の中へ戻って行く。

 トリアンは荒く息をつきながら、スイレンに収納させた荷物から外套を取り出して体に羽織った。ゴルダーンの赤い閃光に灼かれて衣服がボロボロになったのだ。


「・・死んでもデカいな」


 トリアンは、ゴルダーンの遺した巨大な魔素球を眺めた。ここまで大きな球は初めてである。


「師匠っ!」


 シンノが矢の勢いで駆け寄ってきた。


「あんな雑魚相手にこのざまだ。まだまだ貧弱だな・・おれは」


 トリアンの顔が苦々しく顰められる。

 うふふ・・とシンノが嬉しそうに微笑んだ。


「なんだ?」


「何でも無いですよぉ」


 くるりと向きを変えて表情を隠すと、シンノはアースニングに向かって手を振った。


「おまえの・・なんとかカーンとか言う奴はどうした?」


「・・どうしましたっけ?」


 シンノの結界によって、城館は無事である。ただ、庭園も閲兵場も、城壁も崩壊していた。


「あぁ・・あれです?」


 シンノが青空高くに浮かび上がった飛行艦に目を凝らした。


「墜とせ」


 トリアンに言われて、シンノが風と雷を合わせた渦を発生させて槍のように突き伸ばした。狙い違わず、飛行艦を貫いた風雷の渦を辿るようにしてシンノの手元から炎が噴き上がって飛行艦を包み込んだ。いったい何度の炎で灼かれているのか、飛行艦はみるみる灰となって跡形も無く崩れ去ってしまった。


「あぁ・・と、不要だとは思うけど、立ち会い人としてトリアン殿の勝利を宣言しておくよ」


 上空で消失した飛行艦の灰を見やりながら、アースニングが苦笑気味に告げた。


「色々と騒がせてすまなかった」


「え・・ああ、うん、心臓に悪いことばかりだったな。まあ、シンノ殿のおかげで怪我人程度で済んだし、何よりも、あのゴルダーン・オルゴスを一騎討ちで斃した強者に出会えたことを神に感謝するよ」


「・・だいぶ、傷んだな」


 トリアンはボロボロになった城壁を眺めた。


「ははは・・むしろ、これで済んだことが奇蹟だね」


「むふん、シンノの本気結界は凄いのですよ」


 銀狐が胸を張る。


「・・来たな」


 トリアンは崩れかけの城壁を振り返った。すり抜けるようにして、ルナトゥーラの影衆が3人姿を見せた。衣服の傷み具合からして手傷を負ったようだが、携帯していたトリアンの薬で治したのだろう、いずれも気力が充実している。


「聴こう」


 報告を促しつつ、トリアンは神光で3人を包んだ。


「ヤジンの者達15名、夜の民らしき者達28名を処理しました」


「よくやった。逃れたとすれば、魔導師くらいか?」


「はっ、遠見をしていた魔導師を逃した可能性があります」


「寄れ」


 トリアンに命じられて3名が近づいた。

 瞬間、影衆の3名が消え去り、半拍置いてトリアンが姿を現した。

 今の一瞬で、3名をフォルトゥーナに送り届けている。


「い、今のは?」


 理解が追いつかないまま狼狽えるアースニングをトリアンは見た。


「裁可の結果として、おれは、このシンノに入り婿した事になるのか?」


「・・ええ、それについては両家の取り決めとして有効です。ただし、その先のことは何ら縛りはありませんよ」


「そうか・・」


 トリアンは、シンノを見た。


「まさかのカルーサスだったな」


「・・えへへ、あれは・・ちょっとやっちゃった感じですよねぇ」


 シンノの眼が泳ぐ。


「色々と片付けなければいけないが・・まずは、ルナトゥーラだな」


「えっと、師匠?」


「ん?」


「もう戦争は始まってました?」


「ああ、攻めてきたようだな」


「大丈夫です?」


「魔導砲の攻撃は期待通りだったようだ。あとは、空中要塞を墜とせば完勝だろう」


「・・そうですね。サイリさんに、グレイヌさんもいますし・・負けませんよね?」


「戦争・・とは?」


 アースニングが緊迫した顔で割って入って来た。


「カイナードが侵攻を開始した」


「・・ついに来ましたか」


「で、ルナトゥーラが迎撃中だ」


「ルナ・・あの高地の鬼人国が・・しかし、カイナードの魔導兵は厄介です。何より、飛行艦を迎撃する術が・・・」


「その辺は終わった話なので良い。今回のカイナードの侵攻軍はすぐに壊滅する。問題は、後続するかもしれない侵攻軍だ。早めに諦めさせなければ、国力はカイナードの方が圧倒的だ」


 トリアンはシンノを見た。


「その・・グレイヌさんは学校でのお友達で・・一緒の部屋で・・」


「助けたいのか?」


「決定付けるとこまで・・ほらっ、カイナード来ちゃいましたけど、元助役ですからね」


「・・そうだな。家もあるし、元指南役として多少の援護はしておくか」


「やったぁ!」


 シンノが目を輝かせて飛び跳ねた。


「そうと決まったら・・飛べますよ?」


「よし、行こう」


 トリアンはシンノ肩に手を置いた。


「お二人はいったい・・」


「ルナトゥーラの元指南役と元助役だ。カイナードを叩いた後、改めて挨拶させて貰おう。この場の詫びは、いずれまた」


 トリアンの声を残して、二人の姿は消えていった。

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