第13話 エフィール

 樹海のただ中に、高い防壁に囲まれたエフィールという町が築かれていた。

 四つ眼の巨人と遭遇してから23日目、トリアンはやっとの思いで人が住む町に辿り着いていた。

 分からない事だらけだったが、


(・・・無事なら良い)


 トリアンは、深く考えないようにしていた。

 とにかく人が住む町に辿り着けたのは嬉しい。

 もう何日も魔犬や妖鬼と遭遇戦をやりながら彷徨っていたのだ。

 身の内に棲んでいるスイレンが居なければ、寝ることも出来なかった。

 少ない荷物を訝しがられつつも、入門の最終手続きを済ませると、身証の魔法具という水晶塊に金属の枠を取り付けたような大きな道具の前に立たされ、検閲官だという厳つい顔付きの男から質問攻めにされた。

 結局、魔法具が何をするための物なのか判らないまま、いかにも不満そうに舌打ちでもしそうな顔付きの検閲官に見送られて、トリアンはエフィールに入ることが出来た。

 ただし、第三者による身元を保証する品を持っていないため、強制奉仕活動として1ヶ月の間は市議会が指定する役務に従事しなければいけないらしい。窮屈な話だったが、少し滞在するつもりだったので、特に不満も口にせずに言うことをきいていた。


(結界?・・・魔法か?)


 何やら凄い魔法使いによって魔物を寄せ付けない魔法が張り巡らされて、町を護っているらしい。

 大雑把ながら町の規則を説明されてから、同じように、身分を証す物を持たない者達ばかりが集められて、衛兵達に囲まれるようにして猟兵館に連行されることになった。

 ぞろぞろと歩いて、やっと到着したのは大きな石造りの建物である。

 見るからにガラの悪そうな男達が館の周りにたむろし、尖った視線を無遠慮にぶつけてくる。

 衛兵の一人が館の中へ入って行き、すぐに一人の三十がらみの女を伴って戻って来た。細身の黒いスラックスに襟のある白いシャツを着た厳しい面貌の女である。

 別の衛兵が抱えていた木箱を女のもとへ運んで置くと、紙に署名らしいことをさせていた。

 一人一人の動きや表情を、じっと観察しながらトリアンは衛兵達の唇の動きから、木箱の中身が仮発行の身分証だということを知った。女が署名したのは受領書らしかった。

 それよりも、


(なんだ、こいつら・・)


 館周りでたむろしていた目付きの悪い男達が、近づいてきて値踏みするように一人一人の周りを歩き始めた。衛兵も、それを止める様子は無い。

 当然の帰結と言うべきか、


「きひぇぇ・・すげぇ別嬪だぜ、こいつ」


 トリアンに近寄ってきた男がわざとらしい声をあげた。


(確か、町中での戦闘行為は禁止。ただし、片方が決闘を申し込み、相手が受けた場合は立ち会い人を選定した後に許可される・・・だったか)


 ついさっき説明された町の規則を思い出しながら、トリアンは奇声をあげた男を指さした。


「あ?なんでぇ?」


 男が威嚇するように上から覗き込んでくる。男の背丈は12歳のトリアンより頭3つ以上高い。


「決闘を申し込む」


 トリアンは告げた。

 しん・・・と、その場が静まりかえった。

 すぐに、男の顔に血が昇った。まだ、最初の奇声をあげただけだ。これから言葉で嬲り、散々にからかって憂さ晴らしをやろうと算段していたのだ。

 そこへ、いきなりの決闘申し込みである。

 男の中で、驚きとも怒りとも違う、どす黒い感情が噴き出した。


「いいぜぇ・・受けてやるよ」


 低く嗄れた声で応じた途端、トリアンと男の間に、光の鎖のようなものが伸び出て繋がった。"DUEL"という光文字が鎖の上で点滅してから消えて行った。


(守護者の時と同じだな・・)


 "HP/MP/SP boost +350"

 

 と、目の前に文字が明滅した。

 決闘の申し込みが受理されると、数値はランダムだが、ヒットポイントとマジックポイントが回復されるルールである。門の詰め所でざっと説明されたことだが、まともに聴いて理解できていたのはトリアンくらいだろう。


(弱いな)


 トリアンは対戦者の様子を眺めながら内心で苦笑していた。

 負ける要素はゼロだ。隠しているつもりだろうが男は腰を痛めていた。

 それでなくとも、トリアンの対人戦の基準は、ゴルダーンである。負ける気はまったくしない。何ら威圧感も感じない。

 男は血走った眼を館から出た女へ向けた。


「てめが立ち会いだ。文句ねぇだろうな?」


 女に向かって吠えるように告げる。


「良いだろう」


 女が無感情に頷いた。


「決まりだ」


 男がトリアンを振り返って嗤った。衛兵達が周囲の人間をさがらせて2人を中心に円形に取り囲むように立った。


「おう、武器はどうすんだ?」


 男が嘲笑うように見下ろしながら、トリアンに声を掛けてきた。

 それを無視して、


「始めて良いのか?」


 トリアンは、衛兵の後ろにいる立ち会い人の女に訊ねた。


「好きにしろ」


 女が頷いた。

 瞬間、男が突進して両手で掴みかかり、トリアンもまた前に出て右手で軽く男の顔を叩いていた。それだけで、ぐりんと首から上が捻れる。脛骨が折れなかったのは幸いだろう。

 一瞬で意識を刈り取られて膝から崩れ落ちる男を背後から首を絞め、膝を男の背骨に当てながら押し倒すと一息に後ろへ反った。背と腰で嫌な破砕音が鳴った。

 トリアンは、動かなくなった男を地面へ捨てると、耳の後ろめがけて爪先で蹴りつけて止めを刺そうとした。

 その時、


「待てっ!」


 女の制止する鋭い声が聞こえた。


 ほぼ同時に、勝利宣告をする表示がされていた。


 "You WIN!!" extra points +50


 トリアンは、咄嗟に足腰の力を抜いて、蹴り足をずらした。


(・・ん?)


 ずらしたトリアンの爪先と地面の間に、金属の板が入り込んでいた。


「ふぅ・・凄いな君」


 やけに爽やかな美形の青年が金属楯を持ち上げながら言った。どうやら、この金属楯を差し入れて蹴りを防ごうとしたらしい。

 見るからに質の良い生地の衣服で、胸には分厚い金属の胸甲を着け、腰には長剣を吊していた。その金色の髪に負けない、金色の刺繍が衣服の袖や襟などを飾っている。

 トリアンは蹴り足を引くと、青年から半歩距離をとった。


「そこまでだ!」


 立ち会い人の女が声を張り上げた。


「医務室から治癒師を呼んでこい!」


 女が誰かに向かって命じている。


「正式に、立ち会い人の居る決闘だったんだね」


 青年が陥没した楯の表面を確かめるように撫でながらトリアンに声をかけてきた。

 トリアンは、そちらは無視して、無言のまま立ち会い人の女だけを見ていた。邪魔は入ったが、トリアンの勝ちのはずだ。

 その視線に気づいて、


「おまえの勝ちだ。その男の所有財産の全てがおまえの所有物だ。衛兵が証人となる」


 立ち会い人の女が宣言した。


「おまえの名は?」


「トリアン」


 名乗ると、女が足下の木箱から一つの小箱を取りだして蓋を開けた。中には鉛色の指輪が収まっていた。


(・・あれが?)


 指輪が、身分証なのだろうか。

 女がやる事をじっと観察しながらトリアンは無言のまま立っていた。

 何か問いたげに見ている騎士の視線も完全黙殺である。"オレに話し掛けるな"オーラ全開で、青年には一瞥もくれず立ち会い人の女だけを見ている。

 衛兵が札のようなものをかざして、治療を受けている男の指から指輪を取り外すと、立ち会い人の女に手渡した。

 指輪の表面には極小粒の石がいくつか埋められている。それらが小さく光ったのをトリアンは見ていた。自然の光では無い。


「今の光は?」


 トリアンは立ち会い人の女に声を掛けた。

 その声に、衛兵や青年の視線も女の手元に注がれた。


「決闘の履歴を更新した。決闘で下した相手の名が記録される」


 応えた女の声にも、眼の動き唇の開き方にも気を配っていたが、嘘は言っていないようだった。念のために、衛兵や青年の表情も見たが、訝しがるような雰囲気は無い。

 常識のようだ。


「この指輪は、持ち主が死ぬか意識を失った状態で、先ほど衛兵が使った解除札を用いなければ取り外すことが出来ない。ああ・・・無論、持ち主が自ら外そうとすれば取り外せるが・・」


 女は、倒れている男の指輪を衛兵に手渡した。どうやらトリアンの物らしい鉛色の指輪を元の小箱に収めて蓋をした。


「後処理は衛兵にお任せする。君達には館に入って、これから従事してもらう奉仕活動について説明を受けてもらうぞ」


 立ち会い人の女が足下の木箱を抱え上げると館に向かって入っていった。

 トリアンはまだ残っているガラの悪い男達へ視線を巡らせてから、館に向かって歩き出した。


「ま・・待ってくれ、君っ!」


 金髪の青年が慌てた声を掛けて、前へ回り込むようにして立ち塞がった。

 いや、そうしたつもりだったのだろう。

 しかし、トリアンはすでに青年を過ぎて館の扉を入るところだった。

 呆然と振り返る青年を置き去りにトリアンはさっさと館に入っていった。


「好きに座れ」


 先ほどの女が入り口脇に立っていた。

 見回すと、がらんとした広間に、粗末な造りの椅子が並べられている。

 部屋の奥には造付けの板机があり、若い女性が座っていて何かの受付のようになっていた。二階に続く石階段もあるようだ。

 トリアンは一番前列の中央の椅子に座った。

 きょろきょろと落ち着きの無い他の者達の中で、ただ一人、トリアンだけが浅く椅子に腰掛けて女の顔を見つめている。


「まず、ここは猟兵の集う場所、猟兵の館と称されている」


 女の説明が始まった。

 女は館の長だった。猟兵館の館長という肩書きだと言う。

 二人の男女が大きな板を運んで来た。地図らしいものが貼り付けられている。


「君達が、猟兵の館に連れて来られたのは、これから1ヶ月間の奉仕活動が、猟兵に準ずるものだからだ」


 そう言いながら、女が細い指し棒を手に地図を指し示した。


「この円い印が、ここエフィールだ。南に馬で5日ほどの場所に城塞クーラン・ゲイルがある」


 棒が指したのは、今居るエフィール市から南東に位置する大きな丸印だった。


「クーラン・ゲイルからエフィールに至る道中の、この辺りで飛行船が墜落した。落下した遺品の回収と運搬が君達の活動内容になる」


 言いながら、女が手渡された紙へ視線を落とした。補佐についている初老の男が同じ紙を座っている全員に配り始めた。

 渡された紙に視線を向けて、トリアンは胸内で舌打ちした。


(飛行船はいきなり墜落した)


 カルーサス家のやり口としてはちゃち過ぎる。トリアンの身体能力を知っていれば、飛行船を墜落させた場所に追撃する部隊が用意されていたはずだ。トリアンの事を知らない奴か、別の者を対象にした犯行か。本当に、ただの事故だったのかもしれないが・・。


「文字が読めぬ者は手をあげなさい」


 女の声に、トリアンの周りで半分以上が手をあげていた。


「今、手を上げた者は、この後、簡単な講座を設けてある。そちらで基礎を学び、配布の教本で独習するように。手にしている紙は、作業の指示書になる。猟兵には当館から指示書が渡されて初めて任務の受理、受託が成立する。貴族や商人などから独自に受けた依頼については、当館は一切の関与をしない」


 女が言葉を切って全員の顔を見回した。その顔を補佐役の男へ向ける。男が何事か指示をすると、まだ少女といって言いくらいの若い女が、奥からキッチンワゴンのような手押しの台車をおして来た。上には小さな布袋がいくつも積まれている。


「支度金だ」


 女がみんなの疑問に答えた。


「無駄に使わなければ、1ヶ月は寝食ができる。各自の責任で保管しなさい。外の連中のように、弱者に群がろうとする輩は何処にでも居る。気をつけることだ」


 女の言葉を聞きながら、トリアンは渡された小袋の口紐を解いて中身の確認をした。小指の先ほどの銀の小板が5枚、水滴のような形状の少し重たい銀粒が1つ、六角形で中央に穴の開いた銅貨が20枚、長方形のやや大きな銅板が5枚。一つ一つの硬さを指で確認して、トリアンはすべてを小袋へ戻し入れ口紐を縛った。


「ここまでで、質問があるか?」


 女の問いかけに、トリアンは手を上げた。


「聴こう」


「そこの食堂で食事をした場合はいくらだ?」


 トリアンは立ち上がって、部屋の奥にある長机や椅子が並んだ場所を指さした。なにせ、トリアンは庶民的な物価を知らない。


「ん・・いくらだったかな?」


 女がワゴンを運んで来た少女を見た。


「え・・と、食事が2トロン、飲み物を頼んで3トロンです」


 少女が戸惑いながら答える。


「手元にある穴あき銅貨2~3枚というところらしいぞ」


 女がトリアンを見た。


「続けて質問良いか?」


 トリアンが手を上げた。


「構わん、続けろ」


「町中での戦闘行為は禁止だと理解している。だが、宿での寝込みや路地裏などで一方的に襲われた場合は身を守るために戦うことになる。その場合、誰がどういう処罰を受ける?」


「うむ、滅多に無いことだが・・そうだな、おまえは、あの男や仲間から恨みを買っただろう。襲われる事も有り得るか・・・正当な行為かどうかは衛兵による調査で裁可が下される。この町への貢献度が考慮されるため、新参のお前達には不利になるな」


「町の外などで待ち伏せにあった場合はどうなる?」


「原則、町の外を縛る規則は無い。当事者が生存していれば審理の法具によって裁かれる。ほとんどの場合は、生き残った者の理屈が通ることになるだろう」


「理解した」


 トリアンは着席した。生き残った方の言い分が通るということなら何の問題も無い。


「蛇足になるが・・」


 と前置きをして、女が町の宿について猟兵の館が斡旋する宿があること、その値段などを説明した。


「では、身分証の配布を行っておこう。名を呼ぶので、受け取りに来てくれ」


 女の合図を受けて、補佐役の男が木箱を抱え上げた。女が無造作に手を入れて、小箱を掴み出すと蓋を開いて指輪を摘まむ。名は内側に彫られているらしい。一つ一つを確認しながら呼びだして、一人一人に手渡ししてゆく。

 丁寧な仕事ぶりは好感が持てた。


「トリアン」


「はい」


 短く返事をしてトリアンは立ち上がると、小箱を受け取った。


「決闘履歴の更新状況を確認したければ、奥の受付で依頼しなさい。1トロンになるが、専用の魔法具を貸してくれる。使用は小部屋を借りた方が良いだろう」


「わかった」


 頷いて、トリアンは小箱を手に着席した。


「では、箱を開けて彫られている名を確認し、正しければ、どの指でも良いので填めなさい。着けた指の太さに合わせて勝手に伸縮する」


 説明を聞いて、トリアンは小箱を開くと、鉛色の指輪を取り出した。表面にちりばめられた極小の石を丁寧に見つめ、指輪の側面を指で触りながら確かめ、最後に彫られた名前を確認する。

 トリアンは左手の小指に填めた。じわりと締まって大きさの調整が成されたようだった。


「今後は、門を出入りする時など、その指輪を衛兵の所持する魔法具にかざすことで身分が証明される。猟兵としての決まり事などは、奉仕活動が終わり、猟兵になった時に改めて説明しよう。さて・・」


 女が館の奥を振り返った。

 壁に大きな時計がある。


「では、これで解散としよう。宿の斡旋など希望者は奥の受付へ行きなさい」


 女はそう言い置いて、二階へ上がる階段へと足早に歩き去った。

 トリアンは、まっすぐに受付へ向かった。

 行動が誰よりも速い。

 良い宿から埋まるのだから当然だ。

 女の補佐をしていた初老の男が、端にある空いていた受付の席へ座ったのを見ている。他の2つの受付を見向きもせず、まっしぐらに男が座る受付前に立つと、


「安くて安全な宿を紹介と、これを読むための魔法具を貸して貰いたい」


 トリアンは指輪を見せた。

 ちらと顔を見上げた男が無言のまま頷いて立ち上がり、後ろの棚から魔法具らしい一抱えほどの鏡と鍵を一本取り出して机に置いた。


「宿の斡旋料は1トロン、合計で4トロンになる」


「わかった」


 トリアンは、握っていた4枚の穴あき銅貨を机に置いた。


「部屋はそこを使え。終わったら返却してくれ。その間に宿の部屋はおさえておく」


 男が指さしたのは、向かい側の壁にある扉だった。扉に、聴取室という札が貼られている。

 トリアンは礼を言って、魔法具と鍵を受け取ると扉を開けて中に入った。

 すぐに小指に填めた指輪を外してみる。

 ちゃんと取り外す事が出来た。

 トリアンはほっと息をつきながら、借りた魔法具に指輪を近づけてみた。


・名 前:トリアン(家名無し)

・身 証:猟兵見習い(登録館:エフィール)

・賞 罰:なし

・決闘歴:1勝0敗 勝>ジェリオ・カジース>財産分与:未


 単純明快な情報しか入っていなかった。


(これなら他人に見られても良いな)


 トリアンは指輪を小指へ戻した。

 身体の情報や技能魔法など読み取られるようでは困ると思っていたが、まったく心配いらないようだ。

 トリアンは借りていた魔法具を返却すると、人の疎らな食堂に立ち寄って、ゆっくりと食事をした。串焼きにした肉を塊で5個、売っていた水筒を5つ買って柑橘類を絞って香り付けした水を注文した。保存がききそうだったので、当面の食料にしようと思ったのだ。

 出来上がるまでの間、資料室のような閲覧場で、猟兵についてのこと、様々な道具類や使用方法など、駆け出しの猟兵向けにまとめられた物を読みふけった。この世界で思い知ったことだが、書物や資料類は大変に貴重だ。無料で読むことが出来る、こうした場所は非常に有用だった。

 出来上がった料理を受け取り、大きな麻の袋に詰めて背負ったトリアンが猟兵館から出てきた頃には少し陽が傾いていた。


「あんたがトリアンかい?」


 いきなりの声は路上からでは無く、近くの道具屋のような建物の二階、小さなバルコニーのような所に居た女だった。

 振り返ろうとした視界の上を、着衣に風をはらみながら女が跳び越えて、トリアンの行く手に降り立っていた。建屋の二階から一跳びである。10メートル以上も跳躍した事になる。着地もほとんど音を立てていない。

 二十代半ばだろうか。目鼻立ちのはっきりとした勝ち気な美貌の女である。町中で多く見かけた薄い茶色の髪に、はっきりとした青い瞳で、白い肌は日に焼けて赤みがかっていた。着ているのは、袖口のゆったりとした長袖の上衣に、七分丈のズボン、足首でベルトを巻いたサンダルという軽装だった。腰に短めの短刀が吊ってある。


「あんた、ジェリオをやったんだって?冗談かと思ってたけど、なんだか雰囲気あるじゃない」


 薄く笑う女を前に、トリアンは路地から飛び出してきた男たちを見た。一人が仲間に報せに走ってゆく。

 女とお仲間という感じでは無いらしい。

 男たちは緊張した面持ちで距離をとっていた。


「こいつら・・知り合いか?」


 トリアンは男達へ視線を配りながら言った。


「知り合いといえば、そうね・・同じ町の猟兵だし、顔見知りではあるわね」


「ふうん」


 トリアンは女の顔を見た。


「ジェリオだったか?あんたの男なら悪かったな」


「ちょ・・やめてよ。あんな腰痛持ちの年寄りなんか相手にしやしないよ。こう見えても、あたしはそこまで安く無いんだ」


 女が露骨に顔をしかめて吐き捨てた。

 なおも何やら毒づこうとして口を噤んだ。女の視線が、トリアンの後ろへと注がれている。

 振り返ると、猟兵の館から女が姿を見せたところだった。館長である。


「また、立ち会いをやろうか?」


 女がつまらなそうに声をかけてきた。


「ああ、頼もうか。面倒だから順に決闘をしよう」


 トリアンは男達を見回した。

 しかし、例の決闘表示が現れない。男達が承諾しないらしい。


「珍しいね。アニス、止めないの?この子、レベル1だろ?」


 声を掛けられて、


「低く見積もり過ぎだ」


 猟兵館の女が呆れたように言った。


「へぇ、町に来たばかりで、もう魔物斃してんのかい?」


 薄茶髪の女がトリアンをまじまじと見つめた。


「決闘をしないなら・・トリアンだったな、おまえに用がある」


 猟兵館の女館長がトリアンに声を掛けながら近づいて来た。

 三十路を過ぎたかどうかといった雰囲気で、整っているが美貌というよりも厳しさが際立つ風貌の女である。刃物のような双眸には相手の心根の底を見徹すような激しい炎が揺らいでいるようだった。

 薄茶髪の女も、この猟兵館の女館長も、トリアンよりは背丈がある。女としては長身の部類だろうか。どっちにしろ、12歳で背比べは分が悪い。


「貴様が決闘をした、ジェリオという男が先ほど死体で発見されたようだ。決闘の傷は完治させたので死因では無いが仲間内で制裁なり・・何かあったのだろう。それは良いのだが、勝者の権利が行使される前に死亡したことで、あれの財産は市議会預かりになった」


 猟兵館の女館長が蜜蝋で封された書を差し出した。受け取って開いてみると、ずらずらと箇条書きに市議会からの資産の差し止め項目が記されていた。


「・・なるほど」


 トリアンは不快げに眉をひそめた。市議会による殺害という事も考えられる。面倒な話だった。


「手続きをするために議会が派遣する問診官に会うようにと書いてあるな?」


 トリアンは猟兵館の女に訊ねた。


「猟兵館で手続きをする事になっている。立ち会い人の元で確認が行われるからな」


「そうか」


 トリアンは頷いた。


「ねぇ、アニス・・そろそろ、紹介してくんないかなぁ?」


 薄茶髪の女が馴れ馴れしげに猟兵館の女館長に近づいた。


「なぜ、おまえがエフィールにいる?」


「嫌だわぁ・・迷惑みたいに言わないでよ。思ったより長くなりそうだったから、ちょっと小休止よ」


「・・そうか」


「じゃなくって・・ええと、わたしは、シーリス・ボーマ。猟兵やってる」


「トリアンだ」


 短く名乗って、トリアンは猟兵の館に向かって戻り始めた。


「ちょっと待ったぁーーー!」


 シーリスと名乗った女が大急ぎで前に回り込んで両手を拡げた。


「なんだ?」


 トリアンは女の顔を見た。


「いや、あんた少ないでしょ?わたしは、名前と家名まで名乗ったよ?職業もね?なのに、何なの?あんたのは、名前だけよね?そうでしょ?」


「・・猟兵見習いだ。明日から奉仕活動をやる」


「へ?奉仕って・・例の飛行船のゴミ拾い?」


 シーリスが猟兵館の女館長を見た。


「その通りだ。明日から奉仕活動に従事して貰う」


「はぁ!?おっかしいでしょ?ジェリオだよ?脳のわいたゴミ野郎だけど、3年猟兵だよ?あいつを軽く狩るような奴にゴミ拾いとか・・何の冗談よ?とっとと、前線によこしなさいよ!足んないのよ、人が・・前でやれる猟兵が少なすぎんのよ!」


 もの凄い剣幕で食ってかかる。


「町の規則だ。例外は無い」


「かぁーーーーーあんたってば、いっつも規則、規則、規則、規則・・どんだけ、規則好きなのよっ!一人でも二人でも、前線に人手が欲しいって時に、こんな使えそうな奴をゴミ拾いとか、寝言垂れてんじゃないわよっ!」


「例外は認めん」


 猟兵館の女とシーリスが真っ向から睨み合う。


「決闘するなら、オレが立ち会いをやろうか?」


 トリアンは睨み合う二人に声を掛けた。


 二人の女の双眸が、刃物の光を宿してトリアンを捉えた。


「良い度胸だわ、あんた・・」


 奥歯から声を絞り出すように唸るシーリスの横で、


「すまん、無駄に待たせた」


 猟兵館の女館長が冷静に謝罪をした。


「ちょっ・・!?」


「前線が人手不足なら、さっさと戻れ」


 言い捨てて、猟兵館の女館長が踵を返して足早に館へと去って行った。

 後を追って、トリアンも歩き出そうとした。


「おぉーーい、無視かコラ?なに余裕かましてんの?いくら穏便なシーリスちゃんでも、さすがに怒っちゃうよぉ~?」


 横へついて歩きながら、シーリスがわざわざ身を屈め、下からトリアンの顔を覗き込むようにして睨む。

 実に、鬱陶しい。

 女館長は先に歩いて館に入って行ってしまった。


「やあ、紅旋風のボーマさんじゃないか?」


 爽やかな声が掛けられた。

 途端、半白眼で逆三角をしていた女猟兵が、面白いように蕩けた乙女の表情になって、くるりと声の主を振り向くと、別人かと思うくらいに、きらきらと眩い笑顔で、


「まあ、アラバード様ぁ、このようなところでお会いできるなんて奇遇ですわね」


 ふんわりと柔らかい微笑みのまま金髪の青年の方へと歩き去って行った。


(やれやれ・・)


 トリアンは辟易としながらも、これ幸いと、やや急ぎ足で猟兵の館へと向かった。

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