第26話 ルナリアの闘技大会

 闘技大会の熱気に冒されるように、観客達が声を嗄らして声援を送り、巨大な円形闘技場の中は声がうねって反響していた。

 現在は、6人以下の小隊戦が行われている最中である。

 一般の参加者も大勢居るが、なんと言っても学園からの参加者が多くて強い。

 団体戦から個人戦まで、上位のほとんどを学生が占めていた。

 学園都市ルナリアは、幼年校から大学院まで一貫教育を行う巨大校が四校も集まって創られた都市である。十万人近い住人のほとんどが学生か学校の関係者という大きな都市だった。

 三年に一度、各校が共催する形で闘技大会が催される。

 闘技大会は、特殊な結界の内側で行われるため、どんなに殺傷力の高い技、魔法を使用しても、ぎりぎりのところで命を失わない。実戦とは異なると、揶揄する者も多く居たが、生死を別つ実戦だけが戦いの経験では無い。

 学校同士の競い合う場としてだけでなく、各国の王侯貴族が自分の騎士団や戦士団などに、有望な若者を迎え入れるための品評会の場にもなっている。一般参加の者達は、そうした好機を得る可能性に期待しての参加であった。

 四校合わせて一つの学園であるという観点から各校に固有の名称は無い。ただ都市内にある校舎の位置から、北校、東校、南校、西校と校舎の位置で呼ばれている。


『勝者、北校代表、アマーダ小隊!』


 拡声器から審判の声が響き渡り、観客席に陣取った北校生徒の歓声があがった。

 治癒班が闘技場内に駆け入って倒れ伏した重傷者達を手当しながら搬送してゆく。

 次は、いよいよ個人戦の準決勝が開始される。

 勝ち上がった4人の中で、ルナリアの学生はたった一人しかいないという、未だかつて無かった事態となっていた。

 学生が弱かった訳では無い。むしろ、史上稀なほどに粒ぞろいの実力者が揃った大会だった。下馬評でも、圧倒的に学生達が強く、8強以降は結局学生達が占めるだろうと予想されていた。

 だが、準々決勝で予想は覆された。

 西校の生徒一人を残して、他校の代表者が敗退してしまったのだ。

 僅差の戦いでは無く、圧倒的な力量差を見せつけられての敗退であった。まだ一人残っているとは言え、学園側にとっては威信に関わる受け入れ難い結果である。

 整地と浄化が行われている闘技場内は、番狂わせを喜ぶ観客達、唯一残った生徒を応援する生徒達の声が錯綜していた。

 準決勝の第一試合で、その西校の生徒が登場する。

 対するのは、魔導銃と剣が合わさったような銃剣を使う無名の少年だ。土系の魔法にも秀でていて、近接戦でも遠距離戦でも常に相手を上回る攻撃を繰り出して圧倒し続ける戦い方を見せてきた。準々決勝を終えた時点で、優勝候補の一番手だろうと噂されている。 個人で整えるには困難な稀少装備ばかりを身に着けている。どこかの国が援助を行っているに違いない。素性を伏せたままの出場が、かえって様々な憶測を呼んでいた。

 しかし、準決勝からは所属の発表が義務づけられる。観客達はじれるような思いで発表を待っていた。


『個人戦準決勝を開始します』


 審判による呼び出しが始まった。

 会場中が選手の登場を待ちわび、期待感から静まりかえる。


『カイナード法国代表、魔銃剣士レイ・メン』


 ついに、国名が発表された。

 場内がざわつき、大きな歓声をあげて選手に向けて拍手を送った。

 大陸西方の雄、カイナード法国はこれまで一度たりと闘技大会には参加して来なかった。強力な魔法剣士団を有しているという噂だけは漏れ伝えられていたが、その魔法剣士がこうして公衆の面前に姿を現したのは初めての事である。

 魔法の加護で包まれた銀色の甲冑を陽光に晒しながら、長大な魔導銃剣を片手に少年が闘技場の中央へと進み出て行く。

 魔導機器によって、映像が会場上の天幕に選手の姿や表情が拡大投影されている。


『ルナリア学園、西校代表、シンノ』


 割れんばかりの歓声が生徒達から上がった。

 呼び出しに応じ、控え室のある壁際から、ゆっくりと石段を登って、修道服のような丈の長い真っ青な長衣を着た人影が登場した。

 小柄で細身の少女だった。

 修道女のベールで頭が隠されて三角の耳は見えないが、長衣のお尻からは銀毛の尻尾が伸びていた。純白の襟掛に、西校の紋章である有翼の獅子が刺繍されている。

 手に握っているのは細身の槍一本だけだった。

 どんな武器、防具を使用しても良い大会だというのに、シンノは学校の礼拝用の制服と一本の槍だけで勝ち抜いていた。

 ベールの下に覗く紅瞳は、どこか無気力な空虚な光彩をして、ぼんやりと対戦する少年を見ている。溜息でもつきそうな顔で、のろのろと闘技場内に進み出る様子に、不安がる声があがる。しかし、それを上回る大音声が観客席から放たれた。

 "銀狐親衛隊"の男達である。

 男達全員が、狐耳を模したかぶり物をしている不気味極まりない大集団だった。

 シンノは、項垂れるように、とぼとぼと歩いて闘技場の中央に立つと、正面にカイナード法国の少年剣士を見た。


「やあ、可愛いお嬢さん、そんなに暗い顔をしてどうしたんだい?」


 少年が笑顔で声を掛けてきた。

 無視である。

 シンノは無言で槍を腰だめに構えた。


「それって、ただの・・いや、並以下の練習用の槍じゃないかな?おまけに、それは学校の制服かい?よく似合ってて可愛いと思うけど、こういう場所にはちょっと向かないんじゃないかなぁ?」


 少年剣士・・レイ・メンが魔導銃剣の切っ先をシンノに向けて言った。


『開始っ!』


 審判の声が響いた。

 瞬間、シンノが立っていた辺りで地面が大きく爆ぜて穴を開けた。

 魔導銃剣から魔法弾が放たれたのだ。


「おっと、分身か」


 少年剣士の正面で、槍を構えたシンノが左右に二人出現して迫った。

 地面から土壁が二つ持ち上がって、それぞれシンノの行く手を塞ぐ。

 その土壁が二つとも粉砕されて槍が少年剣士を捉えた。

 重たい金属音を残して、少年剣士が後ろへと跳び退っていた。


「やるねぇ」


 少年剣士が槍を受けた魔導銃剣に眼をやりながら、滑るように前に出て間合いを詰めた。

 低く足下を払うような横薙ぎの剣がシンノを襲う。

 跳んで避ければ魔導銃で狙い撃ちになる。

 分かりきっているが、回避の難しい攻撃を、シンノは避けようともせずに槍を払うようにして受け止めていた。

 衝撃音が鳴り、少年剣士が魔導銃剣を弾きあげられて仰け反った。

 その喉元をシンノの槍が襲った。

 今度は分厚い岩が槍を阻んだ。

 そうと見て、シンノの手元で槍が捻られた。それだけで槍が岩を貫いて抜けた。

 危うく上体をよじった少年剣士だったが、槍は鎧の襟を削り取っていた。


「・・強いじゃん」


 少年剣士が笑った。


「なんだよ、こいつ他の学生とは別もんじゃね?」


 独り言のように呟き、少年剣士が地を蹴って上空へ跳び上がった。

 ほぼ同時に、少年剣士が無数に分裂してシンノを空から押し包むように斬りかかる。

 すぐさま、シンノの手元から魔法弾が連続して放たれて、ほぼ一瞬ですべての少年剣士の像が消え去った。

 命中音はシンノの右方だった。

 直後に、シンノの立っている場所に魔導銃弾が着弾した。一発では無い。連続して着弾煙があがった。

 今度は、無数に分裂したシンノの姿が上空に現れた。

 風の刃が少年剣士めがけて降り注ぐ。


「まじかよ、こいつ・・」


 瞠目しながら、少年剣士が魔導銃剣を地面に突き立てた。

 光る壁のような物が出現して、シンノの風刃をすべて受け止めて無効化してしまった。

 無感動なシンノの双眸がわずかに見開かれた。

 少年剣士の左右に、円形の楯らしきものが浮遊していたのだ。十文字に溝が掘られ、小さな穴が溝に沿って並んでいる。人の胴が丸々隠れそうな大きさの楯だったが、少年剣士が触れている訳でも無いのに宙に浮かんでいた。


「・・こいつは使うなって言われてたんだけど」


 少年剣士がぺろりと唇を舐めた。

 先ほどまでの笑いを含んだ目付きは一変し、真剣そのものの視線でシンノを追っている。

 シンノが先に仕掛けた。

 不可視の魔法弾を少年の手前に着弾させて砂塵を巻き上げ、砂塵に紛れるようにして突進する。そうと見せかけて、三体に分身して左右から槍を手に急襲した。

 油断なく足場を固めた少年剣士が魔導銃剣を手に、正面から来るシンノの槍を受ける。左右のシンノの槍は浮遊する円楯が受け止めた。

 直後に、円楯から金属の球が発射された。そう見て取るのも困難なほどの速度で射出された金属球がシンノを襲う。至近距離からの射撃武器による攻撃を、シンノは目の前に石の壁を生み出して防ぎ止めていた。

 激しい着弾音が鳴り響き、分厚い石壁に細かな火花が散って中程まで抉られる。


「だろうな!」


 正面から襲ったシンノを迎え撃って魔導銃剣を振り抜きながら、少年剣士は後方へ宙返りをしつつ、追い討とうとするシンノめがけて空いている左手を突き出した。

 シンノを中心に円状に広い範囲で地面が陥没した。

 シンノが思うように走れずに立ち尽くすようにして踏みとどまった。


「グラビティ・・・エンド!」


 少年剣士の魔導銃剣から赤黒く渦を巻いた魔光の暴流が噴き出してシンノを襲った。

 咄嗟に、シンノが両手を上に魔法障壁を生み出して受け止めた。


「チェックメイトぉ!」


 少年剣士の叫びに呼応するように、シンノの左右へ円楯が回り込むなり、金属球を射撃した。

 会場に居た誰もが無惨に撃ち抜かれる少女の未来を確信した。

 銀狐親衛隊までも、息を呑んで声を失っている。

 しかし、直前に地面から槍のように突き出した岩によって円楯はわずかに向きを変えられて、射出された金属球はあらぬ方向へと逸れていた。


「・・おまけに、グラビティ弾まで防ぎ止めるってか?」


 少年剣士が呆れ顔で呟きながら、手にした魔導銃剣に意識を集中した。

 魔導銃剣を燃え盛る炎が包んだ。


「炎鷹襲爪っ!」


 少年剣士が叫ぶと、少年を中心に9本の炎の槍が宙空に生み出された。


「おおおぉぉぉ!」


 少年剣士がシンノめがけて上空から魔導銃剣で斬り下ろした。

 同時に、9本の炎槍がシンノを襲う。

 青い修道服の肩に魔導銃剣の刃が食い込む。まさにその時、桜の花びらが舞い散った。細身の少女が桜の花びらとなって散って消えてゆく。銀狐親衛隊が、" 桜花 "と、勝手に命名した幻術である。

 声にならない溜息が会場を支配した。


「ば・・馬鹿な」


 少年剣士が魔導銃剣を地面に斬り下ろしたまま呻いた。

 背から胸へと細い練習槍が貫いていた。

 シンノがするすると距離を取って右へ左へ身を躍らせる。円楯が執拗に追って金属球を放っている。


「くそっ!」


 少年剣士が片膝を着きながら、魔導銃剣をシンノに向けて引き金を絞った。

 直後に、またもや真後ろから後頭部を痛打された。

 続けて、側頭部にも凄まじい打撃が叩き込まれ、少年剣士はほぼ真横へ飛んで地面を転がった。


「ひゅっ!」


 鋭い呼気を発し、シンノが繰り出した訓練槍が円楯を立て続けに2枚とも貫いて破砕した。

 シンノが右へ、いや同時に左へも歩く。

 それだけで、二人三人とシンノの姿が増えて行く。

 いずれのシンノも槍を手に、地面で苦悶する少年剣士を見つめていた。無感動に、路傍の小石でも見るような紅瞳が懸命に立ち上がった少年剣士の様子を映している。

 幾人かのシンノは突きかかり、残るシンノは槍を上から叩き伏せるように振った。

 為す術無く、少年剣士がシンノに押し包まれる。

 直後に、大爆発が起こった。

 少年剣士を中心に凄まじい爆発と熱が渦巻き、闘技場内を高熱の奔流が灼き尽くす。魔法防壁で護られた観客席は無事だったが、轟音と振動は闘技場全体を揺るがしていた。

 自爆だった。

 何らかの魔導武器なのだろう。

 少年剣士が自身の敗北を覚悟しつつ、巻き添えにするために使用したのだ。

 ぎりぎりで命が残る。

 そういう結界だと知っているからこその戦法だったと言える。


「おおおおお、ヂンンノォォォォ!」


 銀狐親衛隊が絶叫を放って、拳を突き上げ、軍団旗を振り回し始めた。

 場内の観客が総立ちになる中、闘技場を見下ろすようにして舞い上がっていたシンノが、ふわふわと銀毛の尻尾を風に揺らしながら会場へと降りて来た。

 無傷である。

 青い修道服に乱れなく、純白の襟掛には一点の汚れも無い。

 細い訓練用の槍を手に、紅瞳をほぼ死体同然の少年剣士だったものに向けている。


『勝者っ!ルナリア学園、西校代表、シンノ!』


 審判の声を受けて、観客が騒然となって割れんばかりの歓声を放ち、手を打ち鳴らし、足を踏みならして、青衣の銀毛の狐人を褒め称えた。

 シンノはくるりと踵を返すと、登場した時と同様に壁際にある石段を降りて控えの間へと立ち去って行った。

 やや俯き加減に、無気力な双眸を足下へ彷徨わせながら、とぼとぼと薄暗い廊下を歩く。


「どうだ?」


 観客席の一角に陣を構えるようにして座っている一団がいた。

 カイナード法国の全権大使とその警護団である。

 一区画を丸々占めるようにして、物々しい装備の騎士が外周に、内には導師服の魔法使いが控え、中央部に護られるようにして国賓の一人が座っている。


「レイ・メン・・まだ未熟ですが十分な強さですな。浮遊楯も十分に使えます」


 初老の男と、隣に侍る導師服の老人が運び出される少年剣士を見ながら話している。


「魔導銃剣は、かなり癖があるように見えるな」


「はい・・あれは、レイ・メン用に調整してあります。魔導銃としては、やはり魔力の消費が大き過ぎるため、使用者が限られます」


「あやつらの玩具にしか使えんか」


「あの雌犬めに水を差されましたが・・まあ、我ら魔導部としては浮遊楯の実用化の目処が立った事で良しとしますかな」


 老魔導師が苦々しく言いながら狐人の娘が去った控え室の方を睨み付ける。


「くくく・・あの獣臭い娘がおらねば、浮遊楯すら試せずに終わるところだったのだ。犬めも、人様の役に立つではないか」


 初老の男が酒を満たした杯を手に取りながら軽く笑った。


「我らの魔導兵器をお披露目するには多少なりとも歯ごたえのある者がおらねばなるまい?」


「・・よりにもよって、獣人が相手とは・・あのような犬っころを学園に棲まわせるなど、正気とは思えん」


「結構な人気ではないか。いっそ、我が国に連れ帰って、戦奴の慰み者にでもしてみるか?まだ若い雌だ。良い見世物になるであろう?」


「・・ふん、卑しい畜生めが、きゃんきゃんと喜んで鳴くことでしょうな」


「それで、次はどうするのだ?」


 準決勝の残る対戦は、カイナード法国の剣士同士である。

 つぶし合いは望むところでは無い。


「さて・・」


 言葉を発しかけた老魔導師が寄ってきた導師服の若者に耳打ちされ、笑みを浮かべて頷いた。


「フージャが棄権を申し出たようです」


「ほう?」


「あやつらしい賢明な判断ですな。儂も、キリンジを残そうと思うておりました」


「ふむ・・あの獣に勝てるか?」


「あの犬めの幻術には翻弄されるでしょうが、すぐに見切るでしょうな。さて・・畜生めが幻術の他にどんな芸を仕込まれているのか見せてもらおうかの」


 老魔導師が唇を歪めてひっそりと笑った。


「いずれにせよ、あの雌犬は無事では済むまい?フージャには救護室辺りで昼寝でもしておくよう申し付けてはどうか?」


「・・なるほど」


「我らが飛空艦に、檻の一つ二つ空きがあろう?」


「見世物の件、本気でしたか」


「レイ・メンにせよ、フージャにせよ、玩具を欲しがっておったろう?」


「そうでしたな」


「お主の所で調整してから、欲しい奴にくれてやれば良い。なに、処置に失敗したなら、戦奴の窟に放り込むまでだ」


「・・承りました」


 老魔導師が若い魔導師を招いて指示を伝える。


「それにしても、学園都市の闘技会というから、どれほどのものかと思っていたが、つまらんな・・剣も魔法もそれなりのようだが、お遊戯の域を出ておらん奴ばかりだ。犬娘が一番まともとは・・・世も末だな」


「我が国の魔剣士に比べては哀れになりますな。今の、レイ・メン程度の剣士が千名おると知ったら他国の奴らがどういう顔をするか見てみたいものです」


 老魔導師の言に、初老の男が笑いながら酒杯を傾けた。

 場内に、キリンジとフージャがカイナード法国の魔剣士であること、フージャが棄権した事が報じられた。

 闘技場がざわつき始めた。

 伝統あるルナリア学園の闘技会、その準決勝に残っていた4人中3人がカイナード法国の剣士だったと知れたのだ。

 カイナード法国は、教義による徹底した人種差別と、他国では禁忌とされる魔導兵器の開発を行い続けている軍事大国である。同じ大陸にあって民間での交流は遮断され、わずかに大使館を兼ねた商館が各国に置かれているだけで、その国交も常に危うく、いつでも戦争に発展しそうな挑発外交を繰り返していた。

 ここ数年は、特に強引な外交が目立つようになり、直接国境を接している国だけで無く、大陸東端の国々までもが嫌悪の視線を向けている。

 どうしても相容れないのは、カイナード法国の教義では、純血の人種しか人間と認めない。法国には人の権利を守る法はあるが、ケダモノを守る法は無い。森の民、鉱山人、小人も、獣人も、当然ながら混血も等しくケダモノであり、人間とは見なさない。人という種として見下すのでは無く、人外の獣という認識なのだ。

 雑多な種族が住み暮らすルナリア学園都市など、魔瘴窟だと公言して憚らず、他国であろうと道端で獣人を見かければ唾を吐きかけて武器で追い立てるような振る舞いをする。そんな傍若無人な振る舞いを、かつては大陸の盟主として君臨していたマルーカ帝国も、せいぜいが遺憾を示すという文書を発行するだけで何の抑止力も発揮できないでいる。

 理由の一つは、飛空戦艦。もう一つは、浮動要塞という二大魔導兵器の存在である。

 魔導で空を飛ぶ船と、地面ぎりぎりを浮かんで移動する城は、世の中に公開された当初こそ、墜落したり擱座して動かなくなったりと事故や問題続きで、大陸中から嘲笑を浴びせられていたが、今ではカイナード法国の代名詞とも言える主力兵器として世界を睥睨している。

 侵略戦争を準備しているという噂も絶えないが、カイナード法国にとっては唾棄すべき竜人という"ケダモノ"の存在が邪魔になっていた。

 その名の通り、飛竜の力を身に宿した人種で、槍剣を防ぐ竜鱗肌に、人とは比べものにならない怪力、底知れぬ体力、独特な魔法を操る高い知能、そして蒼穹を自由に飛翔する竜翼・・・。

 カイナード法国が飛空戦艦を開発したのは、竜人達の国が天空に浮かんだ浮遊大陸に存在しているからだった。いくら、強力な魔導砲を積んだ飛空戦艦とは言え、一度に運べる兵員には限りがある上に、魔導砲は大量の魔力を対価とする。無限に撃てるわけではないのだ。

 いかに少ない消費で、どれだけ強力な弾を撃てる魔導砲を開発できるか。

 搬送できる限られた兵員の個々の能力、装備をどれだけ強力にできるか。

 カイナード法国の抱える魔導師団は、研鑽に研鑽を重ねて開発を続けてきた。ルナリア学園都市の闘技大会に参加したのは、試作した装備群の中でも実用に耐えそうだと判断できた武器・防具を異国の戦い方をする相手で試し、カイナード人同士では気づかなかった不具合を洗い出すためだ。

 噂でも何でも無く、カイナード法国は大陸制覇を本気で目指している。

 個々人の努力や生まれ持った能力に頼りすぎず、薬物投与による身体強化や魔導装備の向上による兵士の戦闘力上昇をひたすら研究してきた。闘技大会のような個の能力が評価される舞台をお遊戯会だと公言して見下してきた。

 そんなカイナード法国の魔法剣士が大会に出場し、しかも、準決勝を独占しかかっていたという事実が闘技場の観客達を震撼させていた。

 西校の代表こそ勝利を収めたが、他校の代表者は文字通りに蹴散らされたのだ。


『それでは、ルナリア学園、闘技大会、決勝を行います!』


 審判の声が場内に響き渡った。


『ルナリア学園、西校代表、シンノ!』


 呼び出しを受けて、


「ヂンンノォォォォォォ~!」


 親衛隊の絶叫があがった。白銀色の絹地に翼獅子を縫い付けた応援旗が大きく掲げられて振り回される。


「・・おや?」


 カイナード法国の観覧席で、初老の男が眼をわずかに眇めた。

 呼び出しに応じて、見るからに元気の無い足取りで階段を登って姿を見せた西校の代表、シンノはこれまでの青い修道服では無く、黒い細身のズボンに編み上げの長靴、黒い袖無しの短衣の腰を銀色の帯で絞って、一振りの短刀を腰に、華奢な手には巨大な金鎚を握っていた。修道女のベールでは無く、三角の耳を晒して額に黒鉄の板をつけた鉢巻きを巻いていた。

 金鎚の打頭がシンノ自身ほどの大きさがある、見るからに扱い辛そうな大金鎚をずるずると地面を引きずりながら会場の中央へと進んで行く。


「戦鎚にしては、大きすぎるように見える、あれは魔導の武器か?」


「なんの魔導回路も通っておりません。あれは、ただの金属の塊です」


 老魔導師がシンノの武器を見ながら呟いた。


「学校の制服はやめて、黒一色か・・喪服かな?」


 笑いながら、初老の男が空になった酒杯を側付きの小姓へかざして見せた。

 幼年の小姓が慌てて酒瓶を手に進み出る。


「あの黒衣には、耐火の魔法がかかっておるようですな。素材は・・ここからでは判別が難しい」


「ほう?犬っころめが、畜生なりに何やら考えて来たか?」


「キリンジ相手に、火耐性をあげても無意味ですがな・・所詮は犬畜生か」


 老魔導師が嗤った。


『カイナード法国、魔法剣士キリンジ・カーン』


 審判の呼び出しに応じて、反対側の控え室の階段から大柄な人影が姿を現した。

 レイ・メンと似た白銀色をした重甲冑で、左手に大ぶりな騎士楯、右手には魔導銃剣を持っている。見かけは、二十歳前後の青年に見える。

 カイナード人は横幅はあるが背丈は中背といった者が多いのだが、キリンジという魔法剣士はすらりと背丈が高く、肩幅の広い遠目にも見栄えのする体格をしている。

 キリンジは会場中央でシンノに対峙すると、上に跳ねていた面頬を閉じた。

 小柄でほっそりとした少女を前に、一切の戸惑いも油断も無い。

 対して、シンノは変わらず無気力な双眸を相手に向けたまま構えるでも喪心したように力なく立っている。

 兜下のキリンジの双眸もまた無表情に狐人の少女を映していた。


『決勝戦、開始っ!』

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