第25話 自分探しの最中なんです!①
昼休み、部室に集まった私たちは購買で買ったクッキーを机の上に広げ、昨日の練習試合の話に花を咲かせていた。
朝練のとき、渡辺先生から「昼休みはミーティングをするから部室に集合するように」と伝えられ、こうして私たちは昼練習をお休みして監督とコーチが来るのを待っているわけである。
「あー、アチー。もう夏かよって感じ」
「昨日より最高気温高いみたいだよ。30度だって。天気予報で言ってたよ」
ハンカチタオルで顔を覆うウメちゃんに、苦笑いしながらマユちゃんが答える。
部室の窓は開けているものの、ほとんど風が入ってこない。たまに入ってきたかと思えば生ぬるい温風だし、かといって窓を閉め切ってしまうと部室はサウナへ変貌してしまう。
「教室は涼しいのにね。部室にもクーラーあったらいいのに」
「飛鳥さん、経営難に陥っているコウジョバスケ部にクーラーは無理よ。ユニフォームでさえすぐには買えないのだから」
持出さん、切なくなるからその話題はやめて……。
「扇風機くらいなら買えないかなあ?」
「おっ! いいじゃん、マユ。それだ。扇風機買っちゃう?」
「扇風機、欲しい!」
マユちゃんの意見にウメちゃんとハルちゃんが賛同する。
「扇風機なら現実的ね。私たちで少しずつお金を出して、部費も合わせれば十分に良いものが買えるわ」
「これなんかどうでしょう?」
持出さんも賛成したところで、米山先輩が『ビッグキャメラ駿河店』のホームページを開いたスマホ画面を皆に見せた。
そこには、今年新作のタワー型扇風機が映し出されていた。『冷却水の効果でクーラーみたいな冷風! 暑い夏をクールに決めろ!』というキャッチフレーズを私が読み上げると、みんなから「おーっ!」と歓声が上がった。
扇風機に私たちの注目と期待が高まる中、部室の扉が開き渡辺先生と荒井先生が入ってきた。
「お待たせ。みんな集まってるわね」
「なーに盛り上がってんだ?」
「ねえ、レイちゃん。扇風機買ってもいいよね?」
「えっ? 扇風機……って何の話?」
突拍子の無い質問に、渡辺先生が不可解な表情を浮かべる。
「部室に置くやつ。だって今日なんか、超アチーじゃん」
「これから、どんどん暑くなるし、クーラーは無理だけど扇風機なら買えるんじゃないかって相談してたんです」
ウメちゃんとハルちゃんが補足説明をする。
「つきましては、部費からも扇風機代を捻出していただきたいのですが――」
「ダメダメっ。部費は絶対ダメよ」
持出さんの陳情を遮るようにして、渡辺先生は激しく首を横に振った。
「えー、なんでですかあ? だって他の部やサークルの部室にはクーラーが設置されてるじゃないですか」
マユちゃんの言うように、私たちバスケ部以外の運動系の部やサークルの部室には比較的新しいクーラーが設置されているのだ。文化系のサークルは校舎内のため、もちろんクーラー完備であること言うまでもない。
「オレたちが理事会から目つけられてることは分かってるだろ? 経費削減を主張するお偉いさん方に、部費でバスケ用具以外のモンを購入したことが知られたら余計に風当たりが強くなるんだ」
「大人の事情というやつですね。しかし部費も自由に使えないというのは困ったものですね……」
荒井先生の話を聞いて、米山先輩は残念そうにうなだれた。
みんなもがっかりした顔で不満を漏らす。
「まあ、そんな顔すんなって。エアコンは無理だが、扇風機くらいなら買ってやる。渡辺が」
「やったー」
「レイちゃん、サンキュー」
「渡辺先生、ありがとうございうます」
部室に拍手と絶賛の声が響く。
「ええ、それくらい私が……ってなんでよっ!」
「だって渡辺、独身じゃん。って言うか彼氏もいないだろ。金使うとこねーだろ」
「荒井先輩、そーいうのセクハラなんだからっ。訴えてやる! そもそも先輩だって独身じゃないですかっ。彼女だっていませんよね? 人のこと言えないですよね?」
渡辺先生がヒステリックな声でまくしたてた。
この2人のやり取り見ていると、大人は意外と成長していない生き物なのかもなあ、と最近つくづく感じてしまう。
「あのお……そろそろミーティングを始めていただけますか?」
米山先輩が気を使いながら尋ねると、我に返った渡辺先生は恥ずかしそうに席に座った。それに続いて荒井先生も気まずそうに腰を下ろすと、わざとらしく咳払いをしてから話を切り出した。
「昨日の練習試合から、今後のオフェンススタイルと各個人の課題をまとめてみた」
荒井先生は話しながら2枚のプリントを皆に配布した。
1枚目の1行目には『コウジョのオフェンススタイル』という題字が筆ペンで達筆に書かれて……手書き!?
「わーっ、これ荒井先生が書いたんですかあ? 字、キレイですねー」
ハルちゃんが驚いた様子で先生を褒める。
「たしかに上手いんだけどさ、ところどころ字くずして書くのヤメテほしーんだけど。草書とか読めねーし」
「完全にくずしているわけではないから、これは行書よ。ウメ吉」
そこはどうでもいいと思うよ、持出さん。
「書道師範ともなれば、筆ペンでもこれくらいの抑揚を表現するのは朝飯前だ」
「シン兄ちゃん、恥ずかしいからそういう自慢やめてよね。今は書道じゃなくてバスケの話でしょ!」
マユちゃんは荒井先生のことを部活中は監督と呼んでいる。でも時々、今みたいに素が出て「シンちゃん」とか「お兄ちゃん」と呼んでしまうときがある。
「じゃ、まずは1枚目を見てくれ。お前らも気がついていると思うが、オレは速攻を主体としたチームスタイルを意識して練習させてきた。今月からさらなる進化のため、練習メニューを新たに追加する」
プリントに目を向けると『コウジョのオフェンススタイル』という題字の下に、①シュートを決められてからのファーストブレイク、と書かれている。
「ん? ファーストブレイク……朝ごはん?」
「それはブレイクファーストよ、飯田さん」
持田さんのツッコミで部室は笑いの渦に包まれた。
グッ、今のはかなり恥ずかしい……。
「ファーストブレイクは速攻のことな。お前らがいつもやっているやつだ。基本、速攻はディフェンスリバウンドかターンオーバーから仕掛けるもんだよな。それを相手がシュート決めたあとに仕掛けるってことだ」
「シュートを決めた相手の隙をつくってことですね」
荒井先生の説明を聞いたハルちゃんが、納得した様子で頷く。
「速攻に対する固定概念を覆して、敵の意表をつくということなんでしょうけれど……」
「フツーの速攻でもミスることあるし。そんなうまくいく気しないんだけど……」
持出さんとウメちゃんが異を唱えた。
私たちの速攻の決定力はかなり高い。しかし、相手に追いつかれてプレッシャーをかけられたとき、シュートミスしてしまうときもある。
そもそも速攻は、3対2や2対1というアウトナンバーでオフェンスが数的に有利な状態を作り出し、ゴール下でシュートを決めることが目的だ。
シュートを決めた相手に速攻を仕掛けても、ディフェンスに捕らえられる確率が高い気がするのだけれど……。
「はい、そこで次を見てくれ」
荒井先生の言葉で、皆が再びプリントに目を落とす。
②セカンドブレイクからアウトサイドシュートまたはポストプレイ、と書かれておりさらにその下に、戦術ボードに見立てた図が描かれていた。
「セカンドブレイク?」
「意味合いとしては2次速攻ってことになるな。ファーストブレイクを仕掛けてディフェンスに追いつかれた場合、後から走りこんできたプレイヤーを使って速い展開でシュートに持ち込むオフェンススタイルだ」
私が尋ねると、荒井先生がニッと笑顔を見せて答える。
「5人で速攻仕掛けるってことかよ!?」
「まあ、そういうこった」
驚くウメちゃんに、荒井先生は軽く答えた。
「う~ん、何か覚えるのちょっと大変そう……」
「パスやシュートのタイミングも難しくなるよね」
セカンドブレイクの流れを示した図も見つめながら、ハルちゃんとマユちゃんは眉間にシワを寄せている。
「これだけ見るとちょっと分かりづらいけれど、実際に練習すればすぐ覚えられるわよ」
渡辺先生の言葉を聞いて、2人は少しホッとした表情を見せる。
「レイちゃんも高校のときに練習したの?」
「中等部のときね。高等部はセットオフェンス主体の練習だったわ」
そう言えば、ゴテショの練習試合に応援に来てくれた美紀子さんも、セットオフェンスのこと言ってたっけ。
「プリントの2枚目にはお前達それぞれの課題をまとめてあるから読んでおいてくれ。ポジション練習と個人練習は今週の土曜にやるからな。セカンドブレイクの練習は今日から始める。全員で走ると楽しいぞー」
意味深な笑みを浮かべる荒井先生が不気味で、とても嫌な予感がした。
荒井先生の解散の合図で席を立った私たちは、部室をあとにする。
「持田だけ、少し残ってくれ。話がある」
「私ですか?」
呼び止められた持田さんは、「また放課後」と私たちに小さく手を振って部室の扉を閉めた。
2年生校舎へ戻る米山先輩とお別れして、私たちは荒井先生に配られたプリントを読みながら教室に向かう。
あっ、部室にスマホ忘れてきた。部室のコンセントに充電したままだ。
「私、忘れものしたから取ってくるっ」
「おう。またな」
「陽子ちゃん、また部活で」
「廊下を走っちゃダメだよー」
私は振り向かず3人に手を振って走り出した。
ハルちゃんに注意されて、とっさに急ぎ足へと切り替えて部室へ向かった。
持出さんとすれ違わなかったということは、まだ部室での話は続いているということなのだろう。
部室の扉に手をかける。
「それは、どういう意味ですかっ!」
中から持出さんの怒鳴り声が聞こえて、私は思わず扉の取っ手を放した。
持出さんが感情的になるなんてめずらしい。しかもあんなに怒った声は初めて聞く。
「持出さん、落ち着いて。これは荒井先生と私、そして塩屋先生の3人で話し合って決めたことなの」
「それはさっきも聞きました。飯田さんをガードから外すというなら、私が十分に納得できる具体的理由を詳細かつ分かりやすく説明してくださいっ」
怒っていても持出さんはやっぱり理論好きというか、理屈っぽいというか……って、私がガードから外される!?
えーーー! なんでーーー!
「なあ、持田。オフェンスでプレイヤーに求められる能力はなんだ?」
「能力と一口に言っても様々ですし、バスケは5人でプレイする競技ですからそれぞれのポジションによって――」
「シュートだ。得点力だよ。これだけは、どのポジションにも共通して言えることだ」
「……」
さっきまで強い口調で話していた持田さんが沈黙する。
「コウジョのオフェンスタイルは機動力と体力をフルに活かした超攻撃型バスケだ。敵ディフェンスの準備が整う前に速攻を仕掛けて身長差のハンデを無くし、攻撃回数を増やすことによって得点のチャンスを掴む。そして、さっき話したセカンドブレイクが決まらなかった場合、普通はセットオフェンスに移行するのがセオリーだ。ハンドボールをやってた持田ならセットオフェンスの意味は分かるよな?」
「フロントコートにおいて、あらかじめ決められた役割とフォーメーションで組織的に得点を狙うオフェンスのことです」
なるほど。セットオフェンスとはそういう意味か。
ある意味、お得な感じというのはまんざら間違いでもないかも。
「持田が今言ったのは、セットオフェンスの中でもナンバープレイと呼ばれているやつだ。オレはナンバープレイをやるつもりはない。初心者のあいつらには難しいし、まだまだ伸びしろがあって可能性に満ちたプレイヤーを縛るようなオフェンスはうちに合わないからな。と、なると速攻のあとオフェンスはフリーランスになるわけだ。5人それぞれに1on1の力、シュート力が求められる」
「そのことと、飯田さんをガードから外すことにどう関係があるんですか?」
「ガードっつーのは、アウトサイドに位置するポジションだ。したがってアウトサイドのシュートが求められる。飯田には3ポイントもミドルレンジのシュートも無い。コウジョのオフェンスにおいて無価値なんだよ」
荒井先生の声はいつもの軽い感じで、まるで冗談を言っているように聞こえた。
でも、今の言葉はジョークでも嘘でもない。まぎれもない事実……。
心臓を鋭い刃物で突き刺さされたような気がした。
「無価値だなんて、言いすぎだわ! 撤回してください! 先日の練習試合は、飯田さんのゲームメイクによる勝利です。それは全員が知っています。シュート力が無くたって、飯田さんはポイントガードとして十分に――」
「指示するだけなら監督のオレがいれば事足りる話だ」
「その監督が指示を出さなかったから、飯田さんの判断でゲームメイクが行われたんじゃないんですかっ?」
持出さんは声を荒げ、早口で指摘した。
「ふう……」
「な、なんですか? 図星で反論もできませんか?」
荒井先生の気の抜けたようなため息に、持出さんが拍子抜けした感じで尋ねた。
「持田は、正直どう思った? 練習試合のときの飯田の采配を」
「話を摩り替えないでください……。身長差のあるゴテショに対して、コウジョのスタイルを十分に発揮できた試合でした」
「ハハハ。優等生の持田らしい感想文だな。結果じゃなくてさ、お前は飯田の指揮をどう思った? あいつのゲームメイクをどう感じた?」
「それは……」
持出さんの沈黙のあと、荒井先生が口を開く。
「ヒヤヒヤしなかったか?」
「……私はどちらかと言えば、保守的なので。確実に得点できるチャンスをものにしたいと考えますから。そういう場面もあったと思います」
「持田と飯田は同じガードでも対照的だからな。それでもチームがぶれずにまとまっているのは、持田があいつのことを尊重してくれているお陰なんだよな」
「べ、別に私は尊重とかそういうのじゃなくて……。ただ、彼女のことを信頼しているだけですから」
持田さんの声がだんだん小さくなった。
彼女の赤面している様子が目に浮かぶ。
持出さんの「信頼している」の一言が私の胸を熱くした。
「オレは、あの練習試合を見て驚いたよ。マジで鳥肌が立った」
「えっ?」
荒井先生の意外な一言を口にした。
「持田も知ってるだろうが、オレは飯田に全く指示を出していない。そもそも飯田とは、試合の戦術に関する話をしたことが一度も無いんだ。でもあいつは、御殿場商業との試合でオレの思い描いていた通りの流れをつくったんだ。インサイドで飛鳥に勝負させたこと、どう思った? 持田なら飛鳥を使ったか?」
「いえ。私ならそうはしなかったと思います。飛鳥さんの相手はセンターの杉浦先輩でした。彼女は御殿場商業の攻守のキーマンであり、非常に優れたプレイヤーです。飛鳥さんに勝負させるというのは、かなり分の悪い賭けです」
「ああ、その通りだ。しかし飛鳥はディフェンスで杉浦を抑え、さらにオフェンスでもシュートを決めた。あきらかに、そこからコウジョに流れがきたんだ。極めつけは温存させていた梅沢を第4ピリオドで使ったことだ」
「飯田さんは今どうやって得点するかよりも、数分先や次のピリオドを見据えてプレイしているように感じました。私には真似できることではありません。飯田さんのポイントガードとしての能力に、底知れないものを感じたというのが正直な感想です」
もしかして私、めちゃくちゃ褒められてる?
思わず頬が緩んでしまった。
出来れば面と向かって言ってもらいたかったな。
「飯田は基礎もしっかり身に付けているし、体力もスピードもある。視野も広いし、ミスも少ない。そして試合の流れをチームに呼び込む能力がある。こいつは天性だな。無いのは身長とギャグセンスとシュート力だ」
「荒井先輩、2つ余計ですから」
渡辺先生がさりげなくツッコミを入れたところで、持出さんのクスリと笑う小さな声が聞こえた。
「オレは身長を伸ばしてやることはできない。できるのは、どうしたら点が取れるか教えてやれることくらいだ。今は、持田と真由子が外からシュートを決めてくれるし、梅沢がドライブで点を取ってくれる。でもいつか必ず、飯田が自分自身の力で得点しなくちゃいけない、流れを掴み取らないといけないシーンがやってくる。今月から積極的に練習試合も組んでいく予定だ。飯田のオフェンススタイルが固まるまで、副キャプテンとして、ポイントガードとして支えてやってくれないか?」
「……飯田さんは私にパスを出すとき、ほとんどこちらを見ないんです。ノールックパスなんです。でも、大事な場面では一瞬だけ目を合わせるんです。パスを受けたときの感触も違うんですよね。『持出さん、決めろー』って飯田さんの心の叫びが聞こえる気がします。だから、彼女のパスをもらうのが楽しくて、ガードとして一緒にプレイできることが嬉しいです。私、飯田さんのこと信じていますから」
持田さんの言葉を聞いて、涙が溢れてきた。
手で拭ってもとめどなく涙が溢れ、滴が頬をつたって流れ落ちた。
「ああ、オレも信じてるさ。あいつならきっと、自分のスタイルを見つけられるはずだ。長くなって悪かったな。このことは、改めて飯田に伝えておく。じゃ、これで解散」
部室の中から、椅子を引いて立ち上がる音が聞こえた。
わっ、やばい。
どうしよう私、めっちゃ泣いてるし。
目にゴミがー、とかは無理があるよね。
「あら、これって飯田さんのスマホじゃない? 充電したまま忘れたのかしら?」
渡辺先生が尋ねる声が聞こえた。
「きっと、そうだと思います。私が飯田さんに届けます」
よし、今のうちに速やかに撤収してしまおう。
私はその場を急いで離れ、教室に向かって駆け出した。
――私、飯田さんのこと信じていますから。
持出さんの言葉が心に響く。
泣いてなんかいられない。
みんなのために、チームのために私もオフェンスで貢献できるようなプレイを身に付けなくちゃ。
放課後の練習は、普段の基礎メニューと2メン、3メン、オールコート3対2の速攻練習を6時まで行い、その後セカンドブレイクの動きを確認した。
まずは、いつもの3線速攻でフロントコートまで走る。そこからサイドの2人がクロスする形でコーナーへ。コーナーからディフェンスを広げる意識で45度の位置へ走り、パスを受ける。ミドルレーンからパスを出したプレイヤーはコーナーへ移動する。ここからがセカンドブレイクの形だ。4人目に続いて飛び込んできた5人目にパスを出し、レイアップを決める。
最初、荒井先生にホワイトボードで説明されたとき、私たちはチンプンカンプンだった。持田さんは理解しているみたいだったけど。
実際に走ってみたら、渡辺先生の言う通りそんなに難しくはなかったが……。
「わっ! カヤさん、パス早過ぎだよー」
「あっ。ワリィ、ハル」
後から飛び込んでくるトレーラー(4人目、5人目)へのパスが合わない。
基本的にコウジョのファーストブレイク(速攻)は、私がミドルライン(真ん中)を走り、サイドを持出さんとウメちゃんが走る3メンの形だ。セカンドブレイクで後から飛び込んでくるトレーラー(4人目、5人目)にパスを出すのは、持出さんかウメちゃんの役割となる。
普段ガードとしてパスをさばく機会の多い持出さんは、けっこうスムーズに合わせることができたのだが……。
「クァー! 何で合わねーんだー」
すでに5回目の失敗を重ね、ウメちゃんは悔しそうに顔をしかめる。
ウメちゃんは致命的にパスが苦手なことを今日初めて知った……。
「飛鳥さんと真由子さん、もう少し走る速度を落としてもらえるかしら。ウメ吉は慌てず正確にパスを出して。まずは、形と流れをしっかりつくりましょう」
「お、おう。慌てず、正確に。慌てず……」
持出さんからアドバイスされたウメちゃんは、独り言をつぶやいてから大きく1回深呼吸した。
全員が元の配置に戻り、ハルちゃんがリバウンドを取ったところから3線速攻の形へ。サイドの持出さんとウメちゃんがコーナーまで走ってから45度の位置へ。私はウメちゃんへパスを出してコーナーへ。トレーラーである4人目のマユちゃん飛び込んでくる。最後に飛び込んできた5人目のハルちゃんにウメちゃんがパスを出す。
「ナイス、パースッ!」
バールを受け取ったハルちゃんがレイアップシュートを決めた。
「よっしゃっ! ナイスアシスト、アタシ」
「喜び過ぎよ、ウメ吉。飛鳥さんは普段のスピードの半分も出していないわ」
「グッ、知っとるわっ。今のでなんとなく感触掴んだし」
持出さんからダメ出しされて、ウメちゃんは恥ずかしそうにしながら負け惜しみを口にした。
「まあ、まあ。パスのタイミングは慣れだから、繰り返し練習すれば上手くいくよ。根気よく頑張ろうぜい」
「レイアップシュートだけじゃなくて、アウトサイドからシュートするパターンも練習しなきゃいけないよね」
ボールを拾ったハルちゃんがつぶやく。
「これでディフェンスがついたら、さらに難易度アップだよね。よし、頑張ろう」
汗を拭って眼鏡をかけ直しながら、マユちゃんがまるで自分を奮い立たせるかのように声を出した。
「よーし、今日はここまでー。ストレッチ」
荒井先生の合図でセカンドブレイクの練習を切り上げてストレッチを行う。
練習後のミーティングで、渡辺先生から明日の練習内容が告げられた。
そして……。
「土日に行われたインハイ地区予選、静岡県大会決勝リーグの結果を知らせる。4位が浜松愛誠館高校、3位が藤枝聖心女学院、2位が青葉学園。そして1位が三島学園だ。というわけで、静岡県代表はアオガクとサンガクに決定した。ウィンターカップ予選でも、この4校は必ず勝ち上がってくる。心に留めておいてくれ」
荒井先生の言葉に、私たちは声を合わせて力いっぱい返事した。
6時半に練習を終えた私たちは、自主練の内容を変更してセカンドブレイクの練習を続行した。
普段なら各自シュート練習をしているのだけれど、「ヘイ、みんな。私と一緒にブレイクしないか?」という提案にみんなが賛成してくれたのだ。「そのブレイクの使い方だと、休憩を意味するカタカナ英語になるわね。お茶でもご馳走してくれるのかしら?」と持出さんにつっこまれ、皆が爆笑したことは言うまでもない。
練習を続けて7時を過ぎた頃には、ずいぶん形になってきたし、流れもスムーズになってきた。
速攻のスピードはいつもの6割から7割くらいの出力だし、まだディフェンスもついていない状態だから課題は残っているけれど。
「すごいね、サンガク。1位だって」
「歴代最強ってホントなんだねー」
自主練を終え、部室で着替えをしながらハルちゃんとマユちゃんは静岡県大会決勝リーグの話で持ちきりだ。
「2年生エースの速見篠さん、平均得点30点だそうよ。米山先輩が言っていたわ」
「……」
持出さんの話を黙って聞きながら、ウメちゃんは脱いだバッシュをシューズケースにしまい、両手のリストバンドを外す。
ウメちゃんがバスケ部に入部することを決意したあの日、1on1で負けた速見先輩は彼女の前から立ち去った。
その速見先輩がバスケ部に復帰し、三島学園のエースとして静岡県1位を勝ち取り、インターハイ出場する。
ウメちゃんと速見先輩、この2人は不思議な因縁を感じる。
「ウィンターカップ予選、ぜってー倒そうぜ。サンガクも他の学校も」
Yシャツの袖に腕を通しながら、ウメちゃんが笑いながら言った。
そのはっきりとした声に、強い意志と信念を感じた。
ウメちゃんの表情はにこやかだったけれど、彼女の目は闘志で燃えているかのように見えた。
「よーし! ウィンターカップ目指して、明日もブレイクしようぜい!」
「どんだけ休憩すんだよ?」
「ええ、そうね。ブレイクしましょう」
私の高く突き上げた右手拳をみんなが手を伸ばして優しくタッチする。
夜になってだいぶ涼しくなった部室が、朗らかな笑い声に満たされた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます