第2話 サヨナラ、二郎。

「ん・・やっぱ、寝てたのか」


 二郎は不意に意識が戻った感覚に、がっかりしたような思いをしつつ周囲を見回した。

 牛丼屋の前では無かった。

 そこは、真っ白な部屋の中だった。

 床は白い磨き上げられた石、壁も白、見上げる天井も白、座っている椅子も白く、目の前にある小さなテーブルも白かった。

 ソーサーに載ったティーカップだけは銀色だった。


「・・なんだ、これ?」


 思わず呟いて、二郎は聞こえた中性的な声に戸惑った。


(おれの・・声?)


 喉元へ手を当てながらもう一度声を出そうとした時、とんでもない打撃が頭頂部を襲った。

 あまりの衝撃に視界が暗転しそうになる。

 突っ伏した勢いでティーカップを払い落としてしまった。銀製のカップが石床に乾いた音を立てて転がる。

 

(・・ふざけるな・・・)


(ん?・・だれ?)


(貴様こそ、誰だ?)


(いや、おれは・・って、何で・・どっから聞こえるんだ?)


(呪い・・憑依の類いか?だが・・惜しかったな、おれは死んでおらんぞ)


(え・・えと、どちら様でしょうか?)


いているのは、おれの方だ。下郎が、さっさと我が身から立ち去れっ!)


(えっ・・ちょっ・・あ・・・あぁぁ・・)


 こうして、上野二郎の人生は終了した。どこまでも不運な人生でした。


 合掌おしまい



「つぅ・・」


 顔をしかめながら視線を巡らせると、テーブルの上に分厚い本が載っていた。

 どうやら、これが上から落ちてきたらしい。


(本・・これが落ちてきたのか)


 真っ白な天井を見上げつつ、本の表紙へ視線を向ける。


「・・手引きの書?」


 トリアンは痛みに顔をしかめたまま、本を引き寄せて表紙を開いてみた。

 その時、


「トリアン様?今の物音は何事です?」


 扉を開けて、見覚えの無い老人が飛び込んできた。


(・・誰だ?)


 トリアンは老人を見たまま固まった。

 老人とは言っても、まだ60歳そこそこだろうか。目付きが異様に鋭い、逞しい体付きをした男だった。身長は、軽く2メートルはありそうだ。

 老人の鋭い視線が床の銀製カップを見た。


「・・すぐに片付けさせます。別の物をお持ちしましょうか?」


「少し・・一人にしてくれ」


 老人の眼光に内心で狼狽えながらも、口調はずいぶんと偉そうである。痛みで顔をしかめていたのが良かったのか、老人はそれ以上何も言わずに部屋の外へ出て行った。


(・・様付け?おれって偉い人?・・いや、おれは・・だれだ?)


 トリアンはなんとも言えない焦りを覚え、痛む頭を擦りながら立ちあがった。どうやら、本の角が当たったらしい。記憶の混濁が酷いようだった。

 床に転がった銀製のカップを拾いに行くと、割れてしまった皿の破片をカップへ入れながら集めた。それから、床に散った紅茶っぽい色の飲み物を眺めた。


(何かで拭くか・・)


 そう考えた時、視界に妙な物が描き出された。


「・・は?」


 思わず声が出た。

 漫画の吹き出しのような物が、床にこぼれた飲み物の上に表示されている。

 そう、それは表示という表現がピタリとくる感じだった。


(これって・・いや、なに?・・致死性の毒分13%?)


 トリアンはぎょっと身を固めて"吹き出し"の文字を凝視した。


(毒・・致死性)


 背筋を本能的な冷たいものが走った。

 破片を入れた銀製カップをそっと床に置いて、トリアンは静かに立ち上がると部屋の中を見回した。


(さっきのデカい老人はあの扉・・なら、あっちは・・)


 部屋の逆側にも扉はあった。


(って言うか、この部屋って白過ぎだろう。気が狂うぞ・・こんなの)


 トリアンは窓辺に近づいた。

 大きな石造りの館の3階辺り。噴水のある広い庭を見下ろせる部屋だった。

 トリアンはテーブルを振り返ると、急ぎ足に近寄って落ちてきた分厚い本を手に取り、気ぜわしく頁をめくっていった。

 何章かに別れている。

 序章と分類された頁には、なぜ、トリアンがここに居るのかについて細やかに説明されていた。トリアンの眉間に怒り皺が寄る。

 死んだトリアンに、二郎という別人格が宿る事になっていたらしいのだ。

 酷く不鮮明な記憶だが、つい先ほどまで誰かと会い話していた気がする。痛む頭を押さえながらトリアンは俯いた。二郎という人物の記憶が次々に流れ込んでくる。トリアンの常識からしたら異様に感じる知識ばかりだが、どこか不鮮明で途切れがちだった。記憶の片隅を中途半端に汚された気分である。

 その時、扉が控えめに叩かれた。若い女の声が入室の許可を求めている。

 トリアンは不快げな表情のまま、


「入れ」


 扉に声を掛けた。


「し・・失礼します」


 十代半ばほどの小豆色のメイド服を着た少女が怯えた表情で部屋に入ってきた。手にしているのは、ちりとりと箒、雑巾らしき布である。


(ん?)


 妙な感情が胸中に動いて、トリアンはわずかに表情を変えた。

 すぐに紙面に視線を戻した。


(女中を見て・・なんだ?妙な気持ちが動いた?動揺?・・・二郎とか言う奴の感情か?)


 胸内に呟きながら、トリアンは苦々しく眉間に皺を寄せた。

 二郎とやらは、たかだか女中を見たくらいで動揺するような男だったらしい。


(女中も雇えぬ、貧しい生まれ育ちだったのだろう。哀れな奴だ)


 トリアンは"手引きの書"の序章のあらましを頭に入れると次の章へと移った。

 控えめに、カチャカチャとカップを片付ける音がする。眼をやると、女中の少女が床に跪いて雑巾で床の液体を拭こうとしていた。


「気をつけろ。それは毒だぞ」


 思わず少女に声を掛けてから、トリアンは口を噤んで顔をしかめた。


(・・迂闊うかつだったな)


 お茶に毒を入れたのが、この女中である可能性だってあったのだ。

 女中がぎょっと手を引いて二郎を振り返った。青い瞳におびえが深い。顔を蒼白にしたまま震える女中を見ながら、トリアンは小さく息をついた。


「茶に毒が入っていた。だから床に捨てた。拭くのなら、素手で布を持つのはやめておけ」


 言い聞かせるようにして伝えると、トリアンは"手引きの書"に意識を戻した。

 一章は、トリアン・カルーサスの生い立ち、性情から行状まで事細やかに記されていた。口癖や仕草、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな人物、嫌いな人物、毎日のルーティンにしている行動など、何で必要なのか分からないような情報まで、びっしりと記載があった。

 二章は、行動記録になっていた。いつ、どこで、何をやったのか。単なる観察日記では無く、その時に何を考えて思ってやったのかという内面の記述まである。

 奇妙なのは15歳までの記録が記載されていることだ。今のトリアンは12歳になったばかりのはずだ。そういう記憶がある。


(誰が、どこでこれを記録した?・・・いや、おれは・・おれなのか?)


 混乱しながらも、こうして読んでいて、まるで他人の事のように思える。確かに、記憶にある行動なのだが、なぜか別の人間の事のように冷静に読めている。

 訝しく思いながらも読み進めると、トリアンの眉間の皺はいよいよ深くなった。

 とんでもない事をやる・・やった少年のようだった。


「ま・・待てっ!」


 トリアンは、震えながらも立ち上がって人を呼びに行こうとする女中を呼び止めた。

 背を縮めて歯の根も合わぬ様子で女中が振り返る。

 無理も無い。

 トリアン・カルーサスは12歳にして、すでに酷薄な性情を発揮して、周囲の者にかなりの乱暴を働いていたらしい。両親・・特に母親は末っ子のトリアンを溺愛して、すべての行いを無制限に許している状態だという。代々続く侯爵家であり、母親は現国王の従姉妹に当たる人物であるため、領内においてはトリアンを罰する何者もいない状況だった。

 二章に書かれた記録によると、トリアンは毒殺未遂の責任を取らせる形で、この女中の娘と調理場の母親を地下にある拷問室に裸で吊るし、陵辱しながら嬲り殺すことになっている。


(こいつは・・おれは・・トリアンはここで呼び止めないだろ?)


 間違いなく放置しただろう。

 犯人を特定できないまま、トリアンの母親が、女中の母娘を容疑者として犠牲にする事で怒り狂うトリアンを宥めようとしたのだ。


「騒ぎになるのは面倒だ。おまえはこの事を誰にも言うな。柄のある・・モップはあるか?ああ、その箒で良いから貸せ!」


 トリアンは女中から箒を取り上げると、雑巾を先に巻き付けて床のお茶を吸わせるように拭いた。


「これで良い。手で触らないように・・目立たないように布を処分しろ。他人に話すと、おまえが疑われるぞ」


 怯える女中の目を見ながら、出来るだけ静かな口調で念を押して退室させた。


(なんか・・まずい感じだ)


 すでにトリアン自身の自我が疑わしくなっている。


(だが、二郎とやらとは違う・・おれの・・トリアンの記憶はある。おれは、トリアンだ・・二郎などでは無い。しかし・・なんだ、この妙な記憶は・・)


 トリアンは急いでテーブルに戻ると、縋るようにして手引きの書を読んだ。

 ぶつぶつと呟きながら情報を頭に入れていく。

 毒殺を試みた相手は別に居る。

 女中が手駒に使われたかどうかは分からないが、毒を盛ろうとしている人間を特定しないかぎりは安全では無い。何度でも毒を盛られるだろう。


(しっかし、こいつ・・・おれは相当に恨みを買っているな)


 呆れるくらいに酷い性格のガキだった。

 それでいて悪運が良いのか、何度も暗殺の憂き目に遭いながらも逃げ延びて、15歳まで生きたことになっているのだ。

 不思議と、"手引きの書"を疑う気持ちは起こらなかった。書かれている事が、少なくとも12歳の今日までの出来事には覚えがあったからだ。


(とにかく・・)


 まず、身の安全を確保しなければいけない。

 そのために、行状を改めて、今以上の恨みつらみを買わないようにする。

 なんと言っても、まだ子供である。

 しばらくすれば、まともになったと周囲が認識するようになるだろう。

 悪評も少しずつ下火になる。


(そうなれば、ここにあるような惨劇はそもそも起きないはずだ)


 トリアンは二章を読み終え、三章を開いた。

 三章は、この世界について記載されていた。

 大陸図、都市国家群、地勢図・・。

 生活している人種の欄を見るなり、二郎は低く唸った。

 原人種、亜人種、妖精種・・トリアンの知らない種族も数多く記載されていた。それぞれの特徴、特性なども詳しく記載がある。

 電気の代わりに、魔力が通うケーブルがあって町の照明を灯し魔道具を動かしているらしい。空を浮遊する飛空船という乗り物や、地上すれすれをホバーのように浮かんで走る浮動車という乗り物もある。

 単位のこと、時間のこと、歴のこと、詳細に記載された内容とトリアン自身の記憶をすり合わせるように注意深く読み進め、


「・・記載に誤りは無い。デタラメを書いた物ではない」


 トリアンは、四章を開いた。


(ん・・?)


 この章は、少し方向性が違う。

 子供向けの物語めいた書き出しで始まっていた。

 よくある英雄物語である。

 勇者とその仲間達が力を合わせて困難を乗り切り、最後に魔王を倒して大団円を迎えるという王道の物語だ。カルーサス家の血筋は、その勇者に同行した異邦の騎士に由来するという事らしい。

 続いて、別の物語が記載されていた。

 こちらでは、その異邦の騎士が主人公のように描かれている。臆面も無く、異邦の騎士を褒め称える物語だった。

 他にも、別の主人公を選んで作られた物語が記載されていた。

 どれも、最後は勇者一行が魔王を倒して、めでたしめでたし・・と終わっていた。

 ただ、一番最後に書いてある物語だけは、魔王との戦いの中で、一人、また一人と勇者の仲間が倒されてゆき、最後は魔王と勇者が刺し違えて果てるという話だった。

 トリアンとしては、これを推したいところだ。

 五章を開いた。

 頁いっぱいに、熊のような魔物を相手に剣を構える剣士が描かれている。

 熊の頭の上には、ファイエル・ベアと名称があり、1本の緑色のバーが表示されていた。漫画のような"吹き出し"で、ヒットポイントの残量と説明書きが加えられている。

 対峙する剣士の上には、3本のバーが表示され、上からヒットポイント、スタミナ、マジックポイントと説明書きがある。

 これらは、本来は当人自身にしか見ることが出来ないのだが、魔眼や鑑定などの技能や魔法によって、視覚化して見ることが出来るようになるらしい。


(魔眼や鑑定など・・おとぎ話だろう)


 伝説の勇者や魔王が使ったとされる魔法や特殊技能である。失笑しつつ詳細を読む。

 トリアンは頁内の説明書きを読み進め、次の頁に移った。

 こちらには、人対人の戦いについて書かれていた。基本、殺人は罪になる。ただし、身分差によって許容される範囲というものがあり、高い身分の者は身分の低い者を殺害してもほぼ罪に問われない。逆に、身分の低い者が高い身分の者を害すると重い罪を問われる。唯一の例外は、決闘--Duelという魔法の契約による私闘で、魔法契印で宣誓した決闘は、いかなる決着だろうと罪に問われない。

 人の世の決め事では無く、裁きの神による絶対の審判なのだと、トリアン付きの家庭教師に教えられたことがある。

 能力の数値化は、何代目かの勇者一行が審理の神に願って生み出したという摂理だ。

 それ以前の世界は知らないが、今では誰もが違和感無く受け入れて生活している。

 人は、生まれた時からレベルによって評価される。あくまでも人種の同一種族中での階梯であり、多種族との相対的な評価では無い。種族による能力差が大きく、その同一種族内でも個人差がある。


(まあ、当然だ)


 レベルはレベル数十、数百と上がって行くものでは無く、死にかけるような体験や修練の果てに、やっと1上がるかどうかというもので、世のほとんどの人種がレベル1のまま寿命を終えると書いてあった。

 強者、弱者の棲み分けは、有用なスキルを取得しているかどうか、その習熟度合いなどで決まるらしい。

 それと、戦いの有利不利を決定付けるものとして魔法がある。

 最も多く使い手が存在するものとして、精霊魔法と神聖魔法、暗黒魔法があり、生まれついての適性因子が無ければ、どんなに修行をしても使用できない。精霊魔法は精霊と交感する才能が必要となり、神聖魔法、暗黒魔法はそれぞれ信仰する神にどれほどの祈りを捧げたか、信心深さが問われるそうだ。

 

(おれは・・)


 自分に意識を向けると、脳裏に情報が浮かび上がった。


----------------------------------------------------

 Name:トリアン・カルーサス

 Race:人

 Sex :男

 Age :12

 Level:2


身体情報(非公開)

 HP/MHP:920/920

 MP/MMP:685/685

 SP/MSP:880/880


状態情報(公開)

・不妊<永続処理> :子供が出来ません

・完全吸収<血脈> :糞尿の排泄がありません


<技能一覧>

----------------------------------------------------

自律魔法(非公開)

・素敵な瞳 :Lv1 :機能満載な瞳です

・危険探知 :Lv1 :敵意と害意を見逃しません

・召喚武器 :Lv1 :天使の贈り物です

・速度上昇 :Lv1 :速くすることができます

・回転上昇 :Lv1 :いつもより多く回せます

・硬軟自在 :Lv1 :ふにゃふにゃもカチカチです

・聴覚保護 :Lv1 :耳を大切に護ります

・視覚保護 :Lv1 :眼を大切に護ります

・爆風保護 :Lv1 :爆風に巻き込まれません

・耐性<衝撃>:Lv1 :打撃と衝撃にとっても強いです

・耐性<炎熱>:Lv1 :火とか熱とか御褒美です

・耐性<激震>:Lv1 :どんなに揺れても平気です

・耐性<激痛>:Lv1 :痛くても痛くないのです


特殊技能(非公開)

・青い天井 :Lv1 :レベルに上限無いです

・万死一生 :Lv3 :しぶといです

・冷静沈着 :Lv3 :冷め切ってます

・加護<源泉>:Lv3 :もりもり回復します


魔法適性(公開)

・none


一般技能(公開)

・恫喝   :Lv5 :柄が悪そうです

・挑発   :Lv3 :品が悪そうです

・細剣技  :Lv1 :貴族のたしなみ

・鞭技   :Lv4 :拷問上手

----------------------------------------------------


(まあ、何となく意味は分かるが・・これが、おれか)


 以前は、年齢性別レベルしか見えずに、ここまで詳細には知ることが出来なかった。

 トリアンは自律魔法にある召喚武器というのが気になった。


(・・あれか?)


 二郎の記憶にある"大砲大戦バトルフィールド - プロファイル"の事だろうか。

 そう意識した途端、『武器を召喚しますか?<yes/no>』という表示が現れた。

 少しの間考えたが、トリアンは自重した。わずかに残る二郎の記憶を探っただけで、危険な事態に陥りそうな気がした。どこか、人の居ない山の中とかで試した方が良いだろう。

 こういう勘を大切にしないと長生きできないのだ。

 頭の中でnoを選択すると、トリアンは自身についての情報を消して、改めて"手引きの書"の残りの章へと眼を向ける。

 自分が覚えている魔法や技能について説明が書いてあった。

 一般技能というのは、行動や経験から会得するものらしく、何をきっかけに取得した技能なのか紹介されていた。


(魔法の適性は無いのか・・しかし、本当にろくでもないガキなんだな)


 鞭による拷問スキルを持った12歳とか・・。

 トリアンは嫌気の差した表情で首を振ると、最後の章を開いた。

 途端、こめかみに青筋が浮いた。


 あなたの現在の死亡確率は98%でぇ~す


 夜の一人歩きは控えましょう


 この二行だけが大きく記してあった。


(・・あいつ!)


 大鎌を担いだ女の姿が鮮明に思い出されて、トリアンは体中から噴き上がりそうな怒気を息にして深々と吐き出した。

 その時、手引きの書がいきなり青白い炎に包まれた。


「ぅっ・・と」


 慌てて手を離して身を引く。

 燃え上がって本は床に落ちるまでの間に燃え尽きて消えていった。


(どうなってる?)


 トリアンは頭を抱えるような思いで、苛々とテーブルを立って奥の扉へ向かうと、扉を開けてみた。そこは、衣装部屋のような小部屋だった。大きな姿鏡があったので掛け布を跳ね上げて、鏡の前に立ってみた。


「お・・ぅ」


 そこに、ちょっと見かけないくらいの美少年が立っていた。

 濡れた鴉の羽根のような艶やかな黒髪に、濃い紫水晶のような色彩の瞳、白絹のような肌。お人形のように繊細に整った顔立ちで、歳の割りには背丈はある方だろうか。手足は細く、いかにも頼りない。キズがあるとすれば、目尻がやや吊り気味で、目付きにやや険があることくらいだろう。


(しかし・・)


 吊ってある衣類を見回して、トリアンは頭痛がしてきそうだった。

 すべてが純白である。上着も、ズボンも、靴までも白いのだ。


「・・ありえん」


 ぼそりと呟いて、トリアンは衣装部屋を後にした。

 先ほどのゴツい老人や女中が出入りした扉からしか、廊下には出られないらしい。


「こんなのでも・・今は、おれだからな」


 痛いのも苦しいのも味わうのは嫌だ。何とか生き延びたい。


(しかし、死亡確率98%・・?)


 あっさりと死んだりすると、死ぬのを待っているような、あの鎌女を喜ばせるだけだ。


「・・死ぬ気は無いぞ」


 トリアンはぼそりと呟いた。

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