第35話 隷属の魔法

「どうだった?」


「この革の小物入れと、この小筒の組み合わせが最も状態が良かったです」


「よし、小物入れの手配は任せよう。小筒はおれの在庫で間に合う。明朝までに5千本の薬筒を用意しておくとサイリに伝えてくれ」


「はっ!」


 影衆の女が左肩に右手を載せるルナトゥーラ式の敬礼をして身を翻した。トリアン達で無ければ消えたかと錯覚するほどの素早さである。


「師匠、山側の奥の部屋はどうする?」


 シンノが顔を覗かせた。


「部屋の内から石板を張って蒸気風呂にする」


「うはぁ・・そうきましたか」


「裏口の扉から出た所に大きな風呂桶を置いて、ぐるりと囲いを作ってしまおう」


「師匠って、魔法で綺麗に出来るのに、お風呂が好きですよね」


「石板の削り出しは任せて良いか?」


 トリアンは肩越しにシンノを振り返った。


「お任せあれぇ~」


 前掛けに、掃除頭巾という格好でシンノが両手をひらひらさせて戯けてみせる。


「大見得切ったからな、取りあえず薬筒を作らないといけなくなった」


「うふふ、シンノも手伝えば一万本くらい平気そうですけど?」


「薬はあるが、容器が間に合わない」


「あれって、どの薬が詰まっているんです?」


「欠損した手足が生えるやつだ」


「うひゃぁ神薬じゃないですか・・って、もっと上があるんでしたっけ?」


「呪毒を消して病気や怪我を治して、肉体の欠損部位を再生して、生命力を全回復させた上で気力を高めるやつがある」


「・・・うん、それは世に出しちゃだめなやつです」


「まあな。クドウさんにも注意された」


「でも、病気を治す薬は家に常備薬として配っておいても良いかもしれません」


「・・なら、病気用の薬を用意しておくか。病気用の薬だけなら丸薬で予備があるな」


 トリアンは大瓶に入れた丸薬を取り出した。

 シンノがちらと丸薬見て、すぐに尻尾を逆立てて、あわあわと慌てて駆け寄る。


「どうした?」


「これは封印しましょう」


「なぜ?」


「病気を治すのは良いんですが、元気が良くなり過ぎて一ヶ月は眠れません」


「・・ふむ?」


 トリアンは大瓶をちらと見て、もう一度、シンノの顔を見てから収納した。代わりに、陶器の壺に入れた丸薬を取り出した。


「師匠・・」


「なんだ?」


「それって、毒薬ですよね?」


 シンノの耳と尻尾が垂れている。


「ん・・さっきの薬の後でこれを飲めばすぐ眠れるだろう」


「いやいや、永眠しちゃいますから・・ずうぅぅぅぅと起きなくなりますから」


「難しいことを言う」


 トリアンは嘆息した。


「病気を治すとこまでは良いんですよ」


 シンノが励ますように言った。


「ふむ?」


「体を元気にするところで、効果をずうぅぅっと、ずうぅぅぅぅぅぅっと抑えたやつにして下さい」


「それなら、病気を治すだけの薬になるぞ?まあ、少しだが生命力にも微妙に好影響を与えるが・・」


「良いじゃないですか!それで、ばっちりですよ!」


「そうか?なら、丸薬は・・・これだな」


 トリアンは硝子瓶に入った丸薬を取り出した。


「その半分くらいの効果の薬って出来ますか?」


 シンノの紅瞳がトリアンを見上げた。


「それは・・調整すれば出来るが・・そんな物をどうするんだ?」


「ルナリア学園にあるルナトゥーラの商館で売って貰います」


「効果の低い屑薬ごみを売るのか?」


「それでも、ルナリア学園で売ってる上級薬より効くんですよ」


「・・本当か?」


「ええ、びっくりしますよ?そんな残念な薬がミゼット金貨三枚ですよ?3万トロンなんですよ?」


「へえ・・」


「なので、滴銀貨5粒、5千トロンで売っちゃいます」


「学園側から文句が出ないか?」


「病気用、解毒用、解熱用、傷用・・・ずらりと揃えて並べちゃいます。文句をつけに来たら、その身で薬の効果を実感して頂きましょう」


 シンノがにやりと黒い笑みを浮かべた。

 トリアンは軽く肩を竦めて何も言わなかった。

 ルナトゥーラの産物をルナリア学園都市で換金することはルナトゥーラの国王に持ちかけて合意を得ている。

 商取引は、シンノの方が得意なのだ。


(おれは出しゃばらない方が良いだろう)


 トリアンはルナリア学園で販売する低効果の薬も量産することにした。


「下の調薬室に居る」


 言い置いて、トリアンは壁際の扉を開けた。そこに螺旋状に下方へと階段が続いている。


「後で、お茶をお持ちしますね」


 シンノが背中に声をかけた。


「シダ茶が良いな」


「了解でぇ~す」


 シンノが手を翳すように頭の横へつけて、クドウから教わった敬礼をして見せる。

 何が楽しいのか、この家を買い取ってから、シンノが上機嫌である。

 週2日だけ、実質1日の滞在だったが、ずいぶんと家らしくなっている。

 ちょろちょろと町中へ出かけて行っては、机やら椅子やらを買ってきて並べ、ルナリア学園から布地を買ってきて窓辺を飾り、食器から調理器具までたちまちの内に揃えていた。

 何しろ、働き手はいくらでもある。

 魔法で土人形を生み出し、雑草を抜かせ、朽ちていた柵を新調させて、家の周りに眼にも鮮やかな芝が植えられていた。

 いつの間にか、庭に立派な樹が植わり、大きな赤い果実が成っている。

 朽ちるままに放置されていた家屋が、たちまちの内に息を吹き替えして蘇ったようだった。


(まあ・・楽しそうだから良いか)


 トリアンは螺旋階段を降りて、調薬室に入りながら小さく笑った。

 この5年間で、ずいぶんと薬物に詳しくなっていた。

 病原菌や魔瘴の変異体にも精通している。

 人体を癒やす、あるいは欠損した臓器や手足などを再生する薬品など簡単に生成できる。材料も豊富に備蓄していた。同じ効果を持つものを、様々な異なる材料から創り出せる。

 知ってか知らずか、サイリ達が、トリアンとシンノを迎えるために、国を丸々預けてまで対応したことがルナトゥーラに奇跡のような幸運をもたらしていた。サイリという影衆の長の慧眼と機転、そして本気で総てを委ねた国王、王妃の英断が招いた福である。

 未だ、ルナトゥーラの誰も気づいていないが、今この瞬間、ルナトゥーラは世界最高の調薬師を得ていた。

 トリアンは広々とした地下室に幾重にも結界を巡らせてから自分自身を含めた全てを神光で洗い清めると、調薬用の魔道具器具を取り出して並べていった。


(とりあえず、家庭用には100錠ずつで良いだろう。売り物の方は・・100分の1くらいに稀釈するか)


 トリアンは器具の前に立って作業を開始した。


(傷薬はまず容器だな・・売り物の稀釈は・・まあ、これも100分の1で良いのか)


「師匠?」


 とんとんと、控えめに扉が叩かれた。お茶には早い。


「客か?」


「うん、サイリさんのお使いだって」


「分かった。上に行く」


 トリアンは扉を開けずに転移をした。

 転移で移動した先は寝室の中である。扉を開け廊下に出ると階段を降りて、シンノの待つ居間へと入った。

 影衆の女が恐縮した様子で立っていた。


「転移門から逃げてきた人達が目覚めたらしくって、色々と騒いでいるみたいです」


 そう説明してからシンノが影衆の女を見た。

 二十歳を幾つか過ぎたくらいだろう。白金色の髪が光を滑らせて美しい。影衆はシンノの視線に頷いて後を継いだ。


「少女の方は物わかり良く温和しかったのですが、少年の方が攻撃的な行動に出まして・・」


 事情が把握できるまで軟禁することを告げて、部屋に案内しようとしたルナトゥーラの兵士から武器を奪おうとしたらしい。いくら何でも武器を持たせる訳にはいかない。少年に襲われた兵士は身を避けて手刀で少年の首を打って気絶させようとした。


「・・・その・・見ていた者の話でも、決して強く打ったようでは無かったのですが、どうも・・折れてしまったようで」


 トリアンに鍛えられた兵士だとしたら折れたのも頷ける。シンノはそっと眼を閉じた。


「折れた?」


「その少年の首が折れてしまい・・・今、何とか死なないように治癒術を継続的に使用しておりますが・・」


「助ける価値があるのか?」


 トリアンは訊いた。

 いきなり兵士の武器を奪おうとすれば、当て身どころか、斬り捨てられていても不思議では無い。召喚されてこちらの常識を知らないのだろうが、死ぬのならそのまま放って置いた方が良さそうに思える。


「女性の・・少女の方がひどく動揺しており、何とか生かして欲しいと必死の懇願ぶりで、王妃様もご同情なされ・・」


「ふむ」


「師匠・・」


「シンノ?」


「助けるかどうかはともかく、王妃様のところに行ってあげませんか?」


 シンノの紅瞳が気持ちを宥めるように見上げてくる。


「・・そうだな」


 トリアンは不承不承といった顔で頷いた。


「とりあえず、飛ぶか」


 トリアンはシンノの手を掴むと、影衆の女も脇へ抱き寄せ、そのまま転移した。

 一瞬で、転移した先は、異邦者二人が軟禁されている民家の前である。


「案内を」


 トリアンの声に、驚愕の表情で周囲の光景を確かめていた影衆の女が我に返った。初めて転移を経験すれば誰でも魂消る。


「こちらです」


 民家の扉を小刻みに何度かに分けて叩いた。

 すぐさま、内から扉が開いた。

 中に入ると、サイリに付き添われるようにして王妃が待っていた。


「トリアン様・・」


 王妃が申し訳なさそうに低頭する。


「あらましは聴いた」


 トリアンは床へ視線を向けた。

 若い男の兵士が抜き身の剣を床に置き、上半身の帷子や鎧を脱いだまま座っていた。どのような断罪でも受け入れる覚悟を決めた表情である。


「おまえの行動は正しい。一切の罪を認めない。任務を休む事こそ罪だ。すぐに鎧を着て任務に戻れ」


 トリアンの声に、若い兵士が表情を明るくして深々と頭をさげ、付きそう女兵士に手伝われながら着鎧して立ち上がった。

 二人してもう一度低頭し、戸外の警備へと駆け戻って行く。


「治癒術は誰が?」


 トリアンはサイリを見た。サイリ以上の治癒術の使い手は限られる。


「グレイヌ王女です」


「ああ・・そういえば、治癒術がどうのと言っていたな」


 トリアンはシンノを見た。


「まあ、とにかく診てみよう」


 トリアンは影衆に案内されて、二階にある部屋へと向かった。

 俯せに倒れた少年と縋り付く少女、苦しげな表情で懸命に聖光術を使うグレイヌ王女・・。


(弱いが質の良い光だ)


 トリアンは部屋に入った。


「変わろう」


 グレイヌに声を掛けて、手を少年に向ける。

 途端、黄金の神光が部屋を満たした。光は少年だけでなく、少女をも包み込む。


(・・ほう)


 少女の体から黒々とした薄い煙のようなものが立ち上って消えて行った。


「今のは?」


 サイリが訊いてきた。

 さすがに見逃していない。


「呪詛・・呪毒だな」


 トリアンは呟いた。


「呪毒・・この二人は呪毒に冒されていたのですか?」


「生き物を隷属させる呪法のようです。刺青として呪針で体に打ち込まれる強力な呪詛ですね」


 シンノが答えた。


「そのような呪法を・・すると、この二人は奴隷ということでしょうか?」


 サイリがグレイヌに手を貸して立ち上がらせながら訊いた。


「そうなるが・・・いや、隷属の呪詛が消え去ったから奴隷では無いのか。それとも、呪法に関係なく奴隷なのか・・?」


 トリアンは自分の体に少し魔力を纏わせてみた。

 反応したのは少女の方である。

 ぎょっと目を見開いて恐怖に顔色を失っている。

 トリアンは魔力を消した。


「名は?」


 トリアンの双眸が少女の緑がかった黒瞳を捉える。


「トウドウ・・レンカ」


 恐怖に震えながらも、しっかりとした声で名乗った。


「なら、レンカ・トウドウか・・・その男は?」


「ハヤシ・・・シンジ・ハヤシ」


「シンジ・ハヤシか。おまえ達は、転移門から出てきた事を覚えているか?」


「・・はい」


「あの時、追って出てきた男の名は?」


「タケシ・セザキ」


「その男は死んだ。覚えているか?」


「・・・あっ・・あなたは、あの時の・・神様」


「タケシ・セザキが死んだ事を覚えているか?」


「はい」


「その男・・シンジ・ハヤシが兵士の武器を奪おうとして殴り伏せられたことは?」


「あ・・はい、覚えています」


「彼女が治癒魔法で命を繋いだことは?」


 トリアンはグレイヌ王女を指さした。


「覚えています」


「タケシ・セザキに追われていた状況が無ければ、おまえ達が転移門を使ってこの国に潜入したという事実だけが残る。加えて、そのシンジ・ハヤシが兵士の武器を奪おうとした行為だ。大陸中、どこの国においても死罪が妥当とされる行為だぞ?」


「・・はい」


 レンカという少女が俯いた。慌てて騒ぐことをせず、噛みしめるようにして言葉を受け入れている。

 ルナトゥーラの人間も、シンノもその様子を無言で見つめていた。


「私は・・」


 少し考えて、少女が覚悟を決めた表情で顔をあげた。


「・・あ?」


 何を言いかけたのか、驚いたように自分の手を見つめ、怖々と体を撫でさするようにする。


「呪いは解いた。おまえを束縛するものは何も無い」


 トリアンは静かに告げた。


「あ・・ああ・・・」


 レンカという少女が掻き抱くようにして自分を抱きしめて俯いた。そのまま忍ぶように嗚咽をもらし背を震わせる。


「指南役」


 目顔で許可を求めながら、王妃が前に出てレンカの傍らに身を屈めると震える背に手を置いた。


「大丈夫・・大丈夫ですよ」


「駄目ですよ」


 不意に、シンノが言って人差し指を振った。

 身を起こそうとしたシンジという少年が見えない何かに弾かれて床を転がった。


「変わった呪法だな」


 一瞬の間に、王妃とレンカを背に庇う位置にトリアンが立っていた。


「お、おまえら・・おれのレンカに・・」


「呪法で縛った、おれの・・だろ?」


 トリアンは小さく嗤った。


「くそっ・・なんだ、なんだよ、おまえっ!なんで、おれの呪術が効かないんだ!?」


「おまえは、そこから動けない」


「ふ、ふざけるな・・」


 声をあげて、少年が起き上がろうとするが床に縫われたように体が動かない。

 みるみる恐怖に青ざめていった。


「今のは単なる暗示だ。時間をくれてやるから解いてみるがいい」


 トリアンは背後の王妃とレンカという少女を振り返った。


「レンカと言ったか?愚かな真似をするなら、即座に斬り捨てるぞ」


「・・・」


 レンカという少女が、怒りに眦を吊り上げながら少年を睨んでいた。


「落ち着きなさい」


 王妃がレンカの背を抱くようにして声を掛ける。


「おれの質問だけに答えろ」


 トリアンの一言が降り注ぎ、シンジという少年が沈黙した。声を出そうと口をぱくぱくさせているが声が出ないのだ。


「そこのレンカには、二つの隷属化の呪詛が掛かっていた。一つは、おまえが掛けた事は理解した。もう一つは深く強大な呪祖だったが・・あれを掛けたのはどんな奴だ?」


「し・・知らな・・」


「黙秘、嘘を語るとおまえの体が損壊してゆく」


 トリアンの宣言あんじが無慈悲に響いた。

 少年が声を出せないまま激痛に身を仰け反らせた。誰も何もしていないのに、脚がおかしな方向へと折れ曲がっていた。続いて、腹の内部で何かが起きていた。


「真実を述べれば、損壊した肉体が再生するだろう」


 脂汗を流し、目鼻と口から血を流していた少年が縋るようにトリアンを見た。


「せ、聖女ラセシーヌ」


 答えた少年の表情がみるみる和んでゆく。


「その、聖女ラセシーヌが一人で呪法をかけたのか?」


「八人・・くらいの魔導師が一緒に・・召喚されたばかりで、よく見えなかった」


「おまえは、召喚されたのか?」


「そうさ・・僕も、レンカも、あいつらに召喚されたんだ」


「あいつらというのは?」


「神聖ユーゼリア王国」


「ユーゼリア・・東部の湖の?」


「そうだ、馬鹿みたいに大きな湖の近くにある国さ」


「召喚によって、おまえ達を喚び出した目的は?」


「さあね、色々と言っていたけど、結局はユーゼリアの敵と戦えって事だった」


「戦う?おまえのような弱い奴に戦う事を期待したのか?」


「ぼ・・ぼくは、これでも魔眼のスキルを持ってたんだ。隠してたけど・・」


「魔眼・・魔族が持ってるやつだな。その力を使って戦うよう命じられたということか?」


「いいや、僕は召喚された時に、ヤバイと思ったから・・魔眼の事を隠したんだ。召喚してすぐにスキル検査をされたからね。すぐにヤバイと思ったさ」


 シンジという少年がぺらぺらと語り始めた。

 同時に召喚されたのは、36人。

 シンジ達は、日本人だった。学校で授業を受けている最中に召喚された。何人かは召喚された時に死んでいた。

 召喚された者は、生まれついてのスキルを所持している。その数は多い者で7つ。シンジは3つだった。さらに、ステータスという体の基本値が高く、成長度もずば抜けている。そういう説明を受けたらしい。一方で、混乱が収まらない内に、召喚された者たちは隷属化の魔法を掛けられてしまった。

 シンジは、偽装というスキルを使って、隷属化されたように装って、逃げ出す機会をうかがっていた。だが、一人では限界がある。万一の時に身代わりになる者が必要だった。だが、隷属化の魔法が深くかかった者はシンジの魔眼が弾かれてしまう。そんな中、学校でも有名な美人だったレンカが、隷属の魔法が深化しないまま抵抗した状態にあったのを見付けた。すぐさま魔眼の支配下においた。同じような状態のサトウという少年も魔眼で支配して脱出の機会を窺っていた。

 大きな神殿宮の中から逃げ出すなど不可能だった。

 転移門の事は魔眼で支配した神殿騎士から訊き出した。途中で見つかって同じ召喚者達に追われることになったが、何とか転移門の起動に成功して門を潜った。その時に神殿騎士の剣で背を斬られた。


「・・なるほど」


 一応、嘘は少ないようだ。

 トリアンはレンカという少女の表情も見た。少年に対する怒りはあったが、言っている内容を否定する気配は無い。


「それで、おまえの持っているスキルというのは何だ?」


 トリアンはスイレンの収納から一個の黒い飴玉のようなものを取り出した。

 言い淀んだ少年が激痛に顔を歪めて身を震わせた。その口に、黒い玉を押し入れて強制的に嚥下させると、トリアンは顎を押さえて吐き出す事を許さなかった。


「もう一度訊く。おまえのスキルは何だ?」


「魔眼・・偽装・・技能強奪・・取得経験値上昇・・剣技・・楯技・・・」


 今度は素直に、スキル名を並べてゆく。


「おまえのレベルは?」


 トリアンは不貞腐れたような少年の表情を見ながら訊いた。


「・・4」


「そんな・・そうなんだ・・・ずうっと騙されていたのね」


 少女が唇を噛みしめながら項垂れた。


「ついでに言うと、ハヤシじゃないな。シンジ・タニモトだろ?」


 トリアンの言葉に、少年がぎょっと顔をあげた。


「えっ!?」


 驚いたのは、レンカという少女も同じだ。


「名はシンジで間違いない。どうして名前を偽っていたかは・・まあ、どうでも良い事だな」


 トリアンはレンカを見た。


「訊いておこう」


「・・はい」


「この男・・シンジ・タニモトに陵辱された記憶があるか?」


「いいえ・・覚えている限りでは」


 少女が青ざめた顔で頭を振った。


「シンジ・タニモト、おまえはこの女を陵辱したか?」


「いいや・・触りはしたけど、まだだ・・うまく逃げ出した後に・・やろうと考えていた」


 虚ろな顔のまま少年がゆっくりと首を振った。


「隷属の呪法を掛けた時、ユーゼリアの連中は逆らったらどうなると言っていた?」


 トリアンの最後の問いかけに、


「黒い死紋に覆われて・・・死ぬと」


「黒い死紋に覆われて死ぬ・・か」


 トリアンが呟くと、シンジという少年がゆっくりと床に倒れ込んだ。

 すでに全身が真っ黒い模様に覆い尽くされている。

 トリアンは少年の周囲に神光の壁を作って囲った。そのまま包み込むようにして光の中に封じると、小さな玉になるまで縮めてからスイレンに収納させた。


「・・ハヤシ」


 少女が掠れた声で呟くのが聞こえた。

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