二話 誓約の剣 序章

 森に獣の咆哮が轟き、近くの木々から恐れをなした野鳥の群れが空へと飛び立っていく!

「いくぞ! 前衛は俺とオクタビア、中衛はミリアとサラ、後衛はカリン。種族はビースト」

 簡単に指示を飛ばしながら鯉口を切る。

 盾を構えつつ突撃――助走を付けた勢いのままに真一文字にロングソードサイズ(80Cm)ほどの弯曲剣を振る!

 バシュ!

 唾液と樹液によってテッカテカに固められ高質化した毛皮――その一種、天然の鎧にようになった体毛を俺の弯曲剣はアッサリと切り裂き下にある皮膚組織まで切り裂いた!!

 あいかわらず片手持ちの武器にしてはデタラメな切れ味だ!?


 ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!


 俺の一撃にくぐもった苦鳴をあげながらヨロめき――

「背中をかりる」

 背後から囁くように聞こえる仲間の声。

 トンっ。

 背中に軽い感触を感じた後、一瞬だけ陽光を遮るように影が頭上を覆い、目の前に立ちはだかる巨躯の向こう側に音もなく着地。その手には背中の留め金に引っ掛けられていた槍が納まっていた――シャリンと着こんだ鎖鎧が思い出したかの様に擦れ合い音を立てる。陽光を黒光りするフルフェイス型の兜で照り返しながら槍を構え――こいつが俺と同じく前衛を務めるオクタビア。

 ヒュン――

 空気を切り裂く音とともに獣の胸に矢が生える!

「鏃に幻覚薬が塗ってある。しばらくは攻撃が当たりにくくなるぞ」

 ドヤ顔でそんな事をいってるのが中衛のミリア、黒色のターバンを目深に被り。弓を構えた時に身体の前面にだけ装甲の施された服――金属片革鎧(ブリガンティン)を着ている。

――って、今なんて言った!? 幻覚剤? 幻覚薬は諸刃の剣だ――確かに精神を高ぶらせ攻撃が大振りになり当たる確率は減少する。反面、矢鱈滅多に振り回す動きは予想がしづらく、思わぬ一撃をもらう事が多くなり盾役や前衛を務める者には使ってほしくない援護ナンバーワンである。

 もちろん俺も昔に誤って使ったコトがある。きっと、そん時の俺もいまの弓使い――中衛のミリアと同じようなドヤ顔だったのだろう……違うのは、俺の時は仲間から盾強打(シールドバッシュ)されたが、俺はそこまで大人気なくないということ事だ。あとで説教ぐらいはするけど……。

「ラーアルさん!!」

 悲鳴にちかい声とともに迫りくる気配に盾を構え、足をしっかりと踏ん張る――


 ギギ――


 金属表面を鋭い物で引っ掻く耳障りな音が響き、肩が外れそうになるほどの強い衝撃を体裁きで受け流す!

「ヨソ見してちゃダメですよ☆」

 少し離れたトコからでも聞こえるキンキンした声は同じく中衛のサラ。純白の僧服に短杖(ワンド)を持ち医療系や支援系の魔法を操る戦女神の信徒であり、何を隠そうこの大陸の宗教的指導者の娘なのだそうだ…………とても信じられんけど、ホントのコト。

――っと、さらにその後ろにいる小さな影が――うをっ!

 ブンっ!

 という、音ともに太い腕と鋭い爪の一撃が顔の近くを掠める!?

慌てて眼前の魔物に注意を集中する。

「こ、こいつは――!?」

 獣――いや、そんな生易しい表現じゃコイツは表わせない。

コイツを表すとするなら――魔獣。

 そう、コイツを表現するなら魔獣だ。見た目は獣の『熊』に似た姿形をしているが、全長は四メートルを越え馬に乗った騎馬兵よりもさらに上背で勝る。ミリアの放った毒矢のせいか目は血走り、口からは絶えず涎をダラダラと滴らせ、巨躯から左右に二本づつ計四本の太い腕は筋肉で盛り上がり先端には鋭い爪が付いてる。

 熊に似ているが、その四本の腕を持つ事から――

「阿修羅」

――と、呼ばれてる。

「それがコイツの名か? なかなかに勇ましいな」

 言いながら槍を持ち態勢を低く構えるのが見える。

「おい! こっちだ!!」

 言葉を理解できるとはおもえんが、大きな声と同時に自分の鎧を剣の柄で打ち鳴らし派手な金属音を上げこっちに注意を惹きつける。

「グルル――」

 完全にこちらへ標的を決めた魔獣はドスドスと重い足音を上げながら、ゆっくりと近づいてくる!?

 め、目の前までく、くると注意を惹きつけたコトにちょっと後悔しそうになる迫力だな……背中に『ごごごごごごごごごごごごごごごごごご』という効果音でも、付いてそうな迫力だぜ。

 来る――!

 そう感じた瞬間、空気が弾けたような音と衝撃が襲う!!

「ぐっ……」

 金属を削り取る耳障りな音と圧倒的なパワーに押され俺は鉄靴(グリーブ)で地面を掘りながら、そのパワーに必死で耐え!。

「あっ!!」

 押し切られる――そう、思った瞬間だった。

「覇っ!」

 ざっ!

――と、いう踏み込み音と共に地面スレスレまで態勢を低くしてたオクタビアは伸びあがるように下半身の筋力を解放し突きを放つ!

 巨獣の背後に肉を突き破る耳障りな音が周囲に響き渡り――巨獣の苦鳴の咆哮は――

「せいっ!!」

――と、いう続けざまに発した気合の声に掻き消され、同時に突きを放ったばかりの態勢から伸びあがるように上半身のバネを解放させる!

 王国式槍術 双竜閃!

 鮮やかに技を決めるとサッっと後退し距離を開ける。強烈な槍での二連撃だ。当然、阿修羅は怒り狂ったような瞳でオクアビアに狙いを代える!

 それを予想していた俺は半身――盾を持つ側を阿修羅に向け、逆手の剣を強く握り――

 巨躯の魔獣を挟んでオクタビアと視線が合う――俺の構えを見てわずかに頷いたような気がした!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 盾を構え激と共に巨躯に突撃する!

 神殿騎士団流剣術 強襲突撃(チャージアサルト)

 盾を構えたまま体当たりをした後に剣で斬りつける技である。

 体重に差がありすぎるために正面きって使った場合、ほとんど効果はないが、今のように注意を別に向けている時に使えば――

「ぐるるるるるるるるるるるるるる――」

 こうやって相手の攻撃を邪魔し味方を守りつつ、自身に注意を向ける事ができる。

 ブンっ!

 密着したままの態勢で大振りの腕が身体をかすめ、鋭い爪が鎧の背中をひっかく甲高い音を発生させる!

 視界には入らないが、おそらくオクタビアが槍で強烈な一撃を放ってくれるだろう、それまでこのままコイツの注意を引き付けていないと……しかし、スゲ~獣臭い!

「!?」

 そんな事を考えてた次の瞬間――視界がブレるように揺れたと思ったら次の瞬間には空高く舞い上がっていた!! 眼下には森の木々が広が――そこで自分より下にいた阿修羅と目が合う。

 さらにその下――数秒前に自分達の立っていた場所には――地面が錐のように盛り上がっていた!? よくみると一緒に吹き飛ばされた魔獣の腕が捥げ、カリンの目が遠目にもわかるほど真ん丸になっているトコをみると――カリンの精霊魔法に巻き込まれたようだ……幸い当たり所というか――精霊の親和性が俺のが上というか大した怪我はないようだが……よっと。

 俺は中空でクルリと一回した後に足から地面へと着地する――その横では『ドシンっ!』という音とともに魔獣が背中から地面叩きつけられる!

 追撃しようとする間もなく魔獣はあわてて起き上がると、次の瞬間には森の奥へと走り去る。

「追うか? 血の跡を着ければ――」

「いや、必要ない」

 いまにも駆け出しそうになっているミリアを止める。

「あれだけ痛めつけておけば、ここに戻ってくる事もないだろう。

それよりもミリアはカリン、サラと相談してテントを張る位置を決めてくれ。ミリアは獣や魔獣の通り道にならない場所を探して、カリンは精霊に遮蔽効果をサラはオークや闇の者達から遮蔽する術を施してくれ」

「は~い☆」

「……はい」

「わかった」

 三者三様の返事の後――

「私はなにをすれば?」

 槍先についた血を払ったオクタビアに――

「俺とオクタビアは監視任務だ」

「わかった」

 監視任務――これが今回の依頼内容である。

 傭兵ギルドから依頼され依頼主は王国という割と大きな仕事。内容としては王都近くにあるオーク駐屯地の監視という非常にわかりやすいモノ。ただ駐屯地の近くにキャンプを作り数日監視するという事は小隊、運が悪ければ中隊や大隊規模のオークと戦闘になる可能性がある。依頼内容はシンプルだが危険度は遥かに高い。その性質から大規模傭兵団に依頼される事が多い。

「……静かだな」

 隣の茂みから身を低くしたオクタビアがポツリと漏らす。

「先日、大規模な侵攻をして失敗したばっかだしな」

 まあ、その一件が評価されて今回の任務を任されたわけだが…………俺は森を切り開いき丸太の柵に囲われた駐屯地の中で数匹のオークが動き回ってるのを俺とオクタビアとで注意深く監視する――!

「そ、そんな!? 二人きりだがこんな場所で……わ、私にも心の準備というものが……」

 オクタビアの手を握った瞬間、そんな事をほざいた色ボケエルフに――そう。こいつは常にフルフェイス型のサリットで顔全体を覆っているが、その下には絵画に描かれるような美貌に長い耳をも希少種のエルフなのである。

「しっ! 気付いてるだろ」

 俺は剣闘士短刀(グラディウス)を抜きながらオクタビアの笑えない冗談を止める。こいつ背後の茂みに気配を感じた瞬間に臨戦態勢になり飛び込んでいきそうになった瞬間に俺が手を握って止めた。

「単体だと思うが、もし他にいた場合に備えてオクタビアは待機しててくれ」

「わかった」

 お互い顔を合わせひとつ頷き――ざっ!

「わっ! わっわっわっわっわ――」

 短刀振りかぶり茂みの気配に襲い掛かる途中そんな場違いな声が聞こえてきた!?

「ミリア殿!?」

「えっ!」

 背後からオクタビアの声に俺は自分が押し倒している気配の正体を悟る。

 それは確かに仲間であるミリア――押し倒された衝撃で弓を離してしまったのか脇に転がっており、弓を構えた時、前面になる部分にのみ装甲を施した弓士用の軽鎧はなぜか胸元が大きく露出し、トレードマークである黒色のターバンは押し倒された衝撃で脱げ、その下からピョコっと三角の耳――ネコミミが左右の頭頂部に付いていた。

 すぐに様子がおかしい事に気づいた! 浅く乱れた息遣いに潤んだ瞳、なによりこんなアクシデントになにひとつ文句を言ってこない大人しい性格をミリアはしてない。

「ミリア、ミリア」

 潤み、焦点の定まっていない瞳のミリアの頬をペチペチと平手で軽く叩く。

「――んっ――はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ――!」

 トロンとした瞳が俺の平手でスっといつもの瞳に戻る。

「わ――――――――!!」

 ドシンと俺を突き飛ばし――そそくさと乱れ服を直し、ターバンを頭に載せる。

「おいおい。勘違いしたのは悪かったがおまえだって――」

「わ――――――――――バカ、こっちくんな、くんな」

 そんな事を叫びながらクルリと踵を返すと、そのままダーっと一目散に去っていく。

「――ったく、そんなに怒る事ないだろ……おまえだって悪いのに……」

「なにか様子がおかしかったようだが……」

「あぁ……確かにいつもと様子が違ったな」

「あとで私がそれとなく聞いておこうか?」

「そうしてくれると助かる」

「それよりも――」

「ん?」

 オクタビアの視線が俺の持つ短刀に注がれる。

「ずいぶんと年季のはいった剣のようだが?」

 確かにグリップは擦り切れ刃もボロボロ――さらには刀身は一度砕けて打ち直した痕まで残っている。普通ここまで損傷した剣をわざわざ打ち直したりはしない。新品を買うか一度、炉に入れ完全に溶かした後、一から作り直したほうが手間も品質も遥かに良いからだ。

「こいつはちょっとワケありでな――」

 曖昧な笑みを浮かべてそう言う。たいていの場合はこういう反応をすればそれ以上突っ込んで聞いてこないからだ。

「ふむ。では――今夜の夕食時にでも語ってもらおう」

「えっ!?」

 まさかの答えに――オクタビアは兜を脱ぐと夕日に銀髪が映え本当に絵画のような情景のまま――

「私は主の事が知りたい。余す事なく」

 絵画と違うのはそのまま優しそうな微笑みを向けてくれた。


 そして――夕食時。

 火を使うと煙が起きてしまうためにカリンに火の精霊を操ってもらい干し肉を炙る。

「……汗」

 懸命に火の精霊を操りながら小柄な精霊士が言う。

「はいはい」

 俺は言われたとおり柔らかい布で感情の読み取れない無表情な少女の額に当てる。

 鎧を脱ぎ地面に胡坐――組まれた俺の脚の上にチョコンと座ったカリン。

 なんだコレ?

――と、思ったが、カリンにいわせるとこれが一番集中しやすく尚且つ俺にいろいろ世話をやいてもらえるベストスタイルなんだそーだ。

 サラはすぐ横で地面に柔らかく綺麗な布を敷き「まだかな~まだかな~お肉まだか~」という変な歌を熱唱中。

 ミリアとオクタビアは精霊と神聖両方の結界に獣道から外れた場所に張ったテントの中で汗を拭き着替えをしている。

 辺りはすでに陽が落ち。ランプの灯りが届かない森の中からは「ホーホー」という鳥の鳴き声とかが聞こえてくる。

「……もうちょっと」

 カリンが小さな手で掲げる皿の上ではでっかい干し肉とその周囲で踊る親指サイズの人型の精霊。

「お肉~お肉~にっくじるジュ~ジュ~♪」

「ミリア殿は体調がすぐれないようだからこのまま休むそうだ」

 鎧を脱ぎ、目のやり場に困るほど極薄の布だけを身に纏ったオクタビアがやってくると俺の近くにある木に背を預けると――

「では、話してもらおう」

 オクタビアにしてはめずらしく少し子供っぽい表情で、

「なになに? なにを話すんですか? ラーアルさんの修行時代? 従士時代の話し? 聞きたい! 聞きたいです!!」

「いやなに、すっごく大切にしてる剣があってな、その品に纏わる話しを夕食のときにしてくれる約束をしていてな」

 約束しただろうか? なんか一方的に言いきられたような気もするが……。

「まあ、隠す事もないしな」

 俺は腰の後ろにある短刀を取ると――

「こいつは『誓約の剣』なんだ」

 そう切り出し、俺は語り始めた。

 この短刀に纏わる話し――こいつをくれた奴の話し、この剣に籠めた誓い、そして別離と思い出を――


第1章『誓約の剣』(オナーソード)に続く。

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