第21話 研修会 ー弐日目 昼ー



「 ―――ヒヒ、もういいかい 」



腕を掴まれて強く引かれたかと思うと、背後から首に腕をまわされ、拘束されてしまった。

体格は俺よりも大きく、腕の力も強く引きはがせそうになかった。

耳元で気持ち悪い笑い声が響く。不愉快だ。



「ぐっ」


「 今度は、キミの体にしようかなァ。ヒヒッ 」



そう言った瞬間、嫌な気配がぐっと濃くなる。

首にまわっている腕から靄が立ち昇ってきたのが視界に入った。


(……やばいっ)


脳内で危険信号が鳴る。

咄嗟に男の腕にまわしていた手でお守りを握り、力を込めた。



バチッ



「 うわっ 」



青白い光と共にお守りの効力が発動し、俺から相手の体をを弾く。

首にまわっていた腕が離れたのを確認すると、俺は振り返りながら拳を振り回した。

顔を狙ったつもりだったが、距離を見誤ったようで、相手の腕に当たったようだ。



「 ざーんねん 」



その瞬間、楽しそうな声が聞こえたかと思うと、相手の蹴りが飛んできた。



「いって!」


「 ヒヒッ 」



蹴り飛ばされて、俺は地面へと転がる。

すぐに顔を上げたが、見えたのは走り去った背中だけだった。

黒髪の短髪か、筋肉質ながっしりとした体。

確か「相良」という男だった筈だ。

急いで立ち上がり、俺も後を追うが、次の曲がり角のところで、倒れている人を見つけた。



「くそっ」


「犀葉!大丈夫か!」



倒れていたのは予想通り、楓彩八幡宮そうさいはちまんぐうの「相良」という男だった。

そして、俺が相良を見つけたとほぼ同時に、後ろから数人の足音と成川の声が聞こえてきた。

やってきたのは成川と立花、そして楓彩八幡宮の「湯田」だった。



「っ、相良さん!?」


「今こいつに襲われたんだよ。お守りで弾いたら逃げた。追いかけたらここで倒れていた」


「犀葉」



立花が俺を睨むように見る。

ああ、わかったよ。疑ってるんだろ。

そう判断し、自身の胸元のお守りを握る。

すると、青白く光ったのを確認して、成川が緊張を解くように息を吐き出した。



「俺達もシロだよ」


「湯田も大丈夫だ」



そう言って、成川が自身のお守りに触れると、" 白く "光った。

立花もお守りを握ると " 黄色く "光り、その手で湯田にも触れるが変化はなし。

つまり、今全員の確認作業が終わったというわけか。

ふぅと俺も吐息を零すと、無意識のうちに入っていた肩の力が抜けたような気がした。



「とりあえず医務室だな」


「待て」



倒れている男を運ぼうとすると、立花が俺の腕を掴んだ。

そして、立花が自身のお守りに触れた状態で、相良に触れるが――変化はない。

ああ、そうか。タヌキ寝入りということもありうるというわけか。

すると今度は、成川が自身のポケットから塩水の入った小瓶を取り出した。



「祓ひたまへ 清めたまへ」



そう言って、塩水を相良にかけた。

本来なら神社で清めたいのだが、簡易的なことしか今はできない。

霊触・霊障が今より悪化しないように、現時点の最低限の処置だ。



「ありがとうございました」



とりあえず医務室に相良を運んだ。

湯田が看ると言ったので、立花を残し、俺と成川で食堂で事情を話し、弁当をもらって医務室で昼食をとることにした。

他の神社なので関係ないと言いたいところだが、ここで湯田を1人にするのも危険な気がしたからだ。



「……1つ聞いてもいい?」


「なんですか」



各々で黙々と弁当を食べていたのだが、せっかく楓彩八幡宮の人と話せる機会ができたのだ、話を聞きたい。

そう思い、話しかけてみると意外と友好的に言葉を返してくれた。

確かに、この男は他の4人と違って初めから敵意を感じなかったように思う。

だからこそ話しかけやすかったというのもある。



「なんで、昨日屋敷に行ったの?」


「………」



そう聞くと、一瞬驚いたように固まり、困ったような表情で俯いてしまった。

ああ、失礼なことを聞いてしまっただろうか。

確かに、幽霊屋敷に行って、逆に幽霊に憑りつかれたなんて、神主として恥ずかしいことかもしれないが。



「……あれ、僕たちのせいなんですよ」


「へ?」


「どういうことだ」



そこで話に入ってきたのは立花だった。

俺と少し離れて弁当を食べていた筈なのに、いつの間にか俺のすぐ隣に椅子を持ってきていた。

ほんと自分の興味があることに関しては早い男だな。



「去年の幽霊屋敷の件、知ってますか」


「ああ、去年の先輩が幽霊屋敷に行って憑りつかれた奴だろ?」


「最終的には、祓い屋がきたけど、不完全でって聞いたけど」



俺に言葉をつき足したのは成川だった。

俺も相槌をうつように何度も頷きながら、湯田を見る。

すると、困ったような表情のまま一瞬俺達に視線を合わせたかと思うと、すぐに俯いてしまった。



「その祓い屋というのが、僕達の先輩です。去年、同じ大学出身の友人がこの幽霊屋敷で霊に憑りつかれて異常行動を起こした。それを祓おうとしたのが僕達の先輩でした。しかし、思った以上の強敵で祓うことができなかった。どうしようか悩んでいた時に、その『此の世ならざるモノ』がこっそりと提案してきた」



―――来年も遊んでくれるなら、今年は見逃してあげる



「先輩はその話を吞んだところ、大人しく帰ったそうです。そして、今年も同じ場所に来た僕達に除霊を託しました。まあ、僕達もうまく行かなかったんだけどね」



ははっと乾いた笑いをもらす湯田だったが、俺は笑えなかった。

なんだよ、それ。自分の後始末を後輩に頼むなんてあり得ない。

先輩なら、後輩の見本になる存在じゃねぇのかよ。



「悪いけど、最低な先輩だな!今でも自分の後輩が命の危機にさらされてるのに、悪いと思わないのかよ!」


「あとで神社の邪気祓いとして来れば良かったのに。自分のミスを隠したかったんだろうな」


「ちっ」



湯田は俺達3人の部外者が好き勝手言っているのに怒るかと思いきや、目を丸くして驚いているようだった。

そして、数秒後の沈黙後、ゆっくりと口元が弧を描く。

初めて見る湯田の笑みだった。



「ありがとう。キミたちを巻き込んでごめんね」


「いいって。解決して、先輩を見返してやろうぜ」


「――ああ。だけど、俺達だけで充分だ」



突如聞こえた声に振り返れば、医務室の入口に3人の男が立っていた。

この顔には見覚えがある。楓彩八幡宮の男達だ。

左から、目崎、津堅、青山だ。訝し気に俺達を見下していた。

そして――この3人の中に『此の世ならざるモノ』が隠れているのか。



「湯田、離れろ!こいつらの中にクロはいる!」



そう強い口調で言ったのは、津堅だ。

昨日の夜に会った時と同様に、俺達に強い敵意を向けて対峙してくる。

なんだよ。やっぱりコイツは嫌いだ。



「津堅さん!この人達は僕達を助けてくれたんですよ」


「そうだよ!それに、このお守りがある限りは俺達の体が乗っ取られることはない!」


「『此の世ならざるモノ』がその力を使えないという証明は?俺達はその力を知らない。信用できない」



津堅が大股でやってきたかと思うと、湯田の腕を掴み自分達の方へと引いた。

まるで敵を見るような目や表情に、腹が立つ。

威嚇するように睨んでいる俺の前に、立ち塞がるように前に出たのは――成川だった。



「この際、手段はどうでもいい。とりあえず、手を組まないか?自分達の仲間を疑いたくないのはわかる。だけど、実際に襲われているのも確かだ。全員を疑うつもりで話し合ってみないか?」



成川ナイス!

そう心でガッツポーズをする俺。

確かに各々の事情や手段は抜きにして、全員が同じ場所で話し合うべきだろう。

すると、津堅は少し考えるように沈黙した後、フンッと鼻で笑った。



「俺は、相良を襲ったのはお前じゃないかと思っている」


「はァ!?」



見下すような表情で、津堅が指を差したのは――俺だった。



「俺は襲われたんだよ、コイツに!」


「それを保証する人間は?お守りは俺は信頼してねぇし。それに、昨日お前を助けた『此の世ならざるモノ』、あれはなんだ?」



俺を助けた『此の世ならざるモノ』?

そう言われて記憶を辿ると、出てきたのは屋敷内での記憶だった。

憑りつかれた仲間に式神を放ったから助けようとしたが、間に合わずに結果的に璃音に助けてもらった。

おそらくあの出来事を言っているのだろう。

責められていることを一瞬忘れて、それを思い返しながら答えた。



「え、璃音のことか?あれは、俺の……使い魔だ」


「使い魔?はっ、契約もしてないのにか?」


「……契約?」



そう聞き返すと、津堅の横にいた「青山」が吹き出すように笑う。

すると一緒になって津堅と目崎も笑い始めた。

なんだよ、何がおかしいんだよ。

そう言い返す俺に、青山は俺を指差して小馬鹿にしながら言った。



「ハハッ!契約も知らねぇのか!桃華八幡宮の神主が聞いてあきれるぜ。他の奴らも気づかねぇのかよ!」


「それに契約もなしに『此の世ならざるモノ』が人を助けるなんて聞いたことがない。しかも強力だ。いつ俺達に敵意を向け始めるかわからない。『此の世ならざるモノ』なんて、百害あって一利なしだ」


「ああ。だからこそ俺達は疑っている。なあ、お前なんだろ?さっさと白状しちまえよ」


「はぁ?テメェらいい加減に――…っ」



俺だけでなく、成川や立花まで悪く言われるなんて、もう我慢ならない。

頭に血が昇ったまま前に出ようとする俺を再度止めたのが成川だ。

成川の腕が俺を後ろに押し込める。



「もういい。友好な手段で解決しようと思った俺が馬鹿だった」



ぐっと後ろ手の状態で肩を掴まれる。

その手が痛かったのと、聞いたことのない成川の低い声に驚いてそっちに意識がいってしまった。

まさかあの温厚な成川が、そんな言葉を発すること自体が意外だった。



「俺達は俺達のやり方でコレを終わらせる。お前らの事なんか知らねぇ、もう気にもかけるつもりはない」



うわー、怖っ。

それに驚いたのは俺だけじゃないようだ。

ちらりと立花を見れば、立花も驚いた表情のまま固まっていた。

そうだよな。俺も成川のこんな怒ってる姿、見たことないもん。



「今夜9時、昨日の屋敷に俺達は行く。勿論お前らも来るつもりだっただろ?そこで決着つける」



そういうと、図星だったかのようにうっと言葉を詰まらせた津堅。

すると、その様子も鋭く察したようで鼻で笑いながら、成川は懐から紙を取り出す。

その紙を2本の指で挟み、力を込めると、小型のナイフに姿を変えた。

おお、と心の中で関心する声をあげる。すげぇ。



「先に言うけど、こっちも手段は選ばないからな」


「あ、待てよ成川!」


「お、おい…!」



勢いのまま立ち上がり医務室を出て行った成川の後を追って、俺と立花も慌てて医務室を出る。

成川の後について歩くが、会話はなく無言のままだ。

俺と立花が喧嘩していても、いつも笑いながら俺達の中心に立って潤滑油をしてくれていた成川が怒っている。

それだけで、俺も立花もどうしたらいいのかわからなくなり、ただ後ろをついていく金魚の糞状態だ。

変わらず無言のまま正面玄関を出ると、近くにあった簡易ベンチに勢いよく座った。



「……」



成川が勢いよく腰かけたベンチの横に俺もそっと座る。

一緒についてきた立花も、近くの柱に体を預けるように立っていた。

無言だ。気まずい。いつも温和の成川も難しい表情をして黙っている姿に、俺は声をかけることができなかった。


(それにしても、思い返すだけで、腹が立つ…!)


俺が疑われるのならまだわかる。

確かに仲間が倒れていたら、一緒にいた知らない相手を疑うだろう。

それに、璃音のことを何も知らないくせに、あの言い方はないだろう。


その中でも「契約」という言葉が気になった。


使い魔との「契約」は一度見たことがある。

靄に憑りつかれた璃音との戦闘時に、山中さんが使い魔「焚」を呼んでいた。

山中さんも「契約」というものをしたのだろうか。

確かに「契約」というモノをした記憶はない。おそらく正式な儀式があるのだろう。


――璃音を「使い魔契約」をすることが、彼女の為になるのだろうか?


契約をしてしまったら、靄から解放されたことで、やっと得た自由な時間をなくしてしまうのではないか、そう思ってしまう。

俺はもう璃音を縛るようなことはしたくない。



「……なあ、俺、やりすぎた?」


「へ?」



今までずっと黙ったままだった成川が、ぽつりと漏らすように言葉を発した。

完全に自分の世界に飛んでしまっていた俺は、一瞬何のことかわからずマヌケな声が漏れてしまった。

そうだった。楓彩八幡宮の奴らに嫌気がさして出てきたんだった。



「悪い、俺、我慢できなかった」


「ああ。確かにあの言い方は腹が立つよな」


「……ああ、友達のことを悪く言われるん、ぶち嫌いなんじゃ」



ぎゅっと握りしめた拳を見つめながら言う成川の表情から感じ取ったのは、確かな怒りの表情だ。

だが俺は、成川のその雰囲気よりも、その言葉の内容がが気になった。

友達のことを悪く言われるのが嫌いだ、とは伝わった。伝わったのだが……、



「成川、悪い。" ぶち "ってなに?」



急に口調が変わったことに驚き、俺の脳内に沸いた疑問符。

すると、成川は俺を見て一瞬ぽかんと固まったが、恥ずかしそうに少し視線を横に逸らした。



「ああ、無意識に地元の方言が出た。山口弁で、" ぶち "は『すごく』とか『とても』っていう意味なんだ」



ああ、無意識に出てしまったのか。

そう思ったら笑えてきた。成川は感情的になると方言が出るのか。

なんだ、ちょっとかわいく見えて来たよ。

俺は腹を抱えて笑いながらも成川の肩を何度も叩く。



「笑うなよー」


「悪い悪い。さっきはすげぇかっこよかったよ。ありがとな」


「マジで?かっこよかった?」


「……そういえば、あのナイフは式神か?」



俺につられて一緒になって笑っていた成川に問いかけたのは立花だった。

あ、それは俺も気になっていた。

そう思って成川に聞くと、一瞬ぽかんとしてから、思い出したようにポケットから「呪符」を取り出した。

これは先日柴崎さんから配布された式神を生み出す為の紙だ。



「ああ、こんなの見せかけだよ」


「おぉ、すげぇ」



成川が「呪符」を持つと、ぽんっという軽い破裂音と共に先程の小型のナイフが出てきた。

よく見ると、フルーツなど切る時に使うような長細いナイフに近い。

それを俺も指先で触れてみる。うん、冷たい。

すると、成川が楽しそうに笑みを深めたかと思うと、俺の手を掴み、その手のひらにナイフを振り下ろした。



「うわっ!?……あれ?」



びっくりして思わず目を瞑ったが、何の感覚も感じられない。

不思議に思い、恐る恐る瞼を開くと俺の手のひらにあったのは「呪符」の紙だった。



「まだ、何かに当たるだけですぐに壊れる。俺の課題は強度だよ」


「びっくりしたー…刺されるかと思った。俺なんてふにゃふにゃの木しかでねぇよ」


「ははっ。……んで、話を変えるけど、璃音ちゃん、どうするの?」



ひとしきり2人で笑った後、急に成川の表情が真剣になった。

成川にかけられた言葉に驚いて、自然と目線は自身の手のひらに下がった。

どうする、なんて聞かれても俺もわからない。



「……そもそも契約ってなんだ?」


「契約は簡単にいえば儀式だな。神主と『此の世ならざるモノ』の主従になるという約束の儀式だ」


「……主従か。それはやだ」



主従と言えば、殿様と家来のような関係だ。

璃音とそんな関係ではいたくない。

今後も危険な目に合わせたくないのが本音だ。



「だけど、璃音ちゃんはそのつもりで犀葉の傍にいるんだろ」


「それでも嫌だ。痛い想いをさせたくない」


「――だけど、今のままでも危ない」



俺と成川の会話に口を挟んだのは立花だった。

どういう意味だよ、と聞きながら立花を見上げる。

すると、柱にもたれて腕を組みながら言葉を続けた。



「今、璃音は自由な状態だ。ということは、祓われる可能性もあるし、誰かの使い魔になる可能性もあるということだ」


「璃音は靄を纏ってない。祓われる理由はないだろ」


「そう言いきれるか?また強力な靄に取り込まれるかもしれない。また、世の中には『此の世ならざるモノ』というだけで祓う者もいると聞く。安全とは言いきれない」



そうだ。以前、宿直の時に神社で見つけた二つ尾がある猫を俺も祓おうとしてしまった。

つまり、楓彩八幡宮の人達と同様に璃音を敵視し、祓おうとする神主もいるということだ。

驚きで言葉も出ない俺に、今度は成川が言葉を発した。



「使い魔も、犀葉のように『此の世ならざるモノ』と仲良くなって契約を結ぶ者もいれば、術により無理矢理契約を結ぼうとする者もいると聞いたことがある。俺は、早く契約したほうがいいと思うよ」


「……俺は…ッ」



無理矢理術で結ばれてしまったら、璃音等の『此の世ならざるモノ』の意志は関係ないということか。

そんな危ない奴に璃音が出会ってしまったら、と考えるだけで嫌だ。

でも、契約なんて重いモノで彼女を縛りたくないのも本心だった。

俺はどうすればいいんだろうか。そう頭を抱えた瞬間、お昼休憩を終えるチャイムが鳴り響いた。



「戻るか」


「……おう」



答えは見つからないまま、俺は施設へと戻る為に腰をあげた。











* * *




「 暇だなぁ。あきらはお勉強中だし 」



鼻歌を歌いながら、施設周辺を探索する少女――璃音。

瑛がいる施設は、『此の世ならざるモノ』が外から入れないような結界が張られている為に私は入れない。

仕方なくフラフラと周囲の探索をしてまわっていた。


此処は伊勢神宮と呼ばれる場所。

瑛が言うには「日本で一番すごい神様がいる場所」

住宅地を抜けて中心街に行けば、まるで宿場町の様にお店がずらっと並んでいた。

店の周辺は人で賑わい、活気で溢れている。

見たことのない食べ物、可愛い布の雑貨、私の気持ちも弾み、気づけばスキップをしながら進んでいた。



「 ふふっ、あきらに帰りに寄ってもらえないかなぁ 」



最近までは暗くて深い闇の世界にいた。

ちゃんと顔をあげて見たら、なんてキラキラして素敵な世界だろうか。

外の世界なんて見る余裕がなかったので、とても新鮮な気持ちだ。



「お姉ちゃん!早く!」


「待ってよ、こはる」



ふと聞こえた言葉に反応して、足を止めてしまった。

その先には、2人の女の子がいた。

1人は5歳くらいの女の子が、「お姉ちゃん」と呼ぶもう1人の女の子の腕を引いていた。



「 おねえちゃん 」



無意識のうちに言葉に出してしまっていたのに、はっと気づいた私は首を慌てて首を左右に振った。

だめだ、寂しいとか悲しいという負の感情を持っていたら、また靄が寄ってきてしまう。

無理矢理意識を切り替えるためにも、再度私は歩き出した。

進む方向は先程と真逆。来た道をまっすぐ戻っていた。



( 会いたいよ、あきら。おねえちゃん )



口に出さないように、心の中で呟く。

ああ、悲しくなってきた、寂しくなってきた。

ダメだ、ダメだ。何度首を振っても感情が変わらない。

1人だ、なんて思ったらダメなのに。

心はすぐに悪い方向に進んでいく。体も素直に気持ちを表現し、視界まで滲んできた。



「 くすくす、ふふっ 」



ふと、声が聞こえたので顔をあげる。

見覚えのある道、崩れた煉瓦が視界に入り、そのまま視線を横に移した。

無意識のうちに足を止めてしまっていたのは昨日の幽霊屋敷の前だったようだ。



「 あ、昨日のおねえちゃん 」


「 どうしたの?どこか痛いの? 」



幽霊屋敷の庭からひょっこり顔を出したのは、数人の子ども達だった。

子どもとはいっても全員『此の世ならざるモノ』なのだが。

私は慌てて目を擦り、笑みを作って子ども達に問いかけた。



「 ううん。大丈夫だよ!みんなは何してるの?」


「 今ね、鬼ごっこをしてるの!ケイがいないから、かくれんぼ以外の遊びができるの嬉しいから! 」


「 ケイ? 」


「 昨日お兄ちゃん達についていった子だよ。あの子、かくれんぼしかしないからつまんない 」


「 なんで、かくれんぼなんだろうね 」



純粋に思った疑問を聞いてみると、目の前の子ども達はふと笑みを深めた。

口に手を当てて、もう片方の手で手招きをされる。

どうやら内緒話を促されているようだったので、腰を低くして耳を傾けた。



「 実はね…――この屋敷の中でかくれんぼ中に死んじゃったらしくて、見つけてもらえなかったんだって 」


「 この屋敷で? 」


「 うん、地震…だったかな?そう言ってた。だから、早く見つけてあげてねってお兄ちゃんに伝えてね 」


「 うん 」



そっか。

今、あきら達を困らせている『此の世ならざるモノ』は、かくれんぼをしている途中で地震に巻き込まれて亡くなってしまったらしい。

だから、かくれんぼに執着があるのか。自身を見つけてほしいという強い願望があったのだろう。

私が子ども達に「必ず伝えるね」と約束をすると、子ども達は嬉しそうに笑い、再度屋敷の中に戻っていってしまった。



「 ……みんな、一緒なんだね 」



楽しそうな声が聞こえる屋敷を少しの間見つめた後、私も交わした約束を守るために再度歩き出した。


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