第19話 エルフの派閥

 まだ時間はあるので、ルシルに案内を頼んで、公民館の中を見て回ることにした。

 2階には、ぼくが寝ていた客間のほかに部屋が十室ほど。祖父の私室や執務室、物置、会議室などがある。

 祖父の私室に入ってみると、意外な先客がいた。


「あら、深蔓みつる。どうしたの?」


 古今東西のさまざまな書籍を収めた本棚と、質素な木製のテーブルと安楽椅子、ベッドのみで構成された部屋の中にいたのは、ぼくの母さん——茉莉子だった。


「母さんこそ、なにやってるの?」

「クソじじいが死ぬ前に、どんな部屋で暮らしていたのか確かめたくなってね」

「ちょっと、マリコ……」


 母さんの言葉を聞いたルシルが顔色を変え、食ってかかろうとした。

 しかし、母さんが


「思ったよりも、穏やかな暮らしをしていたみたいね。少しホッとしたわ」


と続けると、毒気を抜かれた表情になる。


「ええ。マリコが出ていったころに比べれば、保護区はずっと平和で豊かになったから。ソージローとあたしたちが、そうしたのよ」


 母さんは「そうね」と一言だけ言うと、微笑を浮かべた。


「な、なによ。わかってんじゃない」


 ルシルは拍子抜けした様子だった。


 ぼくはそのやりとりを眺めながら、改めて違和感を覚えていた。

 母さんがこの保護区を嫌っていない、というのは間違いない。祖父のことも、きっと嫌っていないと思う。

 だとしたら、なぜ頑なに祖父を避け、ぼくにこの保護区のことを秘密にしたがったのだろう?

 ほかにも不思議なことはたくさんある。たとえば……


「あのさ、母さん……」


 しかし、話しかけた瞬間、部屋が外からノックされた。

 ぼくらの返事を待たずに開いたドアの向こうにいたのは……


「八木さん」

「おっと、皆さん。ここにおいででしたか。探しましたよ。さあ、時間です。一階の講堂に集合してください。深蔓さん、トイレは済ませました?」


 八木さんが呑気なことを言い始めたので、母さんを問いただすタイミングを逸してしまった。

 まぁ、いい。母さんに話を聞く機会なら、今後いくらでもあるだろう。


 部屋を出るときに振り返ると、本棚の中に母さんが書いた本があるのに気がついた。


* * * *


 講堂は、小中学校の体育館に近い構造になっている。

 つまり、一番前にステージがあるのだが……。


「えー、みなさま。今日は朝早くから起こしいただき、ありがとうございます……」


 八木さんは、朝礼の校長先生よろしく、回りくどい挨拶をはじめた。


「本日はお日柄もよく、このような日に、新たな領主をお迎え出来たことをですね、えーっと……」


 エルフたちも見れば、八木さんの話を真面目に聞く様子などなく、壇上のぼくと母さんに好機の視線を注いでいた。


 事前に受けた説明では、この保護区に住むエルフの数は86人だという。

 見たところ、ほとんどのエルフがこの場に集合しているようだった。


 知っている顔を探して見回すと、隅っこのほうにパルムがいるのが見えた。

 遠くなので顔はよく見えないが、ぼくに見られているのに気がついたらしく、ペコりとお辞儀をしたのが分かった。こちらも軽く会釈を返す。

 パルムの周りに数人のエルフがいたが、いずれも小柄だった。


 それを見て、ぼくはここに来るまでに八木さんから聞いた話を思い出した。


「エルフの中にも、緩やかな派閥があるんです」


 少し意外に感じた。エルフの集団は理知的で、話し合いを重視すると聞いていたからだ。


「まぁ、派閥というほど大それたものじゃないんですけどね。でも、価値観の違いによって、緩やかなグループに分かれているんです」


 確かに壇上から一望すると、エルフたちはいくつかの集団に分かれているのが分かる。

 集団によって、服装や雰囲気が違うのだ。


 最大派閥は、植物性の衣装に身を包んだ、いかにもエルフといった出で立ちの集団。およそ、全体の三分の一といったところか。

 ぼくは八木さんの言葉を思い出す。


「最大の派閥は、地球のテクノロジーを享受しつつも、心は故郷の世界にあるタイプ。草二郎さまは、『保守派』と呼んでいました。各人の温度差は大きいですが、彼らの多くは、現状を亡命状態と考え、。ルシルもここに属します」


 次に数が多いのは、昨日畑で見たエルフたちのような、ツナギや作業着をまとった集団だ。数は二十人くらいだろうか。


「保守派に次ぐのが、『融和派』。元の世界への帰還を強く望まない人たちですね。帰れるなら帰っても良いけど、別に帰らなくても構わないかなー、という考え方」


 それと、白衣やラフでカジュアルな洋服を身につけたエルフたち。


「構成員は少ないですが、あと二つ派閥があります。一つは『地球派』。いち早く地球のテクノロジーに順応した人たちです。技術者や科学者の多くが、この派閥に属します。エルフの習慣よりも、科学技術の研究が楽しくなってしまったタイプですね。数は少ないですが、重要な仕事を受け持っているので、発言権が大きい派閥です」

「もう一つは?」

「『決戦派』と呼ばれています。魔族を憎み、彼らを殲滅することを目的にしています。元の世界に帰ろうが帰るまいが、魔族許すまじ滅ぶべし……という人たちですね。残りは若木と呼ばれる子供たちです。彼らはどの派閥にも属していませんが、地球生まれなので、融和派に近い子が多いです」


 行動の隅っこの方に、迷彩服を着たエルフが数人固まっているのが見えた。彼らが決戦派なのだろう。

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