ガイド TO デート

氷高 颯也

第1話

 神戸市は兵庫県にある政令指定都市である。市民はどこの出身かと聞かれれば間違いなく「神戸」と答えるだろう。何故かって? その方が通りが良いのだ。兵庫県民と言われてもピンとこないと思う。そこはライバルである「横浜」と同じだよね。

「はい、観光インフォメーションです」

『あの……今度、神戸を観光しようと思っているのですが、どこを回ったらいいか、わからなくて……その……』

「観光は個人で、ですか? それともご家族と?」

『えっと、あの、か、彼女と……です!』

 声からすると大学生くらいだろうか?

「それでは、北野の異人館はどうでしょう?」

『異人館……?』

「はい。一番有名なのは『風見鶏の館』ですが、『山手八番館』の『サターンの椅子』は座ると願い事が叶うと言われていて、パワースポットとして人気が高いです。それから……」

 いくつか提案をしていくと、相手は「へぇ」とか「それ、いいですね」などと相槌を打ちながら、「ケーキが美味しいお店は?」とか「できたら夜景が見たいです」などと徐々に要望を伝えてくれる。そして、最終的にその要望に沿った観光資料を送るまでが私の仕事だ。

「ん? 有島ちゃん、何書いてるの?」

「あ、観光資料なんですけど、ちょっとオマケしてあげたくて」

「ふーん。美味しいケーキのお店ランキング?」

「『私調べ』ですけどね。あの様子じゃきっと初めてのデートなのかな? 上手く行けばいいなって」

 問い合わせの電話をくれるのはだいたい年配の人や学校関係者が多い。若い人もいない訳ではないが、その場合は女性率が高い。

(観光デートってちょっと新鮮な感じがしたんよね……しかも、男の子が頑張ってるっていうのが)

「良いなぁ……」

(デートとか、遠い響きになっちゃったなぁ……私もデートしたーい)


 神戸の街は道に迷わない。何故なら、山を見れば北がどこか判るからだ。夜には市章山と錨山がライトアップされ、その名の由来であるマークが浮かび上がる。ちょっと小高いところに登れば今度は海が見える。風の強い日は市街地である三宮の駅前でも潮の香りがする。神戸は山と海に挟まれていると言っても過言ではない。

「北野とか超久しぶりだわ」

 休日の北野は観光客で賑わっている。三宮から北野坂を上っていくと、豪華な公衆トイレがある北野広場に辿り着く。そして広場を挟むように赤いレンガと屋根の上の風見鶏で有名な異人館『風見鶏の館』と緑色の外壁をした『萌黄の館』が迎えてくれる。この二つの異人館は共通券があるので、それを利用するのがベターだ。

 風見鶏の館はまず格天井のある広間から東の応接室へ、居間、南側のベランダを通り食堂へ、2階へ上がると客用の寝室、朝食の間、子供部屋、南側のサンルーム、お土産売り場になっている夫婦の寝室があり、最後に1階の北側奥の書斎という順路で見学する。

「やっぱりこの部屋が一番好きだなぁ……」

 思わず呟くとそこに居た他の観光客が振り返った。上品で穏やかそうなご婦人方とメガネを掛けた青年だ。

「あ、知ってますか? この部屋はトーマスさんの書斎なんです。あそこに飾ってある中国風の椅子は当時実際に使っていたもので、娘さんから寄贈されたものなんですよ。それから、この八角形の張り出しになっている部分の天井、これ雨傘の形なんですよ。雨の日の読書、絶対素敵だと思うんです! ……って何、語ってるんだか……」

 つい、観光知識を披露してしまった。

「詳しいのね、貴方……ここの案内の方、じゃないのよねぇ?」

「ここの、じゃないんですけど観光案内の仕事をしてまして」

「あら、道理でお詳しいこと。この後、わたくしたち他の異人館も回ろうかと思ってるんだけど、どちらがおすすめかしら?」

「イタリア館はどうでしょう? この前の石畳の道を東の方に歩いて、突き当たった所を少し上に上がった所にあるんですけど、館の方がガイドをしてくれますし、カフェテラスもあるので」

「異人館でお茶ができるの?素敵!」

「じゃあ、そこに行く事にするわ。どうもありがとう」

 ご婦人方はそう言って書斎を後にした。そして、青年はというと、じっと私を見ていた。

「あの……有島さん?」

「ふぇっ?」

 突然名前を呼ばれてびっくりする。

「えっと……どこかでお会いしてました?」

「どこか、じゃないです。声で、そうかなって。あの、電話で……観光の」

「え、それってインフォメーションの?」

 観光資料を送る際に、カバーレターをつけるのだが、私はそこに自分の署名を入れるようにしている。だけど、それだけで特定されるのは解せぬ。

「あの、すいません。色々、綺麗な夜景の場所とか、美味しいケーキのお店とか教えてくれたのに……」

「え、あ……もしかして、観光デートの……」

 誠実そうな、青臭さの残る声に覚えがあった。

「俺、振られちゃって。でも、有島さんの教えてくれた神戸、見てみたくなって。よかったら、案内してもらえませんか?」


 ――これってデート?

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ガイド TO デート 氷高 颯也 @redfish328

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