三章

 翌日の朝。ついにこの日がやってきた。約束通りに人質と武器の交換が行われることになり、まず放送協会の敷地内に武器を置いていくように伝えた。政府の人間は少々渋ったが、人質のことを言えばすぐに認め、その通りに行われた。


「ああ、フェイクでもなければ変な仕掛けもない。正直だのー」


 バルトロの指揮のもと、仲間たちが武器の調査をする。そうして各々に配っていった。

 その作業の途中に、エオンが人質たちをゆっくりと解放していく。武器が全員に行きわたり、態勢が整う時間を稼ぐ必要があった。人質たちはもうすっかりと疲れ果ててしまって、解放されても声を出して喜ぶ様子はなかった。

 そのおかげか、磔のことはまだ知られてはいないらしい。


 あまりに人数が多いため、政府も人質の確認が上手く取れていないようだった。無理もない。こんなこと経験したことがないのだ。とにかく皆殺しにされておらず、ひどくいたぶられている者もいなかったので少し安堵の表情を浮かべていた。

 周辺を軍が囲んでいるのは、鳥の種族の超越者の報告から聞いていた。一番厚くしているのはやはりロムスの方面だったが、他の所にも取られてしまっているので、すべてが集結しているわけではない。その次に厚いのが隣の区へと続く両翼。


 それでも超越者たちは数で圧倒的に劣っている。ここにいる全員で三百に少し足りないくらい。しかし正面だけでも相手はその十倍近くいると報告があった。その辺りはしっかりと用心したらしい。こういう事態に対して、伝わる策があったのかもしれない。

 武器を取ったものは一度建物の中へと隠れさせ、合図を待たせた。


 人質の解放、武器の受け取りが終盤へ差し掛かった頃、エオンは建物の中にいたキュアにそれとなく合図を送った。彼女はこくりと頷くと、指示を送りに獣の姿となり走った。

 それからただ時を待つエオンの隣に、アルコがやって来た。


「妾は父につきます」

「うん、そうしてもらおうと思っていた」


 すると彼女は小さく桜色の口を嫌そうに曲げた。


「また趣味の悪いことをすれば、妾が斬ります」

「……市街戦になる。できるだけ巻き込まないように努力するよう言ってあるけど、犠牲は出る」

「正直なのは感心します。しかしあまりに目立つようであれば……」

「アルコちゃんに任せる。斬ってくれて構わない。オレだってそうする」


 きっと大きな瞳を鋭くさせたあと、彼女は父親の元へ走っていった。完全に嫌われてしまっている。もし生き残ることができたならば、なんとか仲良くとまではいかないけれど、もう少し気楽に話が出来る関係にはなりたいとエオンは思う。

 この戦いは速さが要求される。そのことを仲間たちにはしっかりと説明してある。だから一々無関係な市民を殺していくなどと、そういう時間のロスになる行為があってはならない。少しでも勢いが削がれれば博士公に届くことはない。


 原始的な力に満ちている超越者の群れが激しい濁流のように流れれば、人間の壁などすぐに決壊させられるはずだ。ふっとエオンは瞼を閉じて強くイメージする。

 オーロ軍が総崩れし、ロムスへと侵入し、博士公を討ち取る。キュアに言われた通り、余計な考えは削いでいって削いでいって、芯だけにする。己のライガーとしての気性に身体を委ねる。


 突然、政府の人間たちが騒ぎ始めた。慌ただしく動き始め、いや、正しく動けていないから混乱していると表現するべきか。

 合図によって別の区に潜ませていた仲間たちが一斉に蜂起してくれた。

 ふうっと、大きく深呼吸し刀を抜いて天高く掲げる。晴天の遮るものがない陽光が、しっかりと磨き上げた刃を輝かせ、その光を周囲へと放つ。


 とうとう来たのだ。この時が。長年の苦しみ、一矢報いる時が来た。


「人間たちッ!」


 その場の人間たちの視線が彼に、一斉にして集まる。そして異様な静かさを生んだ。さっきまで慌てふためいていたのに、彼の声が全員を圧し潰した。


「お前たちに見えていただろう鎖もッ! 首輪もッ! すべては幻ッ! それを今、ここですべての人外……超越者たちのために証明するッッ!!」


 咆哮に似た叫びはこの周辺だけではなく、国すべてにこだまするようだった。掲げていた刀が振り下ろされ、空気を裂いた余波がつむじ風を起こした。


「覚悟ォォォォォォォッ!!」


 放送協会の建物から超越者たちが手に入れた武器を使えるだけ持ち、一斉に飛び出した。そうして正門を越え街に一気に流れ込む。矢となった群れの轟きが地響きとなって人間たちを怯ませ、反応を遅らせた。

 エオンはその流れに乗るために獣へと変身し、矢の一部となる。非武装の人間たちは無視し、ただロムスへと続く大通りを突き進む。すればすぐに壁を作っていたオーロ軍が見え、先鋒が衝突した。


 激しい銃撃音が続くも、突撃の勢いは衰えない。爆発音も断末魔の叫びも大通りに広がっていく。そしてぐんぐんと前が突入していけている手ごたえがある。やはり国内を任務地とするオーロ軍の練度は高くない。自分の命を賭ける戦いに慣れていないのだ。


「ひいいいッ! 嵐だ、『嵐の夜』だぁぁッ!!」


 誰かが、古くから伝わる伝承の名を叫んだ。得体の知れない、人でない何かたちが大軍で移動をするという伝承。大きな災いの前触れであり、それを見てしまえば生きて帰ることはできないという。

 そういう内容だったと『おねえちゃん』に読んでもらった絵本に載ってあったと思い出す。もしかすれば大昔にも今と似たようなことがあり、それがこうして人間たちの間で伝えられていったのかもしれない。


 そしてまさに、人間たちにとってこの群れは『嵐の夜』に違いないものだった。巻き込まれれば、朝の日差しも超越者たちの身体によって見えなくなり、逃れられない闇に引きずり込まれたようになる。

 科学帝国という割に、国民は信心深い。そのおかげで士気が下がっていくのを感じる。それは超越者全員に伝わっていって、より力を漲らせた。


 それでも相手の攻撃は続き、超越者の中にも犠牲者が出た。無事に正面突破などできるはずがない。しかし後ろに託しながら死んでいく表情に、悔いはどこにもなかった。

 エオンも近くで息絶えていく仲間たちを見ながら、しかし脚を止めず刀を振るって人間たちの血の海を広げていく。そうしているうちに、拳銃と剣を鮮やかに使うキュアと合流する。身体に血をつけているが、すべて返り血だった。


「大丈夫?」

「キュアこそ」

「当然っ!」


 この騒ぎで援軍が駆けつけてくるはずだ。両翼は隣の区で蜂起した仲間たちのおかげで遅れるだろうが、ロムスからもまだ出てくる。態勢が崩れたままに押し込まなければならない。


「ロムス宮だッ! 誰かが博士公を殺せば俺たちの勝ちだッ!」


 仲間たちがそう響かせて鼓舞する。獣の咆哮が進撃の音楽のように力を与えた。

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