第18話 研修会 ー壱日目 昼ー



「では、行ってきます!」



陽も昇り、山を鮮やかな緑に染め、殆どの生き物に活動を促し始める、朝8時。

まるで子どもの遠足かと突っ込みたくなるほど意気揚々に出発をしていった新入社員3人。

それに苦笑しつつも手を振る俺―――祿郷 稜。

隣には明るく手を振る同期の平沢と山中と鳥居の下で眺めていた。



「あいつら、遠足か?俺は研修なんて嫌だったけどな」


「まあまあ祿郷、でも奉職してから初めて会える同じ学校の同期もいるしね。プチ同窓会気分でしょ」


「……嫌なことを思い出してきた。研修場所って変わったんだっけ?」



その途端に、俺もふとあることを思い出した。

それと同時に急に山中が苦い表情をする。考えていることは同じらしい。



「変わったらしいよ、去年から。2人がいろいろ壊したからね。それからもいろいろあったらしいし」


「あれは場所が悪いな。あと、壊したのは俺達だけじゃない。楓彩八幡宮そうさいはちまんぐうの奴らが殆どだ」


「ほんとだぜ。俺達は祓っただけだ」



反省の色はないのか、と笑う平沢に、そういえばいろいろあったなと3年前の出仕研修を思い出していた。

あの時は俺達も若かった、その一言でなるべく片付けたい恥ずかしい出来事ばかりであったが。



「なーんか、2人って今の犀葉と立花みたいだよね。んで、俺は成川」



犀葉は山中を指差し、立花は俺を指差した平沢。

そうか?と想像して、苦虫を噛み潰したような気持ちになる。

俺が立花?ないない。絶対にあり得ない。



「俺は犀葉みたいにバカじゃねぇよ!まあ、祿郷はそうかもしれないけどな!」


「あ?俺も立花みたいに陰険じゃねぇし。犀葉の猪突猛進なところは山中そっくりだな」



山中と睨み合い、お互いを罵り合っていたが、ふとそれを笑顔で見ている平沢に気づいた。

その瞬間、なぜか怒りが一瞬にして消え、肩の力が抜けた。

まるで、仕組まれた喧嘩のように思えたからだ。

平沢は俺達が喧嘩しているのを、いつも楽しそうに見ている。



「……平沢はわかるかも」


「ああ、成川もこんな感じだな」










* * *











此処は三重県 伊勢市にある「伊勢神宮」

俺の桃華八幡宮からは、近鉄特急電車で一本でいける。


「伊勢神宮」と言われれば、神主では知らぬものはいないと言われる神社の本宗である。


「伊勢神宮」は「外宮」と「内宮」に分かれている。

「外宮」には食物の神様である「豊受大御神とようけおおみかみ」が祀られ、「天照大神あまてらすおおみかみ」の食べ物を管理していると言われている。

そして「内宮」には、日本国民の総氏神、日本神話の最高神、太陽の神である「天照大神あまてらすおおみかみ」が祀られている。

江戸時代では、全国の村の代表者が伊勢神宮に参拝に行くという「おかげ参り」というのも行われていたほどだ。

有名な「三種の神器」である「八咫鏡やたのかがみ」があるのも此処である。

ちなみに残りの「草薙剣くさなぎのつるぎ」は愛知県の熱田神宮、「八尺瓊勾玉やさかにのまがたま」は東京の皇居にある御所にあると言われている。


そんな有名な神様のお膝元で、俺――犀葉 瑛は研修に励むのだ。



「こんにちは。桃華八幡宮です。よろしくお願い致します」



その神宮の近くには、神社関係の建物も多く建ち並ぶ。

その中の一つに、宿泊施設があり、そこで研修会を行うということだ。



「おお、犀葉ー!ひっさしぶり!」


「おう。井上!芝田!久しぶりー」



本日は「出仕研修」と呼ばれる神社の「出仕」の身分の人だけ集められた研修会だ。

日本全国のあらゆる神社対象だが、いつになるかはくじ引きで選ばれるそうだ。

そして「出仕」とは、企業で言う新入社員であり、研修生を指す。

まずはジャージに着替えるように言われて、俺達は大学時代に使っていた白いジャージを着用した。

そして、言われるがまま研修会館に集合する。

そこには、約50人くらいの新人神主が集まっていた。

普通の大学に「神道専門科」なんてあるわけがない。日本では2つの大学にしかないと言われている。

その出仕の身分と言われたら、確率はざっと1/2。


――つまり、殆どが知り合いであり、プチ同窓会に近いのだ。



「犀葉、変わってねぇなぁ。少し痩せた?」


「いや、あんまり。てか、1ヶ月でそこまで変わるかよ!お前らも……って芝田は少しやつれたか?」


「まあなー」



経った1ヶ月の様に思えたが、されど1ヶ月。

俺もこの1ヶ月でいろいろなことがありすぎた。うん。

そう思いつつ、久しぶりに会った大学時代の友人と話していると、白衣を着た男性が戸から入ってきた。



「自分の名が書かれた席に着きなさい」



白衣に、下も白袴。

本来だと階級によって袴の色が違う。出仕が白袴を着用する。

しかし、伊勢神宮は階級関係なく全員が白袴を着用しているのだ。

年齢は4、50歳くらいで、白髪が混じった短髪に細い黒縁眼鏡のおじさんだ。

そうやらあの人が今回の研修会の担当のようだ。

俺も慌てて自身の名前が書かれた席に着く。

左右を見ても知らない人だった。この席は同じ神社で固まるのではなく、あ行から順に並べられているらしい。



「私は、池岡と申します。それでは、今から出仕研修を始めます」



―――そう言葉を発して、俺達の2泊3日の研修会はスタートした。




研修は13時からスタートをして、初日はずっと座学だった。

まずは、研修の日程の説明から始まった。


[初日]


13時 研修説明(池岡)


14時 神社の現状について(池岡)


16時 神主とは(加藤)


18時 夕食


20時 お風呂


22時 就寝



13時から始まった説明では、3日間のスケジュールが配布され、説明を受けた。

内容を要約すると、とにかく早寝早起きをさせ、精神と肉体を鍛えて健全な神主にしたいらしい。

そして、「この宿泊施設から出ることを禁止する」と一際太い文字と強い口調で書かれていた。

でも、さすがに22時に寝れるかは自信はない。


14時からは、「今の神社界の現状」についてだ。

地元密着の大きい神社や有名な観光神社等は人が多いのだが、やはり中には小さい神社も多い。

どこの神社も人手不足に陥っているそうだ。


また、現代の人は神社に参拝をする機会が減ってしまっているようだ。

そういう人達に向けて、どうしたら神社に興味を持ってもらうのかアプローチが必要になる。

例えば、旅行雑誌を見ると「パワースポットを巡ろう!」というキャッチフレーズをもとに神社を紹介している。

観光神社では、それでそこそこ人は集まるのだが、地域密着型の氏子神社うじこじんじゃには、パワースポットと呼ばれるものも少ない。

よって、人を集める策として、拝殿はいでん等の舞台で、時々見世物として舞や演劇などをしたり、イベントを開催したりしている神社も多いのだ。

君達もそういう策を考えていきなさい、という話だ。


16時からは「神主とは」という話だ。

これは話を聞くのではなく、配られたプリントに自分で考えて書くというモノだった。

この内容に関しては正直悩んだ。

だって、俺の中では「ご祈祷と邪気祓いができるようになり、すべてのモノを導ける神主」という理想像を持っている。

さて、俺も全く知らなかった「邪気祓い」について、講師の人達が知っているのだろうか。

「知る人ぞ知る」ということは、知らない人は全く知らない筈だ。

そう思うと、手が進まなかった。ちなみに最終日、全員の前で発表らしい。マジか。



「ひっさしぶりに長い話を聞いたぜー。大学の授業以来だなぁ」


「淡々と話すから、集中力が続かないな」



なんとか1日目の座学が終わり、俺は大学の友人2人と夕食を食べていた。

右にいるのが「井上 武いのうえ たけし」、愛知県にある氏子神社で奉職している俺の同級生。

背は170cmで細身、目が細く垂れ目で優しそうな風貌の割に、中身は男前。元陸上部の短距離のエース。

左にいるのが「加藤 かとう すぐる」、今は京都府の有名な鳥居がある観光神社に奉職している俺の同級生。

背は175cmほどで俺と同じくらい、学生時代にトライアスロンに出ていたのでマッチョ。身体の割に気が弱くビビリ。

この2人とは学生時代に仲が良く、一緒に遊んだり、勉強を一緒にしていた仲だ。


そして、今日の夕飯はカレーライスだった。

1人暮らしをしていると手の込んだ煮込み料理はあまりしないので、久しぶりのカレーライスは嬉しかった。

カレーライスを食べながら友人の話に耳を傾ける。



「犀葉はどうなんだよ」


「俺はー…うん、別に苦ではなかったなぁ。あんな感じの研修は今もしてるし」



そうだ。

午前は掃除と参拝者に渡すおさがり作り。

昼からは研修をすることが殆どだ。

しかし、その研修も実技ばかりではない。

淡々と話す柴崎さんの話を必死で聞いて、邪気祓いのことを理解しなければならない。

内容は違うのだが、長時間座りっぱなしの研修は耐性がある方だ。



「え!?そんな研修してるのか。どこの神社だっけ?」


「桃華八幡宮だよ」


「そうだったな。あのすごい倍率が高いところだったな。で、実際どうよ、今」


「あそこって、早く辞める人が多いって有名だろ?」



え、そうなの?

井上の言葉に食いついたのは俺だ。



「去年は集団で退職したって有名だぜ?だけど、倍率は落ちてないのはさすがだよなー」


「知らなかった!」


「犀葉、ほんとに下調べもなく決めたもんなぁ」



こんな手厚い神社なのに、と驚きを隠せないでいた。

しかし、よく考えてみれば確かに特殊な神社である。

他の神社とは違い、昼と夜の2種類のご祈祷に、市街のみまわりまである。確かに肉体的にキツイ。

そして、井上の言葉の通り、俺達の1つ上の先輩とは、3つ歳が離れている。


「昨年と一昨年の出仕は、何故いないのか」


俺は、今まで疑問に思わなかった。

過去に少しもめたのだろうか。



「んで、犀葉はどうなんだよ。大丈夫なのか?」



え?と意識を現実に戻し、2人の表情を見る。

どうやら心配してくれていたようだ。

俺はいつも通りのにっとした笑顔を向けて、しっかりと頷いた。



「うん。大丈夫だよ。確かに大変だけど、先輩も良い人だし、やりがいがあるよ」



その言葉は本当だ。

この神社なら、俺のなりたい神主の姿が見つけられそうなんだ。

そう言うと、井上は安心したように「そうか」と頷いた。やっぱり良い奴だ。

それを見て、加藤も何度か頷いたかと思うと、俺にぐいっと顔を寄せてきた。



「……あのさ、俺も1つ知ってる噂があるんだけど、聞いてもいい?」


「なんだよ」


「あの神社って幽霊多いの?」



顏に「好奇心」という文字がはっきりと見えていた。

まあ、そうだよな。誰かから聞いたら、気になるもんな。

さて、どうやって答えようか。



「うーん……、そうだな。噂はある。2本の尻尾がある猫とか」


「そこで泊まりって怖くないの?」


「怖いよ。それはお前らだって一緒だろ?加藤も、観光神社とはいえ山だろ?」


「ああ、実はめっちゃ怖い」


「じゃあ、どの神社も一緒じゃねぇか!」



そう言って、3人でどっと笑う。

ひとしきり笑った後、井上が何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。

その言葉を聞いて、俺と加藤も井上を見る。



「そういえば、此処の宿泊施設の裏を抜けたところに、古い建物があるの知ってるか?」


「裏?」


「そうそう。その建物が幽霊屋敷らしんだけど」


「えー、やめろよ。寝れなくなるだろーが」



嫌そうな声を出したのに、顔をずいっと近づける加藤。

言葉と行動がまったく一致してねぇよ、と言いつつ、俺も続きを促す。



「それで?」


「お、犀葉まで珍しいな。それで、まあそこには幽霊がいるらしいんだ。誰も住んでいない筈なのに、子どもの声が聞こえたり、戸が開く音が聞こえたり噂が絶えないらしい。そして去年、そこに俺達の先輩が肝試しに行ったらしい。5人で行ったんだけど、屋敷の中をみんなで探検したら、春なのに真冬並みに空気が冷えていたり、物音が聞こえたみたいなんだよ」


「へえ。よくありそうな話だな」


「だろ?それからだ。次の日から一緒にいったメンバーの1人が明らかにおかしい行動をとり始めた。朝起きてからずっとぶつぶつと独り言を言ったり、研修中も首を左右にずっと揺らしていたり、時々奇声もあげていたらしい。みんなを見てずっとニタニタと笑っていたり、ジョギング中には急にピタリと足を止めて、森の奥を見つめて微動だにしなかったりとか、まあ誰が見てもやばいと判断したようだ」



ああ、霊障(憑りつかれ、体調や行動に異常が生じる)だな。

加藤が「うわぁ」と不安な声を上げる中、俺は冷静にその様子を判断していた。

その幽霊屋敷で、霊に憑りつかれてしまい、霊障まで行ってしまったようだ。



「それから……ここらへんは俺もよくわかってないんだけど、お祓い?をしてもらったらしい。その時に、そいつが言った言葉が意味深なんだって」


「えー、怖っ」


「――" あーあ。見つかっちゃった。次は、もっと上手く隠れるね "、と祓われる寸前に一言そう言ったらしい」



その言葉にぞくぞくと悪寒がはしる。

祓った者は、その『此の世ならざるモノ』まで祓いきれなかったのか?

そして気になるのが「その次」という言葉だ。

昨年の研修会でその事件があったのなら「その次」というのは、今年を指すのだろうか。



「ああ、だから説明時に『外出禁止』って書いてあったのかなぁ」


「かもしれないし。それが本当かもわからないけどな」


「あー出た出た。犀葉って、そういうとこドライだよなー。去年に研修に行った先輩に聞いたんだよ」



加藤の表情が青い、コイツ本当に怖い話はダメだよな。

それに比べて、そんな加藤を見て井上は楽しんでいるようだ。コイツも相変わらずだ。

怖い話や肝試しに行く時はいつもそうだった。

怖がる加藤を井上がからかい、それを見て俺も笑う。



「ね、今日行ってみない?」


「それはやめとけよ」



井上なら言うと思った。

げんなりしつつも、俺はすぐに言葉を返す。

これはダメだ。先程の悪寒は本能の危険信号だ。

思ったよりもはっきりと否定の言葉をかけてしまったので、井上と加藤が多少なりとも驚いているようだ。



「めずらしくはっきり言ったな」


「あー……だって、井上が奇声を発して、山を走り回っても誰も止められねぇよ。俺、元陸上部のエースに追いつける気がしない」


「ははっ、確かに。俺も無理だ」


「それもそうだ」



そう言って、再度3人でどっと笑った。











「あー、足が伸ばせる浴槽って良いな」


「神社も伸ばせるだろ?」


「あそこで寛ぐという概念はないだろ」



その後、指定の部屋に行けば、待っていたのは桃華八幡宮の同期、成川と立花だった。

お風呂と寝る部屋は同じ神社の人達のようで、3人でお風呂に入った。

お風呂も神社ごとに時間が区切られている。

30分なのだが、普段の沐浴に比べたら長く時間がある方だ。

大人数用に作られた広めに浴槽だったし、思ったよりも寛げた。



「さて、就寝時間まで式神の練習をしよっかなー」



自室にはこの3人しかいないし、式神の練習をしてもいいだろう。

そんなことを考えつつ鼻歌を歌いながら階段を登ったところで、ふと窓が視界に入る。

思わず足を止めた俺を成川と立花も不思議に思ったらしく、同じく足を止めた。



「どうした?」



そう尋ねてつつ覗いてきたのは立花だ。

俺が覗いた階段の窓から見えたのは、施設の裏手だった。

石壁で囲われている通路を、懐中電灯らしき光を持った人が数名小走りで駆けていったのが見えたのだ。



「脱走か?」


「……なあ、幽霊屋敷の噂を聞いたか?」


「幽霊屋敷?」


「ああ、去年の研修生に憑りついた『此の世ならざるモノ』の話だろ?」



立花は知らないようで聞き返してきたが、成川はどこからか聞いてきたらしく知っていたようだ。

成川はそう言って、俺と立花同様に窓を覗き込む。

俺達のいるところが高さがあるところだからこそわかる。

懐中電灯らしき光を持った人達が、キョロキョロと何かを探すように周辺を巡回していた。



「成川、どう思う?」


「ああ、クロだろうな」



まさかとは思ったが、成川も俺と意見が一致したようだ。

立花は意味が分からないと言うように、首を傾げながら人影を見つけていた。

おそらくあの光の主は、幽霊屋敷の噂を聞いて、その建物を探しに行ったようだ。

まさか井上じゃねぇだろうなと不安になる。



「……成川、立花。お守りは?」


「勿論」


「俺を誰と思ってんだ」



そう聞くだけで、2人の目つきが変わる。

一言で、すべてを察してくれたようだ。

その後、小走りで部屋に戻ると、お風呂のセットを適当に置き、ボディバックを手に取る。

中には塩水が入っている。研修用に少し多めに持ってきていた。

ふと2人を見ると、2人の手に鞄が握られていた。

どうやら2人も邪気祓い用具を持ってきていたようだ。

さすが俺の同期だ。



「さて、幽霊屋敷に行きますか」


「おう」



そのまま、俺達は小走りで幽霊屋敷へと向かった――…。






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