旅行記

桜花狐

第1話

「はっ……!」

電車に揺すられて目を覚ます。私は今、京都行きの新幹線に乗っている。

新幹線はゆれが少ない乗り物だと思っていたがそうでもない、存外に揺れるものだ。傍らに置いてあったペットボトルを引き寄せ、半分ほど残ったお茶を飲み干せば、東京駅で買ったそれはすでにぬるくなっていた。

それでも指定席のシートは心地よく、いまだ半分は夢の中に居るような柔らかい振動に身を沈めながら時計をみる。時刻は14時を回ろうというところ、東京駅を出たのが12時ちょうどだったのだから、目的地である京都駅はもうすぐだ。

京都……修学旅行や出張などで行ったことは何度かあるが、個人的に行くのはこれが初めてだ。取引先への挨拶を考える必要も、班行動という決められた時間の枠組みもなく、好きなように動けると考えると気分がいい。

きっと今回の京都旅行では今まで見えなかったものが見えてくることだろう、そう思いながらエクセルで作ったプラン表を取り出す。誰に見せるわけでもないのに、少しドヤ顔でそれを広げた。

今回の京都旅行は二泊三日、少し短いくらいだと自分でも思うが仕事の都合もあるので仕方がない。

本日の観光のメインは清水寺で、これは駅からタクシーに乗ってしまおうかと考えている。事前の調べでは千円を少し飛び出る位の料金だったのだから、下手に迷うことを考えれば安いものだ。

「迷う?」

 私は不意に自分の計画表があまりにありきたりで堅苦しいもののように思えた。決められたコースを、決められたとおりに、一歩として足を踏み外さぬよう慎重になど、こんなのは日常の延長線でしかない。せっかくの一人旅なのだから……

私は計画表を細かく折りたたんでカバンの一番奥に押し込んだ。

 新幹線はちょうど、京都駅のホームにすべりこもうとしているところだった。


京都駅前からバスに乗り、五条坂で降りる。修学旅行の日に友人たちと歩いた清水坂を敢えてたどれば、その参道は観光客でごった返しており、道の両脇には土産物屋が軒を連ねている。

修学旅行で友人たちと歩いたあの時とは明らかに見えるものが違う。そもそもが背丈が違うのだからあたりまえか。通りを行く人並みをゆっくりと観察しながら歩くという、大人の余裕が出てきたせいもあるかもしれない。

すれ違う人は様々な服装で私に違う印象を与えてくれる。ちょうど修学旅行中らしい学生服の一団が私の横を通り過ぎた。リーダーらしき男子がしおりを確認して事前計画の通り進めようと頑張っているのが微笑ましい。

対する私は、周りからどうみられているのだろうか。背中にナップザックをひょいと乗せて、のんきな足取りでぶらりぶらりと道行く姿は、きっと旅行者の雰囲気が出ているのではないかと思う。きっと普段とは違う私をみられているに違いないと思うと、思わずスキップなど踏みそうになるほど浮かれた気分だ。

京都一人旅、この非日常感に私のテンションも上がる。

浮かれた気分で土産物屋の店先を覗くと、値札のついた木刀が無造作に並べられていた。ふと、自分用のお土産に木刀を買って親に怒られたことを思い出して手を伸ばす。

あの時、木刀は近所の参道でも売っている、なんて言われて言い返す言葉もなかったが、そうじゃない、この町並みのこの風景の中にあるからこそひどく魅力的に映るのだ。

土産物屋をひやかしているうちに清水寺の前まで来た。狛犬が迎えてくれるのがまた風情がある。少し進むと遠景に五重塔と毛前に門の重なるアングルがあり、絵葉書のような風景を楽しむことができる。つい写真なんて撮ってしまったのは旅の思い出であり、内緒だ。

ホテルのチェックインまでの暇をどう潰そうか、カバンの底から計画表を取り出そうかとも思ったが、やめた。

今回の旅の目的は自由になること、時間割などにこの自由を縛られるつもりはない。

そうだ、ふらりと足の向くまま甘味どころにでも立ち寄ろうかと思いつく。ネットで見た六花亭はこの辺りだったはずだ、どーんと写真つきで紹介されていた宇治氷を食べてみたい。

そう考えながら仁王門前にある階段を登っていくと、先ほどまで遠景に置かれていた五重塔に近づいてきた。下から眺める写真を撮ろうとカメラを手にしていたのだが、どうやら三段しかない。所謂三重塔なのだろう。

とんだミスをしてしまったが、これはこれでいいものだ。こじんまりとしているほうが好きかもしれない。なんて調子のいいことを考えてシャッターをきる。

三重塔をくるりと回り轟門に向かう。メインは清水寺だ。

風情のある門、轟門を抜け、ようやくお目当ての清水の舞台に辿り着く。高さはビル4階相当で、覗き込むと足が竦む高さだ。

清水の舞台を飛び降りるなんて言葉がある。この言葉はどう生まれたか、どうやら願掛けの一種らしい。簡単に言うと高いこの舞台から飛び降りるほどの覚悟を決める時に使う言葉だそうだ。この旅行も清水の舞台から飛び降りるつもりで予定をした、なんて使い方が出来るわけだ。

さて、私はこの後お茶をしてホテルに行く予定だ。まだ私の旅は始まったばかりだがそれはまた別の機会にお付き合い願おう。なんせ、時間も押しているものでね。ではまた。

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