【Episode:09】穏やかな日常

解決への経緯

 事件から一夜明けた翌日の午後、私と貴弘、麻衣と正樹の四人は、私と麻衣がバイトしているカフェで、一緒にお茶をしているところだ。


 今日は、ウェイトレスのバイトが休みの日で、私と麻衣は、客としてテラス席に着いている。


 空は雲一つない青空。朗らかな日差しが、テラス席に降り注いでいる。




「ほんとありがとな、正樹、麻衣。お前達のおかげで、瑞貴が殺されずに済んだよ」


 貴弘が、向かいの席に並んで座る正樹と麻衣に礼を言った。


「そんなふうに改まって礼なんか言われると、なんか調子狂っちまうよな」


 正樹は、茶髪をぽりぽりと掻いて照れくさそうにすると、


「気にすんなって。俺と怜人の仲だろ? それにしてもさ、何が驚いたかって、貴弘に、貴弘そっくりな弟がいたことが、一番驚きだったよな」


「だよね。衝撃の事実、ってやつ。私、警察に事情聴取受けた時、例の写真見せられた時は、貴弘が、ドラッグの売人してるとしか思えなかったもん」


 麻衣が話に加わる。


「だけど、それでも麻衣と正樹は、貴弘のことを信じてくれたんだよね」


 と貴弘の隣に座る私。


「当然じゃん。貴弘がそんなことするわけないからね。いつも遊ぶお金欲しさに苦労してる正樹なら別だけどさ」


と麻衣が、隣に座る正樹をじとっとした目で見ながら。


「なんだよ、それ。俺がドラッグの売人って言われたら、納得してたってのか?」


 ムッ、とする正樹。


「じょーだん、じょーだんですよ、だんな。そう怒りなさんな」


 麻衣が、軽くあしらう。


「おまえ俺のことからかってばかりいて、何が楽しいんだよ……」



 相変わらずの麻衣と正樹。


 でも、そんないつも通りのやり取りを見ていると、なぜか、ほっとする。


 またいつもの日常に戻ってこれたんだな、って。




「でも、正樹もまあよくやったけど、今回の事件解決の一番の立役者と言えば、やっぱり私かなー」


 麻衣が誇らしげに鼻を高くしながら。


「俺もけっこう頑張ったんだけどな……」


 正樹がぼやくように呟く。


「麻衣が警察から見せられた写真見て、あのことに気づかなかったら、私達助からなかったかもしれないんだよね。もう一度その話聞かせてもらっていい?」


 私はその話してくれるように促した。


 これで麻衣にそのことを聞くのは、何度目になるんだろう。


 もうその内容を全部覚えてしまっているんだけれど、麻衣はその話をする度に、楽しそうにするから、私は何度もその話を聞こうとしてしまう。


「聞きたい? やっぱり? それでは、麻衣さんの活躍ぶりをお話ししてあげましょう」


 麻衣は得意げに言うと、オレンジジュースで喉を潤してから、


「まず、事件解決の糸口は、私が、警察にあの写真を見せられた時、その写真が写されていた場所が、旅行中に莉子に見せてもらった、行きつけのクラブで撮ったっていう写メが写された場所と同じだって気づいたことなの。貴弘そっくりな貴俊が写った写真と、莉子に見せてもらった写メのどっちにも、後ろの壁に、同じ趣味の悪い絵が飾ってあったんだ。部屋の内装も同じだったし、あんなきもい絵を、好き好んで飾るやつなんて、そうそういないからね。それで、莉子のやつが怪しいってことになって、正樹と一緒に莉子を呼び出して、問い詰めてやったんだ。なかなかほんとのこと話そうとしなかったんだけど、親友がピンチ状態で、ゆっくりしている余裕はないって、業を煮やした正樹君は、後ろの壁に両手をついて、莉子の頭を挟み込むようにしながら――」


そこで麻衣は、一つ咳払いをしてから、声のトーンを落として重みをもたせると、


「『俺の親友が、変な疑いかけられて、警察に追われてんだ。早くほんとのことしゃべらないと、お前、どうなっても知らないぜ?」ときたもんだ。普段ちゃらい正樹の豹変ぶりに、莉子なんて涙目になっちゃってたね。それで、ほんとのことぼろぼろ話し始めちゃったんだよ。あの時の正樹は、なんかかっこよかったなぁ」


「だろ? 惚れちまったんじゃないか?」


「かっこよかったと思ったのは、あの時限定。そう思われていたいんなら、まずそのチャラさをどうにかしなさいよ。ピアス外して、見た目だけでも真面目になってみるとかさ」


「ピアスは俺のポリシーだ。誰になんて言われようと、外す気はないね」


「まあ、そうでしょうね」


麻衣は、ため息まじりに納得すると、


「正樹のせいで、話しの腰折られちゃった。続き話すね。それで、貴弘にそっくりな、一卵性双生児の、貴俊が仕組んだことで、貴俊が、貴弘と瑞貴の命まで狙ってることも分かって、それを警察に知らせたまではよかったんだけど、なかなか貴俊の居場所が掴めなくてさ。なんだっけ……GTOみたいな名前の……」


「携帯のGPS機能だろ?」


 なかなかそれを思い出せずにいる麻衣に、貴弘が助け舟を出す。話を聞いているのはこっちの方なはずなのに、どこかおかしげ。


「そうそう、それそれ、GPS機能。衛星使って、その居場所が分かるってやつ? 莉子から貴俊の携帯番号聞き出してたから、警察が、電話会社と交渉とかして、そのハイテク捜査で、貴俊の居場所を掴もうとしたんだけど、貴俊は、そこまで考えてか知らないけど、携帯をオフってたみたいでさ。GPS機能が使えなくて、アウトだったんだ。それで警察は、仕方ないから、貴弘の携帯と、若手刑事の追跡を出し抜いて、貴弘の所に行ったかもしれない瑞貴の携帯の両方を調べてみることにしたんだけど、どっちの携帯も、電源が入ってなくて、そっちもアウト」


「私、刑事さんたちから電話かかってくるかもしれないと思って、携帯の電源切ってたんだよね」


 と私。


「そう。それで、捜査は一度行き詰まってしまったってわけ」


「でも、そんな中で、突然、貴弘の携帯の電源が入って、GPS機能が使えるようになった」


 正樹が、麻衣に代わってその先を続けた。


「ちょっと正樹、勝手に割り込んでこないでよ。もっとためてから、それを言うつもりだったのに……」


 麻衣がむすっと顔をしかめながら。


「あの時、貴俊が、俺から盗んだ携帯の電源入れて、俺が待ち受けにしてた、小学生の頃に瑞貴と撮った写真のことをからかったからな。それでなんだろ?」


 と貴弘。


「そうなの。でも、そこでまた一つ壁にぶち当たってしまった。貴弘の携帯は、GPS機能を拒否ってた」


「俺はその機能をOFFにした覚えはないんだけどな。多分、貴俊のやつが、警察が捜査を始めた時のことまで考えて、その機能をOFFにしといたんだろな」


「多分そう。貴俊も悪知恵だけは働くやつみたいだからね。だけど、警察はそこで諦めなかった」


 麻衣はそこで、考え込むようにすると、


「……なんとか情報から――」


「なんとか、ってなんだよ」


 正樹が、すかさず突っ込みを入れる。


「なんとかは、なんとかよ。なんか文句あんの?」


 正樹を睨みつける麻衣。


「基地局情報だよね」


 今度は私が補足してあげた。


「そうそう、その基地局情報ってやつで、携帯の電源が入ってたら、GPS機能が無くても、ある程度の場所が分かるようになってるらしいんだ。それで、この街の中に貴弘がいるらしい、ってことが分かったんだけど、正確な位置までは分からなかった。だから、警察はその一帯をしらみつぶしに捜索しようとしたんだけど、その位置情報を教えてもらった私は、あることに思い当たった。瑞貴から聞いてた、貴弘との思い出に、よく出て来る小さな公園。その公園が、その位置情報で分かった範囲内にあった。それで、刑事さん達は、それなら、って、まずその公園に行ってみることにした」


 そこまで話すと、麻衣は、もう一度、オレンジジュースを口に運んでから、


「私の活躍ぶりを披露できるのは、ここまでかな。できれば私も、刑事さん達と一緒に覆面パトカーでその現場に行きたかったんだけどね。『友達のことを心配するの気持ちは分かるが、ここから先の捜査は、危険を伴うかもしれないから、君達はお家に帰って連絡を待ちなさい』って許してもらえなかったんだ。私も見てみたかったよ。貴俊に銃を向けられて、命を狙われる瑞貴を、その盾になって守ろうとする貴弘――貴俊が、引き金を引こうとする直前に、間一髪その場に駆け付けた刑事さんが、その銃を持つ手を狙撃して、二人は救われる……」


 麻衣は、両手で身体を抱えてぶるぶると身体を震わせながら、


「かっこいー! まるで、映画かテレビドラマのワンシーンじゃん!」


 そんな風に一人で盛り上がっている麻衣に、正樹が、呆れたように、


「おまえ、話しだけ聞いてそういう風に思ってるけどな……自分が銃口向けられる身になってみたら、絶対にそんな風には思えないと思うぞ」


「あの時は、瑞貴だけは何とかして守らないとって、咄嗟にそういう行動取ったわけだけど、今思い出してみると、怖いよな。お前達の助けがなかったら、そのまま貴俊に銃で撃たれて、瑞貴は殺されてただろうからな。もう一度ありがとう、って言っとくよ」


「ほんと、そうだよね。私からも、ありがとう」


 私もそれに倣う。


「だから、照れくさいからやめろって」


 恥ずかしそうにそう言う正樹を見て、貴弘は笑ってから、表情を引き締めなおして、


「それとな、正樹には謝っておかないといけないこともあるんだ。俺、実は、あの脅迫状送りつけてきたやつが、正樹じゃないか、って疑ってたんだ」


「え? そうなのか?」


 正樹が意外そうに目を丸くする。


「お前、俺の家を、こそこそとデジカメで撮影してたんだろ? 瑞貴には、ブログに載せるつもりで撮ってるって言ったらしいけど、脅迫状には、俺ん家の中とかを撮影した写真も同封されててさ。それで、もしかしたらお前が犯人なんじゃないか、ってな」


「そんだけで俺のこと疑ってたのか?」


「お前のこと疑いたくはなかったけど、他に心当たりがなかったからな。親友なのに、お前のこと信じ切れてやれなかった。ごめんな」


 貴弘が、申し訳なさそうに言った。


「いや……まあ、別に良いんだけどさ……俺がこそこそやってたのは事実だし……」


 決まりが悪そうに、正樹が返す。


「あんたの日頃の行いが悪いからでしょ。疑われて当然ね」


 と麻衣がからかうように。


「お前に言われたくはないね。それに、俺が貴弘の家に張り付いてたほんとの目的は、貴弘に脅迫状送りつけたやつの正体を暴くためなんだぜ?」


「そうなのか……? でも、俺は今回の事件が解決するまで、お前には一言も脅迫状のことなんて話してなかったはずだけど……」


「お前から脅迫状のこと聞いて知ったわけじゃないんだよ。今年の一学期の中間試験前に、お前の家で、一緒に勉強会したことあったろ? その途中でちょっと休憩することになって、ジュースとかお菓子の買い置きがないからって、お前が近くのコンビニに行って、部屋に俺一人になったじゃん?」


「そう言えば、そんなこともあったな」


「その間に、俺、一人で英語の問題集やることにしたんだよ。でも、意味の分からない単語ばっかりで、ちんぷんかんぷんでさ。辞書持って行ってなかったから、お前の借りることにしたんだ」


「正樹が、授業以外で英語の辞書を引くなんてね……驚き。よっぽどヤバイ状況だったんだ……そう言えば、一学期の英語の試験結果、正樹、確か赤点ギリギリ――」


「うるさいな、お前は黙ってろよ」


 正樹は、麻衣が言うのをピシャリと遮ってから、


「それでお前が机の上の本棚に置いてた英語の辞書を借りて、単語の意味調べようとしたら、その中に挟まれてた封筒をたまたま見つけちまってな。なんだこれ、って、ついその中に入れられてた手紙の内容、読んじまったんだよ。まさか、お前宛の脅迫状だなんて、思わなくってさ」


「そうだったのか……それで……」


「正樹って、よく貴弘の家に遊びに行くよね。それなのに、誰にも見せられない脅迫状を、そんなところに……」


 麻衣は言いかけて、思い当たったように、


「ああ、そうか。貴弘の中には、正樹が英語の辞書を引くってイメージがなかっただけ――」


「だからお前は黙ってろよ。まったく………」


 正樹はふうとため息を吐いてから、


「で、その脅迫状を俺が読んじまったことは、お前には黙っておいたけど、どうにかして、その犯人を突き止められないか、って思ってな。脅迫状には、お前が家の中にいるところを盗み撮りした写真とかも一緒に入ってたから、休みの日とか使って、お前の家に張り付いて、怪しいやつがいたら、写真に撮って、証拠掴んでやろうとしてたんだよ」


「そういうことだったのか……それなのに、俺は正樹のこと疑っちまって……ほんとごめん」


 貴弘は言うと、正樹に対して頭を下げた。


「だから気にすんなって。俺とお前の仲だろ? 俺がお前に内緒で、疑われるような行動取ってたのも悪いんだからな」


「私も正樹に謝らないといけないんだ。正樹が怪しいんじゃないかって最初に言い出したのは、私なんだ……それに、実は私、麻衣のことも疑ってたんだ」


 私も、貴弘に続いて、内に秘めていたことを告白した。


「え? あたし?」


 人差し指を自分に向けながら、麻衣が目を丸くした。


「麻衣、高校に入学した頃、貴弘に告白して、断られたことあるんだよね」


「なんだ、瑞貴も知ってたんだ」


 気にする風でもなく、あっけからんとしている。


「貴弘から聞いたんだ。それを聞いて、私、麻衣が、そのことで貴弘のことを逆恨みしたりしてて、脅迫状を送りつけるようないたずらをしちゃったのかもしれない、なんて考えちゃったんだ」


「この麻衣さんを見くびってもらっちゃ困るなぁ。確かに私は貴弘のこと好きで、告白もしたけど、それを断られたからって、それを根に持って、脅迫状送り付けるような、根暗なやつじゃないよ? 私は、恋愛で一つ失敗があったとしても、それでくよくよ悩んだりせずに、それを次につなげようとする、ポジティブな思考の持ち主なのです。長いつき合いなんだから、瑞貴も、私がそんな根暗なやつじゃないことくらい、分かってるでしょ?」


「そうなんだけど……そういう可能性もあるのかなってつい思っちゃって……」


「ふむ。まあいいでしょう。今回だけは許してあげる。この麻衣さんの、愛に溢れた広い心に感謝するのね」


「ありがとね、麻衣。そう言ってもらえると、気持ちが楽になるよ」


「その件に関しては許してあげるけど、今回の事件の解決に、私は多大な貢献をしたわけだからね。それ相応の謝礼ってやつを、瑞貴から頂くとしようかな。警察が金一封くれることになったとしても、小学生のお小遣い程度だって聞いたことがあるから、そっちはあてにならないからね。そうね……まだ瑞貴から奢ってもらってない、苺シェーク。それを一年分に増やすってことで、手を打ちましょうか」


「え? 一年分? そんなに奢ったら、私がせっかくバイトして貯めたお金が、全部苺シェークで消えちゃうよ……それだけじゃ足りないかも……」


 私が、困ったようにしていると、


「そんな心配そうな顔しないでよ。じょーだんだって、じょーだん。私の大切な瑞貴ちゃんの命が助かったんだもん。私には、それだけでじゅーぶんなんです」


 麻衣は笑いながらそう言ってくれた。


「ありがとう、麻衣」


 軽い調子で言われたけれど、麻衣の優しさが十分伝わってきて、嬉しかった。


「だけど、苺シェーク一本分は、ちゃんと奢ってもらうからね」


 そこらへんはきっちりしている。それくらいで麻衣が喜んでくれるなら、全然かまわないけれど。


「まあ、なんにせよよかったよな。俺達の疑いも無事に晴れて、貴弘と瑞貴も、殺されずに済んだわけだし」


 正樹が、話をまとめるように。


「そうね。でも、なんで瑞貴とか貴弘みたいないい人たちばっかりが、命を狙われるようなことにならないといけないのかな……私としては、いつもチャラチャラしてて、遊び呆けてばかりいるような誰かさんが、少しは痛い目見ればいいと思うんだけど……」


 麻衣が、正樹を横目で一瞥しながら。


「……お前、それ誰のこと言ってんだ?」


 正樹が不服そうに。


「お前ら相変わらず仲良いよな。それで、いつ一緒になるんだ? 式には俺達も呼んでくれよな」


 貴弘が、珍しく冗談を言った。


 二人で睨み合っていた正樹と麻衣は、その貴弘に、さっと顔を向けると、


「はあ!? 誰がこんなやつと!」

「はあ!? 誰がこんなやつと!」


 と仲良く声を合わせながら言い返した。



 そんなやりとりを前に、私は、声を上げて笑っていた。


 

 貴弘も、珍しく大きな声で笑っていた。



 いがみ合っていた正樹と麻衣も、つられるように、大きな声で笑っていた。




 どこまでも広がる青ばかりを広げた空から射す明るい光が、私達を包んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る