第20話 命の価値

 母さんが壇上に立つと、エルフたちの間にかすかなどよめきが起こった。


「みんな、久しぶり」


 詳しい事情は知らないけど、母さんは祖父と揉めて、この保護区を飛び出した人間だ。

 いわば出戻りなわけだし、出て行く前に祖父とケンカをしたのは事実のようだ。悪印象を持つエルフもいるのではないか。

 しかし、母さんは息子の不安など意に介した様子もなく、堂々と胸を張る。


「わたしの息子がここを継ぐって決めたんで、手伝うことにしたの。そういうわけで、改めてよろしくね」


「えっと、よく分からないことが多いんですけど……その……頑張ります……」


 このあと、なにか形式めいた挨拶とか、愛想笑いとかをしたような気がするが、緊張しすぎていて、自分が何を言ったかは覚えいない。

 だが、あたふたとぼくが話を結ぶと、フロアに集まったエルフたちから、大きな大きな拍手が起こった。


 気恥ずかしくなって小走りで舞台袖に逃げ帰ると、八木さんが「いやぁ、素晴らしいスピーチでしたね!」と言って、満面の笑みで迎えてくれた。


「意味のあることは何も言ってなかったけどね」


 これは母さんの言。身内らしい直截な感想だ。きっと母さんの言うことが正しいんだろう。


「……正直、こんなに熱烈な歓迎を受けるとは思っていませんでした」


「それだけ草二郎さまの威光が強いということですよ。保護区のエルフにとって、草二郎さまは絶滅の淵から救ってくれた恩人ですからね」


 八木さんが笑う。

 なるほど、そういうことかと思っていると、彼は誇らしげな顔で「ですが、むろん、それだけではありません!」と言った。


「さっき、魔族からパルムを助けたでしょう。あの話がすでに伝わっているんですよ」


「でも、大したことはしていないというか。助けたのはルシルと八木さんだし、ぼくはむしろ足を引っ張ったというか」


「いえいえ、身を挺して子供を護るというのは、彼らにとっては特別な行為なんです。なぜなら、子供をエルフは子供が出来にくいんです」


 八木さんの言葉を聞いたとき、丘の上で見た墓の風景と、わずかしかいない年少者のグループが、同時に脳裏に蘇った。


 保護区のエルフは、これまで何度も魔族の侵攻に立ち向かってきたはずだ。

 戦いの中で、多くのエルフが命を落としてきたのだろう。きっと、ぼくがイメージしているよりもずっと、エルフは子供を大事にしているのだろう。

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