5.少年の理由

 少女と少年は海の底に座って二人で話していた。

 足元で黄色と青い色をした魚が泳いでいる。二人が腰掛ける岩は緑色に染まり、上からの紺碧こんぺきの光が丁度、二人を照らす。

「あなた、お母さんに捨てられたってどういう事なの?」

 少女が問いかけた。少年は、悲しむ様な、歌う様な、不思議な表情を見せた。恐怖を感じる程にその表情は大人びて見える。

 を描いた口を開き、少年は答える。

「お母さんは僕の事が嫌いなんだと思うんだ。」

 その物憂げな表情は酷く憔悴しょうすいしきった様だった。

 見ているだけで、少女の心が傷んで行った。冷たい手で、胸の中を掻き回される様だ。

 自分への言い訳でしか無い。自分の自己満足の為に、少女は口を開いた。

「…っそ、そんな事、無いよ。お母さんは、こどもを愛する物だよ。」

 少年は、少女を見ると囁く様に語った。

「こども、ってどう書くか知ってる?君が言っているこどもは、子、って字に、ひらがなのどもを付けるだけ。そうでしょ?」

 掌に指で書くようにして、少年は少女に説明を続ける。少女は、まだ意味が分かっていない。

「僕と、お母さんの子供は、その子、と言う字に、供える、と言う字を付けた物。」

 少女は、顔を青くした。

 彼の言う「怪物」とは、父親のことだと悟った。では、供える、とは?それは、少年の服の隙間から見える、変色した痣から読み取れた。この子は、「虐待」を受けている。

 少女が、驚いた様な表情を見せると、少年は石から降りて、本当に優しい笑顔を向けた。

「遊ぼうよ。僕、ここが初めてで、楽しくて仕方無いんだ。」

 くるり、身体を回した。少女は、水に溶けて見えないけれど、涙を流していた。

 少女と少年は手を繋いで、魚と、人間が共存する街へ、足を運んだ。

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