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第1話「1枚のコイン」

京都G大学 外国語学部 4年 井本 沙希(仮名)

 大学4年の7月になっても、まだ内定がとれない。3年の3月から始めた就職活動は、もう5カ月目になろうとしていた・・・夏休みまでに、就活を終えているはずだったのに・・・。

 大学の友人達は、5月くらいから次々と内定を決めて行き、友人達からの内定報告を聞くたびに素直に喜べない自分がいる。そんな自分がイヤになり、ますます自分が嫌いになってゆく。でも、ここで諦めたら、もっと自分のことが嫌いになる・・・。

 中学から高校までの6年間、バレー部で活動した。結局レギュラーにはなれなかったけど、「いつかレギュラーになりたい!負けたくない!」 そう頑張ってきた気持ちが、自分をずいぶんと負けず嫌いにしたものだと、最近になって思う。負けず嫌いだから、面接本番に弱い。負けたくない!落ちたくない!って思うほど、面接で話せなくなる。内定が取れない理由は、こんなにはっきりしてるのに・・・結果が出ない。



 7月18日 晴れ

 航空会社の面接を受けに、東京羽田にやってきた。さっきまで降り続いていた雨が止んで、雲の切れ間からお日様が輝いている。国内線ロビーから見えるタクシー乗り場の樹々も、次第に広がってきた青空に気持ちよさそうに背伸びをしている。慌ただしく次から次へと離陸してゆく飛行機も、気持ちよく羽ばたいて、雲の切れ間に吸い込まれてゆく。

人も樹々も飛行機も、みんなイキイキとしている。

「ハア~内定取れんなあ」

自分だけが、広い空港にポツンと取り残された気分になった。気分転換に近くの自動ドアから外へ出て、雨上がりでキラキラ光る道路の上を滑るように流れてくる空気をスーッと胸いっぱい吸い込んだ。少しだけ元気を貰った気がしたけど、ハーって息を吐くと貰った元気も体から抜け出して再びモチベーションが下がった。


 小学校の頃からずっと夢見ていた空港地上職。高校と大学では英語もそれなりに頑張ったつもり。決してネイティブと話せる程のレベルじゃないけど、応募の基準は満たしている。

 大学生になって、博多から京都へ来て、一人暮らしを始めた。親は公務員で、仕送りは生活費ギリギリ。アルバイトで貯めたお金は、結果を出せない就活の所為もあってどんどん交通費に消えていく。またアルバイトを始めようかとも思ったけれど、内定が1つも取れない状態で、どうしても始める気にはなれなかった。いや、二つのことを同時にこなせる程、器用な自分じゃないことを知っていた。そんな生活の中で、京都から東京までの交通費が辛かった。東京まで一番安い夜行バスに乗ってきたけど、銀行口座に残った生活費は、1000円と少し。月末の仕送りまで、とても生活出来る金額じゃない。

 昨日、学食でお昼を食べながら神奈川県に住むおばあちゃんに電話した。

「ばあちゃん元気?」

「ああ、元気にしとるよ。沙希も元気しとると?」

「うん」

「急に電話してきて、どげんしたと?」

「・・・」お小遣い欲しさの後ろめたさで、言葉が出ない。

「どげんしたと?」

「・・・明日、就職活動で羽田に行くっちゃけど」

「ほう、それなら、こっちに寄れんと?」

「うん、行く。」

「泊まっていけると?」

「うん」

「沙希と会うの、高校以来やね」

「うん」


ばあちゃん家に何泊かして帰ることにした。ばあちゃんちに行けば、必ずお小遣いがもらえる・・・。4年も会ってないのに、お小遣い欲しさに会いに行く。すごく不純な動機だけど、生活のため、就活のため、未来のため。

「ごめんね、ばあちゃん。社会人になったら、いっぱいばあちゃん孝行するけんね。」

就活バックと別に抱えた祖母宅お泊り用バッグのショルダーが、いろんな想いと共にズシリと肩に食いこんだ。


 昨日まで1週間、連続で9通の「お祈りメール(不合格通知)」が届いた。そのうちいくつかは、自信のあった企業からのお祈りメール。

「ご希望に添えない結果となりました・・・今後のご健闘をお祈りします。」

「また落ちた」と思う度に「私なんて社会から必要とされていないんだ・・・」そう思う気持ちが、余計にモチベーションを下げてゆく。正直言って、就活を辞めたかったし、少し休んでから秋採用に掛けてみようかとも考えた。でも、1度休むとズルズル長引いて、動けなくなる弱い自分を知っている。だから第1志望じゃなくても、とにかく選考だけは受け続けた。

でも結果は出ない。「どうせ次も落ちるんだ」そんな気持ちが、次の不合格につながる悪循環。負のスパイラルって、こういうことなんだって思った。今日だって、どうせダメに決まってる。そんな気持ちを抱えながら、ここ羽田にやって来た。


面接まで2時間近くある。

「こんな大きな荷物を抱えて、マナーに厳しい航空会社の面接になんか行けんと!」

そう、声に出して自分に喝を入れてみた。近くのコインロッカーを探した。一番安い300円のロッカーをひとつ見つけて、重い鞄を狭いロッカーに押し込む。中学時代にバレー部の合宿用にと、ばあちゃんに買ってもらった鞄。レギュラーにはなれんかったけど、6年間で自分を負けず嫌いにしてくれた鞄は、沢山の思い出が詰まっている。

300円のロッカーに無理に押し込まれ、形のへしゃげたその鞄を見ていたら、じんわりと目がかすんだ。7月になっても内定が取れない自分・・・お小遣い欲しさに、ばあちゃんちに行く自分・・・「情けなか・・・」

「でも、就活はやめれん、諦めたらいかんと!」

再び声に出して、緩みかけた涙腺のコックを閉めた。


 就活バックから財布を出して100円玉を探す。「あっ100円玉が足りん。」

「はぁ・・・やっぱりツイてなかね」

思わず、大きなため息がでた。ため息をつきながら見上げた白い壁に『両替機』と書かれた矢印が見えた。

「おー、少しはついとるかも」 そう自分を励ましてみた。

 せっかく詰め込んだ鞄をまた引っ張り出して、「両替機」と書かれた矢印の先へ歩いてみる。両替機は、大きなコインロッカーや小さなコインロッカーで迷路になった壁続きの奥にあった。

「えっ!」・・・しばらく足が動かなくなった。

両替機に小さく貼られた「故障中」の紙が、上がりかけた私のモチベーションを砕いた。

「やっぱりついとらんね・・・」

さっき見つけたコインロッカーまで戻ると、そのロッカーはまだ空いていた。少しだけホッとする。 でも、100円玉がない。

 仕方なくロッカールームを出ると、小さな売店があった。

「両替、してくれんかな?」と近づいてみる。でも、そこには『両替お断り』の張り紙が貼られている。

 「・・・ もういい!面接やめて、ばあちゃん家にいく」

きっと、今日は何してもダメって事やもん。面接に行っても落ちるだけ・・・。 そう自分に言い聞かせ荷物を抱え直した。窓の外は、さっきよりも日がさして、どこも眩しくキラキラ光っている。 広い空港のロビーに、ますます自分だけポツンと置き去りにされてゆく。


 面接を諦めて歩き出した自分の後ろから、もう一人の自分にポンと肩を叩かれた気がした。

「諦めたらいかん・・・ここで就活を諦めたら、2度と動けんごとなる。」

「いや、どうせ行ってもダメやけん!」

「やるだけやってみらんね」

「また、お祈りメールがくるだけやろうもん」

お泊り用バッグのショルダーが、立ち止った自分の肩に食い込んだ

「やっぱり売店で両替頼んでみよ!」自分でも驚くほど、早い踵返しで、売店に戻った。

「両替お断り」 暫く、肩に食い込むバッグを両手で抱えたまま、その張り紙と売店のおじさんの顔を見つめた。売店の社員さんには似つかわしくない不愛想なおじさんの顔カタチ。

「冷たそう・・・絶対断られる」 

「両替をお願いします。」こんな簡単な言葉が出ない 5分くらい立ちつくしただろうか。

「・・・このおじさんに両替を頼んで断られたら、今日の面接は行くのやめよ!」と決めた。

「あの・・・ すみません。両替、してもらえませんか」 自分でもびっくりするぐらい、小さい声しか出なかった。

「うん?」 おじさんは、面倒くさそうなしぐさで、私を見た。

「うん?」の一言の後は、何も言ってくれず、じっとわたしを見つめている。 5カ月間の就活で、2度しかクリーニングに出していないヨレヨレのリクルートスーツを着て、大きなバッグを抱え、上目遣いに見つめる私は、どんな風に見えるんだろう? 「そこの張り紙が見えないの!」なんて言われたら、きっと泣き出してしまう。  

「やっぱり結構です。」そう言ってその場から逃げたくなった。

「ああいいよ!ここの両替機、よく壊れるんだよ」と、フロア中に響くおじさんの大きな声に、思わずビクッとなる。意外にいいおじさんだ。人は顔で判断しちゃいけないと思った。

「就職活動かい?」

 リクルートスーツに気付いたらしく、再び大きな声が、フロア中に響き渡る。 今、一番聞かれたくないことなのに・・・と思う。「はい・・・」と、顔も見ずに返事した。それが精一杯だった。「そんな元気のない声じゃ駄目だよ」

すぐさま、威勢のいいおじさんのダメだしが聞こえてくる。こんな時に聞く大声って、逆にテンションが下がる。

「・・・・・・」何も声にならなかった。 そんな私に気付いたのか

「あ、直ぐに渡すから。・・・100円玉ばかりだけど」と、おじさんは私の掌にひと固まりのコインを乗せてくれた。

「ありがとうございます!」そそくさとお礼を言って立ち去ろうとした私に

「ちょっと待って、おねえちゃん!」

再びおじさんの大きな声が、フロアー中に響き渡り、黙って下を向いたままの私に「ちゃんと数えてごらん」と教えてくれた。

面倒な人と思ったけれど、仕方なく言われた通りに貰った100円玉を数えてみる。

えっ?900円しかない!・・・ 何で?…「100円足りないです」 そう小声で言うと、おじさんの顔を睨みつけた。

「分かってるよ。ちゃんともう1枚渡すからさ。手出しな!」

そう言うと、もう1枚ゆっくりと私の掌に乗せてくれた。

「実はね…この100円玉はね…すごく縁起のいい100円玉でね。これだけは絶対に使っちゃダメ。今日1日、大切に持っててごらん。きっといい事あるよ」

 一瞬のうちに、おじさんの顔が涙でかすんで見えなくなった。

「あ、ありがとうございます」

小さな声だけど、深々と頭を下げたら 顔からふたつ、よっつ、雫が床にポトリと落ちた。

 

 面接が始まった。いつも通り緊張した。面接官からの質問に詰まりそうになると、左手をギュッと握った。そのたびに、掌に伝わる硬い100円玉の感触が、私を元気にしてくれた。面接を終えた時、100円玉は汗ばんで、キラキラ光っていた。そして、一週間ほどたったある日、その航空会社から内定の連絡があった。


 たった1枚の100円玉が、私の就活を変えてくれた。いつも使っている普通の100円玉なんだろうけど、おじさんの優しさが、それを『一生使う事の出来ないコイン』に変えた。

 「就活最大の敵」って何だろう?

それは、ネガティブに考えてしまう『自分自身』なんだと気がついた。

努力しても努力しても、報いられにくい就職活動。「生まれて初めて受けるストレスだから辛いんだ」 この言葉を初めて聞いた時は「そうなの?」って思ったけれど、今は納得できる。  辛い経験をするから、大人に一歩近づくのかもしれない。就活を終えた今、そう気付くことが出来た自分は、成長出来たのだろうか?


 来年社会人になって挫けそうなことがあったら、その時もまた100円玉を握りしめて頑張ります!

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