第3話 膝上3cm、香り付透明リップの憂鬱③


 少女漫画あるある、「屋上で二人っきりで話をする」。女子高にかよう私たちは、何時だってどこかでそういうのに憧れている。イケメン男子に放課後の屋上に呼び出されて告白される。そんなベタなシーンに心をときめかせるのだ。


 現実にはイケメン男子なんてこの学校には居ない。もちろん、屋上は施錠してある。――ま、これもいわゆる「現実あるある」なんだけど。


「ごめんねー、こんなところまで付き合わせちゃって」


 沙羅ちゃんに連れてこられたのは、放課後しか使われることの無い生徒会室。無断使用は厳禁、先生が来たりしたら、一体なにをしているのだと怒られてしまうだろう。そこまでして沙羅ちゃんは私になんの用事が有るのか。


 沙羅ちゃんが机に腰掛け、長くて細い足をするりと組む。スカートは私よりも短いのに、よくもまあ、こんなに器用に中が見えないような振る舞いが出来るものだと感心する。紺色のハイソックスは、JK《女子高生》の象徴。ちなみにどうでもいいことを言うと、堂々と座るバラモン様の前でクシャトリアの私はぼんやりと突っ立っていた。


「いきなり本題に入るけど」


 自分のペースで自分の好きなように話す沙羅ちゃん。――これも、バラモンならではの特権なのだろうか。別に羨ましくもないけれど、目が他の人よりぱっちりとしていて、鼻が少し高くて、化粧品を買えるくらいお小遣いをもらえるってだけで勝ち組になれてしまうこの狭い世界は、どうも気持ち悪いと最近はちょっとだけ思う。


 こちらがそんなことを考えているとも知らずに、沙羅ちゃんはめちゃくちゃな事を言い出すのだ。


「最近、透子に無駄に絡んでるよね。――それ、やめてくれない」

「篠田さんのこと?」

「そ。あのね、透子は私のだから」

「……ごめんね、分かった」


 あの子と友だちでいればどんなメリットがあるのか興味を持った、それだけ。特になんの思い入れもないし、むしろやめようと思っていたし、本気で友だちになりたいだなんて思うわけないじゃん。バラモン様が手を離せと言うのなら私は当然、手を離しますよ。


「嫌な言い方しちゃってごめんね。なんでだろう、私、透子の事になるといつもこう」


 本気で自分の言葉を後悔するように、潤んだ瞳で俯く。


「嫌な言い方しちゃってごめんね(わざとだけど!だって利用価値のあるあの子をあんたみたいな平凡ガールに取られたくないもん)。私、透子の事になるといつもこう(やってみんなをビビらせて、あの子を一人ぼっちにさせてきたんだ♪)」


 私には沙羅ちゃんの言葉がこう聞こえる。


「大丈夫。――誰だって、友だちは大事だもん。こちらこそ、何も考えていなくてごめん」


 沙羅ちゃんの言葉を額面通りに受け取ったふりをして謝罪する。友だちを取られて腹をたてるなんて、小学生かよ。それほどまでに奪われたくないメリットって、何なんですか?


「ありがと。美緒ちゃん優しいっ」


 そう言って沙羅ちゃんは私に抱きついてきた。


「(言うこと聞いてくれて)ありがと。(単純な)美緒ちゃん優しいっ(て言っておけば丸く収まるよね♪)」


 やっぱり、こう聞こえてしまうんだ。


 ふわりと柑橘系の良い香りがしたのは、多分最近バラモン組の間で流行っている「練り香水」ってやつ。沙羅ちゃんは、すぐに人に抱きつく。――どういうつもりなのか分からないけれど、クシャトリア的立ち位置の私はバラモン様にスキンシップをとられると緊張してしまうのだ。





「美緒、さっき沙羅ちゃんとなんの話してたの」


 クラスで一番目か二番目に仲の良い七海ななみ(カーストは私と同じくらいの普通の子だ)が声を掛けてきた。まるで挨拶がわりのような、本当に何でもない質問だけど、七海の目は「興味津々」といった感じ。


「美緒(みたいな何でもないやつが)、さっき(あの可愛くて派手でクラスでの立場も一番高い)沙羅ちゃんとなんの話してたの(怒らせてたらヤバそう。ってか面白そう)」


 少し悪意を盛って七海の言葉を翻訳すると、大体こんな感じだろう。私は周りを見渡し、沙羅ちゃんが聞いていないことを確認する。手鏡を取りだし、リップを塗る。


「別に、何でもないよ。ぎょーむれんらく」

「ふうん」


 学生が業務連絡とはなんだ、といった感じだけれど、とりあえずそう言っておけば大体の人は会話内容に興味を示さなくなる。


「それにしてもさ」


 しかし今日の七海はやたらと食い下がる。


「この頃美緒、篠田さんに話しかけたり沙羅ちゃんと二人でどこか行っちゃったり、スゴいね」

「……スゴいって言うの?それ」


 誤魔化すように笑った。


「この頃美緒、(沙羅ちゃんに近づくためにわざわざ地味な)篠田さんに話しかけたり(あんたには不釣り合いな)沙羅ちゃんと二人でどこか行っちゃったり、スゴい(バラモン様への憧れが強い)ね」


 そう聞こえてしまったから。――やめてよね。心の中で私は笑う。バラモン様だとか沙羅ちゃんだとか、別にそういう子に憧れてる訳じゃないから。私は私の勝ち方をしようとしているだけ。中の上を、の。沙羅ちゃんたちに憧れても、同じグループに七海とは違うんだから。




 こういうの全部、人の良さそうな困った笑顔に隠している。――それが、スカート丈膝上3cm、香り付透明リップがお守りがわりの平凡ガールの生き方だったりする。



              『膝上3cm、香り付透明リップの憂鬱』――fin

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