****




――――数日後。



俺は神妙な面持ちで、残りの借金の額を計算していた。



「まいったな……」



そう。


結果、まだ半分ぐらい借金が残っている。


駄目だ。


駄目だ、駄目だ。


もっと一気に返せる方法を考えなければ。


このままじゃ、俺の思い出が全て無くなってしまう恐れがある。


いや、別に無くなってもいい。


だが、もっと高価で買い取ってくれる思い出を探さなければ、借金の利子も増えていく一方だ。


急げ。


急げ、急げ。


何か、何かないか、何か……



「あっ……」



その時、ピンとあることが閃いた。


そう。


世の中には、食べたくても食べられない人たちがたくさんいる。


例えば、病院では、口から食べ物を摂取できずに、胃に直接、栄養を流す患者さん達もいる。


その人たちは、きっと、『食べる』という思い出をいっぱい欲しているはずだ。



「そうだよ……これだよ……」



俺はこれからも食べることができる。


いくらでも、食べることができる。


思い出も体験した事実も、別に消えてもどうでもいい。



「これだ……」



これしかない。


これはきっと、高値で買い取ってもらえる。



ダダッ!――――



俺はすぐさま、例の銀行に向けて走り始めていた。




そして、その思い出を売った金で借金は完済した。





****





――――数日後。




あぁ。


まいったな。


まさか、こんなことになるなんてな。



俺は、涙で溢れかえる葬儀会場を眺めながら、小さなため息を吐き出した。



そう。


いまだに信じられないが、遥か空の彼方、天から自分の葬式を見つめる俺がそこにいた。



でも、そうか。


そりゃ、そうだよな。


その時の思い出も、その時、体験した事実も全て無かったことになるんだもんな。


そりゃ、こうなるよな。



『俺の体は全て、俺が食べた物でできている』



この結果は、当たり前のことだよな。



そう。


『食べる』という思い出を売った日から、すぐに変化は少しずつ起こり始めていた。


徐々に俺の体からは栄養分が抜け始め、最終的にはミイラのようになって死に至った。



あぁ。


まいったな。



どんな思い出も、その全てがあって、今の自分があるんだもんな。



そんな簡単で大事なことに気づかなかったよ。



「はぁ……」



こんなこと言うのは、わがままかもしれないが。





だれか、幽霊の思い出、買ってくれないかな。





せめて、成仏したいんだけどな。







【END】





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思い出口座【短編】 ジェリージュンジュン @jh331

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