第15話 スカート丈が短すぎます⑥

 結局、増田さんは高校を出ることになりました。


「一身上の都合です」


としか言わないので、具体的な理由は分からずじまいです。――しかし、彼女の目は、何かから逃げ出すときの目ではなかった。


 どちらかといえば、なにかを「捨てる」ときの目だったと思うのです。



 彼女は大検を取得し、海外の大学を受験すると言いました。――それっきり、連絡は途絶えてしまっているため、彼女が一体どのような進路を辿ろうとしているのか、見当もつきません。






 あの卒業式から、2年後。


「先生、お越しくださいまして、ありがとうございます」


 受付に座る、元学級委員をしていた生徒が、私に向かって恭しく一礼します。――彼女は、濃紺のきらびやかな振り袖を身に付けていました。


 大きなホテルのパーティールーム。シャンデリアに、ワインに、ご馳走に。


 今日は、成人の日。


 皆さん、今日のために振り袖を着て、おめかしをして。本当に、美しい。


 これだけ着物姿の女性が集まると、まるで大奥ですね、なんて言いながら私は他の担任教師と笑っていました。


 二十歳。多くが、まだ学生です。しかし、大学で勉強したいことを見つけた者、目ぼしい就職先の見当をつけた者、サークルや遊びに夢中な者……多種多様です。ノーメイク、指定の制服のみ着用可能だったあの頃と比べると、見た目や雰囲気も大分変化しましたね。


「本当は、あと数年後に会った方が面白かったかしら」


 就職後の彼女たちを見てみたいという気持ちもあります。


 しかし、今日は二十歳という節目を迎えた彼女たちに、目一杯のおめでとうを述べようではありませんか。


 式は進みます。――私たちなんかが手を貸さなくても、生徒たち自身が勝手に進行してくれる。なんて頼もしいこと。


「それでは、御歓談ください」


 司会の生徒がそう言うと、会場は再び騒がしくなります。――



「沙羅ちゃん? 」


 そんな声がして、誰もが振り返りました。


 光沢のある深紅のドレスから伸びる、細く白い手足。


 長い髪は、美しくセットされていました。


 当時の可愛らしさも残しつつ、よりいっそう、美しさに磨きがかかった増田さんの姿に、私も目を奪われました。


「沙羅、お久しぶり、元気してた?」

「沙羅ちゃん、来てくれたんだ! 」


 皆が驚きと、喜びの声をあげます。そんな彼女たちに対して、増田さんはにこやかに応対する。――でも、彼女の足は、緑の振り袖を身にまとった の元へと一直線でした。


「……透子」

「沙羅」


 そして、ふたりは微笑みあった。


「会いたかった」

「私も」


 まるで、ドラマのワンシーンのような。


 そしてもう、そんな二人を揶揄する者は居ませんでした。


 スクールカースト。――それはあくまで、在学中にしか役に立たない代物。今や、進路も居場所もバラバラ、より広い世界に飛びだった彼女たちにとって、なんの意味もなさないのです。


 もうひとつ。たった二年で、世の中は変わった。驚くほど変わった。それは、性の多様性と言ったらいいのでしょうか、そういったことに関して、少しずつ社会が寛容になってきたこと。男性が男性を、女性が女性を好きになってもいいではないか、と。それが一体、他人にどんな迷惑をかけているのか? そんなわけないでしょう、と――皮肉にも、それはのきっかけとなったSNSを通じて、そういった考え方が広まっていったと耳にしております。



 会場を抜け出してお手洗いに行こうとしたら、赤い振り袖を来た女性に出会いました。


「――斎藤先生」


 そこにいたのは、桜井さんでした。



 桜井さんは、もう桜井さんではなかった。


「振り袖は本来、未婚女性が身に付けるものらしいですね。――まあ、現代では成人式の衣装って感じになってますけど」


 だから、本来左手薬指のリングと、振り袖が共存しているのはおかしいことなんですよ、と元・桜井さんは笑った。


「桜井さんは、最近はどんな生活を送っているのかしら」

「幸い、大学には通わせてもらってます。――授かり婚で、まだ小さな子どもがいるので、親や夫には迷惑もかけているのですが」


 今日も、子どもを夫に預けて来ているから、少々申し訳なく思っている、とのこと。


「……さっき、増田さんが来てましたよね」


 私があえて触れないようにしていた話題をふられて、困ってしまいました。


「あれから二年ほど、いろいろ経験してなんとなく感じたことがあるんです」


 そして、彼女は昔を懐かしむように、言葉を発しました。


「『知らないもの』って、怖いんです。嫌なんです。でも、時として羨ましい――だから、バカにしたくなる」


 それは、増田さんと篠田さんの関係のことを言っているのでしょう。


「恋とか愛とか、まだ私は知らなかった。沙羅さんのことも、篠田さんのことも知らなかった。だから、壊してやりたかった」


 ――結局、私は男性と恋に落ち、結婚したわけなんですけど。でも、授かり婚だって、当時の私からすれば未知で、怖くて、どうしてこんなことになってしまったんだろうと思いました。


 彼女は、自嘲するように、言いました。


「だから、私たちは勉強しないといけない。世の中のこと、他人のことを」


 彼女は私に一礼すると、会場に戻ろうとした。


「先生。――あの時、ダメなことをダメだと、伝えようとしてくれて、ありがとうございました」


 どういうわけか、深紅の振り袖姿の彼女が、ほんのちょっぴり膝より上の丈のプリーツスカートを身につけた、二年前の彼女の姿と重なるのでした。


『スカート丈が短すぎます』――fin.



これにて完結です。ありがとうございました!

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スカート丈は膝上○cm。 まんごーぷりん(旧:まご) @kyokaku

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