第24話 クドウ・キョウコ
どういう造りになっているのか、天井の四隅が光っていて、清々しい光が広間を照らしていた。
小さな羽根のある小人達が楽しそうに飛び交っている。男とも女とも分からない幼い子供のような姿の小人達が、敷布に土壺や木皿を並べて、華やかな笑い声をたてている。
(・・妖精?)
トリアンは、妖精達の様子を眺めていた。
妖精を間近に見るのは初めてだったが、他に表現する言葉を持たない。男でも女でもない。裸の体には性別を顕す部位は無かった。
トリアンは、気配を感じて視線を巡らせた。
「体の具合はどう?」
不意に、女の声が聞こえた。トリアン達の国が使っているルス語とは違っている。だが、意味ははっきりと理解できた。
唯一動かせる眼をゆっくりと向けると、小柄な人影が近付いて来た。周りを妖精達がふわりふわりと飛び回っている。
トリアンは何とか体を動かそうとしたが、指の一本たりと動かせなかった。
驚いたことに、トリアンは魔法か薬かで拘束されていた。
「あんたをどうこうするつもりなら、とっくにやってるわ。安心なさい」
女が砕けた口調で言った。
黒い髪に黒い瞳をした若い女性だった。見たことが無い光沢のある灰色の上着と長ズボン、素足に木の板を使ったサンダルを履いていた。長いだろう黒髪は大雑把にまとめて折り上げ、木製の留め具を突っ込んであった。
羽織っているのは、医者などが着ている白衣である。
「ふうん・・まあ、そこそこ高ステっぽいけど、勇者様って訳にはいかないかなぁ」
若い女がわずかな失望を含んだ呟きを漏らした。
「これは、ジャージよ。履いてるのは下駄。良いのよ、あんたの所には無いんでしょ?聞き飽きたわ、そういうの」
ぱたぱたと手を振って、若い女が寝台の足下に、よいしょと声を出しながら腰掛けた。
「わたしは、クドウ・キョウコよ。こっちじゃ、マユラン・エイリスって名前で登場してるけど・・まあ、どっちでも良いわ。面倒なんで、ざっくり説明するわね」
(・・いや、なんか記憶にあるようだが、便所下駄も、ジャージも)
久しぶりに二郎の記憶が呼び起こされて、トリアンは胸中で苦笑していた。このクドウという女はトリアンの中に二郎という別人格が混ざったことに気づいていないらしい。
女が近くを飛んでいた妖精に何かを言った。その言葉は聞き取れなかった。
「そうねぇ、どう説明しようかな?どうせ、分かんないわよね?」
なにやら、ぶつぶつ言っている。
「まあ、とにかく説明するから聴いてて・・世の中には他にも世界があるわ。わたしは、こことあっちしか知らないけど、たぶん、もっといっぱいあるのね。そんで、わたしはここじゃない世界から連れて来られちゃった人よ。召喚魔法で誘拐された可哀相な人なのよ?もう、ふざけんなって話よ?コンビニの勤労青年をからかいに行ったら、いきなりよ、訳がわかんない内に連れて来られちゃたのよ。信じられないでしょ?そしたら、いきなりどっかの王様が登場よ。ジャージに便所下駄で王様だの王子様だのとご対面ってわけよ?」
憤慨した様子で語っている。トリアンは何となく理解できて笑いを堪えるのに必死であった。
それからも長々と不平不満が続いた。
「・・だって、わたしみたいなのに魔物と戦えとか無茶苦茶でしょ?自慢じゃないけど、運動のうの字を聴いただけでもお腹が痛くなる病気だったの。小中高と全ての体育祭とマラソン大会を病欠したのよ?箸を持つのも辛いのに、剣とか持てって馬鹿じゃ無いの?そういうわけでね、色々と詰んじゃったのよ」
女は履き物を脱いで、寝台の上であぐらを組んでいた。トリアンからすると、この女も色々と詰んでいる気がする。
「だけどねぇ、逃げたくっても騎士だの侍女だのが見張ってんのよ。ずうっとよ?何処に行くにもついて来んのよ?良かったのは、わたしの他にも沢山の人間が召喚されてたことね。いったい何人連れて来られたのか分からなかったけど、百や二百じゃなかったと思うわ」
身の上話を延々と聴かされながら、トリアンは自分もその1人だったかも知れないと、耳を傾けていた。
その間、女は妖精に持って来させた酒らしい物を飲み、妙な臭いのする食べ物を摘まみ摘まみ、いつ果てるとも知れない話を続けている。
なんとか理解をしようと頑張っていたトリアンだが、知識の下地が無いと理解が届かない内容も多かった。それでも、何となく、薄らとだけ把握したところによると、クドウは日本から強制的に連れて来られ、危うく戦奴隷にされそうなところを逃げ出した。その後は追っ手から逃げ隠れしながら彷徨って、この樹海に辿り着いたらしい。樹海に着いたばかりの時は仲間が5人居たらしい。クドウは予知と遠見の魔法が使えたため、危険が迫れば事前に察知して回避する事が出来た。
「ワンちゃん達は優しいし、何年かは上手く行ってたんだけどさ・・」
ある時を境に、見たことも無いような化け物が現れるようになった。
「それがさ、見たことは無いんだけど、知らないって訳じゃなくって・・前の世界で架空の生き物としてゲームとかに出てきた化け物ばかりなのよ。いきなり、そんなのが湧いて出たらおかしいって思うじゃん?わたしと一緒に喚ばれた奴が何かやってんじゃないかって・・」
クドウの仲間達が調べるために樹海から出て行ったきり戻らないという。
遠見の魔法や占術でも見つからず、と言って探しに行く勇気も湧かず・・。
ぷはぁ・・と大きな息をつきながら、酒臭い息を吐いた女が何がおかしいのか、くすくすと笑い始めた。
「いやぁ、参った、参った。ゴブリンとかオークとか、うようよ湧いて出るし、妖魔とか気味の悪い連中もちょろちょろし始めるし、さすがのわたしもヤバイと思ったね。ちょっと頑張って魔法とか覚えないとオークの餌になって死ぬ未来しか見えなくなってさ。苗床どころか餌って何?わたしって、オークもスルーなの?笑えるわぁ、死ぬの?馬鹿なの?どんだけ廃レベル?」
引きつった甲高い笑い声をあげて、仰向けにひっくり返り、ばたばたと足を暴れさせる。どうも、少しばかり精神を痛めているらしい。
トリアンは、四肢の感覚を取り戻そうと意識を集中した。
しかし、何かが途切れている。まるっきり感覚が得られなかった。
「んふぅ・・無駄よ」
いきなり、クドウという女が覆い被さって見下ろしてきた。
間近で見ると、整った顔立ちをしている。化粧っ気は無いが、三十そこそこだろうか。十分に美人である。
「無駄、無駄、無駄ぁ~」
酒臭い息を吐きながら、げらげら笑いながら転がって寝台から落ちて行った。
「って言っても、もう時間の問題か。すぐに動けるようになるわよぉ~」
左右に手を広げて体を揺らし、おかしな踊りをしながら顔を覗き込んだかと思うと、いきなり尻餅をついて床に座り込んだようだった。
「うふふ・・久しぶりに楽しいわぁ・・あんた、ついてるわよ。気まぐれでやった占いで、あんたが見えたんだから。あんたって、転生でも、召喚でも無いわよね?自我っていうか・・・外見はそのまんま、中身を取り替えちゃってる感じでしょ?どんな鑑定魔法でも、魔眼でも見抜けないわ。でも、わたしの占術はお見通しなのさぁ!」
大きなゲップをして、女はゆらりと立ち上がった。
どこから取り出したのか、右手に黒くて細い棒が握られ、顔には黒縁の眼鏡が掛けられていた。
「つまり、君は異世界人なのであ~る」
ピシッと音が鳴りそうな鋭さで、黒い棒がトリアンを指し示した。
(ふむ・・)
「わたしとは違う、第三の世界から紛れ込んじゃった迷子ちゃんなのであ~る」
(微妙に・・ずれてる)
「まあ、聴きたまえよ、ちみぃ・・」
女が馴れ馴れしくトリアンの肩を抱いた。
「この世界の住人はねぇ、どんなに強い奴でも、せいぜいレベルが5くらいなの。レベル7とか超強い英雄クラスよ?なのにあんたは18よ。これは本当は有り得ない事なの。あんたってば、異常な存在なのよ。おわかり?ドゥ~ユゥ~アンダスタン?」
(おれが異常・・なら、あいつらは?)
地底で会った四つ眼の巨人や青ざめた肌色になったシーリスが思い浮かぶ。
「まあ、この世界自体がおかしな事になってるから、あんたのレベルだって問題無いのかも知れないけど・・そんで、変だなぁって、あんたに興味を持って調べてみたわけさ」
あれこれと調べて行く内に、ごくたまに成功する最高レベルの占術が大成功して、トリアンの身体情報について深く見透すことが出来たらしい。
「あんた、生まれ変わるのよ」
(なに言ってんだ?)
「ステが上限になっちゃってんの。スキルに限界は無いっぽいけど、肉体の方が限界きちゃってんの。マックスよ。今のままだと、もうあんたって筋力とか成長しないの。ずうっと体の強さはこのまんまよ?それじゃ、面白くないでしょ?だから、脱皮よ?進化よ?生まれ変わるのよ?アヒルから白鳥になるのよぉ~~~」
女が片手を上に突き上げた。
(・・なんだ?)
トリアンの体が熱く火照ってきた。
「んふふぅ・・良いわ、良いわ!がっつり成功したわ!奇跡的だわ!イッツミラクル!ヒィ~ハァ~!」
何が楽しいのか、女が手を叩きながら、床の上でくるくる回っている。周りを妖精達が真似をして飛び交っていた。
(頭の病気か・・まだ若いのに哀れだな)
トリアンは女の身の上に同情した。
(う・・?)
不意に、体が繋がった。そうとしか表現できない感覚が体を震わせ、やけに大きく鼓動の音が聞こえ始めた。
「どうかね?もう動けるんじゃない?」
女に言われて、トリアンは右手をゆっくりと動かして顔の前にかざした。見覚えのある自分の腕である。
「ぁ・・ああ」
掠れ気味だが声も出せる。
「仕組みは知らんけどさ、良いのよ。理解しようとしたって無理。やってるわたしが分かんないもん」
クドウという女が自分の目の前で何やら指を動かし始めた。
「さて、ちみは進化するのだよ?期待にゾクゾクするんじゃないかね?何に進化するのかって?耳をかっぽじって静聴したまえよ」
クドウが咳払いした。
「天人であるぞ」
「あまひと?」
「天の人だ」
「天の・・」
「そう・・てぇ~~ん!」
クドウが人差し指を突き上げて叫んだ。
「それって人か?」
「人よ」
「何が違う?」
「・・さあ?」
クドウが首を傾げた。
「は?」
トリアンが軽く眼を見開く。
「へ?」
クドウも眼を見開く。
「いや、おれはもう、その天人というのになってるのか?」
「そうなんじゃないの?」
トリアンは自身の身体情報に意識を集中した。
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Nmae:トリアン・カルーサス
Race:天人
Sex :男
Age :12
Level:1
身体情報(非公開)
HP/MHP: 35,000/35,000
MP/MMP: 500,000/500,000
SP/MSP: 32,150/32,150
>extra points +550
状態情報(公開)
・不妊<永続処理> :子供が出来ません
・完全吸収<血脈> :糞尿の排泄がありません
<技能一覧>
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自律魔法(非公開)
・素敵な瞳 :Lv18:機能満載な瞳です
・危険探知 :Lv17:敵意と害意を見逃しません
・召喚武器 :Lv14:天使の贈り物です
・速度上昇 :Lv19:速くすることができます
・回転上昇 :Lv16:いつもより多く回せます
・硬軟自在 :Lv18:ふにゃふにゃもカチカチです
・軽重自在 :Lv1 :体重詐欺ができます
・聴覚保護 :Lv15:耳を大切に護ります
・視覚保護 :Lv15:眼を大切に護ります
・爆風保護 :Lv12:爆風に巻き込まれません
・耐性<衝撃>:Lv12:打撃と衝撃にとっても強いです
・耐性<炎熱>:Lv11:火とか熱とか御褒美です
・耐性<激震>:Lv10:どんなに揺れても平気です
・耐性<激痛>:Lv15:痛くても痛くないのです
特殊技能(非公開)
・青い天井 :Lv15:レベルに上限無いです
・万死一生 :Lv19:しぶといです
・冷静沈着 :Lv19:冷め切ってます
・加護<源泉>:Lv19:もりもり回復します
・加護<怨砂>:Lv16:薄ピタです
・呑翁 :Lv14:辛いことは呑んで忘れましょう
・神光 :Lv1 :神っぽく光ります
・転嫁 :Lv1 :なすり付けます
魔法適性(公開)
・none
一般技能(公開)
・恫喝 :Lv12:柄が悪そうです
・挑発 :Lv11:品が悪そうです
・細剣技 :Lv13:貴族のたしなみ
・鞭技 :Lv15:拷問上手
・仕掛け罠 :Lv17:陰険そうです
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「なんか・・増えてる」
「うふん、天人固有の魔法やスキルよ」
「・・おれの情報は、あんたの他にも覗ける奴がいるのか?」
「どうかなぁ・・居ないことは無いだろうけど、天人って素で耐魔能力が高いから、魔法とか魔眼とかじゃ難しいわよ?よっぽと存在格とか上位の奴じゃないと」
「・・なるほど」
「基本的に、世の中に出回ってる検査器や、魔道具を使っても、名前しか相手には分からないわ。国宝級の道具でも、レベルが表示されるかどうかね」
「あんた、すごいんだな」
「でしょ?わたしって、すんごいのよ?森の女王とか言われちゃってるけど、女神でも良いくらいよ?引きこもって毎日魔法の研究しかやってないんだからね?」
ふふんと鼻を鳴らして女が両手を腰に反り返った。
「ああ、それからね。天人族って不老らしいから」
「ふろう?」
トリアンは聞き咎めた。聞き捨てならない言葉である。
「そそ、歳をとらないの」
「・・いや、それはおかしい」
「おかしくないわ。だって、わたしも歳をとらないも~ん」
クドウがくねくねと体をくねらせる。
「あんたは良いが、おれは困る。いつまでも子供のままとか冗談じゃ無い」
「はぁん?なぁに、あんた?大人になって女侍らせてウハウハやろうって魂胆ね?硬軟自在つかった上に、その溢れるHPとSPで、女騎士とか
「・・あんたの
トリアンは自分の手の平を見つめた。
「やぁね、冗談よ、冗談・・ちゃんと見た目は歳を取るわよ。適当なところで外見の老化が止まるようになってんの。まあ、普通は20歳くらいかな」
「・・そうか」
トリアンは小さく嘆息した。
「まあ、でも・・かなぁり、ゆっくりだと思うわ。永遠のティーンとか言ってられるわよ?女子の羨望どころか、怨念まで独り占めよ?」
「無価値だ」
「冗談はそのくらいで・・っと、なんで、女神なわたしがあんたに親切にしてるかって言うとねぇ」
「親切・・?」
トリアンは訝しげにクドウを見た。
「シンノちゃんだっけ?銀狐の子・・あの子を守るためよ」
「母親との仲を取り持つとか、手紙に書いてあった」
「あれは嘘よ。獣人って信心深いって言うか、迷信みたいなのを本気にしちゃうのよ。狐人の間じゃ、銀毛は妖怪が憑いた忌み子って事になっててね。あの子の両親も持てあましていたみたい。良いところのお嬢さんだったんだけど、色々あって、厄介払いされるところだったのよ。寸前で、妖鬼に襲われちゃって・・・まあ、狐人族の中でも意見が分かれて戦争やってるっぽいけど」
クドウが頭をぼりぼり掻きながら寝台に寝そべった。
「妖魔とかも狙ってるし、放っておくと悲しい事にしかならないわ。いくら、あの子が強くなっても、一人じゃ気持ちだって
「・・それは分かる」
トリアンは頷いた。言われるまでも無く、力になるつもりだ。
「鴉の化け物に生け贄として差し出されたと聴いた」
「からす?う~ん、そうだっけ?まあ、一族の為に
「しょうもん・・?」
「魔法の契約書よ。あれがあると厄介なの。死に神付きの契約やってたら、ちょっと面倒になるわ。契約が果たされないと永遠に危ない奴が襲って来るようになるからね」
「とんだ騒ぎだな。あんな子供に・・」
「いや、あんたも子供だけどね?とにかく、はっきりとした事が分かるまで、うちで、シンノちゃんを保護するわ」
「シンノを、あんたが?」
「やぁね、別にあんた達を引き裂こうって訳じゃ無いのよ?ただ、今のまま親元に帰そうとすれば、可哀相な事になるし、ちょっと遅いくらいだけど、年齢的にも女の子の事を教えてあげた方が良い時期なのよ。それに、シンノちゃんって魔法の才能がピカピカでしょ?わたしなら魔法の才能を伸ばしてあげられるわ」
クドウによれば、銀毛の獣人は魔法適性が高く、高位の術者に成長し易いらしい。
「・・なるほど」
「あんたにも頼みたい事があるしさ」
「おれに頼み?」
「わたし占術やるって言ったでしょ?」
「ああ」
「まあ、便宜上は占いとか言ってるんだけど、何て言うかな・・予知夢に近い感じなんだよね」
「ふむ・・」
「まあ、的中率はぼちぼちなんだけど」
クドウが笑う。
「シンノちゃんを守りたい。守るためには親元に居ては駄目。ちょっとの間、わたしの所に匿う必要がある・・ってな具合で、結果に紐付いた条件が次々に見えてくる感じでね。解釈の幅もあるし、かなりの部分は曖昧なのよ」
未来が視えるというより、確率の高い予測が立つという感じなのだろうか。
「でね、わたしの視た予知には、あんたは存在しないの。いえ・・存在しなかったのよ。なのに、いきなり割って入って来たっていうか、こう・・底まで透けて見えていた水溜まりを、あんたという存在が掻き回して見えなくしちゃった感じ?」
「・・分からんが?」
「前にもあったのよ。異世界から渡ってきた奴が、わたしの予知を乱したことが・・おかげで回避しようとしてた悲劇のど真ん中にいっちゃってさ」
「そうか」
「一度、あんたにシンノちゃんから離れて貰ってから、改めて占ってみようかと思ってさ」
「なるほど」
トリアンは頷いた。それでシンノが無事で過ごせるなら悪いことじゃない。
「それに、このまま一緒に居たら・・・まあ、あまりはっきりした絵じゃなかったから、自信持っては言え無いんだけど・・あんたを追いかけて来た剣士っぽいのにシンノちゃんが斬られちゃうのよ」
「・・剣士?」
剣士と聴いてトリアンの脳裏に、ゴルダーンが思い浮かんだ。
周囲には他に剣士と呼べそうな存在を知らない。
「いきなり、こんな話したって、阿呆かって感じだとは思うけどさ。できたら、あの子のために少しの間だけ・・・」
「どのくらいだ?」
「へ?」
「ずっと離れていなければ駄目か?」
「え、ええと・・3年半・・いや確実なのは4年ちょいね。そしたら、戻ってきてもらって大丈夫よ」
「4年か・・・長いな」
「ただ、その事を、シンノちゃんによく言って聴かせて欲しいの。あんたに言って良いのかどうか分からないんだけど、あんたと同じように、シンノちゃんは近い内に存在進化するわ。その時に、シンノちゃんの心がこう・・」
クドウが短い棒を手に持って説明する。
「この棒を天秤みたいに考えてね。闇側に心が傾けば妖狐になっちゃう。でも、こう・・光側に傾けば仙狐になるわ。仙狐になれば、もう妖魔の降霊なんか受け付けないの。妖魔から身を守るには一番良い方法なのよ。降りかかる問題の片っぽは片付くわ」
「・・そういう理屈か。それなら、すぐに進化させればいいじゃないか」
トリアンは訊いた。
「馬鹿ね。あんたみたいに非常識な成長しないのよ。いや、もう十分に非常識なくらいにレベルが上がってるけど・・安全確実に身を護るための魔法を教えたり、能力を伸ばしたりするのための4年間なのよ。今のペースで成長させたら、心と体がバラバラになっちゃうわ。何もかもが早過ぎるのよ」
「ああ・・そんな感じなのか」
何となく理解できる気がする。
「上位種の仙狐になれたら、少々のことじゃ死なないわ。もう、妖狐には戻らないし、どろっどろな現実にまみれても平気よ。思う存分、連れ回してオッケー」
「・・いや、おれは、シンノを親元に帰そうと思っていただけなんだ。それが、あの子には一番良いだろうと思って」
「その親元が危ないのよ。同族内の紛争中でねぇ・・まあ、いつまでも引きこもりなわたしと一緒じゃ可哀相だしぃ・・4年後には、ちゃんと親元に送り届けるわ。ぶっちゃけ、仙狐とかほぼ伝説の存在だし・・進化しただけで、ステータス的には、今のあんたより強くなってると思う。親元で少々の事があっても、もう妖狐堕ちは無いからね」
クドウの説明を聴きながら、トリアンは自身の心の中に芽生えていた、シンノに対する親心のような気持ちに気づいて苦笑した。冷静に考えれば、わずか半年ほど度、寝食を共にしていただけだ。親でも兄妹でも無い。完全な他人だと言うのに・・。
「大まかな事情はわたしから伝えるわ。でも、何て言うかな、気持ちのところをお願いしたいの。いきなり、闇堕ちとか勘弁ね?」
「言い聞かせてみよう」
「助かるわ。でも、あんたも強くならないと駄目よ?わたしの依頼は今のあんたには厳しいかもしれない内容が含まれてる」
クドウが真剣な顔で見た。
「わたしの魔法で動けなくなってるようじゃ、ぷちっと殺されちゃうわよ?わたしなんて、この業界じゃ雑魚だかんね?弱すぎて同情される底辺なのよ?わたしの魔法で捕まるようじゃ、瞬殺よ、瞬殺・・天人は不老だけど、不死じゃないからね?死んだら、シンノちゃんは守れないよ?」
クドウの鼻息が荒い。
「うん・・まあ、理解した」
トリアンは頷いた。
「あんたは天狗になるタイプじゃないけど、世の中、びっくりするくらいに陰湿なスキル持ちが居るからね?レベルとか防御力とか関係なく、さくっと命取られちゃうから気をつけるのよ?」
クドウが何処かから取り出した酒瓶を逆さまにして喉に流し込んだ。
「思いつく限りの訓練をしてみた。ただ、技能という形で・・身体の情報には記載されない。正直、行き詰まっている」
「そりゃそうよ。スキルなんて、ほいほい発現するもんじゃないわ。知識の下地があって、それに体験が加わって、反復して経験を積む内にスキルという形で固着するそうよ?まあ、わたしはその反復のところが苦手で、ぜんぜんスキルが無いんだけど・・あとは生まれつき持ってるスキルとか、血筋で発現するスキルとか・・何かがきっかけで突然出て来るスキルは、固有のものが多いらしいけど」
クドウが酒まじりのゲップをした。
「そういう知識は、どうやったら学べる?」
「そりゃあ勉強するなら学校よ。塾でも良いけど、やっぱり学校の方がしっかり学べるわね」
「学校?」
「ああ・・まあ、ちゃんとした学校じゃないと、時間の無駄にしかならないから選ばないと駄目よ。ただ、あんたの場合は、生徒としては実戦経験が豊富過ぎるわ。教師をやるにはまだ世間の常識を知らなさ過ぎるし・・・」
クドウが、ふむと腕組みをした。心なしか、ふらふらと上体が揺れている。
「あんたに正しい知識を教えられる先生には心当たりがあるけど、年寄りだから実技が苦しいわねぇ・・・」
寝台をごろごろと右から左へ転がりながらクドウが笑い声をたてる。
「そんな、あんたにお誂え向きのイベントを用意してあげたわけさぁ~~」
酔っ払いが、にまにまと笑い顔で起き上がり、しかし、すぐに座り込んで頭を抱えた。
「どっかの国が召喚の儀式やろうとしてるわ。異世界から異邦者を招き寄せるってやつよ。それに、あんたを紛れ込ませてあげる。初めてだから上手くいくか分からんけど・・たぶん、理論上は大丈夫よ。召喚された連中に紛れて、魔法かスキルをゲットすんのよ」
なにやら、とんでもない事を言い出した。
「スキルを・・召喚って?」
「召喚魔法をやってさ、わたしみたいに他の世界から人材を拉致って来るのよ。あっちじゃ、底辺で負け組だった奴でも、こっちに召喚されると体がデタラメに強かったり、魔法がいっぱい使えたり・・まあ、勇者召喚ってやつだからね。高い確率で固有スキルやら魔法適性やらを付与された状態で召喚されるの。いっぱい人を犠牲にした上に、500年に一度しか使えない禁呪ってやつなんだけどさ・・・まだ、やろうって連中がいんのよね」
「500年・・?」
さらっと言っているが、とんでもない歳月である。
つまり、クドウという女は500年以上も生きている事になる。
「そのイベントに横入りして、スキルをゲットして、そんで召喚をするための魔導具だか施設だかをぶっ壊してプリ~ズ」
「そんなので、おれは強くなれるのか?」
「なるわよ。万一、スキル付与に失敗しても、すんごい武器とか魔導書とかゲットできるわよ・・・たぶん」
「・・・多分?」
トリアンは眉根を寄せた。
「やぁ~ん、なんか気持ち悪くなってきた。もう泣きそう・・やだぁ~」
「用が済んだなら行く」
トリアンはくるりと
「待ちんさぁ~~い!」
いきなりトリアンの前にクドウが出現して落ちてきた。
驚きながら、トリアンは半身に下がって避けた。
びた~ん、と痛々しい音をさせてクドウが木床に顔面から落ちた。
集まった妖精が小さな人差し指でクドウの背をつつく。
(今のは?まったく移動した気配が無かったぞ?)
クドウに殺意があったなら殺されていたかもしれない。
トリアンは背を冷やしながら、床で動かないクドウを見下ろしていた。
拘束の魔法といい、今の移動といい、このクドウという女は油断ならない魔法の使い手だった。
(こいつが底辺?一番弱いと言っていたよな?)
つまり、世界にはクドウよりも強い魔法使いが沢山居るということだ。
湿原や樹海でそれなりに強くなったつもりでいたが、まだまだ雑魚の域を出ていないということらしい。
(強くならないと駄目だな)
トリアンが決意を固めた足下で、クドウがげろげろと嘔吐を始めていた。
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