第29話「ハイウェイスター」

 駐車場にたどり着いた僕とイエンカの目の前にはタイミングよくBMWのセダンタイプの車が現れた。あんまり詳しくないけどM5ってやつかな。

「それに乗ってくれ、逃げるぞ。」

 ヘッドセットでそのようにソラに指示されたのでおとなしく乗り込むことにする。

 

 僕は運転席に、イエンカは後部座席に座った。イエンカが助手席に回り込む時間が惜しかったためである。

 そしてどうせ運転するのは僕じゃないので、隣に座ってもらうと運転してないのがばれるという理由の方が大きい。

 もちろんソラはこのビルを制御すると同時に、操縦可能な車を探して、この車を制御することに成功していた。(簡単に言えば盗んだ)。なのでここからはソラによる自動運転であとは安全に逃げるだけである。

 余談だが大使館だけあって、この駐車場の全6台の車は全部外車ばっかり、高そう…。高そうっていうか実際に高いんだろうなぁ。


 駐車場のシャッターもすでにあけてあるので、僕たちはあっさりと高級車でビルから脱出することに成功した。人生初の高級車体験がまさかの「盗んだ車で走り出す」羽目になるとは思いもしなかったが、これで一件落着。

 僕はソラの言う通り、大したリスクを背負うことなく1億の大金を手にすることができるのである。最高のバイトだったといわざるを得ない。


 はじめる前は一億もらえるとはいえ、大使館からお姫様を盗むなんて、あの有名な怪盗様でもむずかしいような案件だと思ったが、案ずるより産むはやすし。

 終わってしまえば簡単なミッションであった。


 と一息ついたところでイエンカが何かを言った。残念ながら僕には彼女の言葉はわからないのでソラの翻訳を待つ。

「何者かはしりませんが、ありがとうございます。このまま、千葉港まで向かってほしいです。そこに仲間がいますので。」


 ちなみに僕は運転してるわけではないが、必死に運転するふりをしている。さすがに勝手に車が動いてると思われるのもめんどくさいからだ。

「わかった、湾岸線に乗ってまっすぐだ10分もあれば着くだろう。」

 ソラは、車のスピーカーからイエンカに向かって話しかけた。いかにも合成という音声である。声で言うとデスノートの映画版のLの声と言ったらわかるだろうか、あんな感じのボイスチェンジャーボイスである。なんだか、いかにも犯罪者って感じで嫌だなぁ。


 それにしてもここから千葉港までってディズニーより千葉マリンスタジアムより先にあるんだから、軽く30km以上あるけど、それを10分ってどんだけ飛ばすつもりだよ。

 一抹の不安を覚え、ソラは案の定一般道をかなりのスピードを出しながら、車の間を縫う様にしては軽快に飛ばしていった。場合によっては渋滞を避けるため裏道を使いながら、ほぼノンストップで高速の入り口までたどり着いた。

 途中全く信号にも引っかからなかった。運がいいなぁ。そんなことをぼそっと言ったら、

「もちろん計算だ、最短ルートは最初から割り出してあって、さらにこちらで操作できる信号機はすべて操作させていただいた。」

 とソラがヘッドセット越しに説明してくれた。


 高速の入り口も止まることなくETC入り口を抜けていった。これもソラの操作によるものかと思ったが、何のことはない、単純にこの車のETCがささったままだった。皆様ETCカードはちゃんと車から抜く癖をつけましょうね。


 ここまで来たらあとは高速をぶっ飛ばして、千葉港まで向かうだけだぜと思っていた矢先、


 ガっ!!


 という金属がぶつかり合うような音が、車の後方から聞こえてきたので思わず振り返った。みると、後ろから今乗ってる車と同じようなセダンタイプのアウディが追っかけてきていた。しかも助手席からは窓からスーツを着た身体の大きい外人が銃をこちらに向けている。


 おいおい聞いてないぞ。

 さっきの金属音は銃弾が、車に当たった音かよ。


「イエンカ!アーユーオーケー?」

 とっさ的に僕はイエンカを気遣った。もちろん言葉を話せないので仕方ないので簡単な英語を使って、情けないけど仕方ない。

 イエンカは何も言わなかったがとりあえずルームミラー越しにこちらを見てうなずいている。


「どうなってんだソラ、なんで追手が来てるんだよ。」

 僕は小声でソラにそう尋ねる。

「分からないが今は、追手を振り切らないとな。銃弾がタイヤに当たらなくてよかった。」

 車は湾岸道路を時速250㎞以上のスピードで、前にいる車を右へ左へと避けながら突き進んでいく。時にはそこに行けるのかっていう場所も、それこそまさに針の穴を通すような正確さですすんでいった。

 これ完全にオービスに引っかかるだろう、僕は万が一の場合に備え前を見ないで顔を伏せて、ソラの運転に身を任せた。というか、正直なところものすごいスピードで車の間を抜けていくのが怖くて、正面が見れない。

 後ろからは、右へ左へ車線変更するたび、キャーとかワオといった声が聞こえてくる。怖がってるというより楽しそうだ。やっぱこういう時女の方が度胸が据わってるよな。

「エクセレントドライブ!」

 って声が聞こえてきたが、運転してるのは僕ではない。


 ちょうど目の前にはディズニーリゾートが広がっており、彼女にはアトラクションのように思えたのかもしれないが、僕にとっては冗談じゃない、命がけの全くクールじゃないドライブだ。

 

 もっともソラの運転は正確でこのテクニックなら振り切れそうだった。しかしソラは不穏なことをいう。

「あっちの車の最高速の方がはやい。こっちは250くらいまでしか出ねぇ。」

「なんだよ250㎞って!?どんなスピードで走ってやがるんだよぅ。」


 恐る恐る後ろを振り返ると、たしかにきっちりアウディがついてきてる。向こうもかなりの運転の腕前のようだ。そしてどんどん距離が近づいていく。高速に乗ったころはそこまでスピードを出せなかったのでリードを保てたが、千葉方面に向かうにつれ車の台数が減っていったため、単純に直線加速性能の差が出てしまったようだ。


「あっちはリミッター解除してやがるな。300オーバーだ」

「こっちも解除すればいいだろ。」

「さすがに走行中にできるような話じゃないんだよ。」

 小競り合いをしている間に、車はどんどん近づいてくる。まっすぐ走ると銃の餌食のために左右に蛇行運転してる影響もこちらには出ている。


「追いつかれるぞ!大丈夫なのかよ?」

 ここで最初の場面に戻る。さすがに手に汗が握る、後ろから追っかけてくる敵と、かつてないスピード感でかつてないほどの緊張感を僕は感じていた。


 もう少し走れば目的地付近の高速出口だ。一般道の方がふり切れるかもしれないが、もし渋滞にでも捕まったら逃げられない……。どうする気だソラ。


「仕方ない、ドローンを一台犠牲にしよう。」

 するとソラはそういって、後部座席の窓を開けた。一応移動させておいたドローンが起動し、ブーンと音を立てて勢いよく窓の外に飛び立っていく。


 通常であればドローンはそのまま風速に負けて落下しそうなものだが、そこはソラの操るドローンだけあって、正確に後方から迫ってくるアウディのフロントガラスに向かって突っ込んでいった。


 それに気づいたアウディは勿論それをよけようとハンドルを切るが、ソラは逃げること許さず、ドローンを正確に追尾させきっちりアウディのフロントガラスの中央にぶつけた。

 300㎞オーバーで走っている車に、ドローンのような重さの物体がぶつかればタダではすまず、フロントガラスは木っ端みじんになった。

 高億移動中にもかかわらずぶつかった音がこちらまで聞こえたくらいの衝撃だった。

 

 ガラスが割れ、後方の車のスピードが見る見るうちに減速していった。そりゃあ、あの状態で運転できるわけない。相手の命を思わず心配したが、ブレーキランプが点灯して停車した様子まで確認できたので、命に影響はないようだ。


「飛んだ飛び石を食らったもんだね。スピードの出し過ぎには気をつけないと。」

 飛び石の張本人であるソラはしれっとそんなことを言って、そして僕らは無事後続を振り切って高速を降りることができた。





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