星が落ちたあの日の夜

北海ハル

第1話

 北海道とはいえ、夏の暑さが回避できるわけではない。

 北斗市。函館市の隣に位置するこぢんまりとした町は、あまり日の目を見ることはないし、人が敢えて訪れようとする場所でもなかった。

 だが、よく晴れた日の夜、群青色に染まった空に点々と散りばめられた星たちは、函館よりも鮮明に見られることだろう。


 などと物語の冒頭を考えつつ、夏の暑い夜から逃げてきた少年が一人、月明かりに照らされた路傍の雑草を眺めながら歩いていた。

 元来、物語を考える事が好きな彼は、こんな夏の日の夜も題材にできるということから、嫌いというわけでもなかった。

「北斗市……函館……北海道……あー……、全然浮かばない」

 彼の頭を悩ませているのは、とある小説投稿サイトのコンテストだった。

 コンテストの内容は、各都道府県の素敵なところをアピールするというもので、是非この機会に北斗市をアピールしようと奔走していた。

 彼はこれまで、ろくに文章を書き上げる事なく執筆活動に取り組んでいたため、評価も下火傾向にある。

 そこで思いついたのが物語の作成だった。物語であればさほど文章を書く必要もなく、何より人に思いを伝えるために短くまとめることができそうだったから。

 その小手調べとしてそのコンテストに挑もうとしているのだ。

 とはいえその題材が無ければ書くも何もあったものではないので、こうして涼みがてら出歩いているのである。

「つってもそうゴロゴロ転がってるモンじゃないからなぁ……」

 とぼとぼと悩みを募らせながら歩いていると、いつの間にかちょっとした丘を登っていた。

 緩やかに傾斜のついた、頂上まで行くと彼の住む町の一角を望む事が出来る。

 そうだ。

 頂上に登って、町の灯りでも見ながらゆっくりと練ろう。

 時刻は、21時を少し回った頃だ。まだ人々の生活が垣間見ることができる。

 ゆっくり、ゆっくりと足を踏み進め、頂上まで登る。

 そして、着いた頃にはブルーのTシャツがより深いブルーを映し出し、汗でびっしょりと濡れていた。

「何のために外に出てきたんだよー……お?」

 ふと、彼が頂上の一部を見ると、きらきらと何が輝いていた。

「何だ……?」

 おそるおそる輝くものを覗き込む。何かの破片のようだった。

「……?」

 そして突然、破片から何かが飛び出した。

「ぎゃっ!!」

 びっくりして、つい頭を守る。数秒経過した頃、誰かに肩をポンポンと叩かれた。

 そっと頭を上げると、六才くらいの女の子が立っていた。

「おにいたん」

「な……なに……?」

 声を出すのもままならないまま、女の子の問いかけに応える。

 純白のワンピースに身を包んだ金髪のショートヘアをふわふわとさせている。無垢そうな表情が何とも言えず可愛らしい。

「あのね、あたちね、まいごなの」

 おぼつかない言葉を一生懸命話しながら、少年に迷子だと伝えた。

「迷子ぉ?こんな時間になんでまた……」

「あたちのおほししゃま、おっこちちゃったの」

「…………」

 言っていることが完全に支離滅裂である。少年は必死に理解しようとし、ある仮定が脳裏に浮かんだ。

「……もしかして、あの……星に乗ってきたの……?」

 いかにもその通りだと言うように、少女がうんうんと頷いた。

「あれ!あれ、おちちゃったの!もうかえれないのぉ……」

 きらきらと輝し、映えていた少女の顔がたちまち泣き顔に変わる。遂には大粒の涙を流し始めてしまった。

「うぇぇぇえぁぁ……!ぇぇぇぇぇっ、ぇっ、っ……!」

 嗚咽としゃくりが止まらない。少年が背中をさすってやるが、それで治るわけでもなかった。

 そこで少年がふと思いつく。

 ゆっくりと息を吸い、音に声を乗せた。

「……てごらん……夜の…を……小さな星の……小さな光が……」

 少女の泣き声が、ぴたりと止まった。それでもなお、少年は歌い続けた。


 見上げてごらん 夜の星を

 ぼくらのように 名もない星が

 ささやかな幸せを 祈ってる


 坂本九の曲をよく知る少年にとって、この夜、この出来事がこの曲にぴったりと合った。

 少女は少年の顔を見上げてにっこりと笑った。


「おにいたん、へたっぴ」


 仕方が無いでしょう、一年ぶりに歌ったんだから。


 時刻は22時を回り、少年の町の灯りも一層明るさが増えていた。

 少女と長く話し込んだこの日は忘れない。ましてや、その少女が星に乗って落ちたなんて────


「あ、おにいたん!おむかえ!!」

 今度は何かと空を見上げる。


 そこには満天の星空に見劣りしない流れ星が何個も流れていた。

 そしてそれらは一つになって────


「ばいばい、おにいたん。ありがとう────」


 ────────────

 それからの事は覚えていない。

 ただ朝起きると、いつもと変わらない自分のベッドで寝ていた。

 あの不思議な出来事は、夢だったのか?

 それとも……?

 どちらにしろ、少年にとってその日の夜は絶対に忘れられないものとなった。

 かけがえのない、幻想的な光景を目に焼き付けて────



 ちなみに、彼がこの日の夜の話を題材に物語を書き綴ったものが爆発的な人気を獲得したというのは、また別の話である。

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星が落ちたあの日の夜 北海ハル @hata

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