第4話エリーゼのために

大きな電源スイッチの入る音。

大画面が起動する音。


(仙人)「これが京の町。鴨川の西北角、ここに池田屋がある。

長州が京都を火の海にして天皇を誘拐するという極秘情報を得て

新撰組は総力を挙げて長州テロリスト集団を探しておった。


近藤、沖田以下十名が四条から木屋町筋を北上。土方以下二十四名が

祇園を探索して池田屋で落ち合うことになっている。姫と和之進は

土方隊に付いて行け。秀次郎と虎之助は近藤隊と共に池田屋に入れ。

くれぐれもすぐには切り殺されぬように」


3S発進、遠のいていく音。


鳥の鳴き声。寺の鐘の音。

犬の遠吠えが聞こえる。

砂利道。忍び足の音。


(近藤)「間違いない。おるぞ国賊長州が」

(ヒデ)「二十人くらいか?」

(トラ)「そんなもんじゃろう」


(近藤)「二階の奥が一番怪しい。踏み込んだら、

わしら四人は上へ駆け上がる。お前達三名は下。

他の三名は逃げる者を追え」


(全員)「はい」

(近藤)「よし、踏み込むぞ!」


開き戸を開ける音。

(近藤)「新撰組だ!御用改めでござる!」

(主人)「あああ、皆様方!御用改めでござりまする!」

(近藤)「ええいどけっ!やはり二階だな」


寺の鐘の音。犬の遠吠え。

砂利、二十四人が歩く音。

(カズ)「土方さん!池田屋が!」


はるか遠くの声。

(声)「新撰組だ!逃げろ!ぎゃーっ!」


近くの声。

(土方)「走れ!みんな!」


二十四人、駆け足の音。

(土方)「井上隊の十人は正面から切り込め!

そっちの八人は裏へ回れ!一人も逃すな!」

(全員)「ははっ!」


砂利をけって足音遠ざかる。

アキのつぶやく声。

(アキ)「かっこええわぁ」


(土方)「そこの二人!見慣れぬ顔だな?」

(カズ)「新参でござりまする」

(土方)「ああ、近藤の」


(アキ)「(小声で)土方様」

(カズ)「(小声で)なりませぬアキ姫。この方は」

(土方)「お前か?近藤のせがれは。引っ込んでおれ!

戦とはこうするものぞ。自ら切り込んでいくだけが能じゃない」


剣戟の響き。悲鳴が途切れ途切れに聞こえる。

(土方)「長州が出てくるぞ、構え!」


(アキ)「かっこいい」

(カズ)「なりませぬアキ姫。あの人は姫を幸せにする人ではありませぬ」

(アキ)「でも・・・・・」


剣戟の響き。気合の声。

戸を蹴破り、乱れる足音。

(土方)「できるだけ生け捕れ!」

(ヒデ)「おー、カズ!姫は大丈夫か?」

(トラ)「まだ長州が出てくるぞ!」

(アキ)「どうしよう?」

(ヒデ)「カズ!姫を守れ!来たぞ!」


戸を蹴破り乱れる足音。絶叫。

(トラ)「姫!危ない!」


刺される音。ドスッ!

(アキ)「あっ、カズ!死んじゃだめ!」

(カズ)「絶対に、姫、なりませぬ、うっ」

(アキ)「カズーッ(エコー)」


洞窟、水の雫の音が響いている。

遠くでアキが泣いている。


(アキ)「(鼻をすすりながら)バカバカ」


こちらの声。

(仙人)「難しかろうてなぁ」

(カズ)「申し訳ありませぬ」

(仙人)「短時間で人の性格を見抜くのは、難しかろうて。

土方歳三を連れてきてても、まあ、すんなりとはいきますまいよ。

人の心の奥に潜む冷徹さを見抜くのは、姫、難しゅうござりまするぞ」


アキ、遠くで鼻をすすりながら泣いている。

(仙人)「御三方。姫が泣きつかれて眠るまで、そして、

成長して目覚めるまで、そっとしておきましょうぞ」

(三人)「ははっ」


『エリーゼのために』のメロディーがずっと流れている。


(アキ)「じい?姫の父、母は?」

(仙人)「はっ、天界にて二千五年に姫が帰ってこられるのを、

心待ちにしておられます」


(アキ)「そう・・・・」

(仙人)「まだ二百年ありまする。しっかりと姫の慕われる若者を

見つけ出し、共に天界までお連れするのがじいの役目でござりまする」


(アキ)「あと二百年か。一目ぼれした若者が、

どんな人だったか分からなくなってきた」

(仙人)「それでは困りまする。姫のわがままで五百年間、

この地上で探し、見つけ出すのがお約束でござりまする」


(アキ)「そうだったね。あと二百年、がんばろーっと」

(仙人)「頑張りましょう、姫様。意外と身近にその若者は・・」

(アキ)「えっ、今何か言った?」

(仙人)「いえ、何でもござりませぬ。ふー、やれやれ」


『エリーゼのために』が次第に消える。


洞窟、水の雫の音が響く。

(カズ)「三人揃いました」


(仙人)「御三方。これよりいよいよ近代戦に入る。ますます

個性はなくなり、今までとは比較にならない大量の若者が、次々と

戦場で命を落としていく。悲しいことだ。姫をしっかりとお守りして

その若者を何とか探し出してくれ」


(三人)「はっ、かしこまりました」

(カズ)「敬礼!」

(ヒデ)「いつのまにか陸軍になっている」

(トラ)「あっ、ほんとだ。今度はどこに?」

(仙人)「二百三高地!」

(三人)「二百三高地?」


大きな電源が入る音。

大画面が起動する音。


(仙人)「ここが二百三高地じゃ。ここを落とせば旅順港。

当時世界最強のロシアの基地。日露戦争の最激戦地じゃ。

塹壕、鉄条網、トーチカの機関銃。何度も総攻撃をかけるが、


全滅につぐ全滅。若者の死体が累々と折り重なっていく。

総攻撃は中止され、いくつかの決死隊が結成された。その

中へもぐり込むのじゃ必ずや姫の若者がおるはずじゃ。

しかと探し出し、ここへ連れて来ること。以上!」


(カズ)「敬礼!」

(ヒデ、トラ)「はっ!」


(アキ)「わかりました。必ず真の若者を見つけ出して連れてまいります」

(ヒデ)「姫、起きておられたのですか?」

(トラ)「何か少し大人びたみたい」


(アキ)「無駄口叩くんじゃないよ!ほら、行くよ皆!」

(ヒデ)「ああ、こわい」

(カズ)「姫に何か変化が?」

(仙人)「そのようじゃの。では、参るぞ!二百三高地!」


3S,発進。遠のいていく。ウィーン。


大砲の音が遠くで響く。

突撃ラッパの音。突撃の声。

機関銃の連射音が続く。

阿鼻叫喚。


近くの声。

(隊長)「いくぞ!とつげき!」

(全員)「おーっ!」


10数名の駆け足の音。ヒュンと弾の音。

突撃ラッパの音。

(全員)「わーっ!」


(ヒデ)「トラ、姫は大丈夫か?」

(トラ)「みな、大丈夫だヒデ」


機関銃の連射音。

(隊長)「ふせーっ!塹壕へ入れーっ!」


ドサッと穴に飛び込む音。

大砲の音。突撃の音が遠くで聞こえている。

間近でヒュッと弾の音。


(隊長)「うわー、ううう」

(カズ)「あっ、隊長と副長がやられた!」

(皆)「隊長!」

(隊長)「とにかくトーチカをやっつけて、この旗を

掲げてくれ!それをめがけて総攻撃が始まる!ううっ」


(ヒデ)「カズ!指揮を取ってくれ!」

(トラ)「旗は俺が持つ」

(カズ)「よし!ひるむな!頭を下げて全員突撃!」

(全員)「オーッ!」


突撃の声。ラッパの音。機関銃の連射音。

阿鼻叫喚。断末魔の声。


(カズ)「(あえぎながら)みんな無事か?」

(ヒデ)「我々四人だけ生き残っております!」

(カズ)「よし!トーチカに上るぞ!」

(三人)「オーッ!」


四人、駆け出す音。大きな爆発音。

(カズ)「やったぞ!旗を立てろ!」

(トラ)「よし!それ!」


突撃ラッパがいたるところで鳴り響く。突撃の喚声。

ラッパの音次第に遠のいていく。


(アキ)「私達以外皆死んでしまった。一体誰を探せばいいの?」

(カズ)「姫!立ち上がっては危ない!」


ヒュンと間近に弾丸の音。

(カズ)「うっ!ううう」

(アキ)「あっ!カズ!死んじゃだめ!」

(カズ)「姫、ご無事で」

(アキ)「二度までもお前は!死ぬな、カズ!」


戦場の音、遠ざかり消えていく。

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