四章④ 戦車ですね、それ


 車、と言ってしまったが実際はただの車なんかじゃない。車体は頑丈な装甲に包まれ、尚且つ全体には目立たないよう雪上用の迷彩で塗装されている。

 更には、行く先が雪だろうが岩場だろうが構わず突き進む無限軌道に、何やらごんごんと首を振る巨大な砲塔。どう見ても、これはあれだ。


 重装甲戦闘車両。一般的に言うと、いわゆる『戦車』というやつだ。


『ふっふっふー。そんなに知りたいの? これはねぇ、アンナさん秘蔵の旦那さん、その名も暗黒に煌めく最果ての銀河号よ!』


 しん、と広がる静寂が、先ほどのハウリングとは比べ物にならないくらい耳に痛い。何故だろう。戦車からは距離もある上に、ミカは中に居て此処からは角すら見えない筈なのに。

 腹立たしいドヤ顔が頭に浮かぶ。殴りたい。

 どうしてミカが戦車を運転出来るのかとか、あんな大物どこに隠してやがったとか、なんていうか独特過ぎるネーミングセンスとか。色々と物申したいことがあるのだが、とりあえずこれはマズい。


「……軍に見つかったら、即捕まるな」


 基本的に戦士は基本的にどんな武器を使っても良いことになってはいるが、制限はある。銃の所持数だとか、重量だとかが細かく法律によって決められている。でもフロストにとっては、そこまで気にするようなものではない。

 だが、目と鼻の先にあるあれは、大問題だ。三日前にアンナがトラックに積んでいた銃や爆弾をぎりぎりセーフ――百歩程譲ってだが――とするなら、戦車は余裕でアウトだ。見つかり次第現行犯逮捕で間違いない。

 しかも、逮捕する側の連中を待っている最中でこの暴挙である。


「ありえねぇ……何なんだよ、あの変態トナカイ」

「ふ、ふふふ……軍がいらっしゃったのかと思いきや、まさかあのトナカイの小娘とはね」


 驚きましたわ。そう言って笑うキュリの表情が、どことなく引きつっている。突然現れた戦車の存在に戦慄いたか、それとも奇抜な名前に呆れたか。


「でも、それなら何も問題ありませんわ。むしろ、あの車両を手に入れられれば軍にも対抗出来ますわね」


 キュリが再び銃を向ける。そしてフロストではなく、戦車の方を見て朗々と声を飛ばす。


「トナカイのお嬢さん。ここにいる幼なじみの命が惜しければ、今すぐその車から降りなさい。フロストの命はわたくし次第なの、おわかりでしょう?」

「ッ、テメェ!?」


 油断した。色々と呆気にとられてしまっていて、キュリに隙を許してしまった。

 引き金にかかる指は、いつでも絞れるよう。まさか自分が交渉の材料に使われるとは。


「わたくしはいつでもこの指一本で、貴方の大切なフロストを殺すことが出来ますのよ? 貴方が大人しくその車両を渡してくれるのなら、フロストと貴方には危害は加えません」


 明らかな虚言。しかし、単純なミカなら引っ掛かるかもしれない。あの戦車がどのくらい使える代物なのかは検討もつかないが、虚無などに絶対渡してはならない。

 ミカは何も言わず、沈黙を保っている。しばらく待ってから、キュリがより大きい声で甘言を紡ぎ続ける。


「そこからご覧になれているかわかりませんが、フロストに抗う力はもう無くてよ? さあ、良い子だから降参なさって――」

『……はぁ? なに言ってんの、オバサン』


 バッカじゃないの? スピーカー越しに聴こえる声はいつもより高く、ばちばちとノイズが絡んでいて感情を読み取れない。

 ただ、キュリの交渉に応じる気はさらさら無いらしい。


「なっ、またわたくしのことをその言葉で侮辱するなんて!」

『言っとくけど、フロストを脅しに使おうと思ってもムダだからね? ……ところでフロスト、あたし今ね。すごく、すごーく怒ってんの』


 どうしてか、わかる? いきなり、しかも身に覚えのないことを問われてしまい。怒っているといわれても、ミカがよくわからない些細なことで腹を立てているなんて日常茶飯事で。

 改めて考えても、やっぱりわからない。


「知らねぇよ。つか、今はそれどころじゃ――」

『ふうん? わかんないんだぁ……あー、そうなんだぁ』


 肌がぞくりと粟立つ。何故だ、傍らのキュリや今にも火を噴きそうなリヴォルヴァーよりも、今はミカの方がヤバいと感じる。声にはいつもの能天気さが無く、やけに冷やかに響いている。


「み、ミカ……一体どうしたんだ、お前」

『別にぃ? ああ、フロストまたケガしちゃったんだぁ。そっかぁ、なら……あたしが代わりにそのオバサン倒してあげるよぉ』

「は? 何、言ってんだ」


 お前、という言葉は声にならないまま口からぽろりと零れる。ぴたりと動きを止めた砲塔が、ゆっくりと此方を向く。


「え……ま、まさか」


 フロストの腕がすっぽりと入ってしまう程に巨大な主砲が、ぎろりと此方を睨む。狙いがキュリなのか、それともフロストなのかはここからでは判別出来ない。いや、どっちであるかなんて大した問題ではない。

 何故なら、どちらであっても関係ないからだ。装填されているスピネルの種類にもよるが、あれだけ巨大な砲口から放たれる弾なら確実にかなりの広範囲を焼き払うだろう。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 貴方、そんなものを撃ったら、わたくしだけでなくフロストも巻き添えになってしまいますわよ!?」

『えー? だいじょうぶだよ。だって、フロストは村で一番の戦士様なんだもん。こんな場所で、間抜けに死んじゃったりしないよねぇ?』


 一体これはどういう状況だ。虚無であるキュリがまともで、ミカの方がおかしい。まさか、あれか。

 ブチ切れた、というやつか。


「いや……落ちつけよミカ。冗談にしては全然笑えねぇぞ」


 たとえ彼女に撃つ気がなくとも、ちょっとでも手元が狂えば最悪の事態になる。

 からかっているだけなら、早くやめさせなければ。


「何がそんなに気に食わないのか知らねぇけど、危ねぇからふざけんのもそれくらいに―」

『なに、あんた……まだわかんないの?』

「わかんねぇよ! いきなり勝手にキレやがって、そもそもどうしてお前がこんな場所まで来てんだよ!?」


 遊び半分なら、とっとと帰れ! 声を張り上げる度に、肩の傷に響く。スピーカーからは、反論の声は無い。わかってくれたのだろうか。


『……か』

「あ?」

『フロスト、大ばかやろおおぉ!!』


 ぎゅんっ、と空気を握り潰すかのような音。見ると、今まで空っぽだった砲身の先から強烈な光が輝いている。先程フロストが撃った信号弾も凄まじいものだったが、あれは格が違う。

 ぐんぐんと大きく、そして輝きを増していく。


「なっ、なんてことを!!」


 銃を下ろしたキュリが、地面を蹴りふわりと宙に浮く。だが、僅かに遅かった。

 放たれた砲弾は、まるで流れ星のような長く美しい尾を煌めかせながら、フロストの頭上を駆け抜ける。


「…………あ」


 僅差だった。砲弾が地面と接触するより先に、フロストが両手で耳を塞ぎ伏せる。百メートル程離れた場所で起こる、凄まじい光の爆発。何層にも積み重なる雪と氷を粉々に吹き飛ばすだけでなく、その下にある土までもを深く抉る。


「いやああぁあ!!」

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