ショウギの模索

 ショウギと機械音声は言った。

 ショウギ?

 聞き覚えがない単語だ。イザベラも知らないらしく怪訝な表情をしている。

 分かるのは、それが恐らくゲームの名称だということ。プレイするという言い方、そしてゲーム盤ではないかと話し合った直後に機械音声が現れたことから予測できる。


「ルールも知らないのに、何しろっていうのよ!」

「ショウギというのは、一体どうやって――」

 我々の問い掛けを遮るかのように、ガコンと音が鳴った。天井に四角い空間が開いたのだ。上からゆっくりと紐にぶら下がった籠が降りてくる。振り子のように安定しない籠の中には、木製の小箱があった。手に取ると、籠はすっと音もなく昇り、天井の蓋が閉じた。再び灰色の立方体の内側に閉じ込められる。

 その瞬間、壁に張り付いたパネルに数字が表れた。赤い光のデジタル数字だ。見た瞬間の数字は『59:59』で、一秒ごとに減っている。残り時間なのは明らかだった。ゼロになるまでにショウギをプレイしなければ、殺されるのだろう。

 しばらく俺もイザベラも黙っていたが、やがて彼女から口を開いた。

「何よ、その箱」

「気になるならこっちにくればいいだろ」

「でも」イザベラが口籠る。

「これがゲームなら、間違いなく二人用だ。対面に座らないと始まらない」

 俺は小箱を木材の上に置くと、その前で胡坐をかき、無言でイザベラを待った。機械音声の言葉が脅しでないなら、絶対に必要なのは互いの協力だ。彼女はしばらく迷った末、髪を掻きむしりながら近付いてきた。木材を挟んで互いが座り、向き合う。

 小さく頷き合った。俺たちは運命共同体だ。

 慎重に小箱を開けると中には沢山の木片が入っていた。全て縦長の五角形だ。どうやらショウギというゲームの駒らしい。美しい造形だ。

「みんな漢字ね、一つも読めない」

「俺もだ。とりあえず並べよう。数と種類を調べるんだ」

 駒を盤上にぶちまけて、イザベラと二人で駒を分別した。漢字が読めずとも模様と割り切れば案外区別は容易だ。触れてみると、それぞれ大きさも違う。


 駒は合計で40枚あった。

 『歩兵』18枚。

 『香車』4枚。

 『桂馬』4枚。

 『金将』4枚。

 『銀将』4枚。

 『角行』2枚。

 『飛車』2枚。

 『王将』1枚。

 『玉将』1枚。


 このうち[金将]と[銀将]、[角行]と[飛車]、[王将]と[玉将]は大きさが同じ。駒の大きさと数に違いがあるなら、それが意味するのは駒の格だろう。断トツに数が多い[歩兵]が一番小さい点からも予想が付く。

 また、駒の裏には赤字で他の文字が記載されていた。どちらが表でどちらが裏か。これは黒字が表だと断定した。イザベラも同じ意見だった。理由は[王将]と[玉将]、そして[金将]の裏が白地だったことだ。表裏があるなら、途中で裏返すルールが存在する。そして[王将]などに比べて小さく格下と考えられる[金将]に裏がないなら、これは『裏返せない』駒、すなわち裏がない証拠だ。つまり、[金将]と書かれた黒字の方が表と考えられる。

「一番大きいこの駒王将が、一番強いのかしら」

「その可能性が高いな。ゲームデザインとして自然だ。ただ、遊び方までは分からないな」

「全部偶数だし、きっとお互いに並べて戦うんだと思う。初期配置みたいなものがあるのかも」

「これがボードゲームなら、そうだろうな。これ王将これ玉将は似ているし、一番大きいから一枚ずつ分けるんだろう。どっちを取る?」

「差があるの? 点の違いは、一応の区別なんじゃないかしら」

「そうかもしれんが、風水とか上下関係で決まっているのかも」

「この部屋の方角なんて分からないし、貴方と私は初対面よ。違いがあるとすれば、人種か、男と女ってことぐらい?」

「じゃあ、一応俺はこっち玉将を取ろう」

「どうして?」

「ほら、俺が男だから、女よりも出っ張りがあるというか、シルエットにすれば点が一つ多くなる」

「最低」

 イザベラは吐き捨てるように言った。

「なんでだよ、別に変な意味じゃない。観察から得られた判断だ」

「いいから並べましょう。正しい並べ方があるはず」

 俺の弁明を無視してイザベラは自身の側に駒を並べ始めた。といっても、どう並べたら良いのかが分からない。完全な手探りだ。しかし、一応の取っ掛かりはある。暗号の解読を母音や頻出語の特定から始めるように、数の一致から分かることも多い。俺とイザベラの理解はほぼ同時だった。


「この一番小さい駒歩兵が、ちょうど9枚で横一列に並ぶわ」

「ああ、お互いに分けて9枚ずつだし、こいつは決まりだろうな」

「チェスのポーンに当たるなら手前の二段目だけど」

「待て、そうなると数が合わない。2枚余る」

 予想外の問題だった。チェスと同様に並べるなら、使用するのは自分から見て二段目までだ。しかし、[歩兵]を並べると最下段には9マスしか残されない。手元には11枚の駒があるというのに。

「三段目を使うと、隙間がありすぎるんじゃないかしら」

「しかし、そうしないと全て並べるのは無理だろう。これ歩兵は三段目に並べると考えるのが妥当だ」

「まぁ、チェスよりマス目が縦横一つ分多いし、あまり狭くは感じないかもね」

 全てを並べるならそうなるはず、という俺の主張にイザベラが折れる形で[歩兵]を互いから見て三段目に並べた。

 さて、問題はここからだ。他の駒は[歩兵]と違い、9マスに9枚という分かりやすい手掛かりがない。判明しているのは駒の大きさによる区別。そして最も大きな駒である三種[玉将]・[角行]・[飛車]は、2枚存在する他の駒に比べてそれぞれ1枚ずつしかないという違いだ。

「やっぱり、これ王将はここ?」

 イザベラが[王将]を最下段の真ん中に置いた。最も大きく、互いに一枚しかない駒だ。異論はなかった。点の区別があることも、重要な駒だからこそだろう。俺も同じように[玉将]を最下段の中心に置いた。

「そうなると、やはり大きさの順か? これ角行これ飛車は左右が分からないが……」

 仮として、俺は[玉将]の左に[飛車]、右に[角行]を置いてみた。イザベラも俺に倣って同じように置く。

「残りの駒を小さい順に並べるなら、2枚ずつだから考えやすいわ。数が同じである以上、初期配置は左右対称シンメトリーだと思うから」

 イザベラが[銀将]を[角行]と[飛車]の隣に置いた。続けて[金将]、[桂馬]を並べ、最下段が埋まる。そして[香車]が2枚余った。お互いが沈黙し、二段目のあらゆる位置に[香車]を置いて天井を仰ぎ見たが、反応はない。


 パネルを見ると既に十五分が経過していた。何だかんだで時間を消費してしまった。行き詰まれば即ゲームオーバーだ。

「発想が間違っているのか……? しかし、奇数で大きさに順番があるなら、こうとしか考えられない」

「待って、やっぱり左右対称シンメトリーなのよ。2枚ずつある駒は、2枚ずつ左右に並べれば綺麗だと思うの」

 イザベラが思いついた顔で[角行]と[飛車]を取り除き、一マスずつ詰めて角に香車を置いた。更に[銀将]と[金将]の位置も入れ替える。

「どうして場所を入れ替えるんだ?」

こっち金将これ王将と同じで裏がないから、関係が近いんだと思う。だとしたら、大きさは同じでも隣にある方が仲間って感じがするでしょ」

 なるほど。一理ある。最初に抱いたイザベラへの印象が、俺の中で幾分か上方に修正された。

 盤上は三段目に[歩兵]が並び、一段目には[玉将]を中心に[金将]、[銀将]、[桂馬]、[香車]が並ぶ。二段目には何もない。こうしてみると、大きさと種類のバランスを考慮したこの配置が最も自然に思えてくる。残された[角行]と[飛車]の配置は二段目のどこかのはずだ。

「価値の高い駒なら、やっぱりこいつ玉将の近くか?」

 俺は[金将]の前にそれぞれ[角行]と[飛車]を置いた。イザベラも同様に置く。しかし、天井は無反応だった。すぐさま左右を入れ替えてみる。が、駄目。今度は一マス左右にずらして、[銀将]の上に置く。


 無反応。


 再び左右を入れ替えてみる。


 無反応。


「もう嫌よ! 何で私こんなことさせられてるの!」

「落ち着け、泣くのは一通り試し終わってからでも遅くない」

 冷静さを欠いたら負けだ。そう信じて俺は更に一マスずらし、[桂馬]の前に[飛車]と[角行]を置いた。無反応。やはり前提が間違っているのか。一番端の[香車]の前は配置として美しいとは思えないので恐らく間違っているだろう。俺は最後に祈るような気持ちで[飛車]と[角行]の左右を入れ替える。

「イザベラ、君も」

「……ええ」

 [桂馬]の前に置かれた[飛車]と[角行]の左右をイザベラが入れ替える。

 その時だった。京都の寺院を見学した際に聴いた音が鳴った。水の溜まった竹が石を打つ、シシオドシと呼ばれる音だ。


「正解デス」


 機械音声と共に拍手が鳴る。


「ソレデハ一時間以内ニ、ショウギヲ指シテクダサイ」


 相変わらず、一方的な通知だ。


「負ケタ方ニハ死ンデイタダキマス」

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