四章+エピローグ

街の様子は一層物々しさを増し、夜半過ぎに傭兵は『強制待機』が発令された。

 ついにオーク軍が侵攻を開始したと発表された。

 進軍予想ルートにはこの街も含まれている――が、おそらくは王都を目指すだろうと大半の者が考えていた。

 王都では既に王国騎士団(ロイヤルナイツ)が王都防衛の準備を整え、傭兵が散発的に行軍途中のオーク軍に仕掛けているという追加情報もあった。

六日目

 夜明け前から断続的に続いていた破城鎚の音はついに鉄門の崩壊とともに聞こえなくなる。メインストリートではウォーリアと警備兵が雄叫びを上げる。

「破られたか……」

 昨日、『強制待機』が発令された後、カリンとミリアも俺達の宿にきて四人で過ごしていた。

 傭兵の中でも前衛は二通りにわかれるファイターとウォーリア――違いは軍事訓練を受け集団戦闘経験があるかないか――ない者はファイター、前大戦の経験者などはウォーリアと呼ばれる。

 ウォーリアや兵士はいまメインストリートに集められている、オークの進軍スピードが予想以上に速かったのと大半の者が王都に向かうと思っていたため街外での迎撃は間に合わなかった。そのため比較的広めに作られたメインストリートで陣形をとっている。

「俺、オクタビア探してくるよ」

 手早く鎖帷子を纏う。胴部分を失った神鉄製の板金鎧も肩当ての部分と脛当てまだ使えそうだったので、短丈鎖帷子の補強目的で肩当てと脛当てをそのまま流用して身に着ける。棒手裏剣と車手裏剣がスットクされた剣帯を巻き腰のうしろにグラディス、左に刀――と、そういえばナガソネさんが刃が上を向く差し方が正しいとかいってたな――でも、抜きにくいな。

 五輪書とかいうミヤモトムサシってのが書いた五冊の本も持たされた。

「拙者の刀を握るならせめて『水の書』だけは読んでくだされ」

 ――と、別れ際に渡された品。でも、今頃は洋上にいるし別にいいか……俺は古びた五冊を荷袋の中に入れる。

「なにやってんだ早くしろよ!」

 ミリアの戦装束――亜麻布のサーコートを外し無骨なデザインの胴当てを晒してるが気にしている様子はない。ミリアだけじゃないカリンもいつも通り無表情にとんがり帽子、同色のローブという戦装束。サラの姿は見えない。

「傭兵ってのは一般市民を守るのが仕事だろ! オレ達も参加するぞ。もし評価されたら傭兵レベルあげてくれるかもしんないし」

 どうやら着いてくるつもりらしい。そこへ大きな木箱を抱えたサラがやってきた。

「ラーアルさんギルドの人が下に来てて支給物資があるって☆」

 木箱の中には痛み止めや魔女の軟膏など各種薬品がはいっていた。

「すげぇな。アンブロシアやネクタルまでありやがる、大盤振る舞いだな」

 薬品の入った木箱――アンブロシアこれ一本で七万ぐらいするぞ! 俺は剣帯のストックやバックラーの裏地にある革のストックしていく。

「ラー……黒髪ロリこの軟膏は置いていくのか?」

 言い直したよこいつ! いま結構自然な流れで名前呼べたよね?

「そいつは魔女の軟膏。塗ると空が飛べる魔法薬だ。グリフィンやワイヴァーンなんかと戦りあう時には必需品だが今回はいらんだろ……ってか黒髪ロリって言いにくいだろ」

 ちょっと考える仕草をしたあとに――

「じゃ、黒ロリで――なんで魔女なんだこれ? もっと飛行薬とかでよくね? わかりやすいし」

 まあ、その意見には賛成だが――おっと後半な黒ロリは賛成じゃない。

「由来はな、おまえも書物や絵本で見たことあると思うが魔女っていうとなんか壺でグツグツ煮てるイメージがあるだろ? あれはこの薬を作ってるらしいぞ、なんでも空を飛ぶのは魔女のステータスになってるからこの魔法薬をたくさん持ってる魔女はそれだけで上級なんだと」

 サラが『感動した!』と言わんばかりに目を輝かせ。

「ラーアルさんなんでも知ってるんですね☆」

 まあ……憶えた理由はあんまり語りたくないけど……以前、洞窟の奥でこの軟膏を見つけ効果を知らずに塗ったら……洞窟の天井に叩き着けられたっていうマヌケなエピソードがあるなんて……同行してた精霊士が『おまえは王宮の戦士か? ライアン気取ですか? このやろー』とか言ってたけど意味わからん。

「――とにかく黒ロリもやめろ、普通に呼ばないとおまえの事もミリィとか呼ぶぞ」

 ミリアの視線が冷たくなり剥き出しの腕を摩りながら――

「キモっ! 絶対やめろ!」

 ミリアは矢筒を肩にかけ俺と同じ薬品を矢筒のレザーストックに捻じり込んでいく。

「アタシはどれにしようかなー」

 箱の中をガサゴソ漁ってるサラに――

「おまえはコレ」

 指輪を放り投げる。

「ら、ラーアルさん……こんな時に……それに……こ、こういう物は殿方の手で左手の薬指にはめてくれないと……」

 モジモジとしながら激しい勘違いをするバカ巫女。

「そいつはカドゥケウスの杖と同じだ。嵌めてると精神集中の助けになるから着けとけ、左手の薬指でも足の親指でもいいから……」

 カリンがずいっと前にでてきて――

「……ボクには?」

 俺は頭をカリカリ掻き。

「すまん。精霊士の事はいまいちよくわからん……」

 そう言った俺をカリンはジッと見上げ――

「……普段見に着けている物、貸してください」

 それになんの意味があるかわからんが精霊に懐かれている俺の持ち物ならなにかしらの効果があるのか?

 神学を習った証明書代わりである『真人』という手と足が四本づつ頭が二つという人間の真の姿を象ったとされる銀細工を渡した。

「……ありがとう」

 無表情なまま礼を言うと懐にしまいこむ。

 身に着けないのかよっ! 


 宿を出ると早速――鱗鎧に丸盾を持ち片手もちのバトルアックスを構えたオークが待ち構えていた!

 慌てて柄に手をかけ――る。間もなくオークは壁に叩き着けられ動かなくなる。

 その背後にいた人影を指し――

「羊の人!」

 槍を構えたままのそいつは長物を持ったまま器用にこける――気のせいかそのリアクションには慣れを感じさせるほどの完成度があった。

「……メリーですけどね。本気ですか? 憶えやすいって評判の名前なんですが……」

「わりぃ、わりぃ。どうも人の名前憶えるの苦手で……そうだ! 魔法銀製の鎖帷子にサリット姿の槍使い見てないか?」

「いえ。そういう方は見ていません、見かけたらお知らせしましょうか?」

 どうやって? と聞く前に懐から翠色の石――風の精霊石を取り出すとそれを二つに割り片方をこちらに渡す。

「それで『声』を届けられるので持っていてください。あとここは任せていただいて結構ですよ。僕は一人のほうが気が楽なので――そちらの御方は守ってくださいますよね?」

 目でサラのほうを示す。

「治療魔法を使える者を守るのは基本だろ」

 メリー君は苦労人らしいため息を吐いた。

「そういう意味ではないのですけどね……行ってください」

 意味深なセリフが気になるが――今は桟橋のある通りへ向かう。

 海に面した通りでは一人の鬼が大暴れしていた。

 肘打ちでオークを海に落とすと――振り回した槍の腹を使って三匹まとめて薙ぎ払う。

 ざっ!

 踏みこみ音は一つ。

 しなる金属製の柄。

 しなりを利用しての神速五連撃。

 王国式倉術の皆伝の技――

『五指突き!』

 直後、前後から同時に襲いかかるオーク兵!

 槍の石突きが背後から襲いかかってきた奴に刺さる!

 前方から襲いかかった奴が斧を振り上げ勝利を確信した雄叫びを上げる――斧を振り下ろす前に三又に分かれた槍先が突き刺さる!

 その衝撃で体が裂ける。圧倒的だった! 何匹で同時に襲っても全て蹴散らされ放り投げられ、千切れ飛ぶ。

 まさに一騎当千!

「おい! ボーズえらくイイ女ばかり連れてやがるな、俺へのあてつけか?」

 そういや――グエンのおっさんロリコンだったな。

「そういうわけじゃないけど……」

「まあいい。ここは俺の餌場だ。ボーズは――余所いきなっと!」

 言いながら回し蹴りでオークの首を折る。

 去り際に――

「おい……ヘマするんじゃねぇぞ」

 仕草で了解と返す。

 飲み屋の立ち並ぶ通りでも誰かが戦っていた。禿頭三人組――揃いのレザーハーネスに身を纏いアニキと呼ばれていた奴は片手にバトルアクスとファルシオンをそれぞれ一つづつ持ち、ヒョロ長いのは――なぜか短剣を持っている。役にたたんだろ! ソレ!

 俺の突っ込みが聞こえた訳でもないだろうが――ヒョロ長の姿が消える!

 次の瞬間にオークの背後を取っていた! 手に持った短剣を深々とその背に食い込ませる!

 完全な不意打ちに抵抗もできずに崩れ落ちるオーク兵。突然自陣に現れた敵に戸惑っていたが我を取り戻しヒョロ長に武器をふりかぶる――が、再び姿を消しアニキの後ろに現れる。

 あれだけ一気に間合いを詰めれる術があるなら逆に取り回し易い短めの武器のが有効。自分の戦闘スタイルと武器の特性をよく活かしている。

 形勢不利と悟ったかオークが間合いを詰めてくる、そこに――アニキが飛び出しファルシオンで攻撃を防ぐともう片手にもったバトルアクスを舞のように振り回す・

 袈裟がけ――逆袈裟――左薙ぎ――右薙ぎ――竹唐の五連撃! 一撃一撃が必殺の気を孕んだ技! 鱗鎧(スケイルメイル)の鱗を盛大にまき散らしながら倒れるオーク。

 武器を振り抜いた一瞬のスキ! そこにオークのソーサラーが雷撃を放つ! 

 ――しかし、三人目の地味な奴が薄い水の膜をはり防ぐ。

 再びヒョロ長の姿が消える――今回は見切れた。

 体を霧にしてるんだ!

 この三人……トリッキーなポイントゲッターのヒョロ長に相手の注意を惹きつつ自身も肉弾戦自慢のアニキ、長期距離からの攻撃は地味な奴が防ぎアニキの回復と時には攻撃の支援もする。このコンビネーションを崩すのはむつかしい。

 ――ってか強かったんだな、コイツら。

 サラが小声で『サイアク』とか呟いてる。体を霧にしたり水の膜を張るのは海神信仰の魔法なんだろうか?

「あ! ラーアルの旦那方」

 ヒョロ長はシーフの心得もあるのか、いちはやくこっちに気づいた。

「ここの店にはいろいろ世話になってるんで、この界隈でオークどもに好きにはさせませんよ! なんたって俺達は――」

 そこからは三人で――

「「「無敵の――」」」

「おう、じゃがんばってくれ“なんとか三兄弟”」

「「「だから兄弟じゃねぇって! 俺達は無敵の――無敵の――ああ――ちょっ――聞いてよ」」」

 もちろん聞かなかった。

 そのままマーケットの裏路地にある工房通りに入る。

「ラーアルさんっ!」

 サラが前を指す先――そこにはひと際大きな体躯のオーク! 頭に羽飾りのある兜、百人隊長とかそんなんだろうか?

 こちらに気づくと低い唸り声を上げ鞘に納めていた大剣を抜――

 かぁん!

 その百人隊長(仮)は奥の『漢の鍛冶ギリド』から飛んできた大鎚が頭部に直撃し立派な羽飾りの兜を粉砕するとオーク自身も泡を吹いて倒れた。

「オークのブタ野郎が勝手に人の庭に入ってくんじゃねぇ!」

 髭づらのおっさんが大声と共に出てくる、見ると工房内は無数の職人がいつもどおり作業していた。

「親方さん達、避難勧告聞いてなかったのかよ?」

「ん? ああ――昨日の傭兵にいちゃんか、ここは俺達の街だ。傭兵の腰抜け野郎どもに任せておけるか!」

「でも、あぶないだろ……」

「俺達は十五年前の大戦も経験してる、それに比べりゃこんなもん――それにいざとなったら溶けた鉄をぶっかけてやるよ」

 そう言ってガハハハハと豪快に笑う。工房内の職人達もそれに釣られる様に笑い声を上げた。

 結局追い出されるように俺達はマーケット方面に移動した。

 そこでは二十匹近いオークの群れが無人になったマーケットで戦利品を物色していた。

 咄嗟に抜刀するが――工房通りにコイツ等を入れるわけにはいかない。退路は――と、考えているとオークが背後から強襲される! 豪快に吹っ飛んで壁にメリ込む奴、遥か頭上まで跳ばされ落ちたあとピクピク痙攣したまま動かなくなる奴。

 オーク達の背後から現れたのは――

「あら。サラ様御機嫌よう」

 オークの血が付いた丈長のシュミーズで優雅に一礼をする巫女頭さんを筆頭に五十人近い巫女達が手に手にモップや箒をもって立っていた。

「……強いぞあんたら」

「ふふふ、戦女神様は自らの身も守れない者に加護は授けませんので、私どもの神殿では朝からみっちり錬武を行っていますのよ」

「いや……もう加護なんかいらんくねぇ?」

 熟練の傭兵団なみの統率力で棍(モップ)を構える巫女達!

「ふふふ、御冗談を――ふん!」

 持っていた棍(モップ)で近くに転がってた鎧を突く――おい! 鉄製の鎧に穴が空いたぞ!

「私のような細腕の者がこんな木のモップを使って鋼の鎧に穴が空くわけないじゃないですか、これは女神様の加護なのです!」

 ……まあ。いいけど。ミリアが青い顔してる……昨日、俺が止めてなかったらあっこでピクピクしてるオークと同じ末路だったかもしれないと想像してんだろうな……わかるぞ。俺もボコられそうになった事あるし。『大丈夫か?』と声をかけたら背後にいる巫女頭の視線を避ける様に俺の影に隠れる。

「そうだ。ここらで魔法銀製の長丈鎖帷子、サリット姿の槍使い見なかったか?」

 そういう人物が街門付近で派手に暴れまわっていると教えてくれた。なんでも一振りで二十の敵兵を串刺にするとかで危なくて味方も近寄れないらしい。

 そういえばあいつ大戦の経験者だったな。

 俺達は礼を言って街門方面に向かう。

「ラーアルさんなんかうれしそう☆」

「そうか? パワフルだなこの街の人達――って思ってな」

 街門付近では累々と横たわるオーク兵士。

 この辺りに気配は――破れた街門の外に六体のオークと戦っている姿が見えた。

 その背にいま一本の矢が突き刺さる! 矢を放った弓兵は破れた街門の傍、俺達とは目と鼻の先にいる。

 剣帯のストックから十字手裏剣を出し弓兵に投げる! 十字手裏剣は回転軌道で飛んでいくので狙ったとこに当て易いのと激しい風切り音が敵の注意を引きやすいという特徴と欠点があるが様は使い方だ。

 狙い通り風切り音に気付き弓兵はこちらに向き直り矢をいってくる。

 俺は脇に落ちていた凧盾(カイトシールド)をサラの前に立て簡易的な置き楯(スクトゥム)に仕立てる。同時に矢が後続のミリアやカリンに当たらない様に矢を横から斬る!

「サラ! そいつを持って影から絶対でるなよ」

 弓兵はもう一体いた。そいつは構えた長弓を街門の外に向け――

 なんとか止めようと駆けだす――が最初に射った奴が再び射かけ俺の動きを牽制、防ぐ事ができなかった。いま門の外を見る事はできないが、おそらく二本目の矢もくらっている。

「ラーアルさんコレどうすれば?」

 大型のカイトシールドの内側を手平で支えるだけでオロオロするサラに――

「まずイナーメを腕に絡め、次にギーガで保持するんだ!」

「え? え?」

 再び矢が襲い来る今度は二本――一本墜とすが二本目は間に合わない! 幸いカリンにもミリアにも当たらなかった。

 このスキにサラに――

「まず革帯だ! そう、それ。それを腕に絡め次に吊り革。そう、その横のやつそれをしっかり握って倒れないように保持してろ!」

「それからどうすればいいんですか?」

 サラは言われた事を忠実に実行し凧盾(カイトシールド)をしっかりとした体勢で保持する。

「それだけだ。俺が倒れてもおまえがいたら治療できるがおまえが倒れたら治せる者がいなくなってジリ貧になるおまえは絶対自分が傷つかない事だけ考えてろ!」

 楯術では大型は体の近く、小型は体から離して使うのが基本だが今はそこまで教えてる余裕はない。俺は背後に向かって声をかける。

「カリン、ミリア。門のとこの二匹狙撃できるか?」

「任せろ!」

 すぐさま声を返ってくる元気な声と――

「……二分」

 やや間を空けて対照的な声。

 ざっ!

 矢筒から三本とり弓に番え――門の残骸が邪魔してうまく射角が取れなかったのか少し前にくる。

「ミリアあんまり前に出るな!」

「それじゃ――当たんないだろ! 門の残骸とか――」

 わずかな風切り音にミリアの腕を引く。

「おい! コラ! ちょ――どこ触ってんだ!」

 引っ張られた拍子に妙な態勢になる。

「人聞きの悪い事言うな! それに当てなくてもいいんだよ、カリンが詠唱完了するまで相手の射かけてくる数を一本でも減らしてくれ」

 ミリアが下唇を噛んで悔しさを堪えながら俺から離れる。

 なにか声をかけようと近寄るとミリアと俺の間に矢が遮る。

「クッ! 妙だ――オレも速射には自信あるがあいつらの射る数は異常だ」

 それに心当たりがあった。やつらの常套手段にして厄介な――

「たぶん。“時の砂”を使ってやがるな! 補助魔法で一定期間自身の時間を速めるとかそんな効果っぽいのだ」

「じゃ――アタシが解除魔法(ディスペル)を☆」

「やめとけって。原初の神は古くて強い存在だ。三界神クラスじゃないと対抗は無理だ」

「じゃ――どうし――」

「……準備できた」

「よし。おもいっきり派手な奴頼む!」

 カリンは頷き、木の枝の様な短杖で印を切ると――

 地面が錐と化して弓兵二体を貫く! 

 ――が、一体はよろめきながらも弓を手にヨロヨロと起き上がる。俺は一気に駆け間合いを詰め横薙ぎに――

 薙ぐまえにオークは地面から発生した火柱に呑まれる! 横薙ぎ体勢にはいっていた俺の腕と一緒に!

 慌てて引き抜くとガントレットは真っ赤になって湯気を立てている。

「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」

 背後のカリンに一喝!

 その後にバックラーの裏にストックから回復薬を取り一、二滴口に含むと残りを直接腕に掛ける。

「最初のはあまり派手じゃなかったし……それになにかあったらフォローするって……」

「ああ。言った、言いました。言ったけど! あれは俺ごと燃やしていいって意味じゃねぇ!」

 視線を反らし何もない中空を見ながら――指を一本立てると――

「大丈夫! ボクより精霊の親和性が高いラーアルさんなら、直撃してもたいした傷にはならないはず……」

 オークは消し炭になったのに俺は軽い火傷で済んだのはそういう事か。

 でもな――

「とりあえず開口一番『ごめんなさい』って言ってほしかったぞ」

 カリンは視線を反らしたまま帽子を脱ぐと自分の頭をゲンコツで軽く叩き――

「……テヘ」

 同時に舌をペロと出す。

 そんな事をしてる間に火柱は消え外に出れるようになる――背に矢を二本もくらいながらそいつは立っていた。

 駆け寄ると――

 やはり、そいつはオクタビアだ。

 辺りに敵の気配はない精も根も付き果て今まさに崩れ落ちる寸前で俺はその体を抱きとめる。

「……我が……君では……ないか……」

 弱々しく途切れ途切れに言うのを無視してサリットを外す。サリットの下から蒼い髪が零れる額や頬に血と汗で髪がついている。俺はそれを優しく整える。

「なんで! なんで一人でこんなトコにいんだよ、おまえは!」

「……言った……では……ないか……ベル……セ……になると……一匹でも多く……そなたの負担が……それに……エルフは死なない……ヴァルハラへ……」

 ベルセルク――苦痛を感じず盾に齧りついてでも戦う狂戦士という意味だと知ったのはこの後、王都の図書館での事だった。

「バカ! ヴァルハラだろうがなんだろうが会えなくなったら一緒じゃねぇか! おまえは危なっかしくて放っとけない治療が済んだらずーっと俺達と一緒だ! わかったな! サラ!」

 俺がしっかりと体を支えサラは背中の矢傷を見る。

「……一緒……? ……私の……がい……きいて……くれぬか?」

「こんなシチュで願い事かよ。断れないの確信しやがって」

「私……に……慈悲……一撃……」

 そう言いながらキドニーダガーを差し出す、キドニーとは『親切』という意味があり戦場で瀕死の重傷をおって苦しんでいる兵士に……。

「ふざけんな! おまえに慈悲の一撃(マーシストローク)なんて絶対やらねぇ! サラどうなんだ?」

「……ひとつは深いですが臓器に損傷はないです……が……もう一つは肺を……」

 その言葉が示す通りオクタビアが吐血。

「早く治療を」

「治療のためには矢を抜かないと……」

「矢には返しがついてんぞ。抜いたら――」

「はい。……なので、その……引き抜いた瞬間に魔法で治療……します。でも……」

「よし、そうしよう。ミリア変わってくれ」

 ミリアが支え俺はサラの横に――

「……ごめんあさい……アタシ……アタシ……できません……もし……もし失敗しちゃったら……」

 突然言い出した治療拒否に俺の苛立ちは一気に怒りに変化する!

「こっ――」

 しかし――サラの様子をみた瞬間に一気に醒めていく。体を震わせ瞳に怯えの色を見せたサラに強くは言えない……。

 気づかれないように深呼吸ひとつ、サラの肩に手置きこちらに向きなおさせる。

「やるんだ」

 目を反らされるが構わず続ける。

「いまから街に運んでも間に合わない。それにカドケゥスの杖を授かるほどの高位医術者は少ない、いまこの辺りで一番オクタビアを救える可能性のあるのはサラだけだ!」

「……」

「こっちを見てくれ」

 ためらがちにも視線を合わせてくれた。

「見殺しにするくらいならやろう! 俺が矢を抜く。もし失敗したら俺も……俺も一緒に背負うから……」

 言いたい事は言った。

 あとは――

「はい」

 そう言った声には怯えはなかった。

 そのまま詠唱なのか祈りなのか、唄を口にする。

「オクタビア」

「……聞いて……いた……痛い事……する……の……だろ……?」

「ああ。悪いが楽にはさせてやらねぇ」

「……痛み……どめ……なんか……あると……かる」

「痛み止めは使えません……その……心拍数が下がってしまいます、その直後に大量の出血をしてしまうと……」

「すまん、ダメらしい」

「おい。し、舌を噛まないようになんか噛ませたほうがいいじゃないのか?」

 身体を支えているミリアの提案。

「それだ! なんかないか?」

 辺りを見渡す。俺はサーコートをつけてないしオクタビアもつけてない。ソーサラーの服は変に破ると呪力が消えてしまう。

 ミリアの弓に俺のバンダナが巻かれていた。

「それだ!」

「ああ――待て、それは――ダメ――だ」

「あぁ? もともと俺のだろ」

「こっちにしてくれ――な」

 そう言って頭に巻いたターバンを外す。布によって押さえられ頭に伏せられていた例のネコ耳がピョコン跳ね起きる。

「……み、ミリア殿……その……耳……か……かわいい……な……触っても良いか?」

 ちょっと元気になった気がするのは気のせいだろうか……?

 布を噛んだままミリアの耳をくいくいと触っているオクタビアの背中に靴の裏を当ていつでも引き抜ける体勢になる。

 ミリアは時折体を震わせるが黙ってオクタビアの好きな様にやらせていた。

「サラいつでもいいぞ」

 サラと視線を合わせるとお互い頷く。

 ギチギチと筋肉を引き裂く嫌な感触が手に伝わってくる。

「――」

 くぐもったうめき声が上がり――激痛のためかはたまた――動かなくなる。

 俺はもう一度サラに視線を送るともう一本にも手を掛け引き抜く――矢を投げ捨てのど元に手を当て――

 よかった。生きてる!

「街にもどるぞ。それ捨ててなかったんだな」

 気絶したオクタビアの体を担ごうとすると――汚れてしまったターバンを捨て俺が買った黒布を取り出した。

「い、色が気に入ったんだっ! お、おまえは関係ないっ! あ! ちょっと待て前衛のおまえが手塞ぐのはマズイだろオレが運ぶ」

 ミリアが代わりカリンと共に街にむけて歩き出す。

「……ラーアルさん」

 ああ、そうだコイツにも無理させちまったな。

「よくやったな」

「……もし……もし失敗してら本当に一緒背負ってくれました?」

 その顔は俯き加減でフードに隠れ表情は窺いしれない。

「ああ。背負ったよ。俺はおまえの騎士なんだろ? もっともおまえが失敗する可能性なんて全く考えてなかったけどな!」

 次の瞬間に体当たり気味抱きついてきたフード中に手を入れ頭を撫で――

 なにか呟いたようだけどそれは風に流されてよく聞き取れなかった。

『ダイスキ』

 そう言われた気がした。

「避けろ!」

 ミリアの切羽詰まった声が聞こえ――そのままサラの体を抱えたまま横っ跳びに押し倒す。

 ズン!

 今までいた所に黒いけむくじゃらの大木のように大きな前足がふってきた!

「攻城用モンスター『ケルベロス』!」

 そいつは全高五メートルはある真っ黒な体毛に覆われた狼型のモンスター。長く伸びたカギ爪、胴はまるで破城鎚のような太さ! その胴から三つに枝分かれした首がついておりそれぞれ三つの頭部がついている――地獄の番犬と言われるモンスター!

 地面が震え錐となって『ケルベロス』に襲いかかる!

 しかし――遠吠のように一回啼いたあと前脚で錐と化した地面を軽々踏み砕く!

「……ダメ……ボクの精霊魔法じゃ……」

「街に逃げ込め!」

 一瞬、躊躇するメンバー。

 次の瞬間には言われたとおりにするので内心安堵する。

 かろうじて黒いなにかが動くのを捉えるとバックラーを翳す。

 ザシュ!

 革を引き裂いたような音がしてバックラーは紙のように裂け、吹き飛ばされる!

 受け身を取り地に低く伏せたまま。

「攻城モンスターとタイマンね……もし勝ったら一気にレベル五に昇格だな」

 軽口ひとつグラディウスを抜く――いつの間にか刀はいつかのように紫の光線がからみついていた。

 心なしか先程より相手の動きがゆっくりになっている気がする。

 三つ頭にダガーを投げ!

 前脚を避け胴の下にはいりこむと真黒い体毛だらけの腹にグラディウスを突きこむ!

 盛大に返り血を浴びつつすぐさま胴の下から這い出ると慌てて離れる。

 そこに巨体をしならせ天に向かって遠吠えを――

 ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!

 ケルベロスの唸り声には麻痺の効果がある。意識して耐えればなんとか対抗できるが知らないと貰っていたかもしれない。

 横っ跳びに飛んで相手の側面につき右手にもった刀で――

 三頭がこっちを向いて一斉に火の息を吐く!

 その動きすら遅く感じられた! もしかしたらこの刀“時の砂”と同等の効果がある品を素材に使っているのかも知れない。

 切りつけようと――突っ込む前に気づいたのは幸運だった。

 いつの間にかケルベロスの体は真っ黒な炎で包まれていた。

 くっ! これじゃ近づけない!

 前脚が襲いくる! グラディウスで受けたら乾いた音を立てへし折れた!

 刀を両手持ちに変え脚を切り落とそうと斬撃を振る――が、爪を一本斬り飛ばしたのみだった。

 投げナイフを放つが――体表で乾いた音を上げ弾かれる。

 お返しとばかりに前脚が襲いかかる! 

 あっちにとっては軽いジャブのつもりかもしれないが体格差のせいで両手に構えた刀で受けるのが精一杯!

 押し潰そうとする前脚を必死に受ける。纏った黒炎で腕が焼けていく!

 刃を横に滑らせ流す――そのスキに焼けた腕に盛大に薬品をぶっかけ応急処置。

 正面は危険だ!

 なんとか側面にまわりこむ――刹那、衝撃のあと地面に横たわっていた!

 ……尻尾……か……口の中にひろがる鉄サビの味を吐きだす。

 背後から獣の唸り声が――内心に湧き上がる焦燥感。

 無様に地面を這い背後の気配からわずかでも遠ざかろうとする。

 頭では理解している。そんな事もしても無駄! 俺は神の血も受け継いでなければ魔法を使えるわけでもない、エルフの戦士でも生まれながらに狩りをしてきた家系でもない。

 “仲間を逃がす時間を稼いで救った”だからなんだというんだ!

 俺は勇者でも英雄でもない! 俺が本当に認めてほしかった奴等は――脳裏に色黒スカーフェイスの大男とその背後でいつも澄ました顔でなにかの書類にペンを走らせている男の姿が浮かぶ。

 最後の瞬間とはいえそんな事を考えてしまった自分が情けなくなり地を叩く。

『あーあーテステス。生きてんなら伏せなさい』

 どっかで聞いた事のある高飛車な声が引き裂かれた盾の裏から聞こえた。

 なんだ?

 と、思ったのも束の間。頭上を槍が飛来しすぐ背後に迫っていたケルベロスの顔面を貫くと、その巨体を数十メートルも吹き飛ばす。

 目の前に落ちた槍は――三又の矛!

 どん!

 ――遅れて衝撃と音がやってきた。どんだけの力で投げたんだよ!

 三又の矛は俺の目の前にサクっと地面に突き立った。柄の中心付近に白い翼の生えた女が優しい笑みを浮かべている――『女神に祝福されし紋章の騎士』の隊紋。

「急げ! 弓隊構え!」

 街から出てきた傭兵と兵士の混合した弓兵約三十人が一斉に矢を――

「放て!」

 放った! 三十人じゃ見た目は派手ではないが、次々と矢ぶすさまになってケルベロスに襲いかかる!

 街から続々と傭兵が出てくる。

 その中には見知った顔もチラホラ――三兄弟がケルベロスに襲いかかる、メリー君がこちらに軽く敬礼をした後に自慢の槍を振り回し一番槍になるのは自分だと言いたげにスピードを上げる!

 アニキはバトルアクスを片手で振り回す! メリー君の槍が前脚を貫くとその背後に隠れていた女がブーメランを投げ『ケルベロス』の顎に直撃!

 『ケルベロス』が吠えると前脚を振り上げ前衛が集中してる辺りに振り下ろされる!

 ズン!

 腹に響く地鳴り! 

 ――熊獣人の拳闘士が振り下ろされる前脚を受け止めていた! それを横から別の傭兵が両手用大剣(ツーハンドクレイモア)で叩き折る!

 怯む姿勢を見せて下がる『ケルベロス』――俺は遠くから見ていたから気づく事ができた。

 黒い炎が――『ケルベロス』を中心にして爆発する!

 離れてた俺のところまで熱気は届き辺りの温度を急激に上昇させる。

 マズイっ! おそらく前衛達はまともにくらった!

 “冥王の火”そう呼ばれる攻城用モンスターが一つは持つと言われる必殺技の一種、その威力は鉄を溶かし城壁をまる裸にすると聞いた事がある。

 煙が晴れたそこには死屍累々と横たわる傭兵達――

――ではなかった! 盾のある者はそれを翳し、ない者は己の武器を構え一か所に拠り集まりいまのを堪えていた。


『ファランクス』


 そう呼ばれている陣形。

 しかし――

 本当に凄いのは今の城さえも壊せる一撃を見ても誰ひとりとして脅え怯む者がいないって事だっ!

 鳥肌が立った! 

 個々が勝手な事をしているだけのに――ある時は短所をフォローし、ある時は長所をさらに伸ばした戦い方。

 それは同じ装備に同じ技能をもった者達を統率して戦う軍隊には絶対できない傭兵ならではの戦い方だった!

 遠くから片手でマスケット銃を持ったガンマンの銃が火を噴き! 髪を逆立てた少年の鉄鞭が地を這うように『ケルベロス』に襲いかかる! 射線上にはあらかじめ申し合わせたように誰もいない、それぞれが死角になりつつ狙撃しやすい角度には誰もはいっていなかった。

 神殿騎士だろうか眼前に剣を構え祈りを捧げて最前線に飛び込むと――懐からなにかを取り出し『ケルベロス』の鼻っつらに投げる。

 目を焼く閃光!

 錬金術で調合した閃光薬だ!

 目を焼かれた『ケルベロス』を切りつける騎士!

 闇雲に前脚を振り回すが軽々と回避する騎士。『ケルベロス』が視力を取り戻すと、その騎士をターゲットに決めたようで上体を引き絞る――がっ! 辺りに響く轟音を出して襲いかかる。

 マントを翻し軽い身のこなしで避ける。

 同じ盾役として手本にしたい体術。

 剣を無造作に下げたまま一歩前に踏み出すと大振りの一撃をあっさりと避ける。そして剣の柄で爪をたたき折る。

 痛みで後方にのけぞる『ケルベロス』に騎士はそのまま前へ出る一見冷静になんの気負いもなく作業的にこなしているようだが――その騎士の瞳には強固な意志の光が宿っている、彼はあきらかに“なにか”または“だれか”のために前へ出ている。身に纏う気迫はハッキリと――

『絶対に後方へは行かせん!」

 そう語っている。

 騎士の体から陽炎が立ち上り、周囲には紅い靄を纏う。。

 それは『ケルベロス』の周囲から立ち上る黒い炎を打ち消し騎士を守っていた。

 俺はいつの間にかその背中に魅せられていた。

 それは――それはまさに俺が思い描いていた理想にぴったりと重なった。

 ヒュ――

 風を切り裂く笛の音が戦場に響く。

 鏑矢?

 マスケット銃に弾丸を入れなおしていたガンマンは咥えていたタバコを深々と吸い込んだあと地面に落し足で火を消すと――ズリ下がっていた拡大鏡を指先で押し上げ銃を構える。

 騎士が一瞬ガンマンに視線を送る、頷くガンマン。

 視線が猛禽類を思わせる様に鋭くなると引き金を引く!

 高速の弾丸は『ケルベロス』に当たると爆発! 着弾点中心に肉を抉りつつその巨体をかなり押し下げる。

 自分の頬が濡れていた。

 雨!? さきほどまで雲ひとつなく晴れていた空だったのに……?

 瞬く間に集まった雷雲――

 一条の光の矢が天より『ケルベロス』の体の半分を吹き飛ばす! ゆっくりと横倒しに倒れていく!

 大戦時には一匹で城砦を落とせると言われた怪物が――

 これは……これが……。

 傭兵達も珍しいモノを見たと騒いでいる。

 天界神――最高神の魔法“雷霆”と呼ばれる。気まぐれな最高神は高司祭や聖騎士と呼ばれる神殿騎士でも滅多にその力を貸す事はない。

「んー。ボーヤ生きてる?」

 長い金髪をポニーテールにした女は俺を見降ろしながら聞いてきた。もちろん知ってる。

一週間前、俺にクビを通告した神官。さっき風精霊石から聞こえた声。

「あんたは酒乱の巫ふごぉ!」

 持っていた長杖で思いっきり殴り飛ばされた! サラにも言ったけど祭具を鈍器に使うって巫女的にどうよ? 

 鉄サビの味がする唾液をペッと吐きだす。

「ウチを呼ぶときはアクエリアスお姉さま。わかった? ボーヤ」

「アク姉あんたの怪力でブン殴ったらそいつ死んじまうぞ」

 その背後にいたあきれ顔の巨漢は突き立ったままの三又の矛を片手で抜くとそのまま肩に軽々担ぐ。

「ちょっとグエン。ボーヤのお守はアンタの仕事でしょ?」

 グエンのおっさんのこんな顔はじめてみた。もしかして年上が嫌いなのってこの人のせいなのか?

「お守?」

「そう。ボーヤなんも気づいてないの? ウチら『女神に祝福されし紋章の騎士』はBBBの元メンバーが幹部を務めてる。

 ――でBBBが傭兵団になるときにディバイン家からなんの助力もなかったわけないでしょ。実質はディバイン家の私兵みたいなもんよ、あんたの下宿さきもウチ管理の施設。

 あんた王都の家賃相場知ってんの? あとそこの管理人兼ボーヤに仕事や仲間を斡旋してるあいつ実は『女神に~』のリーダーだったりするのよねー」

 まじか? 確かにアイツが持ってくる仕事のメンツは全部『女神に~』の傘下だったような……。

「――で、とくに命令はないけどアンタになんかあったらウチらが困るの! 高額出資者の跡継ぎなんだし……あんたが単身でケルちゃん押しとどめてるって聞いた時は心臓止まるかと思ったわ」

「ま。いいじゃねぇか。こいつがいなきゃ『ケルベロス』が街に入り込んでこんな簡単に倒せなかったかもしれねぇんだしよ、駆け出しのボーズにしてはいい仕事したぞコイツ」

 オッサンの口からそんな言葉は初耳だった。

「だがな――おまえが主役を張るのはちょい早い。暫くは俺達の背中を拝んでな、おまえのステージは次だ」

 そう言ってマントを翻す。

「信じられないって顔してるね? あんたのその着てる鎖帷子、まさか相場の一割で買えたのもしかして偶然とか思ってる? しかも自分の誕生日に――だとしたらアンタ相当おめでたいわよ。アリアちゃんも強引にいくようになるわよ」

 ぐっ……ぜんぜんきづかんかった……。

「つまりボーヤは家とびだしてても全部把握されてたわけ、それこそ一日何回トイレいったか朝昼夜になに食べたかまでぜーんぶ勿論全部仕組んだのは誰かわかるわよね――」

 じゃ――もしかしたら――

「もしかして――この街で新人の傭兵達のお守を俺にさせたのも芝居か? わぁーマジ騙された」

 そうだよな……うまくいきすぎてたもんな……この一週間。

 チラっとケルベロスが倒れたほうに視線をむける――もしかして、これ全部サクラ?

「「「俺達は無敵の帝国海兵隊だ!」」」 

 とか言ってるなんとか三兄弟もその隣で困ったような顔でこっちみてるメリー君も。

 さすがにオークの進軍は芝居ではないだろうが、最近頻繁に傭兵を使ってオークの動向を探っていた王国騎士団が近くで戦の準備をしてるオーク達に気がつかないはずはない……それを利用して新人を俺につけ腐りかけてた俺に自信をつけさせようと――辻褄は合ってしまう。

「ああ――この街で起こったことにウチらは関与してないわよ。グエンの馬鹿が槍試合で八百長した以外はね――」

 ……………え!

「どうやったの? あの娘達アンタを助けるって聞かなかったんだからグエンが止めてなかったらほんとに飛び出していちゃってたわよ。あのエルフの娘も意識取り戻したらフラフラなのに『我が君の盾になれるなら本望だ』とか言って飛び出して行っちゃうし。人間の上異種とか思ってるエルフにあそこまで言わせちゃうなんてね――これはセキニンとらなくっちゃねセキニンを」

 一枚の羊皮紙を俺に渡す。それは『血印書』と呼ばれる物。パーティ設立の際にギルドに提出する書類。『血印書』は俗名で実際に血で書いたりはしない。が、その名が示す通り血で記しても厭わないと思う者達がそれに名を記す。

 思案に耽っていると上から胸倉を掴まれ強引に立たされる。

「あーんたまさか惚れさせといてバックれようとか思ってないわよね? いい! あの娘達はアンタをリーダーって認めたアンタはいままで運がなくてたまたま仲間がいなかったかもしれないけど、今は違う愛想尽かされるまでやりなさい、できなくてもやれ!」

 俺を片手で楽々と持ち上げケルベロスが子イヌに見えるぐらいの迫力――で。その背後では巨漢が体を震わせ笑いを必死に堪えていた。

 いや……笑ってないで助けておっさん!

「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ、アク姉それウチのリーダーに言いてぇ事だろ?」

「グエン! そうよ! あいつ惚れさせるだけ惚れさせて自分はさっさと『後輩の育成に専念したい』とかほざいて引退! ふざけんなっ! ウチが――ウチがどんなに!」

 言ってて怒りがこみ上げてきたのか神鉄製の長杖を振り上げおっさんに襲いかかる!

「うお! ちょやめ――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 おっさんのそんな声はじめてきいたわ! この女マジパネェねぇ! 大陸最強の槍使いの悲鳴を聞きながら――俺は初めてギルドに行って聞かされた事を思い出した。


 『世界樹構想』

 かつて傭兵ギルドを大陸各地に建設したとき公主は言った。

 私はこの大陸に種を撒いた。

 傭兵よ『種』になれ大陸の隅々まで踏破せよ『根』になり新天地を開拓するのだ!

 これより後、英雄は生まれぬ! 一人が戦って得たものに価値はない!

 お前達一人ひとりが立ち上がらねば意味はない傭兵よ『花』になれ勇気と意志を魅せよ!

 種が巨木と成る刻――根が大陸を張り巡らせ花咲き乱れた暁には我が愛剣エクスカリバーが抜かれる時は二度とこない!


 初めて聞いた時は笑った。一週間前までは信じてなかった。『傭兵は損得勘定、利益がなかったら動かないよ』そう思ってた。

 大型モンスターの躯周辺で盛り上がる傭兵達。三兄弟は帝国兵らしく大きな杯に注いだ酒を数人で飲み回している。

 メリー君は見知らぬ団体に肩を抱かれ知らぬ歌を困った顔をしながら必死に合わせて歌っている。

 熊のような拳闘士は自分の半分ほどしかない背丈の女の子から治癒の魔法を受け、回りに『ウチの娘は最高の癒し手だ。治療してほしい奴は後ろに並べ』と自信満々に親バカっぷりを炸裂させていた。

 そして――そして。あの騎士は数人の傭兵達に囲まれていた。

 マントが風に揺れる。紋章は――女が錆だらけの鎖で巨石に縛り付けられている絵。創世記に出てくる生物創造の女神、全ての子らを平等に扱う為自身の力を行使できないように自分で自分を鎖で呪縛したと云われる創生神『旧き鉄の絆で結束せし戦士団』の紋章。

 騎士は兜を外し仏頂面の割には皆気遅れなしに小突いたりしている、咥え煙草の銃士などは肩を抱いて何事かを盛大に語っていた。

 みんな盾や武器、戦装束につける所属傭兵団の紋章が違う。普段はライバル――一緒になにかをする事はない。

 それがたった今即席で連携し巨大な敵を下した。

 そこには損得勘定もない。お互いがやるべきことをして街を救い讃え合い勝鬨をあげているだけだった。

 その様子を眺めて――

 いいぜ。公国の王様『花』になってやろうじゃないか!

 俺は決意を込めて羊皮紙を握り締めた!

「てめぇは一体どうする気なんだっ!」

 おわぁ! こっちきた! 長い金髪を振り乱し神鉄でできた長杖を振りかぶる姿はまさに『金色の悪魔』!

 その恐ろしく重い一撃は俺の決意を粉々にして意識もろとも闇に誘う。

 闇に落ちゆく意識の中で俺が思ったのは――

 ……やっぱり女が一番怖い。

エピローグ 『道』

 オーク進軍の影響を受け鳴りを潜めた魔物達のおかげで商隊の帰路は順調に終わった。

 王都に着いてそこでパーティは解散――にはならなかった。

 下宿先には既に事情を聞いてたのかニヤニヤ顔の友人(とても大型傭兵団のリーダーには見えない)が真っ白な旗と『血印書』が用意されていた。

 俺はニヤニヤと嫌な笑顔を貼りつかせた友人を外に追い払うと――『血印書』に自分の名前を書く。

 サラ、カリン、ミリア、オクタビアの順で名前を記すと――

「早く出してこいラ――黒ロリ」

 いい加減名前で呼べ。

「……次の仕事も」

 新しく覚えた魔法使いたいのはいいが俺を巻き込むなよ。

「コホン……一緒にいるという事は今夜は一緒なのだな?」

 フルサリット姿でやられても可愛く見えねぇよ。

「ラーアルさん早く申請して一緒にゴハン食べよ☆」

 ちょー待て。金は? あー俺が出すんですね、わかります。

 まあ『血印書』を提出した者がリーダーになるわけだがコイツ等わかってんのか?


 そして慌ただしい日々の中でアっという間に一ヶ月が過ぎた王都――ディバイン家で俺は儀礼用の真っ白な鎧に身を包んでいた。

「はい。お兄様マントです」

 妹が真っ赤で派手派手なマントを差し出す。

「なぁ……これやっぱし着けないとダメ?」

「ダメです! 騎士の正装は鎧にマント姿!」

 俺は汚物を見る目でその深紅の物体を見る。

「それより、どういう心境の変化です? 神殿騎士なんて絶対お請けにならないと思いましたわ」

 召還状をピラピラと振りながら妹がそうこぼす。

「約束しちまったしな、命まで助けられたし……それに傭兵団のリーダーならそんくらいのハク付けも必要かなーって思ってな」

 脳裏に街へ凱旋した俺を見つけて駆け寄ってきた白い僧服を着た黄金色で短髪の少女が浮かぶ。俺がなにか言おうと口を開きかけると背後にいた怖い怖いおねー様が肘鉄で俺の背骨をグリグリといじめつつ――

『一言目に“似合ってる”って言ってあげる事』

 近くにいた俺にしか聞こえない程度の小声で忠告(命令)してきた。

 実際なんて言ったかは……忘れた……きれーさっぱり、なーんも覚えてない。

 天界神の魔法“雷霆”を呼ぶ条件に戦女神の巫女の頭髪を贄に願う方法もある。

そう言えば戦女神は天界神の娘に当たる存在だって聞いた事があったな。

「まさかとは思いますけど、あの方がお兄様を変えたのですか? 法王様の娘だったのでしょ?」

 一瞬、長杖片手に闇夜に浮かび風に揺れる金色の長い髪――俺を見下ろし高笑いを上げる怖いおねー様の姿が浮かんだ。

 アレに影響受けたっていえばあるけど……おねー様は法王の娘ではない、アレはきっと鬼かなんかの娘だよ、きっと……。

 それに影響を受けたのは――

 オクタビアは俺を心から信頼してくれた。

 カリン俺の中で燻っていたモノより弱いモノを見せてくれた。

 ミリアはまさにちょっと前の俺そのものだった。

 そしてサラは――アイツはアイツは本当に俺がいないとダメな娘だ。子供だしアホだしバカだし法螺吹きだし、それに世間知らず――だよな、法王の娘だもんな。

「神殿で様づけで呼ばれてたり高位医術心得があったり聖遺物の際具みにつけてたり、よく考えたらそれほどむつかしい推測じゃなかったな。でも――まあ、それだけじゃないよ他にもいろいろと……な」

 今でも、あのバカ巫女と『教会』最高位の法王がどうしても結びつかない。メリー君は知ってたみたい、槍試合でサラが演説した時『俺は法王の縁者にコネがある』と俺が策を弄したと本気で思っていたようだ。

 サラはなにも語らないし俺も詮索してないが、法王の娘が共も連れずに一人旅はありえないオクタビアと出会った森で共とはぐれたのかサラが意図的に逃げたのかはしらないが……どうもこの話題には触れてほしくないみたいだ。ディバイン家に俺の神殿騎士叙任式の召還状と推薦者に法王と同じ姓で書かれたサラのフルネームでようやくサラの素性に気付いたというありさま……同室、同じベッドで生活してたなんてメリー君が知ったら俺は殺されるかもしれん……。

「でも――お兄様を取られたみたいでおもしろくありません!」

「取られたって……そんな大げさな。洗礼を受けて守護騎士の誓い――」

「指輪を交換してキスなさるんでしょ?」

「……」

「指輪を交換してキスなさるんでしょ?」

 ……サクヤが再び口をひらき――

「指輪を交換してキスなさるんでしょ?」

 妹はいつまでも笑顔、口調も優しい……。

「はい。……します」

「お兄様のロリコン!」

 おねー様――『金色の悪魔』を知ってから微妙に俺の好みは変わった。確かにアレは無理! グエンのおっさんを笑いながらボコる女は俺の中では女じゃない! だからといってサラを女として見えるか……可愛いとは思うが……やっぱしロリコンじゃないよな? 俺。

「もう……お兄様が偉くなるのはうれしいのでいいですわ、よいっしょ」

 妹は紙の束を背負う。

「……それなんだ?」

 妹の邪悪な笑みはひさびさに見た。

「新団員募集のビラですわ! これを式典でバラ撒けば――」

「王立騎士と違って神殿騎士の叙任式は司祭を除いたら俺だけだぞ」

「あら? では、もったいないので商業区の噴水前で盛大にバラ撒いてしまいましょう!」

 一枚とって見てみる。


 来たれ新入団員! 率いるはディバイン家の若獅子ラーアル・ディバイン!

 ほかにも法王の娘、エルフ、電波精霊士、ネコ娘と多数のいい娘を取りそろえておます!

 エンブレムの若葉マークは初心者歓迎の印 もちろん熟練の猛者も歓迎!

 駆けだしの貴方も世界樹の若葉に――

 そして全世界に散らばる全ての『種』達にたくさんの小さなハッピーとスマイルが訪れますように?

 

 可愛いイラストにビラの中央に描かれた大きな木は前大戦でオーク軍に焼かれた世界樹だろうか? 

 それにしては巨木の中央に『ディバイン家』の家紋がはいってたりする。

 巨木の周辺にはイモ蟲に翼をくっつけた様な感じの顔に傷のある飛龍が三又のフォークの様な物を背負っている姿が描かれている。

 木の頂点で刀をもった鎧姿の男が口から火を吹いてるけど……まさかこれ俺じゃないだろうな……?

 そのほかにも真っ直ぐになっていないグニャグニャの棒っぽい槍を持った耳が異常に長い女と、頭に避雷針の様な物がついてその周囲に雷の様なマークがはいった少女と頭頂部に大きなネコ耳がついて自身よりも大きな弓をもった尻尾の生えた奴が牙をむき出しにして『シャー』と吠えてる、最後に白い僧服に身を包んだ少女の長い長い髪はなぜか頂上にいる騎士の身体に巻きついてる、その背から髪を必死に外そうとしている髪の長い小さい女の子もいるが……?

 なんの意味があるのかわからんがその絵を見ていると自然に――

 ため息をつきつつ妹の趣向どおり紙束を背負う。途中この屋敷の主部屋、その扉の下に一枚の便せんを滑り込ませる。

 俺は純白の鎧に深紅マント、腰には刀。その柄には『血印書』を封入にして人数分で割った『割符』が揺れている。

 グエンのおっさんやオクタビアは俺は別の事に向いていると言った。だけど俺は自分でこの道を選んだのだ! なら、多少チグハグでもこれが俺流のスタイルなんだと今は思う、自分で選んだのなら堂々と楽しく歩もう……とも。

 そして――いつかはあの騎士の隣で肩を並べたい! 共闘した者達と一緒に勝鬨をあげお互いを讃え合いたい――例え今は無理だとしてもいつか――そう、いつかはおっさんが言った俺のステージが来る事を信じて。


 ――人のうえに立つ責任の重さを痛感しております、いまは地盤固めに全力を注いでいますが毎日サラに振り回されたりオクタビアにからかわれたりカリンに燃やされたりミリアに怒鳴られながらも楽しい毎日を送っています。俺はこの道を往こうと思います。そのうちに胸張って会いにいけるかもしれません。

世界樹の様に偉大なる義父へ ラーアル・ディバイン

END

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