二章

 ぐいーっと椅子に腰掛けながらバルトロは大きく伸びをした。こちらの要求の詳しい内容をしっかりと政府に伝え終わり、ふうと大きく息を吐いた。

 ついてきたリュオルには何も手伝ってもらう必要はなかったけれど、程よい難しさの仕事をなんとか見つけて与えてやった。少年はしっかりとそれをこなしたので、ぽんぽんと頭を撫でてやり、こんぺいとうとあげた。


「よくやったな。偉いぞー、これからもよろしくな」

「うんッ」


 一段落の煙草を吸おうかと思ったけれど、すぐそばにリュオルがいることと、ある言葉を思い出して探るのを止める。


「喫(の)み過ぎは身体によくありませんよ」


 長年、それはもう長い間暮らしていた東の島国を離れて四年と少し。たまに自身の能力を使って向こうと手紙をやり取りをしていて、それが楽しみの一つになっている。

 寂しいなどと絶対に書きたくも言いたくもないけれど、そういう感情は確かにあった。

 すぐに帰るつもりだった。吸血鬼の友人からの「久しぶりに会おう」という誘いで、元々の生まれ育ったこの場所へと一時的に戻ってきただけだった。


「はっはっは、『性交中の人間の血』? またお前らしい悪食になったもんじゃないか。このすけこましめ。いや、女だけというわけではないから、それも語弊があるか」

「勘弁してくれよ。もうそういうのを飲むのは止めたんだ」

「おいおい、一体何があったんだ。あんなに食欲旺盛なお前が。歳か?」

「バカ言うな。ワシはまだ若い。色々あったんだよ、色々とな」


 そうして会って楽しんでの帰り道、そこで彼と出会った。炎に包まれた建物を背に、少女を背負って鉛炎を瞳に宿す人外の少年と出会ったのだ。


「これ、お前がやったのか?」


 彼は黙って首を振って否定した。そして深い悲しみの色を浮かべる。


「人外だな。なんでそんな顔をしているんだ? あれは研究所だろ? 晴れて自由の身になったのになんて顔してやがる」

「人外も人間もみんな、みんな炎に食べられた」

「人外はともかく、人間はお前を実験動物として扱っていたんじゃねーのか?」


 検査衣を着ていることからすぐにわかる。このような扱い、珍しくもない。


「悪い人ばかりじゃなかったから」


 そういう感性を持っていることに、バルトロは心の中で口笛を吹いた。どこか重ねたのだ。そしてあまり考えることもなく、ある提案を口に出していた。


「そうか。よく頑張ったな。しょうがねえ、ワシについてこい。行くアテ、ねーんだろ?」


 あるわけがない。きっと生まれてからずっと、あの燃え盛る研究所の中しか知らなかったはずなのだから。

 いきなりの提案に少年は不安そうに瞳を揺らしたが、背負った少女、意識を失った彼女の顔を見、すぐに力強くバルトロの目をしっかり捉えて意思を示した。


「いい目持ってんじゃねーか猫少年。名前は?」

「エオン。お兄さんは?」


 いつも言われるけれど、やはりどこかその呼び方はかけないところをかゆくする。すでに悪食も出てしまうくらいに吸血鬼として歳を重ねている。見た目が若いのは、ただそういう期間が長いだけ。


「バルトロ。同じく人外、吸血鬼だ。あと、お兄さんじゃねー。おじさんだ」

「バルトロ……さん。よろしく」


 背中の少女を落とさない程度にぺこりと頭を下げた。丁寧な対応にバルトロは少々おかしくなってしまって、小さく笑いながら同じように返す。


「ああ、よろしくな、エオン」


 すぐに落ち着ける所ということで友人の土地へと戻り、なんだかんだとそこで数年過ごして色々あって今こうして国に対して喧嘩を売ることになった。

 こういうことになったと手紙で書くと返事には、


「しっかりと守ってあげてください。出来なければあなたとはもう口を利きません」


 これを読んで、「やっぱりいいな」と改めて感じたのだった。


「へえ、この仕事まだあったんだな。ちょうどいいのー」


 だから力をある程度取り戻すため、『好みの血』に再び口をつけたのだ。実際は挿入時の自分の男性器から吸うから、口というわけではないのだけれど。見た目は人間のモノと変わらないので、相手は自分が吸血鬼だと気づかないことがほとんどだ。

 避妊具越しでもできるし(自分で作った特殊な優れモノ)、不自然な痛みだって与えないし、牙だって隠してある。


 好みの血は『性交中の人間の血』であるので、そこに性別は関係ない。いや、バルトロ個人の趣味で女性が良かったが、なるべく多く血を得たかったので『そういう』仕事が回ってきても拒むことはなかった。一部を除いて。


「マダム、仕事を見つけてくれるのはありがたいけどよ……でも、ボトムはやんねーぞ」

「何でもって言ったじゃないさ」

「それはワシが悪かったけどよ、ダメなもんはダメだ。とにかく挿れたいんだよ」

「正直すぎる子だねえ、嫌いじゃないけど。ま、あんた評判良いし、仕方ないさね」


 最中のふとした時、脳裏に手紙の主たちのことを思い浮かべてしまって萎えそうになることも多々あった。しかしそこは必死に奮い立たせて彼はこなしていった。そこには約束を守るためというのと、プロとしての意地があった。

 煙草が吸えないと口が寂しいので、バルトロも棒付キャンディーをくわえて気分を紛らわせる。それをリュオルが指差してからかう。


「あー、おじさんなのにキャンディーなめてるー」

「おじさんでもたまになめたくなるくらい、こいつはすごいってことだ」

「そうなの?」

「そーなの」


 特にやることはない。この部屋で超越者の子供たちを面倒を見ていてもいいけれど、各々仕事をこなしているかもしれない。いや、きっとやっている。それを呼び出して邪魔はしたくなかった。

 政府の者の反応からするに、約束の時間まで大きな動きは見せてこないように感じられた。やはり人質の命を無視することはできないらしい。この建物の四方八方を取り囲み、容赦ない砲撃と突入ができればどれだけ楽に済むことか。


 しかし気を抜いてはいけない。オーロという、あのアルジェントと同盟を組めるくらいの国がこうも簡単に折れては、他国に示しがつかない。

 絶対に何か仕掛けてくる。バルトロは長年の経験と、まだまだ鈍ってはいない己の直感を信じる。東の島国でもこうして長年住み続けてきたのだ。この辺りと比べて戦いの多い国で生き残ってきたのだ。


「おじさん、ヒマだね」

「ああ、そうだな」

「何もすることないの?」

「ねーなー。なんかヒマ潰しになるもんは……」


 椅子から立ち上がり、辺りの机を探り始める。同じようにリュオルも。オフィスだからそう良い具合に暇を潰せるものがあるかどうかわからない。

 しかしすぐにリュオルが「おお」と喜びの声を上げ、何かをぐっと高く突き上げていた。

 トランプだった。新品ではないけれど、古くもない。近くの机に中のカードを広げると、しっかりと枚数揃って傷もなく破れてもいなかった。


「ねえ、あれ、あれやろうよオールドメイドじゃなくて、おじさんの国のやつ」

「ババ抜きのことか? いいけど、二人でやるにはつまんないぞ」

「わかった。じゃあ適当に呼んでくるッ」


 子狐に変身して部屋から飛び出したかと思えば、すぐに三人連れて戻ってきた。同年代の仲の良い三人だ。バルトロとババ抜きをすると言えば、その面白さを知っているからすぐにその気になったのだ。

 それに勝てればお菓子をくれるとも知っている。そんな表情を隠せていない。


 獣の姿のままではできない。みんな人の姿へと戻る。まだまだ子供で、微妙に変身が上手くできないから獣の耳や尻尾がその姿でも残ってしまっている。エオンはワーライガーの特性としてそういうものらしいけれど。

 確かに何度か見たことがあるワータイガーも同じようなものだったと、バルトロに記憶にはある。


「じゃ、ババ抜きでいいんだな?」

「うんッ」


 そういうわけでバルトロがカードを切って配ろうとするも、子供たちがその様子をやりたそうに眺めているので、任せることにした。三人はじゃんけんをし、すぐに勝者が決まって準備を始める。負けたリュオルは少し口を尖らせていた。


「さて、と」


 とんびコートの中から複数個のお菓子を取り出して三人に与える。何も賭けないでやるよりは、こうした方がより盛り上がるという、いつものことだった。バルトロがただ損をしているだけだけれど、気になどするわけがない。


「じゃ、やるぞ」


 こうして楽しいババ抜き大会が始まった。バルトロはそこそこ盛り上がるように動くことを考えてプレーしようとして、


「ん?」

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