第31章:逆襲

[1] ハリコフの解放

 1月29日、南西部正面軍の第6軍(ハリトノフ中将)の戦区から支援砲撃が行われ、「ギャロップ」作戦が発動された。翌30日には、第1親衛軍(クズネツォーフ大将)の戦区でも攻勢が開始された。

 この時、南西部正面軍司令官ヴァトゥーティン大将は2つの機動集団を編成し、前線に投入していた。1つは2個戦車軍団(第25・第1親衛)と第1親衛騎兵軍団から編成された「第6軍機動集団」であり、2つ目は南西部正面軍に所属する4個戦車軍団(第3・第10・第18・第4親衛)を統合し、副司令官ポポフ中将の指揮下に置かれた「ポポフ機動集団」であった。

 2月3日、この現代の戦車軍の先駆ともいえるポポフ機動集団はドネツ河を渡り、第19装甲師団に襲いかかった。翌4日には交通の要衝クラスノアルメイスコエに到達する。目標はアゾフ海の沿岸都市マウリポリだった。

 だが、ポポフ機動集団はヴァトゥーティンが期待したような「電撃戦」を行えないまま、数日の内に停止を強いられることになる。その理由は、打撃力の不足にあった。

 第18戦車軍団と第4親衛戦車軍団はいずれも前年冬からの激戦に次ぐ激戦で人員・戦車ともに激しく消耗しており、第3戦車軍団と第10戦車軍団に至っては装備戦車台数が定数を大きく下回っていた。

 このような理由により、ポポフ機動集団はそれぞれ50~60両ほどの稼働戦車を旅団として集中運用せざるを得ず、ドン河上流域で見せたような軍規模での鮮やかな突破を展開するには、兵力的に不可能な状況だった。

 2月2日、ヴォロネジ正面軍の戦区から「星」作戦が発動された。第3戦車軍、第40軍、第69軍(カザコフ中将)による攻撃の矢面に立たされたランツ支隊のSS装甲擲弾兵師団「帝国」とクラーメル軍団の「大ドイツ」自動車化歩兵師団(ヘールンライン中将)は圧倒的な兵力差になす術がなく、西へ撤退する他なかった。

 2月5日、ドネツ河湾曲部に到達したソ連軍部隊に、ようやく前線に配置されたSS装甲擲弾兵師団「LAH」が襲いかかった。SS装甲擲弾兵師団「帝国」と「大ドイツ」自動車化歩兵師団は南翼からの包囲の危険を感じ、西のハリコフへ撤退した。

 2月8日、ヴォロネジ正面軍の北翼で第60軍(チェルニャホフスキー少将)がクルスクを解放させると、第2軍とドン軍集団の連絡線を切断した。翌9日には、第40軍がビエルゴロドの奪回に成功し、ヴォロネジ正面軍は着実にハリコフに迫っていた。

 2月12日、ハリコフを防衛するランツ支隊にB軍集団司令部から、「いかなる情勢となろうとも、最後まで同市を死守せよ」との命令が送電された。しかし、ヴォロネジ正面軍の攻勢は着実にハリコフに近づきつつあり、貴重な装甲兵力であるSS装甲擲弾兵師団「帝国」と「大ドイツ」自動車化歩兵師団が失われることを、SS装甲軍団長ハウサー大将は恐れた。

 2月14日、ハウサーは絶望的な状況の中で、ランツ支隊にハリコフの即時放棄の許可を要請した。ヒトラーへの忠誠と部下に対する責任の狭間で板挟みになった支隊司令官のランツだったが、苦慮の末にヒトラーの命令を厳守することを優先させた。午後5時、ハウサーに対して「最後の一兵まで死守せよ」と命じた。

 2月15日、ソ連軍の戦車部隊は徐々にハリコフに近づいていた。しびれを切らしたハウサーは「大ドイツ」自動車化歩兵師団の指揮権を持つラウス軍団(旧クラーメル軍団)司令官のラウス中将と協議した上、SS装甲擲弾兵師団「帝国」と「大ドイツ」自動車化歩兵師団を南西方向に脱出させ、午後1時にランツ支隊に打電した。

「部隊を包囲から守り、資材を救うため、13時に市外縁ウドゥイ地区での突破命令を出す。目下同地区で激戦中。市南西部、西部で市街戦」

 ハウサーの明らかな命令違反を見て驚いたランツは午後3時30分、ハウサーに前日と同じ死守命令を繰り返したが、SS装甲擲弾兵師団「帝国」と「大ドイツ」自動車化歩兵師団はすでにハリコフ市内から脱出していた。

 総統命令を公然と無視してSS装甲軍団がハリコフを放棄した事実を知って激怒したヒトラーであったが、自らに絶対的忠誠を誓う武装SSの指揮官であるハウサーを処罰しなかった。その代わりに支隊司令官からランツを更迭し、ケンプ大将と交替させた。

 2月16日、第40軍の第25親衛狙撃師団と第5親衛戦車軍団がハリコフに突入し、昼ごろまでに市街地のほぼ全域が制圧された。ハリコフは約1年半ぶりにソ連軍の手中に収まった。

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