或る冬の日

@kanamezaki

或る冬の日

朝、炊き立ての白いご飯を頬張りながらガラス越しに窓の外を見る。


空は雲一つ無く晴れ渡っていた。


今日は暖かそうだ、と思い外に出ればキンと冷えた空気が肌の熱を奪い、いくら天気が良くてもやはり季節は冬だと思い知らされる。


『今頃、秋田は雪が積もって大変だろう』


テレビで観た観光バスが走る道路の両脇に積もる、壁の様な堆い雪。


家の前や屋根に積もった雪を一生懸命雪かきする町の人々、そんな映像が脳裏に浮かぶ。


今、口にしているお米は父方の親戚が送ってくれたもの。


秋田県産のあきたこまち。


太陽の光をいっぱいに浴びた、はさ掛けのお米はやはり一味違う。


離れて暮らす兄弟へ贈る気持ちも入って尚一層のこと。


その美味しさを噛み締めながら、遠い地の雪を想う。





静岡県浜松市の年間積雪量はゼロ。


おまけに日照時間は全国トップクラス


そんな土地に雪はちらちらと降る事はあっても、積もる事はそう滅多に無い。


市町村合併により広大な面積を持つこの地方都市、市街から天竜川に沿うように国道を北上し隣県である長野県へと続く山間部では豪雪地帯に指定されていたりもする。


海があり、山もある。


広い故に気候の差が出てしまう。


沿岸部・中心部では積もるといっても道や田畑がうっすら白くなる程度で、積雪のある土地の人から見たら積もるというレヴェルには入らないだろう。


それでもこの辺りでいう『雪が降った』日にSNSを開けば、多くの人達のコメントや写真が投稿され、あっという間にタイムラインが埋まってしまう。


ある人は風景を撮り、ある人は服や手袋を撮り、ある人ははしゃぐ仲間を撮る。


それはもうお祭り騒ぎの様だ。


同じ空の下、年齢も性別も関係無く今この時の雪を見ている。


この土地に住む人達にとって雪はいつでも珍しい気象現象だと、あっという間に止んでしまった空を見上げてふと笑う。


陽が少し差し始めてきた。


足元を見ると雪はもう溶けている。





何処か遠方へ出掛け、新幹線で浜松へと帰る。


JR浜松駅を出ると、気温は比較的温暖な筈なのに一段と冷える。


慌ててコートの襟元を寄せると、思わず背を丸め、身を縮こませる。


びゅうびゅうとビルの谷間を吹き抜けていく強い風。


『遠州のからっ風』と呼ばれるこの土地独特の季節風は、人々の体感気温を問答無用とばかりにぐっと下げる。


吹き付ける強さは服や髪、手に持った荷物の類を勢いよく煽り、押さえていないと持っていかれそうになる。


しかし、その強い風が吹くおかげで地元に帰ってきたのだな、と実感するのもまた事実なのである。


飛ばされそうになりながらも、しかめるその表情にほんの少しだけ笑顔が混じる。


日の暮れた駅前。


人々が足早に行き交う。


バスロータリーへ向かう人、私鉄へ乗り換える人、タクシーに乗り込む人。


自家用車の送迎レーンには家族の迎えを待つ人と、家族がやってくるのを待つ車の列が出来ている。


ここから、それぞれが家路につく。


冷たく澄んだ空気が、街の灯りを綺麗に見せる。





眠りから目覚め、新しい朝がやってくる。


外へ出て空を見上げれば今日も、風は冷たいが気持ち良く晴れている。


これなら街のシンボルタワーも全体がよく見えることだろう。


広がる街並み。


古くからある家々、商店、工場。


その中に大型ショッピングセンターが一つまた一つと増え、新東名高速道路が開通したおかげでインターチェンジも増えた。


幹線道路沿いには外食チェーン店が立ち並び、整備された緑地の中にはお洒落な外観の家が集まる新興住宅地。


大きく、より便利に成長する都市。


この街の風景はもしかしたら何処にでもある、ありふれた風景かもしれない。


けれども、雪は無くとも強い冷たい風が吹き抜けてゆく街の温度はここだけのものだ。


変わりゆく風景、変わらない自然。


暖かな光が降り注ぐこの街に住み続けたいと思う。

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