宮千代の詠

流石麻呂

第1話 宮千代の詠

 私の住んでいる町内の近くの町に この名前の町があります。




 なにかどこか人の名前のような不思議な名前の町。。。




 この町の名前には 切ないお話があるので御座います。




  その昔 瑞巌寺にいる上人さまのもと修行をしていた




 小坊主さんが居りました。まだまだ幼い稚児の彼の名前は




 「宮千代」




 とても詠うことの得意な少年だったのです。




 いずれは「京の都」にて詠うことが夢でした。




 何時も何時も 周りの兄弟子たちや 上人さまへ




 詠っていたのでしょう。




 「いつか 私は京に 一首詠いにまいりとう御座います」




 「はっはっは 頼もしいものだが 宮千代よ 




 まだ お前は歳端もゆかぬゆえ今々とは参らんよ」




 上人さまは そう言って宮千代を諌めておいででした。




 「私が京に上がれるのはいつなのでしょうか?」




 「京の都はのぉ この松島からでは かなりある




 大人でも生きて上がれるものかどうか。。。」




 幾日も幾日も そんなやり取りをしていました。





 それだけ 彼はまだ幼く危うい年齢だったという事だと




 そう思うのですが。。。




 皆さんも経験おありでしょ?




 「無理だよ」「ダメダヨ」「まだまだだよ」




 そう言われれば言われるほど 思いは募るって




 まして子供となれば経験が浅いから怖いもの





 恐れなどが全くない状態。




 ある日、あまりに逸る思いに駆られた宮千代は




 行動に移します。




 「私も 大きくなった!! もう大丈夫!!




 こっそりお寺を抜け出して京に参る!!」




 手荷物をまとめ こっそりと お寺を抜け出します。




 「みなさん。。。そして上人さま お世話になりました。」




 そっと 呟きかけ 瑞巌寺を後にしました。




 雨の日もあったでしょう




 風の日もあったでしょう




 何日歩いたのでしょう。。。




 松島のあの海はもう見えません。




 前方に広がるのは 青ではなく




 緑の草原 どこまでも続く 宮城野原




 「うっわぁ。。。これほどの緑を 




 私は初めて見ました。一首浮かびそうです。」




 「月は露 つゆは草葉に 宿借りて」




 そこから先が 浮かびません。




 「えっと。。。(--;) 宿借りて。。。」




 あまりの草原の美しさにどの下の句を詠っても




 似つかわしくなく安っぽく。。。




 「駄目だ駄目!! こんなんじゃない!!」




 上の句はスラスラとキレイに仕上がったのに




 下の句が浮かばない!!




 「こんなことじゃ。。。京に行っても




 いい詠なんて浮かばない!!」




 ここで仕上げなかったら 




 ここでしか仕上げられない詠なんだ!!




 何日も何日も 下の句を捻り。。。




 そうこうしている内に 長旅の疲れもあってか




 宮千代は病魔に襲われ 衰弱してゆきます。




 幼い宮千代を病魔は遠慮なく蝕み




 それを見ていた宮城野の民が彼を引き取り




 看護をするようになるのです。




 病に臥せっても頭の中は下の句のことで




 いっぱいなのです。




 「宮千代さん。。。お体がよくなったら




 下の句詠えばいいんでねぇのすか?




 まずは 体を治すことがだいじだっちゃ」




 「申し訳ありません。でも 私は先を急ぐ身




 ここで仕上げねば 療養が済んだ頃には詠を




 仕上げておかねば。。。」




 うわごとのように 次から次へと




 下の句を読んでみるけど




 納得がいかないのです。




 悩めば悩むほどジレンマに陥り




 体はよくなるどころか 悪化の一途を




 辿るのでした。




 「私は。。。本当に私は。。。




 詠を詠う資格があったのだろうか?




 本当は幼い私の詠はそれほどでも




 なかったのではないのか?」





 下の句の浮かばないジレンマと




 体のはかゆかなさ




 「なんで 私。。。お寺を出ちゃったんだ




 上人さま 言ってた。。。まだだよ って




 言う事聞けばよかったのかなぁ。。。」




 「そんなこたぁ ねぇですよ




 はいぐ 元気になって




 元気になったらば




 京さ いかいン!!




 それまで ちゃんとお世話すっから!」




 宮城野の民のお世話も虚しく




 宮千代はそこで 息絶えます。




 「なんだってなぁ。。。




 まぁだおさねぇワラシっこでねぇの




 何も命まで持っていかねぇでも




 いいんでねぇの!!




 もぞこいなぁ【かわいそうだな】」




 宮城野の民は 手厚く宮千代を葬りました。




 「なぁんも しんぺすっこだねぇよ


 


 いっつも みぃんな 近くさいっからね」




 そう墓碑に言葉を掛けました。




 ところがです。




 あの お気に入りの草原にお墓を




 立ててもらった宮千代は 夜な夜な




 下の句の残りを埋めんがため




 風に乗って現れるようになったのです。




 切なく 上の句を詠った後




 下の句を考えるように




 うぅぅぅん うぅぅぅぅん




 と 唸り続けるのです。




 「なんだべやぁ 宮千代さん




 諦めてねぇんだがぁ?」




 宮城野の民は毎夜その切ない唸りに




 夜も寝付けず。。。




 その噂は 遥かあの松島の瑞巌寺の上人さまの所まで




 届いたのです。




 ある日 それとなく宮城野原に立ち寄った上人さま




 夜中まで宮千代を 待つことにしました。




 やはり 何時ものように 風に乗って




 宮千代は現れました。




 「月は露。。。つゆは草葉に。。。宿借りてぇ 。。。。




 うぅぅぅん うぅぅぅん(--;)」




 「宮千代よ 苦しいか? 見事な上の句じゃのぉ




 どれ 待っていろ わしが付け足してみよう。」




 そういうと 上人さまはすっと 考え込み




 これしかないといった風で




 「それこそそれよ 宮城野の原!」




 と 詠い上げたのです。




 「どうじゃ?お前ほどではないにしろ




 いい句じゃろ?見たまんまじゃ。




 お前の上の句こそ




 それこそが宮城野原のあるべき姿。。。




 そういう意をこめたつもりじゃ。




 月と草原の織り成す見事な風景は




 そう言葉に表せるものではない。




 未来永劫 この景色が保たれれば




 よいがな 




 苦しかったろうなぁ。。。




 悔しかったろうなぁ。。。




 そして 寂しかったろう。。。




 宮千代 




 お前は立派な歌人だ。




 京に行かずとも 偉大な歌人なんじゃ。




 もう 安らかに眠ったほうがよい




 のぉ 宮千代よ」




 上人さまは そっと 宮千代の墓に




 手を合わせました。




 その日以降 宮千代も 安心したのでしょう。




 満足したのか 二度と 現れることは


 


 なかったという事なのです。




 今も宮千代くんは児童公園の片隅のお墓で




 ひっそりと 眠ってます。




 草むらや植え込みに入っていかないと




 そのお墓の全貌は見えませんが




 お花を手向けたり お供えを上げてる方も




 いらっしゃるようです。



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