四章

四章① 彼女は誰よりも高みを目指す

 ルカはいわゆる『戦争孤児』だ。両親が何者でどうなったのかは知らないが、とりあえずもう生きていないということだけは漠然とわかっていた。


 一つの大帝国が収める聖霊とは違い、悪魔は大きく分けて四つの国の連合体であった。

 どの国の出身であるかは彼女自身にもわからないものの、物心がついた頃にはその内の最も広い国土を持つ『ジュイゾ王国』の孤児院に居た。

 孤児院といっても、実質は兵士になる為の訓練施設である。親の存在もわからないルカのような孤児は、戦争の良い駒でしかなく。彼等は遊びの代わりに剣を習い、鍛え上げられた。

 そんな環境下で、ルカが相当の実力者になるまでにそう時間はかからなかった。同い年どころか、彼女の剣は年上や師さえも地面を舐めさせた。

 ルカは思う。ガーデンと呼ばれる世界は、存在するほとんどのものがくだらない。厭世者として成長した彼女の、唯一の生きがいが剣であった。十五歳になる前にルカは孤児院を出て、各地に強者を求めて旅をするようになっていた。

 気まぐれに戦地に赴いて戦果を上げることもあれば、人里離れた僻地に何カ月も籠ることもしばしばで。そんな時、ついに彼女が探し求めていた存在が現れたのだ。

 翠眼の英雄。翠色の左眼を持つ若き王子が自ら戦争の指揮を取って間もなく、連合国の一つである『ルーテル共和国』が陥落した。彼は戦闘技術もさることながら、軍師としても天性の才能を持っているらしい。

 それから間もなく、『イアソン連邦』と『クラスト神国』が相次いで彼の手に落ちた。

 聖霊がジュイゾ王国まで領土を広げた頃には、悪魔の敗北など決まったも同然で。しかし、ルカにとってそれさえ至極どうでも良いことだった。

 どうにかして翠眼の英雄と相見えたい。がむしゃらに方法を探し戦地に駆け付けると、チャンスはあちらからやってきた。ジュイゾ王国とクラスト神国の国境辺りにある砦、そこに翠眼の英雄が進軍したという知らせが入ったのだ。

 悪魔だろうと聖霊だろうと、どうでも良いことだ。ルカはその捨て戦に参加し、時を待った。ルカは自分に斬りかかる聖霊を楽に退け、その瞬間を待った。

 そうしてついに、翠眼の英雄と対峙することに成功した。どんな化け物かと思いきや、左眼が奇妙に翠色をしている以外は普通の少年であった。

 まだ成長途中なのだろう、背は低く体格も華奢。しかしその手に持つ棍杖は真っ赤に染まり、無表情に見返してくる様子は冷酷そのもの。

 

 ――貴様がルイ・セレナイトだな? 私はルカ・クレイル。貴様を倒す者だ。


 少年は何も言わなかった。ただ、血塗れの棍杖を構えるだけ。呪術を使える悪魔と近接戦をする気とは、そう嘲笑ってルカも剣を構えた。最初は、彼の実力を計る気でいた。

 だが、勝負は一瞬だった。瞬く間に彼は距離を詰めると、棍杖でルカの腹を突いた。ルカとしては決闘のつもりだったが、少年の攻撃は紛れもなく殺人の一撃だった。

 聖霊の、しかも華奢な少年の放った一撃とは思えない衝撃に、意識が途絶える。薄れゆく視界に焼き付いたのは、何の感情も宿さない蒼と翠の双眸。

 彼には一切の感情と言うものが無いのではないか、そう感じてルカは目を瞑った。彼女にとって幸運だったのは、翠眼の英雄がルカにトドメを刺せなかったこと。

 少年はルカが動けないでいる間に、実の父親である筈の男に刺された。どんな会話をしていたのかは流石に聴こえなかったが、脇腹を刺された彼が聖霊王を突き飛ばし、その場から逃げ出したことはわかっていた。その後の混乱に紛れて、ルカは逃げ伸びることに成功した。

 悔しかった。同時に、全身が奥底から打ち震えた。彼は間違いなく、ガーデンの頂点に立つ者で、自分と同じ価値のある『強者』である。

 彼を倒した後、くだらないものばかりで溢れているガーデンは、どんな風に見えるのだろうか。それが知りたい。

 もう一度、彼と戦いたい。ただそれだけを願って、ルカは更に剣の腕を極めた。そして、死んだとされた少年を探し続けた。

 三年という、短いようで長い時を経た今、ようやく彼を見つけたのだ――

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