第18話 熱狂的な平和 ~【ウェイトレス・ミオの異世界スポーツバー「イギーダ」繁盛記】~
この日二人が訪れたのは、とても平和な世界。
「随分と久しぶりになっちまったな」
「そうですね。隊長、今まで何してたんですか?」
二人が腰を下ろす木製の椅子。
足を運んだ異世界で、ふらり立ち寄った酒場。
異世界ファンタジーと呼ばれる類の世界観を、これでもかという程に味わう事が出来る店構えに、客やウェイター、ウェイトレスまでが異世界ファンタジー感であふれている。
「亜人のウェイトレスいいですねー」
鼻の下を伸ばしながら、隊員はエルフや獣人のミニスカートを堪能中である。
「ふん。お前さんはそんな軟弱な思考回路だったか。残念だな」
「隊長、なんかキャラ変わってません?」
「バッキャロウ、俺がいつキャラ変したってんだ。男はな、豪快でなくっちゃならねえのよ」
久しぶり過ぎてキャラが迷走しているというわけではない。
単純に、隊長がこの世界の影響で酒場のオヤジっぽく振る舞っているだけである。
「まあいいですけど。あ、お姉ちゃんビール追加ね!」
「ハーイ♪」
それにしても熱気に溢れる酒場である。
町を歩く人々はそう多くない中で、この酒場にごった返す人の数は異常であった。
「それにしても凄い人ですね。今日何かあるんですかね」
呑気な隊員に隊長の鋭い視線が飛ぶ。
「何だぁおまえ、知らねえのか。カッカッカ(笑)」
「隊長、そろそろそのキャラやめません?」
一瞬動きの止まった隊長であったが、直ぐに気を取り直して隊員に問う。
「貴様、ノーブラは好きか?」
ウェイトレスから手渡されたビールを口に運んでいた隊員は、その問いに思わず噴き出した。
「ケホッ。た、隊長? そりゃまあ好きですけど、突然何を」
「そうか好きか。ならば立て! 試合開始だ!」
「へ?」
店内にでかでかと掲げられている最新式の魔道モニターに、とあるスポーツの中継が映し出されている。
店内にいるほぼ全ての客が、総立ちになってモニターと向き合っていた。
そして天井が揺れる程の大合唱が始まった。
「Go! Go!
目を丸くして驚く隊員の横で、隊長は客と一体となり叫んでいた。
「Go! Go!
酒場のボルテージは最高潮。
隊員は慌てて隊長の腕を掴んだ。
「隊長これなんですか? で、ノーブラって何ですか!?」
隊員がそう訊ねると、隊長はあからさまに怪訝な表情を向けた。
「バッキャロウ! ノールランド・ブラウザーバックス意外に何があるってんだ!」
「知りませんって! てかそのキャラやめましょうって!」
酒場の熱気は一度落ち着きを見せるが、ワンプレー毎に怒号や喝采が飛び交う。
ここは所謂、スポーツバーである。
「おおう、あのリザードマンのWB早えな!」
「ねえねえ隊長? そろそろ説明してくれません?」
「ぐあー! やられた! クソう! 第二クオーターだ、次だ次!」
隊長の嘆きに覆いかぶさるように、酒場全体にため息が木霊している。
ひと時の静けさを取り戻した店内で、隊長が立ったままで隊員に問いかけた。
「おい貴様、この世界がこうもスポーツ観戦に熱狂できる理由はなんだと思う」
唐突な質問に戸惑いながらも、隊員は無い知恵を絞って答える。
「うーん。悪く言えばスポーツ以外に熱狂できるものがない。よく言えばスポーツに熱狂できる程、この世界が平和だって事じゃないですか?」
その答えに隊長はにんまりと笑う。
「流石は俺の部下だ。察しが良い」
隊長はゆっくりと腰を下ろし、テーブルに肘をついて語る。
「いくつもの国が存在し、多種多様な種族が暮らす異世界で、ここまで平和な世界がいくつあると思う」
「あまり記憶にありませんね」
隊長は頷いて言葉を続けた。
「そうだ。だがここまでの道のりが平坦だったわけではない。スポーツという名の戦場に己の命を注ぎ、人々を魅了し、平和な世界を構築するのに一役買った連中がいるのさ」
「へー。それは素晴らしい。是非ともスコップしてみたい物語ですね!」
酒もつまみも悪くない。
人々はスポーツに熱狂し、血なまぐさい戦乱とは無縁の世界。
「そうだ。だからこの世界に来た。だがそれだけじゃないのさ」
隊長の目線は酒場で忙しく走り回るウェイトレスへと向いていた。
「スポーツが人々の心を惹きつけるようになるまで、そこにも大きな苦悩と挫折があった筈だ。それを支えたのが、この酒場さ。かつてはノーブラの本拠地だったのさ」
「この酒場が……」
隊員は言われるままに店内を見回す。
その様子に満足気に微笑む隊長は、ビールをひと煽りして言葉を続けた。
「それとな、もう百年も前の話になるそうだがな。剣と魔法を捨てスポーツで争い、そのスポーツが原因で再発しかけた戦乱を、スポーツを愛する人々の心が未然に防いだという異色な歴史を持つ世界でもある」
そして酒場の一番目立つところに掲げられている絵画を指さした。
「ただの記者会見の絵に見えるだろう。あれが百年前、この世界の平和を決定付けたイギータ演説の様子を描写したものだ」
「演説で世界の平和が……」
隊員は何かを語ろうとしたが、それは酒場の熱気に打ち消されてる。
「さあ第二クオーター、反撃だ!」
再び立ち上がった隊長の背に、隊員は一つ気付いた事がある。
巻き起る戦乱はいつの世もどんな世界も、男達の野望や欲望、つまらないプライドが原因である。
その野望も欲望もプライドも、全てがスポーツに取り込まれている。
まるで少年のように熱狂する男達。
その男達と共に大騒ぎする女達。
隊員は思った。
「これだけの熱狂を作り出すのに、いったいどれだけの人の熱意が必要だったのだろう」
そして決意を新たにする。
「これはスコップしないとな」
そして立ち上がり、大合唱に合流した。
「Go! Go!
その隊員の手には、まだ感想の書かれていない真新しい紙が握られている。
この試合が終わったら、この世界の歴史を思い切り掘るつもりでいた。
それこそ、この熱狂に負けないくらい、本気で。
◆以前に読んだ作品を紹介します
タイトル:ウェイトレス・ミオの異世界スポーツバー「イギーダ」繁盛記
ジャンル:異世界ファンタジー
作者:叶 良辰 様
話数:50話
文字数:129,549文字
評価:★54 (2017年8月31日現在)
最新評価:2017年8月6日 21:49
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054882755452
検索時:『ウェイトレス』で検索しましょう。
キャッチコピー
スポーツバーのウェイトレスなんだけどノーブラでご奉仕させられてるの~
感想★★★
現代日本人にあまり馴染みのない、スポーツバーという舞台が特徴的。
更に馴染みのないアメフトを題材に、白熱の試合とその舞台裏で活躍する人々を異世界という世界観で、力強くも繊細に描く大作。
惜しむらくは、先に記述した通り、スポーツバーもアメフトも、あまりにも日本人に普及していない題材だという事でしょうか……(笑)
ですがご心配には及びません。
全然分からなくても気にする必要なし!
分からないのを分からないままで読んでいて問題の無い構成にしてくれていますので、分かんないなーと思いながらガッツリ楽しめちゃうという不思議な世界が皆様をお待ちしています!
チームの皆と一緒に盛り上がり、熱狂し、涙し、可愛い主人公にデレっとしながら未知の世界を体験しましょう!
感想を書いていて気づきました。
異世界という未体験。
スポーツバーという未体験。
アメフトという未体験。
プロスポーツの一員という未体験。
これ程の未体験をぶわっと一気に読者に体験させてくれる物語は、そうそう無いような気がします。
おすすめです、是非ご一読下さい!
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