第24話 今日の敵は、昨日の友だよ!?
御殿場商業高校との練習試合に勝利した私たちは、監督とコーチそしてマネージャーとハイタッチをかわして大いに喜びを分かち合った。
「滝沢ちゃん、イエーイ」
「な、なんでだよ。私は部外者だっつーの!」
手を振り上げた私から顔をそむけ、滝沢先輩がぶっきらぼうに拒否する。
「いいじゃん、いいじゃん。ずっと秀美だって応援してたんだからさ」
「そーだよ。照れることないじゃん」
「ば、バカッ。照れてなんかないし」
顔を赤くする滝沢先輩のそばで、井上先輩と横井先輩の2人はノリノリで皆とハイタッチをかわしていた。
試合中、特に第4ピリオドで先輩たちの声がよく聞こえていた。3人の必死な応援が、プレイしている私たちの力になったことは言うまでもない。
「ほら。約束通り返す」
コウジョのベンチにやってきた森先輩が、腕時計を滝沢先輩に手渡した。
渡された腕時計を大切そうに見つめると、滝沢先輩は安堵の表情を浮かべて左手首につけた。
「あと、賭け試合はもうしねーよ。これでもう気は済んだろ?」
森先輩は私とまったく目を合わせようとはせず、吐き捨てるように言いながらゴテショのベンチに向かって歩き出した。
私はとっさに森先輩の腕を掴んでいた。
「な、なんだよっ!?」
「試合が終われば、敵も味方もありませんからっ。カヨちゃんはバスケを愛する仲間だよっ」
強引に握手する私の手をふりほどこうと、森先輩がジタバタする。
その様子を見ていたゴテショベンチからクスクスと笑いが起こった。
「テメッ、ふざけんな! アンタみたいのと仲間なわけねーだろっ。って言うか、先輩にちゃん付してんじゃねー!」
大きな声で怒りながら、森先輩はベンチへ戻っていった。
ゴテショのチームメイトや後輩たちにもプンプン怒って当り散らしていたが、全員が笑顔のままでいるところを見ると、森先輩のあれはきっと照れ隠しなのだろう。
「さて、お疲れさん。滝沢と井上と横井も応援サンキューな。ぼちぼち片付けて撤収するぞー」
荒井先生の呼びかけに応じて、私たちは撤収を始めた。
ふと体育館の外に視線を向けると、白いブラウスにロングスカートの服装で車椅子に腰掛ける女性を見つけた。
美紀子さんだ!
「陽子ちゃん、どこ行くの?」
「ごめん、みんな先に着替えていて」
後ろから尋ねるハルちゃんに答え、私は体育館から飛び出した。
美紀子さんは体育館に背を向け、スーツ姿の男の人に車椅子を押してもらいその場から立ち去ろうとしていた。
慌ててコンクリの通路を走りながら、美紀子さんの名前を大声で呼んだ。
私に気がついた彼女はスーツの男性に言葉をかけると、一人でこちらへやってきた。
「こんにちは。練習試合、勝ったわね。おめでとう」
「ありがとうございます。美紀子さんは、いつからいらしてたんですか?」
「第1ピリオドの中盤かしら。ホントは最初から応援したかったのだけれど、用事があって遅刻しちゃったわ。ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
改めて丁寧に頭を下げられ、私はすごく恐縮してしまった。
「女の子なのに、すごくよく走るわね。びっくりしちゃった」
「うちの監督、速攻が好きなんです。私たちもこのスタイル、けっこう気に入ってます。ははは」
「速攻なら、身長のハンデは無いものね。それから後半戦、オフェンスがスピーディで、ほとんど1本のパスからの1on1で得点していたわね。ガンガン点が入って爽快だったわ」
美紀子さんはまるで少女のように、瞳をキラキラ輝かせながら語る。
「速さと体力がコウジョの持ち味なんです!」
「そう。ミスやファウルもほとんど無かったし、基礎がしっかり身についている感じがしたわ。セットオフェンスはやらないの?」
「……セットオフェンス? 何やらお得な感じがするオフェンスですね」
「……ふふふ。やっぱり、飯田さんて面白いわね。ふふふ」
口元を隠して笑う美紀子さんは上品だった。
「奥様、そろそろお時間が……」
スーツの男性が歩み寄り、美紀子さんに声をかけた。
「もっとお話していたいけれど、もう帰らなくちゃ。楽しかったわ。ありがとう」
「あのっ、美紀子さん」
「ん? なあに?」
「えっと……」
美紀子さんに確かめたい。
幻のバスケ部のこと。
教頭先生のこと。
そして美紀子さん自身のこと。
美紀子さんはコウジョバスケ部のOGで、その足は試合で痛めたのではないですか?
「飯田さん、どうしたの?」
思いつめる私を見て、美紀子さんは心配そうに尋ねた。
「今日はホントにありがとうございました! また応援よろしくお願いします!」
「ええ、もちろん! 練習、頑張ってね」
微笑みながら頷くと美紀子さんは手を振り、スーツの男性に車椅子を押してもらい、この場をあとにした。
結局、一番聞きたかったことは聞けなかった……。
「何してたんだよー、陽子。みんなもう着替え終わったぞ。早く着替えちゃえよ」
「うん、ごめん。実は美紀子さんが応援に来てくれてたんだよ。ちょっと話してきた」
ウメちゃんにせかされ、急いで着替えながら美紀子さんとのやりとりを簡潔に伝えた。
「それで、幻のバスケ部のこと聞けた?」
「教頭先生のことは?」
ハルちゃんとマユちゃんが早口で質問する。
「それは、聞かなかった」
「えー、なんで?」
「せっかくのチャンスなのに」
2人のがっかりした様子を見て、苦笑いしながら持出さんが口を開く。
「聞かなかったのではなくて、聞けなかったのでしょ?」
「何だよ、それ。どーゆー意味?」
ウメちゃんが首をかしげる。
「幻のバスケ部や教頭先生の過去に触れるということは、美紀子さんの足についても触れるということ。もし、私たちが考えている通りだった場合、美紀子さんにとってはつらい過去を思い出させることになりかねない。飯田さんのことだから、美紀子さんを傷つけることを危惧して聞けなかったのでしょう」
「私、美紀子さんの気持ち考えたら……うっ、ううぇ~ん」
「ちょ、ちょっと飯田さん。分かったから離れて。きゃっ、鼻水がっ」
私に抱きつかれて嫌がる持田さんを見て、ウメちゃんが大笑いする。
「そっか。そうだよね」
「気になるけど、こういうことって聞きづらいよね」
ハルちゃんとマユちゃんが少し考えながら頷いた。
「美紀子さんが幻のバスケ部員だったとしたら、いずれそのことも話してくれるんじゃないかしら? 今のコウジョバスケ部のことを気にかけてくれているみたいだし。その日が来るまで、私たちは精一杯プレイしましょう」
「オッケー」
「うん、そうだね」
「さすが副キャプテン、いいこと言う」
ハルちゃんに褒められて、持出さんはハニカミながら微笑んだ。
「私も精一杯プレイするよー。うっ、ううぇ~ん」
「ちょ、ちょっと飯田さん。きゃっ、よだれがっ」
更衣室内にみんなの笑い声が広がった。
着替えを終えて御殿場商業高校の校舎から出てきた私たちに、嬉しい出来事が待っていた。
ゴテショバスケ部の全員が、見送りのために私たちを待っていてくれたのだ。
ゴテショバスケ部顧問の先生が、荒井先生と渡辺先生に挨拶する。
「いやー、マジ驚いたわ。初心者で創部2ヶ月とか聞いて、舐めてたのはウチらの方だったみたいね」
大竹先輩が頭を掻きながらウメちゃんに話しかける。
「今日は試合できてホントに良かった。バスケ始めたときの気持ち、思い出させてもらったよ。次は負けないからね」
杉浦先輩がハルちゃんに微笑んだ。
背番号7番と8番の先輩2人も、マユちゃんや持出さんと打ち解けて楽しそうに会話している。
「ほら、佳代子も言うことあるでしょ」
3年生の元キャプテン、福田先輩に背中を押された森先輩が、つまずきそうになりながら私の前にやってきた。
「チッ。アンタらの身長じゃ試合で勝っていくのは無理だから。どんなに頑張っても県大会くらい、痛っ!」
憎まれ口を叩く森先輩のほっぺたを福田先輩がギュッとつねった。
「チームの高さを過信して、今負けたばっかりでしょ。偉そうにしない!」
「うっせーなっ。引退したくせに、しゃしゃり出てくんなっつーの」
ほっぺを痛そうにさすりながら、森先輩はプイッとそっぽを向いた。
「この子たちが入ってくるまで、ゴテショは身長の低いチームだったの。センターでさえ170センチもなくてね。高さで他校に劣る分、スタミナとスピードだけは負けないように練習したわ」
何だか今の私たちと似ているな。
「そうだったんですか。意外です」
「私と一緒に審判していた子いるでしょ。羽鳥はね、3ポイントシューターだったの。羽鳥だけでなく、全員がアウトサイドからシュートの狙える選手だった。インサイドが弱い分、攻撃の中心はどうしてもアウトサイドのシュートに頼らざるを得なかったし、相手ディフェンスの意識をしっかり外へ引き付ける必要があったから」
「だから、インサイドが強けりゃ楽に勝てんだよっ。前から言ってんだろ」
「ずいぶん苦しんだ上、13点差で負けたキャプテンの発言とは思えないわね」
「クッ……」
福田先輩に言い返され、言葉に詰まった森先輩は気まずそうに視線をそらした。
「佳代子たちも、入部した頃はよく練習していたの。苦手な中距離のシュートだって部活の終わったあとに自主練したりして。でも、試合で勝てるようになって変わってしまった。インサイドで簡単に点が取れるようになったゴテショは攻守ともにスタイルを変え、佳代子たちは練習で走ることを嫌うようになった。次第に練習時間も短くなり、自主練もしなくなったの……」
「それでも勝っててたんだから、いーじゃねーか。試合に勝って、先輩だっていい思いが出来たろ?」
森先輩が不服そうな顔で言う。
「今日、なぜ光城学園に負けたか分かる?」
「……」
森先輩は黙ったまま、福田先輩の瞳をジッと見つめた。
「単なる走り負けじゃない。光城学園は創部から2ヶ月で、その期間以上の練習をこなしてきている。フットワークをはじめドリブル、パス、シュート、基礎がしっかり身についていた。ディフェンスの穴は多かったけれど、オフェンスはそれぞれの武器をしっかり活かして十分に機能していた。第1ピリオドからラストまで、よく声が出ていたし、チームのムードも常に盛り上げていこうというキャプテンの努力が見えた」
「負けたのは私のせいだって言いたいのかよ!」
森先輩が声を荒げる。
「勝つとか負ける以前に、もっと大事にしなきゃいけないものがあるでしょ! ゴテショバスケ部は佳代子にとって、どういうものなの? チームメイトはどういう存在なの? 光城学園と戦って、もう気がついているはずよ」
「そんなこと、先輩に言われなくたって……」
うつむく森先輩の瞳が少し潤んで見えた。
「飯田さん、ごめんね。長くなっちゃって。ウィンターカップ、目指すんでしょ? 練習頑張って」
「はい! ありがとうございます。頑張ります!」
元気に答える私を見て、福田先輩がニッコリ笑った。
御殿場駅前にある「レストラン喫茶かちいち」で、私たちはささやかな祝勝会及び反省会を行った。
店名は「レストラン喫茶」をうたっているが、店内の雰囲気は明らかに喫茶店寄りである。「レストラン、つけなくてよくね?」とウメちゃんはつっこんでいたけれど、洋食から麺類にいたるまでの豊富なメニューを見て「レストラン喫茶」を掲げている理由が何となく分かった。
ハルちゃんはスパゲッティミートソース、持出さんはミックスサンド、ウメちゃんはエビピラフ、マユちゃんは焼きそばを注文した。ちなみに私は好物のカレー。
滝沢先輩たちは飲み物しか注文しなかった。荒井先生と渡辺先生がおごってくれたので、遠慮したのかもしれない。
「お前ら、あれだけ走ったあとでよく食えるな」
テーブルに並んだメニューをモリモリ食べる私たちを見て、荒井先生が呆れた声で言う。
「試合前に、ほとんど食べてないからお腹すいたんだよー」
私の答えにみんなが頷く。
「ねえねえ、デザート何にする?」
「ハルカちゃんの好きなクレープあるよ」
マユちゃんがメニューを開いて指差した。
「あっ、ホントだ。じゃあ、私チョコバナナにする」
「アタシもっ」
「私は白玉クリームあんみつにするわ」
持出さんて、和風が似合うよね。試合が終わって、長い黒髪をまとめてアップにしているからなおさらそんな風に感じる。
「私、かき氷にする。ブルーハワイ!」
「飯田、まだかき氷の時期じゃないぞ。って言うかお前らまだ食う気かよ!?」
「デザートは別腹ですからっ」
ポンと腹鼓を鳴らす私を見て、みんなが笑った。
「渡辺、デザート代は頼んだ」
「ええっー。先輩ずるいですよ。割り勘にするって言ったじゃないですかー」
「カワイイ教え子に男気見せてやれ!」
「女の私がなんで男気見せなくちゃいけないんですかっ」
渡辺先生から猛反発にあった荒井先生は、結局デザート代も割り勘で支払うことに合意したのだった。
「よし、とりあえずこの場は簡単に試合の感想を言わせてもらう。まず、速攻が十分に機能していたことが良かった。一番見たかったのがそれだからな。1試合通して、しっかり走りきることが出来たこと、これは良い成果だ。うちの機動力をフルに発揮できたと思う。展開を速い流れに持ち込んで点の取り合いをする、コウジョのスタイルを確立できたゲームだった。お前らも、徐々に調子が上がってくるのを感じたんじゃないか?」
確かに、各ピリオドをを消化するごとにコウジョのオフェンスの勢いは増していった。ディフェンスは正直反省点が多いけれど……。
ゴテショインサイドの猛攻をなんとかしのぐことができたのは、ハルちゃんのおかげだ。ゴテショの高さに唯一対抗できたハルちゃんが、ゴール下のディフェンスとリバウンドで奮闘してくれた貢献は非常に大きい。
「チーム全体のミスも少なかったし、ファウルが無かったことは素晴らしいことよ。梅沢さんの中へ切り込んでからのパスも、練習通り連携がうまくいったし、オフェンスは合格点じゃない。ディフェンスはまだまだ課題が山積みってかんじだけどね」
渡辺先生が話し終えてから苦笑いする。
やっぱりね。
「細かい話は、また月曜だ。以上。今日の練習試合の反省会は終わり」
荒井先生はさっさとミーティングをしめると、右手でジョッキを持ち上げてキンキンに冷えたビールをおいしそうに喉へ流し込んだ。
まったく、まだ昼間だというのに。
「なんか、ビールのCMみたいだね」
ハルちゃんがポツリと呟いた。
「練習試合の帰りに監督が飲酒ってどうよ?」
「カヤちゃん、監督は歩きだからきっと大丈夫!」
マユちゃん、そっちの問題じゃない気がする……。
「大目に見ても、いいんじゃないかしら」
「めずらしいね、持出さん。こんなときなら『部活時間は教員の勤務時間内です。仕事中に飲酒とは、脳内がビールの泡みたいにスカスカとしか考えられませんね』とか言いそうなのに」
「私、そこまで毒舌じゃないわよ。飛鳥さんなら何も悪びれずに笑顔で言いそうね」
持出さんが笑って答える。
「むー。ひどいよー、持出さん」
持田さんは「冗談よ」と言いながら、デザートの白玉クリームあんみつをスプーンですくい、ハルちゃんの口に運んだ。
目を閉じて幸せそうな表情を浮かべるハルちゃんは、そのおいしさで機嫌は直った様子。
「私たちが試合に勝って嬉しい気持ちは、監督も同じはずよ。今日は他校のスタメン相手に、コウジョバスケ部が初めて勝利を掴んだ特別な日なのだから」
ゴクゴクのどを鳴らしながらビールを飲み干す荒井先生を優しい瞳で見つめながら、持出さんがニッコリ微笑んだ。
そうだよね。
私たちが嬉しいってことは、監督もコーチもマネージャーも同じように嬉しいってことなんだよね。
そういう思いで改めて荒井先生と渡辺先生、そして米山先輩を見るとすごく胸が温かくなって、ジーンとこみあげてくるものがあった。
「なあ、滝沢ちゃんもなんか言えよー。応援団長だろ」
「違うし。なんだよ、応援団長って」
ウメちゃんの無茶ぶりに滝沢先輩が困った顔をする。
「いいじゃん、応援団長。秀美が一番大きな声で応援していたんだから」
「そーだよ。ほら、応援団代表として一言あいさつしときなよ」
井上先輩と横井先輩はますますノリが良い。
「チッ。いつから私らは応援団になったんだよ。ったく」
滝沢先輩が舌打ちしながら、渋々腰を上げた。
みんなが注目する中、滝沢先輩はゆっくり口を開き、静かな落ち着いた声で語り始めた。
「バスケ部の皆さん、今日は練習試合お疲れ様でした。それから、腕時計を取り返してくれて、本当にありがとう。これは亡くなった母の形見で、ホントに大切なものだったから……だから、すごく感謝してます」
滝沢先輩が丁寧に頭を下げた。
「それから、この場を借りてバスケ部にお詫びします。まだ文香が入部する前の4月、私の個人的な感情でバスケ部の練習を妨害してしまいました。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「その件は、私たちも悪かったから。ごめんなさい」
「本当にすみませんでした」
滝沢先輩が謝罪すると、井上先輩と横井先輩も立ち上がって深く頭を下げた。
「もう、気にしてませんよー。今日は、先輩たちが応援してくれて嬉しかったです。ね、陽子ちゃん」
ハルちゃんが明るい声で言う。
「イエス・アイ・ウィル! 今日の敵は昨日の友だよ。ね、持田さん」
「その答え方と慣用句、両方とも間違っているわよ、飯田さん。昨日の友達が今日敵になるってことは、滝沢さんたちが敵ということになるわ」
みんなが一斉に笑い声を上げた。
ちょっぴり重くなっていた空気が、一気に軽くなった感じがした。
「あと、最後に1つ。これは私の個人的なことなんだけど……文香には中学のときから、ずいぶん嫌な思いをさせてきた。蔑むようなあだ名で呼んだり、嫌がらせしたり……。謝って済む問題じゃないのは、よく分かってる。私のしてきたことをどう償えばいいかも分からないけど、今はすごく後悔してる。本当にすみませんでした」
「……」
誠実な態度で謝罪した滝沢先輩は、深く頭を下げた。
持出さんは黙ったまま、その様子をジッと見つめていた。
「そうですね。とても謝って済むような問題じゃないわ」
「持出さん……」
私は言葉に詰まって、それ以上話ができなかった。
持出さんの中学時代のことは、ミーちゃんから聞いてどれくらい大変だったかは知っている。滝沢先輩を恨む気持ちも、正直分からなくない。それでも、こうして誠意を込めて謝罪する滝沢先輩を目の前にすると、私は2人が和解してくれることを切に願う。
かつて、同じハンドボール部でプレイした先輩後輩の2人。
深まった溝を埋めることは出来ないのだろうか?
お互いが歩み寄ることは不可能なのだろうか?
「時間のあるときは、試合の応援に必ず来ること。そして、全力でコウジョバスケ部を応援すること。以上」
「へっ? それって……」
持出さんの意外な発言に、滝沢先輩は間抜けな声を出した。
「今さっき『どう償えばいいか分からない』と言ってたじゃありませんか。これが私の答えです」
「良かったじゃん、秀美!」
「イエーイ」
自分のことのように喜ぶ井上先輩と横井先輩が、滝沢先輩の背中をバシバシと叩く。
まだ状況を飲み込めていないのか、滝沢先輩はポカンと口を開いたまま持出さんを見つめていた。
「私も、滝沢さんに謝らなくてはいけません。私はあの頃、ハンドボールに真剣に向き合っていませんでした。部活自体、軽視していました。技術ばかり身に付けて、本当に大切なことを置き去りにしていました。ハンドボールに情熱を注いでいた滝沢さんが怒ったのも無理はないと、今はそう思います。バスケ部に入って、バスケが好きになって初めて気がつきました。本当にすみませんでした」
「文香……」
滝沢先輩の目に涙が溢れた。
「だから、今の私を見て欲しいんです。競技は違っても、スポーツにかける思いは共通していると思います。私を……コウジョバスケ部をこれからも応援してください。滝沢先輩」
頬をつたって流れ落ちる涙を拭い、滝沢先輩は笑顔で何度も頷いた。
持出さんの瞳も潤んでキラキラ光って見えた。
私まで胸が熱くなって、思わず涙がこみ上げてきた。
「うえ~ん。持出さ~ん。やっぱり、今日の敵は昨日の友だったよー。2人の気持ちは通じ合っているんだよー」
「ちょ、ちょと飯田さん。くっつかないで。その慣用句、間違ってわ。きゃっ、鼻水が!」
「ハハハ。ブン吉、今日はよく陽子にティッシュの代わりにされるのな。ハハハ」
ウメちゃんの笑いにつられて、みんなも大きな声で笑い出す。
滝沢先輩と持出さんは、ポロポロと涙をこぼしながら微笑んでいた。
持出さんが本当に取り返したかったもの、それは腕時計ではなく、滝沢先輩との信頼関係だったのかも知れない。
「レストラン喫茶かちいち」のテーブルを囲み、滝沢先輩たちとコウジョバスケ部は穏やかな時間の中で、とても温かな気持ちに包まれた――。
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