第17話 式神の作り方
「今日から本格的な邪気祓いの研修に入る」
野兎の靄を祓ってから3日が過ぎた。
あれから、山に入り見つけた靄を邪気祓いで清めていくという実技をほぼ毎日行っていた。
そう毎日靄に出会えるわけでもなく、俺が野兎に出会った日は成川はただジョギングで終わってしまったらしい。
俺も次の日は団体様御一行ジョギングで終わった。
一昨日は靄に出会ったが、本当に10cmほどしかない小さな
ふわふわと彷徨うように浮いていたので、野兎ほど緊張することなく対処することができた。
昨日は「
そして4日目の今、柴崎さんより邪気祓いの研修を受けていた。
「まず、『此の世ならざるモノ』と出会った時の対峙方法だ」
対峙方法?そう首を傾げる俺に、柴崎さんがホワイトボードに文字を書いていく。
俺も慌ててボールペンを取り出し、ノートにメモをとる姿勢になった。
書かれた言葉は
―――塩水 式神 使い魔
この3つだった。
「まずは、塩水だ。これは実際にもう使っているのだが、祓うだけではなく、身を守る方法としても使っている。塩水は結界にもなるし、靄がついてしまった時の浄化としても役立つ万能物だ」
へえ、結界にもなるのか。
そう思いつつ、メモをとっていく。
自身も何度か使っているし、周囲の人が使うところを何度か見てきた。
万能物として、塩水はとても役に立つと覚えておこう。
「次に、式神だ。その前に、犀葉!式神と使い魔の違いはわかるか?」
式神と使い魔の違い?
同じじゃなかったのか?と首を傾げる俺に、立花が真っすぐ手を上にあげた。
「……立花」
「はい。『此の世ならざるモノ』か『神主が生み出したモノ』の違いです」
「神主が生み出したモノ?」
どっちが式神なのだ?
意味がわからない。何の話をしているのだろうか。
そんな俺を見かねて、柴崎さんがポケットから一枚の紙を取り出した。
紙には黒文字で円形の不思議な模様が書かれている。
「これが式神だ。式神は、神主が"
そう言うと、手のひらの紙が黒い鳥へと変化した。
この鳥には見覚えがある。先日山道を走っていた俺達の監視をしていた不気味な鳥だ。
相変わらず、赤い瞳に良い印象は持てない。
「これは私の式神だ。私の意志の通りに動く。――飛べ」
そう命じると、パタパタと羽を羽ばたかせ飛び回る鳥。
まるで烏のようだ、と思いつつそれを眺める。
「しかし、作った私が命じるのをやめると、……この通り消える。この操作は神力を使って行うため、神主の負担は大きい」
すると、言葉通りピタッと動くのをやめて、ゆっくりと落ちてきた。
床に落ちる寸前でポンッという軽い破裂音をさせて消え、紙に戻った。
「そんな式神とは異なり、" 使い魔 "は違う。使い魔は『此の世ならざるモノ』として存在していたモノだ。つまり、犀葉の璃音もそうだ。元は『此の世ならざるモノ』だ。『此の世ならざるモノ』と契約を結び、使い魔となる。よって、呼び出すとき以外は神力を使うこともない為、神主の負担も少ないというわけだ」
使い魔は『此の世ならざるモノ』との契約。
契約なんて、俺はした覚えがないのだがと頭を悩ませた。
璃音を使って、『此の世ならざるモノ』と戦っていく。
痛いのが嫌だ、と泣いていた少女を、これから危険な場所に連れて行くなんて。
そんなことが俺にできるのだろうか。
「まあ、使い魔に関しては、個人契約だ。無理に契約を結べるものでもない。家柄によっては血で契約を繋ぐ家系もあれば、犀葉のように個人的で契約を結ぶ者もいる。これは私では教えられない。だが今回、学んでほしいのが式神だ。式神は神力さえあれば、誰しも平等に使える術の1つだからな」
つまり、俺も式神が使えるようになるのか。
それなら、璃音を使うことなく俺だけでも対処ができるようになりそうだ。
璃音に怪我をさせなくても済むかもしれない!
「その前に、誰もが全てのモノを生み出せるわけではない。それぞれ、生み出せるモノと生み出せないモノがある」
そう説明しながら、柴崎さんがホワイトボードに文字を書いていく。
俺は相変わらず頭の上に、クエスチョンマークを浮かべながら、同じようにメモをとった。
書いたのは5つの文字だった。
「" 陰陽五行 "は知っているか?」
「……名前だけなら」
「ちっ」
咄嗟に漏れてしまった俺の言葉に噛みついてきたのが立花だ。
柴崎さんに聞こえないような小声で「そんなことも知らずに」とぶつぶつ言っている。
知らないモノは仕方ねぇだろ!陰湿陰険根暗男!と言葉には出さずに、心の中で叫んだ。
「この世の自然界は相反する『陰』と『陽』のエネルギーがある。その中に、さらにバランスよく5つのエネルギーに分かれているという考え方だ」
その5つのエネルギーが以下である。
木 火 土 金 水
「
「木」は、「土」に強く「金」に弱い
「火」は、「金」に強く「水」に弱い
「土」は、「水」に強く「木」に弱い
「金」は、「木」に強く「火」に弱い
「水」は、「火」に強く「土」に弱い
「
「木」→「火」→「土」→「金」→「水」→「木」
「つまり、相性ということだ。この思想は、邪気祓いでも使われている」
隣で立花が何度も頷いているが、俺にはわからなかった。
とりあえず5つのエネルギーがあって、それぞれ相性があるんだよっていうことでいいのだろうか。
理解はあまりできているか自信がないが、ちゃんとメモだけはしっかりしておいた。
あとで成川か先輩に再度聞きに行こう。
「邪気祓いに神力がいると言ったが、この力は
俺にもエネルギーがあるのか。
そう思い、自身の手のひらを見つめる。
つまり、有名なモンスターアニメと同様に、タイプがあるということか。
なんかすげぇ。かっこいい!
「……くくっ」
ふと、横から笑い声が聞こえたので、視線を向けると成川が俺を見て笑っていた。
いや、俺だけではない。正確には、その横にいる「立花を含む俺達」を見て笑っていたのだ。
ちらりと横を見ると、夢を見る少年のようにキラキラとした目で柴崎さんを見ていた立花。
つまり、俺もあんな目をしていたということだろう。
平沢さんに見られたら、犬みたいだと言われそうだ。
「……では、始めようか」
咳払いと共に言葉がかかったので、俺は柴崎さんに視線を戻した。
すると、柴崎さんが1枚の紙を取り出し、3人の机に置いた。
先程、鳥を出した柴崎さんの式神を生み出す為の紙のようだ。
「これは『
そう言いながら、1枚の紙から順番に3種類の式神を生み出した。
黒い鳥、先日宿直の時に見た大男、そして一本の刀だった。
おお、すげぇと心の中で感動していると、柴崎さんが成川に視線を向けた。
「成川、私の属性は?」
「――『金』です」
「正解」
「え?なんでわかるの!?」
思わず驚きの声をあげてしまった俺に、成川はにぃと笑みを深くする。
なぜだ、わからん。そう頭を抱える俺に、今度は立花が口を開いた。
「犀葉、あの黒い鳥の能力は?」
「……俺達の監視?」
4日前から始まっている山を走りながらの邪気祓い。
走っている時から、あの鳥が俺達を監視するように飛び回っていた。
なんであれが「金」属性になるのかがわからない。
「刀はさすがにはわかるだろ?」
「ああ、金属製だし」
残りの2つはわからない。
そう言うと、柴崎さんが俺に近づいて紙に触れた。
すると、ぽんっという軽い音と共に出てきたのは先程の「黒い鳥」だった。
「犀葉、目をよく見ろ」
「んん?」
相変わらず不気味だと思いつつも、じっくりと鳥の目を覗き込むと、目の奥で何かが動いているのがわかった。
そして、よく耳を澄ますと、シュルシュルという動作音。
まるで、機械が何かを読み込んでいるような音だ。
ああ、そうか。やっとわかった。
「……鳥型のビデオカメラみたいな感じですか?」
「正解。まあ、鳥と人型は応用術に近い。この鳥は、監視カメラで、人型も服を着たロボットと思ってくれ」
柴崎さんの言葉でやっと理解ができた。
確かに、そう言われると属性は「金」ということになるのか。
ふむふむと納得しつつ、応用術のレパートリーの参考にとメモしていく。
「自分の属性であれば、この紙1枚で出せる。それ以上の能力となると、特殊な呪符がいる。まあ、今の段階ではコレで充分だ。さて、知識は以上だ。実際にしようか。まずは、紙の上に手を置く」
そう言ったと同時にぽんっと鳥が紙に戻り、俺の机に舞い降りた。
それをじっと見つめる。
5cmほどの長方形の紙に、円形の模様と、筆記体のような文字。
何が書いてあるのかはわからないが、俺は恐る恐る手を置いた。
「念じろ」
念じる!?何を?
疑問に思って顔を上げた瞬間、左右からぽんっという破裂音が聞こえた。
「俺も『金』ですか」
「ほう、成川は『金』か」
成川の呪符から出たのは、小さな鉄の塊だった。
じゃあ、武器とか出せるじゃん。すごいなぁ、と思いつつ反対に視線を向ける。
「……石?」
「ぶはっ」
立花が恐る恐る手に取ったものは、5cmほどの石ころだった。
石かよ!と思わず俺はそう笑ってしまったが、柴崎さんの咳払いが入ったのですぐに黙る。
立花の表情は不服そうに、眉間に皺を集めていた。
「それは『土』だ」
「土ですか」
「土はすべての源であり、中心の位置にいる。自信を持て」
柴崎さんがぽんと立花の肩に手を置いて励ました後、俺に視線を向けた。
ああ、やべ。俺はまだだった。
そう思って、慌てて再度呪符に手を置く。
「……あの、念じるってなんですか?」
「念じ方は人それぞれだが、お守りを使った時と同じだ」
あの時は必死だったからあまり覚えていない。
しかし、そうも言ってられないので、紙を置く手にぐっと力を込めた。
すると、ほんのりと紙が青白く光った。
「……お?」
ぽんと軽快な音と共に出てきたのは、" 小さな双葉の芽 "だった。
「犀葉は『木』か」
「……火が良かったなぁ」
「成川はいいじゃん。武器とかかっこよさそう」
手の中で鉄の塊を転がしながら呟く成川に、俺は言い返した。
それに比べて、俺は『木』って、どうやって扱うのだろう。
確かに、山中さんみたいに、『火』属性の方がかっこよかったなぁ。
そう思うと少し残念な気持ちだ。
石を見てがっかりした立花の気持ちもわかる気がする。
「今は小さな物だが、少しずつ繰り返していけば上手く使えるようになる。君達は神力に問題はない。力の使い方をこの呪符で学んでおくように。1ヵ月後に発表会をするから練習しておけよ。残り1時間は自習だ。この部屋でなくてもいいので、練習時間とする」
「はい」
1人5枚の呪符を配布し、柴崎さんは部屋を出て行った。
そして、立花がすっと立ち上がったかと思うと、部屋の後ろの方でしゃがみ込んだ。
俺達に背を向けているのでわからないが、おそらく呪符の練習をしているのだろう。
「俺も練習しよーっと」
そう言って、成川は部屋を出て行った。
俺も立花と一緒にいるのも嫌だったので、部屋を出る。
しかし、別に行きたいと思う場所はない。
フラフラと境内を歩いていると、ふと後ろから名前を呼ばれた。
「犀葉!」
「平沢さん!お疲れ様です」
作務衣の恰好をした平沢さんが俺を見つけて駆け寄ってきてくれた。
俺も立ち止まり、軽く頭を下げる。
「呪符の研修をしたって柴崎さんから聞いたよ」
「はい。ちっちゃな芽が出ました」
こんなくらいの、と一指し指と親指で3cmほど長さを見せると、平沢さんに笑われてしまった。
「はは、俺も初めはそれくらいだったよ。というか、もっと小さかった。葉も1つだったし」
「え?あ、そっか。平沢さんも『木』属性なんですね」
「そうだよ。璃音ちゃんの時も使っていただろーが」
「あ、そうでしたね」
そうだ。璃音の時も、式神として大きな木を出して、靄から俺達を守ってくれたっけ。
あの時は、紙を地面の置いたら太い木が何本も出現したっけ。
そうか、そういう使い方もあるのか。
「平沢さん!俺に、『木』属性の呪符の使い方を教えてください!」
「……うーん、悪いがそれはできない」
「えっ」
いつもなら、どんな相談事でも「いいよ、聞いてやる」と二言目には言ってくれたのに。
ショックだと思わず肩を落とす。
すると平沢さんは、そんな俺の横に並び、後ろから腕をまわし俺の背を押しながら歩き始めた。
「式神はイメージだ。俺のやり方を教えてしまったら、犀葉は俺になってしまう。だから、犀葉自身で使い方を考えて作った方が、お前の為なんだよ」
そう言って連れて来られたのは、神社の裏にある山だった。
最近はよく邪気祓いの実戦練習のためのジョギング用コースになっている。
五月ということもあり、葉が多い茂り、虫や鳥たちが舞うように飛んでいる緑の楽園だ。
「属性の特性に関しては、また改めて聞くと思うけど、俺達『木』属性は" 視覚 "だ。邪気祓いに関して、目の感覚が研ぎ澄まされる」
「そういえば、前に祿郷さんに『お前は目を凝らせ』って言われました」
そう、先日の野兎の時にそう祿郷さんに言われた。
あれは、俺の属性がわかっていてそう判断をしたのだろう。
その結果、落ち着いて靄を分析し、対処することができた。
「ああ。属性によって違うんだよ。だから、俺達は視覚で観察するようにしろよ。あと、『木』属性の感覚を豊かにするために、俺がしていたことは『森林浴』だ」
そう言って、平沢さんは再度ゆっくりと歩を進め始めた。
しかし、向かった先はいつもと違う。
いつも研修で使っているジョギング用の道ではなく、道から外れた草木が多い茂る山に平沢さんはずかずかと入っていく。
「おぉ」
しかし、草木が多い茂っていたのは道から2mほどのみで、大きな檜を越えたらそこからは大きく広がった空間があった。
大きく太いブナの木。その周囲を囲むように、木々が並んでいる。
ブナの木の枝も長く、緑が多い茂っている為、その根元は陽光があまり入らず、草木があまり生えない自然の日傘のようだった。
「俺も犀葉と一緒で、やり方の研修だけ受けた。何をどうしたいいのかわからず、とりあえず『木』に触れようと思った」
「木に、触れる…」
そう言って、大きなブナの木に平沢さんは触れた。
俺も真似をして、太い木の肌に触れてみる。
ザラザラとした質感なのに、しばらく触れているとほんのりと温かくなってきたような気がした。
木は身近にあるモノだし、触る機会は今までに何度もあった。
それなのに、なぜだろうか。初めてふれるような不思議な感じだった。
「神力って、俺にはどんな物はあんまりわかってないんだけど、木から出るマイナスイオンみたいなイメージかなって思うんだよなぁ。こうして触れると、樹皮はほんのり温かいけど、纏う空気はひんやりと澄んでいて冷たい。これを自身のイメージで作り出すのか、って考えた」
そう言うと、ブナの木から離れ、胸ポケットから取り出したのは呪符だった。
俺と同じ円形の複雑な模様が書かれている。
それを静かに地面に置いた。
「俺達『木』属性が使えるのは、木の神力のみ。どんなモノを創ろうにも、自然の植物からしか生み出せない。だけど『木』の属性は、5つのエネルギーの中で、唯一『生命』を司るエネルギーなんだよ。生命を生み出すことは難しい。だから、まずは自分の属性を知り、真似ることからはじめたらいいんじゃないか?」
その言葉と共に、紙からメキメキと木が生え伸び、太い幹から、長い枝を伸ばし、緑を咲かせた。
俺は平沢さんの作ったブナの木に触れる。ああ、同じだと思った。
質感も、ほんのりと温かいような不思議な感覚も同じだった。
これをイメージするというわけか。
「視覚だけでなく、すべての感覚で『森』のすべてを感じ取る。そうすると、神力の使い方がわかってくるよ」
「ありがとうございます……よしっ!」
俺も気合を入れて、呪符を地面に置く。
先程は一瞬力を込めたので、小さな芽しかでなかった。
今度は「太くて長くて大きな木」をイメージしよう。
そう思い、紙の上に両手を置き、ぐっと圧力を込めた。
「……お、おおおぉぉ、……あれ?」
すくすくと伸びていく木に、平沢さんが関心の声が上がる。
メキメキと木の幹が紙から生まれたのは、平沢さんと一緒だったのだが、途中でなぜか右に傾き、3mほどで俺が力尽きた。
枝も細くポンと小さい葉が、木の先にゆらゆらとぶらさがっていた。
たったそれだけなのに、まるで全速力の短距離走をしたかのように、ぜぇぜぇと俺は呼吸を繰り返す。
思っていた以上に体力を使うのか。
「初回で3mはすごいなぁ」
「あ、ありがとう、ございます…っ」
そう言って、平沢さんが俺の作った『木』に触れたが、少し押しただけで幹が欠けてしまった。
その瞬間、煙のようにサァァと音を立てて俺の『木』が消えてしまった。
ちなみに平沢さんの木はまだ健在だ。
「強度、枝の数は集中力、長さと葉の多さは体力ってところだな。曲がってしまうのも集中力が一定でない証拠だ」
パチンと指を鳴らすと、平沢さんの木が煙のように消え、そこに紙だけが残る。
さすが先輩だ。木なんて身近で簡単だと思っていた俺が甘かった。
体を起こしているのもしんどくなって、地面に寝転がる。
「はぁーっ、難しいー」
「ははっ、そうだろ?木だからシンプルだが、複雑な植物をイメージしようと思うともっと大変だぞ」
上を見ると大きなブナの木が風に揺れて、ざわざわと葉を鳴らしていた。
顏の横にある小さな葉っぱも、自身の頬にあたり少しだけかゆい。
地面を通じて、植物がすべて繋がっているような不思議な感覚だった。
この感覚も、『木』の属性のイメージを豊かにするということか。
そう思いゆっくりと目を瞑り、視覚以外で森を感じることに専念した。
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