あとがき

あとがき

 半月をお読みいただき、ありがとうございます。


 わたしが作話の元ネタにするのは画像のことが多いんですが、本話の起点は画像ではなく、ハーフムーンベイという曲です。和訳すれば『半月湾』でしょうか。その名を冠した大好きな曲があるんです。十二弦ギターの名手ゲリー・オベアーンの作詞作曲で、アイルランド出身の女性シンガー、モーラ・オコンネルがストーリーズというアルバムでカバーしています。その曲を最初に聴いた時、わたしは言いようがないほど感動しました。聞きながら涙をこぼしたことを今でも鮮明に覚えてます。


 歌詞も切なくて素晴らしいのですが、その内容を一切知らなくても音が頭の中にどんどん情景を描き出していくんです。心の琴線に触れるというのはこういうことなのかなとしみじみ思いました。その時に。曲がわたしの中に映し出したシーンを、いつかなんらかの形で描き出してみたいなと考えたんです。


 半月と言う言葉と、音によって刻み込まれた印象。ただそれだけをもとに、自由にイメージを広げてみよう。太陽には光しかないけれど、月には光と影の両方ある。それは人の心そのものだろう。ならば、それを筆の赴くまま描いてみよう。


 半月は。そのようにして、わたしの心中の月のある情景を描いた習作です。


◇ ◇ ◇


 筋立てを考える前に、もう美月さんが半月と言う店とともに薄暮に浮かび上がっていました。それから、卓ちゃん、あさみちゃん、迫田さん、ぐっちぃ、さわちゃんの順で、キャストが固まりました。


 最初、美月さんは魔女の設定にするつもりでした。猫の文三さんは、下っ端の使い魔になるはずだったんです。でもそういう割り振りをすると、美月さんが絶対的な存在になってしまいます。美月さんの位置付けを半月に集う常連さんと同じところまで下げるために、美月さんと文三さんの役回りを逆にして、九得くのえに登場してもらいました。


 それと、美月さんにはどうしても月を美しい隠喩メタファとして語ってもらいたかった。そのために、狂言回しの役を御堂さんにお願いしました。迫田さんと卓ちゃんのご両親には、傾いた月の押し上げを手伝ってもらいました。こればかりは力技が必要だったからです。


◇ ◇ ◇


 わたしは、本話でいくつか変則的なことを試してみました。


 まず、一人称で展開する話でありながら、視点(ナレーター)をあえて固定しませんでした。あさみちゃんの心象風景を軸に描き出しましたが、必ずしも主人公があさみちゃんというわけではないんです。

 あさみちゃんと卓ちゃんが交互に語るというスタイルは、相聞歌そうもんかをイメージしたものです。もちろん、二人が交わす文を取り持つのは、月。月であるべき美月さんは、二人の交点であるとともに、二人によって初めて描き出される。そういう風にしたかったのです。


 それと、話中では季節や時系列を明示していません。話の進行に支障がない限り、そこは読者のみなさんに自由に想像していただこうかなと。欠けている部分が多くても少なくても、どれも月の姿。そんな風に捉えてくだされば。


◇ ◇ ◇


 筆を置いた時に、最初に思ったこと。美月さんは、どこへ行ったんだろうなあ、と。わたしの中にも謎を残して、一葉の絵がき上がりました。


 あまりに拙い月のスケッチかもしれません。でも、読んで下さった皆さんそれぞれにお好きな月を思い描いていただけたなら。


 ……とても嬉しいです。



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半月 水円 岳 @mizomer

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