エピローグ

そして、彼は戦士となった

 いつもは質素で娯楽の乏しい田舎のライアスも、この日だけは賑わっていた。七色の電飾が煌めき、村人達も思い思いに着飾っている。軍にはぶちぶちと嫌味を言われたが、なんとか今日という日を無事に迎えることが出来た。

 今日はクリスマス。聖なる神の降誕祭。案内人のトナカイが導いて、サンタクロースが人間界の子供達にプレゼントを贈る日だ。

 本来、虚夢の活動が一番活発になる日である。しかしフロストとミカがキュリを倒したことにより、村周辺の虚夢の数は激減していた。

 よって、療養という名の留守番である。


「クリスマスなのに、かつて無ぇくらい暇だな」

「まあまあ、たまには良いんじゃない?」


 村長の屋敷のバルコニーで、暇を持て余すフロストとミカ。フロストはいつものコートにマフラーをしているが、右の太腿と背中に銃は無い。ブランシュとネラは同じく暇人であるアンナの手中に落ちた。現在進行形で、分解整備という名のセクハラ行為を受けて居るのだろう。

 代わりに、フロストの手には金色のリヴォルヴァーがある。


「その、ヒョウさんの銃……もう撃てなくなったの?」

「ああ、そうみたいだ。名前はヴィーナス、俺の銃と同じガンスミスの作品らしい」


 金色のリヴォルヴァー、ヴィーナスに異常は見られない。アンナだけでなく、フロストもいじってみたが、ヴィーナスは不思議なことにあれから一度も爆音を鳴らすことはなかった。

 弾丸を入れ替えても、引き金を引いても、ヴィーナスを撃つことは出来なかった。


「壊れちゃったの?」

「まあ、戻ってきただけで万々歳だ」

「うんうん、そうだよ!」


 それに、とミカが笑う。


「フロストが頑張ったから、こうして皆が笑ってクリスマスを迎えられたんだよ! ありがとう、フロスト!」

「え……ああ」


 本当は、此方が礼を言わなければいけないのに。あの時、ミカが居なければフロストは死んでいた。

 ありがとう。そのたった五文字が言えない。コートのポケットに入れたまま、あの騒動でも全く傷付かなかった小箱の中身を渡さなければ。その為に買ったのに。


「あー……」

「どしたの?」

「そ、その」

「怪我、痛い?」

「いや、そうじゃなくて」


 参った。こういうのは時間が経てば経つほど、迷えば迷うだけ言いだし難くなる。わかっているのだが。


「…………」


 手中で輝く金色。仕方がない、他に方法が無い。

 ごめん、父さん。


「えええ!? ど、どうしたの?」

「悪い、手が滑った」


 ヴィーナスをバルコニーの端に投げる。くるくると回転しながら滑っていくそれを、ミカが追い掛けてしゃがむ。

 その隙に小箱を手にし、中身を取り出す。そして、背中を向けるミカの左の角をむんずと掴む。


「うきゃっ! なっ、なになに!?」

「いや、これ抜いたらどうなるのか気になって」

「うきゃああぁあ! 抜いちゃだめえぇえ!!」


 抜かねえよ、馬鹿。奇声を上げるミカに気付かれないよう、枝角の根元に手中のそれを付ける。

 面と向かって渡すのは気恥ずかしいし、彼女の好きなドラマのような気が利く台詞も言えない。


「もー!! 角掴むの止めてよぉ!」

「掴みたくなる角してるのが悪いんだ」

「何それぇ!」


 頬をパンパンに膨らませて。いつまでも変わらない仕草に笑いそうになるも、更に機嫌を損ねられても困る。

 何とか堪えて、再び村の中を見やる。痛々しい損傷はまだ残っているものの、皆の顔に悲しみは無い。

 フロストが護った。しかし、一人ではなく、皆が居たから出来たことだ。


「俺、戦士辞めねェから」


 銃を持つということは、凄く怖いことだと思い知った。怪我をすれば痛いし、死とは正に背中合わせだ。誰も、フロストに戦士を続けるよう無理強いしないだろうし、逆に辞めさせようとする者の方が多そうだ。

 だが、もう迷ったりしない。道を間違える気は無い。


「俺を今まで育ててくれたこの村の皆の為に、俺は戦士であり続ける。もっと、強くなる」

「……フロスト」

「絶対に、帰ってくるから」


 ヒョウのようにはならない。大切な人を悲しませたりしない。

 復讐者ではなく、戦士として。もう二度と、こんな失敗は繰り返さない。


「絶対に帰ってくるから、ちゃんと待ってろよ?」

「んー、仕方ない。待っててあげましょう」


 隣り合う二人で見合って、クスクスと笑い合う。彼女がその角の根元で揺れる、天使の銀翼を持つピンクのハートに気が付くのはいつのことやら。

 子供っぽい独占欲。自分しか知らない確かな満足感に、フロストは暫し浸っていた。


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KRAMPUS 風嵐むげん @m_kazarashi

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