第28話 門限破り
(まずいなぁ・・)
二の腕の傷も、脇腹の傷も血は止まったのだが、少し動くとすぐに傷口が開いて流血を始める。薬を塗り、治癒魔法をかけた状態を維持し続けて、ようやく少しずつだが回復が進むくらいだ。安静にしていても、完治に5日はかかるだろう。
今すぐに治したいシンノにとっては、極めて深刻な事態と言える。
気温の穏やかな季節である。
地の厚い衣服は流行らない。どうしても、少し薄物になる。
(魔法かけっぱなしだと、すぐに気づかれちゃう・・)
油断すると血が滲んでしまう。
魔法を使えば気づかれる。血の臭いをさせても気づかれる。
シンノの師匠は異変を察知することに長けているのだ。
(でもなぁ)
せっかく久しぶりに再会できたのだ。
ちょっとは女らしくなったところを見て貰いたい。クドウお姉ちゃんに受けた特訓の成果を今こそ披露しなければならない。
いつもの修道服は止めて、頑張って膝丈のスカートをはくべき時なのだ。
今日はベールは要らない。自慢の耳を見せなければ・・。
(そうだ、尻尾に櫛を・・)
慌てて銀毛の尻尾を手に取って櫛を通す。
純白のシルクのブラウスに、青と銀の縦縞が鮮やかな膝丈のスカート、少しだけ踵の高い黒い革靴。これに西校の白銀の短マントを羽織れば、二の腕はもちろん、ぎりぎり脇腹も隠せる。万一、血が滲んでも、あまり見苦しくないだろう。
(髪はどうしよう)
クドウお姉ちゃんから、色々な種類の髪型、結い方を伝授された。
一通りは自分で出来るようになっているが、この5年間、一度も試したことが無い。
(ああ・・でも、今からじゃ間に合わないかも)
とにかく、櫛だけでも入れて整えておくしかない。
肌着もクドウ指定の物を選んだ。二の腕と脇腹の傷にも布を当ててしっかり包帯を巻いた。
「・・良しっ」
シンノは鏡の前で気合いを入れた。
「なにが、良しなのぉ?」
同室者が二段ベッドの上から訊ねてきた。
シンノが飛び級をしている関係で、5つ年上の女性である。昨夜、深酒をして帰ったらしく、闘技会場にも来ること無く、朝から寝ていたらしい。脱ぎ散らかされて衣服は未だに床に散乱していた。
「ってか、あんたって、そんな可愛い感じだったっけ?」
「ちょっと出かけます。寮監さん来たら伝えておいて下さい」
「へ?出かけるって・・」
女が赤髪の頭を掻きながら窓を見た。夕暮れである。すぐに、女子寮の門限が訪れる。
「なぁに?優等生ちゃん、門限破りしちゃうの?へぇ・・ふうん?好きな男でも出来たの?」
「師匠に会うんです」
シンノが手早く衣服を着て、姿見に映して確認しながらマントを羽織って挟み込んだ銀髪を背へ出した。
「ああ・・スカートが綺麗な青だし、青い紐で髪を束ねたらどうかな?」
「その方が良いです?」
「う~ん、そのままでも良いけど、ほら・・紐は後で解けば良いから、少し雰囲気変えられる装備品って感じ?」
「・・分かりました。助言ありがとうございます」
シンノは机の引き出しから青と銀の組紐を取り出して手早く髪を纏めて結んだ。
「どうでしょう?」
「うん、キリッとして良い感じ。解く時は、こう和やかな雰囲気の時が良いわよ」
女の助言にシンノは頷いた。
「分かりました」
姿見で束ねた後ろ髪を見ながら、マントの裾を少し下へ引きつつ、窓際に近づいて外を見る。
部屋は、女子寮の二階の角部屋で、ちょうど女子寮の門に続く並木の小道が見える位置にあった。魔導による施設が整っていて、極めて文明度の高い生活が送れる環境である。
「あんた・・シンノだったよね?今日って闘技大会だったんでしょ?どうだったの?」
あられも無い姿で寝台に座り込んで頭を掻き掻き女が訊ねた。
「優勝しました」
窓辺で外を見つめたまま、シンノが答えた。
「ほえっ?・・いやいや・・優勝って・・ああ、待って、あんたって死人みたいな顔してたけど、嘘はつかない子よね。ええと・・優勝したってことは、あれよね、優勝したってことで・・あんたがチーム戦やるわけないから、個人戦・・・南のぼんくらなら兎も角、北校のアーレスに勝っちゃったの?あいつ化け物だよ?」
「そんな人は知りませんが、対戦した全員に勝ちました」
外を見つめたまま、シンノの尻尾がいくぶん自信なさそうに垂れて揺れている。
「うはぁ・・優等生って聴いてたけど、どんだけぶっ飛んでんの?だって、あんた飛び級してるけど、実際は未就学生でしょ?いいとこ、13、4歳くらいよね?」
「12歳になりました」
「うんうん、いいのよ、12も13も変わんないわ。とにかく、最年少の優勝者が出たってことよ・・・って、いつもの、うっさい親衛隊が居ないじゃない?」
「邪魔になりそうだったので埋めました」
「う・・うめ・・?」
「首から上は出してあります。大丈夫です」
「・・うん、そうね。あたし、色々と誤解してたわ。あんたって、本気で色々とぶっ飛んでんのね。編入したって聴いたし、良いとこのお嬢さんかって思ってたけど」
「樹海の小さな集落から来ました」
「そうなんだ・・・銀毛だし、樹海の獣王の血筋・・長子よね」
「・・ええ、そうらしいです」
窓の方を向いたまま、シンノが小さく頷いた。
「あたしも長女なんだ。あっ、名前も言ってなかったよね?あたしは、グレイヌ・マイン。山岳の民・・ルナトゥーラの出だよ。冗談で受けた魔力試験で、ちょっと良さげな数値が出ちゃったらしくって、後はもう私塾だ、魔導校だって流されてる内に、こんな所まで来ちゃった・・」
女が寝台の上でのそのそ移動し、寝台脇の小机に置かれた水甕に頑張って手を伸ばしていた。危うく落ちそうになりつつ懸命に体を支えて耐えている。
「ごめん・・水、取ってくれない?」
女がなんとか寝台に身を戻した。
すうっと水甕ごと浮かび上がって、女の前に水甕がやってきた。
「・・もう、驚かんからね」
女は木の器に水を移して美味しそうに喉を鳴らすと、
「ありがとう。助かったわ」
シンノの背中にお礼を言った。たちまち、水甕が滑るように移動して小机に戻された。
「う~ん・・魔法の才能は凄くって、あの大会で優勝するくらいだから殴る蹴るもやれるわけでしょ?その上に、お人形さんみたいに綺麗な顔してる・・と、こりゃあ、あんたモテモテだよ。どこぞの貴族が婚姻届に署名しろって紙を押しつけてくるよ?妾として囲ってやろう、光栄に思えぇ~とか、ああ・・南校の連中には、そんなのが多いから気をつけるんだよ?あいつら、毒だの薬だの、陰湿なやり方が大好きだからね?」
「大丈夫です」
「うん・・まあ、あたしが心配するような事じゃないけどさ」
女が大きな伸びをした。
ふと気がついた顔で、窓辺のシンノを見る。
「あれ?あんたって、祝勝会に出るんじゃないの?勝っても負けても、選手は祝勝会に呼ばれるんでしょ?もう、とっくに始まってんじゃない?」
「断りました」
「へ・・へぇ、そう?断れるの?あれって、学園長とか、色々出てくるんじゃなかった?」
「大丈夫です」
「・・お・・おぉ、やばいのと同室だわ。元々死人みたいで怖かったのに、生き返ったら、もっと怖い子だったぁ」
「遅いです」
シンノが呟いた。
「ああ、誰かに会うんだっけ?どこかで待ち合わせ?噴水の広場とか?」
「噴水の?」
「あら、知らないの?あそこって、よく使われる待ち合わせの場所なのよ。ここって大きな町だけど、噴水の広場って一つしか無いからね」
「そうですか」
「で、もしかして、ここに迎えに来るの?その人・・男の人よね?」
「はい」
「うわぁ、まずいわ・・寮長が飛び出して来るんじゃ無い?魔犬召喚して、鬼の形相で革鞭持って追いかけてくるわよ?」
「大丈夫です」
いくぶん項垂れながら、シンノが答えた。銀毛の尻尾も力なく垂れ下がり、三角の耳も伏せ気味になっていた。
そんな不安げなシンノの様子に、女がよいしょっと掛け声を出しながら起き上がり、二段寝台から後ろ向きにハシゴを使って降り始めた。
まさにその時、
「遅くなった」
不意に男の声がした。
窓辺で、シンノの尻尾が逆立って跳ね上がり、文字通りに身を縮めてピョンと跳ねる。
「し・・師匠!?」
シンノが胸の前で手を合わせるように握って慌てて振り返った。いつの間にか、二段寝台の横、部屋の中央に少年が立っていた。
トリアンは、青地に銀糸の装飾が入った詰め襟の上着に、細身の青色のズボン、濃い茶の革靴という格好で、白い外套を羽織っていた。
「本当に師匠だぁ」
シンノが眩しそうに眼を瞬かせながら微笑んだ。
「少し、血が臭うな。傷が癒えないのか?」
「え・・うん・・ちょっと」
シンノの耳が伏せられる。
「看よう」
トリアンの手がシンノの脇腹へ伸ばされた。傷の上を柔らかく触れる。
「浸食の呪詛か・・少し歪な術だな」
呟いたトリアンの手が黄金色の光に包まれた。
「・・ん」
シンノが小さく声を漏らした。
「痛むか?」
「平気です」
赤らんだ顔でシンノが頭を振った。
「呪詛を強引に消すより、抜き出してから滅した方が良いからな。少しだけ我慢しろ」
トリアンの光がシンノの全身を巡るようにして包み込む。空いた左の手の平を上に向けた。その手の平に、赤い筋の混じる黒々とした塊が浮かび上がるように生み出されていた。大きさは拳くらいだ。
「出来損ないだな」
ぽつりと呟いて、トリアンの手の上で黒い塊が灰のようになって消えて行った。
その空いた左手が黄金の光を宿してシンノの額へ翳される。
部屋が金色の神光に包まれた。
「どうだ?」
「・・えへへ、もう痛くないです」
シンノが俯きがちに照れて笑った。
「よし・・なら、約束通り町を案内して貰おう」
「はい!」
シンノが満面の笑顔で返事をした。
トリアンは部屋の扉に向かって歩こうとして、ふと床にだらしなく散った衣服に気づいて軽く眉をひそめた。その視線を二段寝台から後ろ向きに降りようとしたまま固まっている女の尻へ向ける。スパッツやショートパンツと言うには、あまりに地の薄い、頼りない厚みしかない布地に包まれた真っ白な尻だった。
トリアンの視線がシンノに戻った。
「師匠、窓から行きましょう。ここは、男子禁制ですから。廊下を行くと煩いです」
「・・なるほど」
トリアンは納得顔で頷いた。
女ばかりということで、多少の油断があるのだろう。トリアンの視線がちらと下の段のシンノの寝台へ向けられた。きちんと寝具が整えられている。
「行こうか」
開け放たれた窓から、トリアンが下へと飛び降りた。続いて、シンノがふわりと舞い降りる。二階くらいの高さなど、二人にとっては小さな石段を降りるのと変わらない。
たちまち、警鐘が鳴り響き、
白光に包まれながら、トリアンは清涼な夜気に眼を細めた。けたたましい犬の吠え声が裏庭の方から走ってくる。
女子寮の窓という窓に、鈴なりに女生徒の顔が覗いていた。
「クドウさんのところには、どのくらい居たんだ?」
「ん・・と、3年とちょっとです。師匠は?」
「骨のある連中を狩っていた。思ったより数が多くて時間を取られたな。おかげで、おまえとの約束に遅れた」
トリアンが苦く笑った。
「・・しばらく、ここに?」
シンノがちらと隣を歩くトリアンを見上げた。
「クドウさんから紹介状を預かった。この町で仕事をする事になるかもしれない」
「本当!?」
「そう何度も嘘は言わない」
トリアンの拳骨がシンノの頭に落ちた。
「えへへ・・」
シンノが両手で頭を抱えながら嬉しそうに笑う。
わんわん、きゃんきゃん、煩く吠え立てる魔犬が、シンノの銀毛の尻尾で一閃されて弾け飛ばされて消えて行った。
もの凄い形相の高齢の女性が大きな草刈り鎌を片手に走ってくる。女子寮の門に続く石畳の道から黒い蔦が生え伸びて触手のようにシンノ達めがけて迫った。
「もう宿をとりました?」
シンノが足を踏み出して、軽く地面を踏みつける。
薄い光の膜が地表を走り広がって触手のような蔦が灰になって消滅した。
「ああ、とりあえず城門脇の小さな宿で部屋をとった」
答えるトリアンの首に大鎌が弧を描いて迫った。ぎらりと月光を滑らせた刃がトリアンの首を撥ね斬る。
女子寮の窓という窓で、女生徒達の悲鳴があがった。
直後に、鬼の形相をした高齢の女性が大鎌を振った姿勢のまま体を硬直させて動けなくなった。
「どこか、食事の美味しい店はあったか?」
「寮の食事ばかりだったから・・あんまり知らないのです」
「そうか」
二人の行く手で、門上の石像が実体化をして動き始めた。
しかし、銀狐の紅瞳を向けられて、静かに元の石像に戻って門上に鎮座する。
「穏やかな良い町だな」
「そう?」
「町中で暮らすのは久しぶりだからな」
苦笑気味に、トリアンは笑った。
その横顔を小首を傾げるようにして見上げながら、シンノは後ろで手を組むようにして軽やかな足取りで並んで歩く。
女子寮の窓で、なんとも言えない歓声のような密やかな声援があがった。
シンノがちらと寮を振り返って、ぺこりとお辞儀をする。
すぐに小走りに駆けて先を行くトリアンに追いつく。銀毛の尻尾は、ふさふさと膨らんで大きく左右に揺れていた。女子寮の女の子達から見ても可愛らしい。
「なによ・・めちゃめちゃ、可愛い子じゃん」
シンノの同室者、グレイヌが窓枠に頬杖をついて眺めながら呟いた。
「師匠とか言っちゃってさ」
ちょっと妬けるくらいに微笑ましい初々しさである。
「・・お嬢様」
部屋の床上に、湧いて出るようにして、すらりと背丈のある人影が控えていた。
影者や影衆などと呼ばれる諜報活動を専門にした部隊の人間だった。学園都市には女性ばかり6名が滞在している。グレイヌの警護を主任務とし、学園都市の情報活動を行っていた。部屋を訪れたのは、サイリという、随伴している6名の影衆の長であった。グレイヌと変わらないような年齢に見えるが、実際のところは分からない。
「あら、よく来れたわね」
「例の寮監があのざまです・・それに、同室のおっかない子も出かけましたから」
女がひっそりと笑った。
「あんたから見ても、あの子・・シンノは凄いの?」
「うちの連中でも、100人がかりでしょうね。かなりの戦闘経験を積んでいますから、100人でも危ういかと・・」
「・・とんでもないわね」
グレイヌが嘆息した。
「ええ、とんでもない子です」
「で、隣にいた男の子は?」
「あれですか?」
「うん、シンノの師匠・・まあ、彼氏よね?どうなの?」
「測れません」
女が首を振った。
「・・は?」
「間違いなく強いのです。シンノさんより強いはずです。しかし、魔道器具、鑑定魔法・・いずれで観察しても、数値上は極めて貧弱」
「・・な訳ないわ。あの寮監を固めちゃったのは彼よ?」
女子寮の寮監は、短い時間だが鬼人化するのだ。召喚魔法の腕もさることながら、鬼人化して大鎌を振り回す寮監は50人の騎士を一人で殲滅する化け物だ。
「はい。あの少年、闘技会場では、おそらくは・・転移術を使用したように見えました」
「転移!?あれって、術として実在するの?おとぎ話だとばっかり・・」
「いえ、長々とした準備と膨大な時間の魔法詠唱、気が遠くなるような魔力を注ぎ込めば理論上は可能なのです。ただし、あまりにも実用性に乏しいので、王族の緊急避難用の秘技として王城などには備えてある・・という噂はありますね」
「それを、やったの?」
「なんの詠唱も、呼び動作も無く、いきなり消えました」
「あいつが・・カイナード法国の人間ってことは無いわよね?」
グレイヌは影衆の長を見つめた。
「違うはずです。何しろ、あの国は、獣人を人種として認めていません。それに、シンノさんは闘技会で、準決勝、決勝とカイナード法国の剣士と戦っています」
「そうだったんだ。闘技会にカイナードの奴らが出たのよね?・・シンノはぶっつぶしてくれた?」
「ええ、それはもう、相手に同情するくらいに粉々に」
「あはは・・あの子って最高だわ!」
「味方に出来れば、とても頼もしい子です。敵に回せば・・まあ、我が方は詰みますね」
「どうするの?」
「まず、謝罪をしましょう」
「へ?」
「おそらく、わたしの存在に気づいています」
「うちの影衆に気づいちゃうか」
「ご許可頂けるなら、明日、頃合いを見て、男性の方に話をしてみようと思います。謝罪ついでにご助力頂けないか打診してみるつもりです」
「一人で大丈夫?」
「こちらの数は少ない方が良いでしょう」
「・・そうね。でも、どうやって味方に誘うの?」
「真っ直ぐに、率直に頼んでみようと思います」
「そうよねぇ、変にあれこれ考えるより、その方が良いかも。どうせ、断られたって打つ手無いんでしょ?」
「ありませんね」
「うちって、いつも潔いくらいに無策よね」
グレイヌが苦笑した。
「何しろ、家訓が正面突破ですからね」
「まずいわよね」
「はい。早晩滅ぶと思います」
影衆が断言する。
「・・なんだか、悲しくなってきたわ」
「お嬢様が下着一枚のその格好で殿方にお会いになったと思うと、わたしも悲しゅうございます」
影衆の長の視線が厳しい。
「え・・ああ、はは・・あれって反則よね?あ!?あれが転移ってやつか!いきなし、部屋の中に出てきちゃって、いやぁ間が悪いって言うか、ほら服を着ようとしたんだけど、床に落ちててさ・・」
グレイヌが頭を掻く。
「剣と魔法はもちろんですが、女性としても、シンノさんに惨敗でございます」
「うがぁぁ、それは言わないでぇ~、あの子は色々おかしいから!特別だから!わたし、結構頑張ってるわよ?いけてる方なのよ?」
「お見た目は、かなり良い方なのですが・・すぐに馬脚が・・」
「仕方ないでしょう?うちって、あれじゃん、男兄弟ばっかだし、家は山ん中だったし、寝台にムカデとか普通に這ってたりしたし、便所に蛇とか当たり前だったし・・他所様のようなピカピカのお嬢にはならないわよ!無理でしょ?ドレスなんて着たら、弟が棒に馬糞つけて追いかけ回すのよ?」
やけくそ気味にグレイヌが言い訳する。
「・・おいたわしい」
「笑って見てたくせに、白々しいのよ!」
「まあ、お嬢様の無惨な恥晒しは今更なので諦めるとして、手品師まがいのインチキ導師をなけなしの色気で誘惑するより、地面に頭を擦りつけてでも、あの二人をお味方に引き入れる方が万倍もマシだと具申いたします」
「・・・色々と引っかかる物言いだけど、まあ、そうね。わたしも、鼻垂れたガキ相手に、うふんあはん言ってるより、さっぱりと土下座する方をやりたいわ」
「問題は、対価なのですが・・」
影衆が言いよどんだ。
「そうよね・・うちって、お金も無いもんねぇ~」
「鉱山もあるし、農作物だって育つ肥沃な土壌があります。無いのは現金だけなんですよね」
影衆の長が溜息をついた。
「・・それって駄目よね?」
「そのお姿で戦場に出かけるくらいに駄目駄目です」
「ぐ・・これは、ほら・・寝間着よ。もう暗くなったから脱いでただけよ」
「対価にお嬢様のお身体を差し出しても、そのまま突き返されそうでございます」
「むがぁぁぁ、うるっさいのよ!着れば良いんでしょ、着れば・・」
床に散乱していた衣服を適当に拾って手早く身につけてゆく。
「肌着が表裏でございます」
「へ?・・ああ、あれ、なんでこんな・・」
「シンノさんは、よく我慢してくれております。お嬢様の分も、誠心誠意、謝罪しておきますね」
影衆がそっと眼を逸らした。
「いや、あたし、そんなに迷惑かけてないって、服はたまたまよ?」
「最期に、寝具をお干しになったのはいつです?」
「えぇ・・そういうのは、ほら・・誰かがやってくれてたしさ」
「シンノさんは獣人ですから、臭いも我慢なさっていたと思いますよ?」
「・・・あんまり虐めると泣いちゃうぞ?」
「女の涙は男を堕とすために使うものです。女には効果がありませんわ」
影衆の長がばっさりと切り捨てる。
「ねぇ、だれか、あたしを助けて?影衆が絡んでうざいよぉ~」
「朝昼晩晩、お食事に毒を盛りましょうか?」
「・・ごめんなさい。生意気申しました」
「ああ、お伝えすることが・・」
「お小言はお腹いっぱいなんだけどぉ?」
「カイナード法国の大使を乗せた飛空戦艦が墜落したそうです。タンミール北の海に墜落したらしく、船体の確認も取れずに位置を特定することすら難航しているようです。今のところは、公には発表せず、魔導部隊が捜索に当たっているようで・・この学園にも紛れ込んで来ておりますからご注意下さい」
真剣な表情で告げる。
「うはぁ・・影衆っぽい仕事したの初めて見た気がする」
グレイヌが仰け反るようにして言った。
「死にますか?」
「申し訳ございません」
「観覧席に居たのは、魔導師団の研究部門の長です。あの者が乗っていたとすれば、カイナード法国にとってはこの上ない痛手になります」
「あの骸骨に皮を張ったような爺さんか」
グレイヌが老いた魔導師の風貌を思い出した。
「逃れ出た可能性はございますが・・それにしては、魔導部隊の動きが慌ただしい。死んでないにしても、本国に連絡の取れない状況にあると考えるべきだと思います」
「分かったわ。うちにとっては、楽しい情報よね」
「ところが、そうとばかりも言っていられません。カイナード法国が海を渡って沿海州の諸侯国を突破すると、次は我が国なのです。我が方の、あの玩具のような空飛ぶ棺桶では、カイナードの飛空戦艦には太刀打ちできません。ほぼ素通り状態で、上空を占拠されて、上からドカドカと魔導砲を打ち込まれます。我が国はそれでお終いとなります」
「ああ・・うん・・それでほら、他国の・・強い国に知己を得ようって事で、あたしが学園に入学した訳じゃない」
「何の成果も得られておりませんが?」
「鬼か、あんた人の皮を被った鬼だな?」
「お薬を置いておきます。夜、寝る前にお召し下さい」
影衆が小瓶を床へ置いた。
「・・何の薬?」
グレイヌが胡散臭そうに拾った。
「よく眠れる薬です」
「・・それって、朝起きれるの?」
「永眠できますよ?」
「いるかぁ!」
グレイヌが窓の外へ小瓶を投げ捨てた。
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