第8話 墓参りの途中で

 村の外れの小道を抜け、祖父の墓があるという丘をのぼるころには、太陽は西の空へと傾いていた。

 登山道は頻繁に人が行き来があるようで、足下は意外とすっきりしている。

 道すがら、ぼくは八木さんとルシルから祖父の仕事について聞いていた。

 もし、ぼくが祖父の仕事を引き継がなければならないとしたら、どんな作業が発生するか気になったのだ.

 ……というのは表向きの口実で、仕事の大変さを口実に引き継ぎを断れれば……意図もないではなかった。


「草二郎さまの仕事ですか」


 八木さんは顎に指を当てて、「うーん」と考え込む。

 ルシルはつまらなそうに、そのへんの雑草を引き抜いて振り回していた。


「基本的には書類の決裁ですよ。国への報告書はだいたい私が作るので、それを確認して承認。国からも書類を送るので、それも確認して印鑑を押して、返送。ま、だいたいそんなところです」

「まさか、それだけなわけはないでしょ」

「本当ですってば。エルフは温厚で知的な種族なので、高度な自治が成立しています。内部の諍いはほとんど起きません。起きてもすぐ解決しますしね。なにせ、彼らの時間感覚って我々と違うんですよ。人間と違って、目先の損得に振り回されないんですよ。だから諍いが起きても異常に和解が早いんです。放っておいても問題は起こしませんよ」


 そんなものなのか。

 しかし、ほかにも気になる問題はある。


「住人の生活費とかはどうしているんですか? 食べ物や衣類はある程度自作しているみたいですけど、iPadやMacBookを買うには日本円が要りますよね? インフラの維持費もかかるでしょう? どうやって稼いで運用しているんですか? 国の補助金だとしたら、申請とか必要ですよね? ……って、わっ!」


 ルシルが「つまらないことを聞くな」と言って雑草を投げつけてきた。

 八木さんが苦笑しながら答える。


「これは最初に言っておけば良かったですね。えーっと……端的に言うと、金持ちなんですよ、この保護特区は。補助金なんか必要ないくらい」

「金持ち?」


 いったいどんな収入源があるというのだろう?

 まさか、例の怪しいタバコモドキや密造酒のような怪しいアイテムを、裏ルートでサバいてるわけじゃなかろうな……?


「特許だよ」


 その疑問への答えは、ルシルから飛んできた。

 彼女はつまらなそうに口をとがらせ、また道ばたの雑草を引きちぎった。


「……特許?」

「ソージローが新しいもの好きだったって話、さっき聞いたでしょ? 彼は新しい機械を見つけると、嬉々として保護特区に持ち込んだの。あたしたちはそのたびに機械を解析して、新しい技術を開発していったのよ」

「この保護特区を運営しているのは、表向きには草二郎さまが立てた財団法人ということになっていまして。その法人名義で、特許の出願をしていったわけですよ」


 ……頭がくらくらしてきた。

 さっき見た、新しいiPadを受け取って欣喜雀躍するパルムの姿が頭に浮かんだ。

 あれはただ、新しいおもちゃを買ってもらって喜んでいたわけでなかった、ということなのだろう。


「昔はハードウェアに関する特許が多かったそうです。特許の出願は真空管コンピュータの時代からやっていて、だいぶ稼いだと聞きましたね。最近はソフトウェア関係の特許が多いそうです」

「1980年代を席巻したメイド・イン・ジャパンブームの影には、あたしたちエルフが開発した技術も生かされていたんだぞ」


 思わず「本当?」と聞き返すと、ルシルは大きく胸をそらし、八木さんが「ルシルは大げさに言っていますが、嘘ではないそうですよ」と補足をした。


「……そんなにおおっぴらに活動して、大丈夫だったんですか? エルフの存在は、世間的には秘密で、国のトップの一部しか知らないんですよね……?」

「これは深蔓さんが正式に引き継ぎをしてくれないと詳しくお話しできないんですが、日本の中枢……政府すら手出しができない領域に、この保護区のがいるんですよ。草二郎さまが保護区を立ち上げたときに取引した相手は、だったというわけです」


 なんだか、とんでもない話になってきた。


「財団法人・日本林野工業文化協会。それが草二郎さまの作った財団の名前です。、日本古来の林業や工業を振興するとともに、新しい技術の開発を振興する組織になっています。初代会長も書類上は草二郎さまではなく、さる高貴な血筋の方ということになっているんです。書類上は、ですけどね」


 ルシルが「不本意だ」と口をとがらせた。


「つまりエルフ保護特区は、ってことです。そんなめんどくさいものに、いちいち突っかかってくる人間は稀ですよ」

「というわけで。ミツルは余計なことを考えず、安心してソージローの跡を継げば良いのよ。めんどくさい書類は、特区のエルフとユウが全部やってくれる」


 ルシルの口が、絵本のチェシャ猫のように、ニッと弧を描いた。

 なまじ元の容貌が整っているだけに、非人間的な迫力がある……。


 それにしても、なんだか話が出来すぎている気がする。

 ぼくが何もしなくていいのなら、そもそもこの特区をぼくが継ぐ必要もないんじゃないのか……?

 そんな根本的な疑問が脳裏をよぎった。

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