第30話「忘却のソラ」

 その後無事、千葉港にまでイエンカ姫を連れてくることができた。僕たちは周囲を警戒しながら、アジトのある方に向かっていく。

「あなたたちが誰かはわからないけど、ほんとうにありがとう。お礼はどうしたらいいのかしら。」

 イエンカは僕らに謝意を示した、きっちりお礼とか考えてくれてるんだな。もちろんこの声はソラの通訳なので正確に何を言ってるかはわからないのだが。


『太陽、何もしゃべらずにポケットの予備のスマホをそのままイエンカに渡してくれ』

 そういえば予備のスマホをもたされてはいたが、なんだろうと思ったら、イエンカ姫に渡すためだったのか。気前がいいな、助ける上にスマホまであげるなんて。

 僕は指示通り黙って、スマホを渡す。

 スマホの画面には何か文字が映し出されていたが、僕には読めなかった。イエンカはその文字を確認すると、うなずいてそのケータイを握りしめた。


 やり取りをしている間にアジトについたらしく、待っていたサングラスとスーツの男にイエンカ姫は引き渡された。引き渡されたっていう表現も何か違う気がするが、とにかく姫を無事送り届けることには成功した。


『さて、太陽俺らの仕事はここまでだ、帰るとしよう。』

 ヘッドセット越しに太陽から指示があった。


 えっ、もう終わりなのか。姫様の熱いクチヅケとかそういうイベントはないのかな。まぁ一億もらえるわけだから、望み過ぎなのかもしれないのけどさ。

 僕たちは特に、大げさな別れをするわけでもなくその場を立ち去った。結局姫は確かにすごい美人だったけど、大したコミュニケーションもないまま別れることになってしまった。なんだか助け損な気がしてしまうのは気のせいだろうか。


 帰りの車の中、ああ、乗ってきたBMWは千葉港に乗り捨てて、大使館近くのパーキングまでタクシーで戻って、ちゃんと畑から借りた車に乗っている。

 その帰りの車の中で、僕はソラに尋ねた。

「なあ、スマホには何て書いてあったんだ?全然読めないし気になったんだが。」

「だからさ、乙女の秘密って言ってるだろ。」

「なんだよ、今回はずいぶん秘密ばかりじゃないか。」

「外交上の秘密も多いからね、下手に知って命を狙われたくはないだろう。」

「そりゃあそうだけどさ。」

 そもそも大使館に潜入して、救助とはいえ姫を誘拐してる時点で命を狙われそうだけどな、ほんとうにその辺は大丈夫なんだろうか。

 その辺をあらためて聞いてみた


「だから、心配するなって。監視カメラ等にも一切残ってないし、姫が誘拐されたなんて警察に言うわけにもいかないだろう。まさか監禁してたのが大使館だったなんてさ、そんなんばれたらそれこそ国王の信用問題だ。」

 たしかにソラのいう通りだろう、っていうことはだ。


「問題なく、俺は一億もらえるっていうことでいいんだな。」


 ふふ学生にして一億手に入るなんて、こりゃあもう就活とかしなくていいんじゃないか。というかこんだけ金あれば彼女なんてでき放題だろ。ふふふ、夢の学生生活の幕開けだ。

「それは約束する、一億なんてはした金いくらでもくれてやるさ。」

 はした金?ソラ君、はした金って言いましたか?あのね学生の時に一億あったらさ、もうその運用益だけで一生食っていけるのよ。つまりね僕はもう労働という現代社会の監獄にとらわれなくていいのですよ。

「ソラさ、いくらでもくれるというなら、ぜひくれよ。喜んで頂戴するぞ。」

 あって困るもんじゃないからな。

 それにしても一億かぁ、まずはマキナ、マキナになんか買ってあげよう。何を買ったら喜んでくれるかなぁ。

 

 僕がそんなことを考えてると、

「君は本当に俗物だな、太陽のそういうとこ、本当に好きだったぜ。」

 ぼそっと、そんな別れのような言葉をソラは車内でいったのだ。


 そして、それは本当に別れの言葉だったらしく、その言葉を最後に僕はソラの言葉を聞くことはなかった。

 ソラは次の日以降、僕の前から姿を消したのだった。








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