第22話 小っちゃくても勝てるんです!⑤
第2ピリオド、序盤からゴテショの攻撃はさらに激しさを増した。センターの杉浦先輩にボールを集め、ポストプレイで得点をもぎ取っていく。
対する私たちは、チャンスで確実に速攻を決めて得点を重ねるも、ジリジリと点差を離されていった。
「佳代子、ボール私に回して。コウジョのセンター、大したことないよ」
「OK。ここで、一気に突き放すよ」
「オーッ!」
ゴール下でシュートを決めた杉浦先輩がハルちゃんを見下ろしながら自信たっぷりに発言する。
それに答える森先輩の声に、チームが一体感を増していくのが分かった。
ゴテショの司令塔はポイントガードの森先輩だ。その彼女が、絶対的な信頼を寄せているのがセンターの杉浦先輩。得点力で言えばパワーフォワードの大竹先輩も引けは取らないけれど、ディフェンスやリバウンドといった総合力から見ると、明らかに杉浦先輩の方が一回り上である。
得点の稼ぎ頭という意味ではエースと呼ぶのかも知れないけれど、杉浦先輩はチームの背骨であり、大黒柱と言った方がピッタリのような気がする。
チームメイトからの信頼も厚く、精神的支柱であるセンター杉浦先輩。
ブレーンである森先輩をかく乱させれば波に乗れると考えていたけれど、これはちょっとやっかいなことになったな……。
点差は14点。これ以上、離されるのは絶対まずい。
「持出さん、マユちゃん、よろしくっ」
「分かったわ」
「うん」
2人は力強い声を返してくれた。
ゴテショのゾーンディフェンスは前2人、後ろ3人の陣形でインサイドを固めている。
私からパスを受けた持出さんが、フリーの状態でミドルレンジのシュートを決めた。
「今のは、しゃーない」
「まぐれだ、まぐれ。切り替えよう」
「……」
大声で叫ぶ7番と8番をよそに、森先輩が持田さんをじっと見つめる。
警戒されたかな? 森先輩、公園であのとき持出さんのプレイは見てるからな。
「大丈夫よ。たとえマークされたとしても、45度からのシュートは確実に決めるわ。それに、まだ真由子さんもいるわ」
私の顔に一瞬だけ不安の色が表れたのを持田さんは見逃さなかった。
「そうだね。頼りにしてるよん」
ニッコリ微笑む私を見て持出さんは安心したように、マユちゃんは頼もしい表情で頷いた。
ゴテショのオフェンス。
切り込んできた8番のミドルシュートが外れて跳ね返る。
落ちてくるボールが私の元へ。
やったー。試合で人生初となるリバウンドって、喜んでいる場合じゃない!
「速攻!」
持田さんにボールを渡す。
やってもうた。私のせいで完全に出遅れた。
中央に持出さん、左右にウメちゃんとマユちゃんの3線速攻の形をつくるも、森先輩と7番そして8番の戻る方が速い。
7番と8番がゴール前で待ち構える。森先輩が持田さんのドリブルコースを塞いだ。
スピードを緩めずに切り込んでいくウメちゃんを7番と8番が警戒する。
持出さんは振り返ることなく、斜め後方のマユちゃんへパスを送った。
3ポイントラインでボールをキャッチしたマユちゃんが整った体勢で跳躍し、華麗にシュートを放った。放物線を描いたボールがリングの中へ沈み込んだ。
「マユ、ナイッシュー!」
「マユちゃん、スリー、イエーイ!」
「あ、ありがとー」
3ポイントを決めたあと、ちょっぴりハニカムマユちゃんは変わらない。
これで点差は9点。第2ピリオドも点差は なんとか10点以内に抑えたい。
「チッ。速攻からスリーなんてありかよ」
「たまたまだって。3ポイントなんて初心者が打てるわけねーし」
「……」
黙ったまま森先輩がマユちゃんに視線を送る。
「どうしたの、佳代子?」
「なあ、直子。初心者があのフォームで3ポイント打てる?」
「どうかな? 今の1本だけじゃ、なんとも言えないよ」
確かにマユちゃんは3ポイントをたった1本決めただけ。でも彼女たちは知らない。マユちゃんがだれだけ3ポイントの練習に時間を費やしたかを。どんな気持ちでシュートを打っているのかを。
私はミーちゃんから聞いて知ったのだけれど、マユちゃんは自宅にバスケットゴールを設置してもらい、日曜日もひたすら3ポイントを打っている。(マユちゃんはミーちゃんとオタク友達)
それを聞いて、マユちゃんの3ポイントシュートの得意な位置が正面であることに納得した。
自宅の庭に設置したゴールでは、シュートの打てる角度が限定される。おそらく3ポイントシュートの距離が保てるのは、正面だけだったのだろう。
そしてマユちゃんは、今でも私たちに負い目を感じている。体験入部のときの失言でハルちゃんと一騒動があったから。もちろん私たちは全く気にしていないし、ハルちゃんだって同じだ。でもマユちゃんは自分に厳しく、あきらめない気持ちやチームメイトへの信頼を常にプレイで表そうと必死で努力している。部活の練習でも、今この試合でも。
マユちゃんの3ポイントはまぐれでも、運が良かったわけでもない。正式入部を決心したあの日からひたすら汗を流し、血の滲むような思いで手に入れた宝ものなんだ!
ひたすらインサイドを攻め続けて得点していくゴテショに私たちは速攻で応戦し、点差が開くたびに持出さんとマユちゃんのアウトサイドからの攻撃で引き離されないようについていった。
ここまでゴテショにアウトサイドからのシュートは1本もない。得点の7割がセンター杉浦先輩のゴール下シュートによるものだ。ポイントガード森先輩は注意しておかなければいけないけれど、おそらくそれ以外のプレイヤーに外からのシュートは無さそうだ。
と、なるとやっぱり……
「ハルちゃん、お願いがあります」
「小っちゃい監督ごめんなさい。私、高校3年間はバスケにかけるって決めたんです。だからお付き合いはできません!」
ハルちゃんに、フラれた……。
「いやいや。じゃなくてね。杉浦先輩のことなんだけどね」
「あうー。ゴメンね、陽子ちゃん。ずっとやられっぱなしで。杉浦先輩、すごい上手なんだよ。はじめはパワーだけなのかと思ったんだけど、ターンとかフェイクとかうまくって。ブロックに跳んでも、タイミングずらされちゃうし。でも、大丈夫。あと少しで感覚を掴めそうなんだ。絶対止めてみせるからっ」
「うん。ハルちゃん、信じてるぜい」
私が言うまでもなかったみたい。
第2ピリオドでハルちゃんが杉浦先輩を抑えることができれば、いい流れで第3ピリオドへつながるはず。簡単なことじゃないのは良く分かっているけれど、コウジョのディフェンスの要はハルちゃんなんだ。
森先輩からのパスをローポストで杉浦先輩が受け取る。
森先輩は低く力強いドリブルでハルちゃんをゴール下まで押し込み、フェイントを入れてから左にターンしてジャンプする。
ゴール下で、長い腕を伸ばして高い打点のシュートを放つ。
そのさらに高い位置にハルちゃんの手が伸びていた。
まるでバレーのスパイクを打つような激しいブロックショットが炸裂した。
こぼれたボールをマユちゃんが拾い、走り始めた私にパスを出す。
「ウメちゃん、行けーっ」
「っしゃあ!」
ウメちゃんが瞬く間に速攻を決めた。
「ハルちゃん、ナイスブロック!」
「陽子ちゃん、やったー」
嬉しそうに笑いながら、ハルちゃんは両手を上げて私とハイタッチをかわした。
杉浦先輩が舌打ちをして悔しそうに顔を歪ませた。
「ナオちゃん、ドンマイ」
7番と8番が杉浦先輩の背中を叩く。
「まぐれで1発止められただけだよ。ブロックなんてそう簡単に決まるもんじゃないんだから」
大竹先輩が笑いながら励ます。
「切り替えろ、直子」
「うん。ごめん」
森先輩に声をかけられ、杉浦先輩はボソリと一言だけ謝った。
ゴテショのオフェンス。
ゴール下で面取りをする杉浦先輩に再びパスが入った。
杉浦先輩が首だけひねって後方のハルちゃんのディフェンスを確認する。そこからターンしてシュートの体勢に入る。
ハルちゃんはブロックには跳ばずにピッタリと張り付くようなマークで、両手を高く伸ばしてプレッシャーを与える。
杉浦先輩が左側へステップインしてからドリブルインシュートを放った。
ハルちゃんが少し離れた横の位置から跳躍し、ボール目掛けて手を伸ばす。ボールがハルちゃんの指先に触れて軌道がずれた。リングに当たりボールが跳ね返る。
「安奈、リバン!」
森先輩が叫ぶと同時に大竹先輩が跳んだ。
ブロックショットに跳び、着地したハルちゃんが再び跳躍する。
大竹先輩よりも高い位置に手を伸ばし、指先でボールを上に弾く。
着地後、さらに高い跳躍を見せたハルちゃんがガッシリとボールをもぎ取った。
「ハルちゃんっ」
私の声に一瞬で反応したハルちゃんがパスを出す。
「速攻!」
前を走る持出さんにパスを出し、さらにボールは先頭のウメちゃんへ託された。
1人、自陣コートに戻っていた森先輩が待ち構える。
ウメちゃんがドリブルで中へ切り込んでいく。
森先輩をしっかりと引き付けてから、ウメちゃんは持出さんへパスを送った。
ボールをキャッチした持出さんがフリーの状態でミドルシュートを決めた。
2点を返して7点まで点差が縮まった。
「絶好調だな、ハル」
「飛鳥さん、ナイスディフェンス」
「ハルカちゃん、ナイスブロックだよー」
チームメイトから賞賛され、ハルちゃんは嬉しそうに笑いながら額の汗をぬぐった。
2回ともシュートを止められた杉浦先輩はハルちゃんのブロックを警戒し、強気に攻めることができなくなった。ハルちゃんのディフェンスを過敏なまでに警戒し、パスが入っても勝負を避けるシーンが増えてきた。肉体的な疲労プラス、ブロックを受けた精神的なダメージからか、動きも固く鈍くなりシュートを外すようになった。
ゴテショは攻撃の中心をパワーフォワード大竹先輩に切り替えてきた。しかし杉浦先輩が抑えられたことによる動揺と不調はチームに蔓延し、インサイドの攻撃力はさっきまでと比べて明らかに低下した。
ディフェンスリバウンドを確実にハルちゃんが拾い、そのチャンスを生かして私たちは速攻で得点を重ねる。
4点差まで詰め寄り、得点は42対38。ゴテショのリードのまま第2ピリオドを終えた。
「あと2ゴールで同点よ。飛鳥さん、ディフェンス良かったわよ。それとナイスリバウンド!」
夢中になって声をかける渡辺先生がハルちゃんの背中をポンと叩いた。
褒められたハルちゃんは嬉しそうに元気良く返事する。
「オフェンスの中心だったセンター杉浦先輩を止められたことが大きいですね。御殿場商業のインサイドは、オフェンスに乱れが出始めています。チャンスですよ」
「米山の言う通りだな。んで、どうするよ? キャプテン」
それ、なんで私に聞くかな。フツーは監督が指示するとこじゃない?
「第3ピリオド、またまたハルちゃんにお願いがあります」
「小っちゃい監督、ごめんなさい。今月のお小遣いピンチなんで、コンビニのスイーツは自分で買ってください!」
ハルちゃんにおごってもらう気はありませんからっ。って言うか、今日の帰りはデザート系って決定してたのね……。
「いやいや、じゃなくってね。オフェンスでも杉浦先輩に勝ってもらいたいんだよ」
「えええっ! 無理無理。杉浦先輩のマークをかわすターンとか私できないし。そんなテクニック無いし」
すごい勢いでブンブンと手を横に振りながら、ハルちゃんが拒否する。
「いや、そういうスマートなプレイじゃなくてさ。ガチンコ真っ向勝負で勝ってほしいんだよ」
「う~ん……陽子ちゃんのお願いなら、仕方ないね。頑張ってみるよ!」
「サンキュー、ハルちゃん。信じてるぜい!」
私が飛びつくとハルちゃんは「きゃっ」と可愛らしい声を上げてびっくりしていた。
「インサイドで飛鳥さんが勝負するのは分かったけれど、私たちはどうすればいいかしら? 小さい監督さん」
「第2ピリオドは陽子ちゃんの指示通り、シュートを必要最低限に控えたけど」
コウジョのアウトサイドの要である2人が期待に満ちた表情で尋ねる。
「もち、最大火力で一斉射撃あるのみ。インサイドに固まる敵を殲滅せよ!」
「飯田さん、ボールは1つしか無いのだから一斉射撃というのは無理よ。一応、言いたいことは何となく分かったけれど」
静かな声で答える持出さんの目の色が変わった。まさしく標的を狙う狙撃手の眼差し。まさしく、山猫は眠らない。
「了解であります! 提督」
さすがマユちゃん、ノリがいい。
2人とも、期待してるぜい!
「ちなみにウメちゃんは現状維持でよろしくね」
「えー、私だけお預けかよー」
「速攻には期待してるぜい!」
「第1ピリオドからずっとじゃん。ま、陽子の期待には大いに応えてやるけどな」
不服そうな顔で言いながら、最後にウメちゃんはニッコリ笑って見せた。
「第4ピリオドで仕掛けるのは変わらねーのな。飯田、むこうのキャプテンには気をつけろ」
「ポイントガードの森先輩だよね?」
荒井先生が頷く。
「170センチが4人いるからって、インサイドの1パターンで試合に勝てるほどバスケは簡単じゃねえ。米山の資料も見たが、練習試合では負けなしだった。森が仕掛けてきたら、お前が抑えるしかねーぞ」
「バッチ、こーい!」
「フハハハッ。野球かよ! よし、第3ピリオドいって来い」
荒井先生は豪快に笑いながら私たちをコートへ送り出す。
「さあ、後半戦も集中よ」
「ファイトです! 逆転しましょう」
声をかけてくれた渡辺先生と米山先輩にタッチして、私たちは後半戦のコートへと向かった。
第3ピリオドのジャンプボールを制したハルちゃんが敵陣コートへ走り、ローポストで面を取る。すかさず、杉浦先輩と大竹先輩がマークに張り付いてくる。2人の圧倒的なパワーに押されながらも、ハルちゃんは重心を低く保ってその場を何とかこらえている。
「ハルちゃん」
私はフワリと高めのパスを出した。この高さはハルちゃんにしか取れない。
高く真上にジャンプしたハルちゃんが右手を伸ばし、巻き込むようにしてしっかりとボールをキャッチした。
胸の前でボールをキープし両肘を張って後方を確認する。左に杉浦先輩、右に大竹先輩が構えている。
「ふえーん。やっぱり無理~」
泣き顔のハルちゃんが走ってきた持出さんへパスを出す。
「飛鳥さん、ナイスパス」
タイミングをしっかりと合わせてジャンプシュートを打つ。
角度0度、真横からの中距離シュートがキレイに決まった。
「ふえ~ん。持出さんありがとー。怖かったよー」
「飛鳥さんがディフェンスを引き付けてくれたお陰で、楽にシュートできたわ。こちらこそありがとう」
持田さんがハルちゃんの頭を優しく撫でる。
「ナイッシュ、持出さん&グッジョブ、ハルちゃん」
「陽子ちゃん、やっぱり無理だよー。ゾーンディフェンスのゴテショ相手に、ましてや杉浦先輩に勝つなんて」
「大丈夫! そのうちゴテショのインサイドは過疎化の一途をたどるでしょう」
「えっ? 少子化なの? それとも若者が都会へ?」
ハルちゃん、どちらも違います。でも、カワイイから許すっ。
第3ピリオドに入ってからも、ゴテショのインサイドでの決定力は安定感に欠いた。シュートミスが重なった上、ゴール下でもハルちゃんの粘り強いディフェンスと高いブロックにより、強気で攻めきることが出来なくなっていた。
一方私たちは、持出さんとマユちゃんの2人を中心にしたアウトサイドからの攻撃を展開し、開始4分で同点に追いついた。
私の指示通り、ハルちゃんはローポストから積極的に攻める姿勢を見せてくれた。特に杉浦先輩がマークについたときには、大きな声でボールを呼んで果敢に挑戦してくれたおかげで、ディフェンスを引き付けることができた。
持出さんとマユちゃんは、フリーの状態で中距離シュートを正確に決めて得点を重ねた。
「ディフェンス、マンツーに切り替えろっ。6番と8番にピッタリ張り付け。これ以上、シュート打たせるな!」
怒声を上げながら森先輩がマッチアップの指示を出した。
インサイドに固まっていたディフェンスが散って、それぞれの相手をマークする。
今度は私たちがディフェンスを引き付ける番だ。
「ハルちゃん、勝負っ!」
私から高めのパスをキャッチしたマユちゃんが、首だけ振り向いて後方の杉浦先輩を確認する。
ハルちゃんと杉浦先輩の1on1。
ハルちゃんが強く低くドリブルしてゴール下へ切り込む。杉浦先輩がピッタリとついてくる。
ゴールを見据えたハルちゃんが杉浦先輩を目の前にしたままジャンプする。それに反応した杉浦先輩が真正面でブロックショットに跳んだ。
ハルちゃんの滞空時間は常人と比べて明らかに長かった。そして美しかった。
打点の高さは杉浦先輩のブロックを余裕で越え、放たれたボールがボードの的確な位置に当たってリングを通り抜けた。
「やったよー、陽子ちゃーん」
「ナイスプレイ、ハルちゃん!」
喜んで跳ね回るハルちゃんがみんなとハイタッチをかわす。
「な、なんだよ、それ……なんでそんな跳べんのよ」
「直子……」
「ナオちゃんが負けた……20センチ近く小さい相手に……」
杉浦先輩が動揺をあらわにする。
大竹先輩は言葉に詰まり、7番と8番は驚愕の表情でハルちゃんを見つめていた。
「しっかりしろ、直子! アンタがディフェンスの要だろっ。やられたらやり返せ!」
「う、うん。ゴメン、佳代子」
立ち込めた不安を払拭するかのように、森先輩が激を飛ばした。
自分より小さい相手に、ポストプレイで負けるというのはショックに違いない。ましてや真っ向勝負ともなれば、その心の痛手は大きいはずだ。
インターハイ予選で杉浦先輩がスタメンだったということは、もちろん三島学園との試合にも出場していたはず。そしてその試合で接戦をしたということは、三島学園のセンター相手にもいい勝負をしたということ。
杉浦先輩はセンターとして自負があったに違いない。
ゴテショで最も存在感があり、信頼のある彼女を抑えることができれば、ゴール下でシュートを決めることができれば私たちに流れがくる!
当初考えていた作戦と違ってしまったし、大きな賭けになったけれど、まさに今私たちに風が吹き始めている。
ゴテショのディフェンスがゾーンからマンツーマンへ変わったことにより、インサイドに攻撃できるスペースが生まれた。
ハルちゃんは強気で杉浦先輩に挑み、常に真っ向勝負でポストプレイを仕掛けた。
ハルちゃんが連続4本目となるゴール下からのシュートを決めた。
「クソッ! 何で止められないんだよ」
唇をギュッと噛み締めた杉浦先輩が、悔しそうに呟いた。
きっと杉浦先輩は、ハルちゃんがさらに高くジャンプするようになったと錯覚しているのだろう。おそらく他のプレイヤーも。
でも、それは間違いだ。杉浦先輩のジャンプが低くなったのだ。
コウジョは前半から現在の第3ピリオドまで、常に速攻を継続している。私たちを止めるためにゴテショも走りっぱなしというわけだ。疲労の蓄積された後半、杉浦先輩をはじめとするゴテショのプレイヤー全員の脚力は低下している。
対してハルちゃんは、前半とほぼ遜色の無い動きを見せている。
なんせ、体力と跳躍力はコウジョ№1ですからね!
1on1が優位にはたらいたのはハルちゃんだけではなかった。
スタミナ切れを起こし始めたゴテショのプレイヤーに、持田さんのドリブルを止める術は無かった。
持田さんはいとも簡単にマークを振り切り、常にフリーでジャンプシュートをリングへ沈めていく。
ドリブルやカットインの苦手なマユちゃんも、マークを振り切るまではいかなくとも、整った体勢でシュートを放ち、得点を重ねた。
「陽子ちゃんっ」
ハルちゃんが呼ぶ声に答えてパスを出す。
ハイポストでボールを受け取ったハルちゃんが、カットインでマークを振り切り、走ってきた持田さんへパスをつなぐ。
杉浦先輩が素早くヘルプに入り、持田さんのドリブルコースを塞ぐ。
その瞬間、ボールが杉浦先輩の顔のすぐ横をかすめるようにして通りぬけた。
「持出さん、ナイス、パースッ!」
5本目となるハルちゃんのゴール下シュートが決まった。
コウジョがついに逆転。
得点は56対54。
渡辺先生と米山先輩が飛び上がり、ハグしながら喜んでいる。
荒井先生はジッとベンチに腰掛けたまま、考え事をしているようなしてないような……。
きっと、ハーフタイムで言っていたように、ポイントガードの森先輩を気にしているんだよね。
「クッ……」
杉浦先輩が顔を歪めて下を向く。
「顔上げろっ。なんて面してんだよ、直子!」
「ご、ゴメン」
森先輩に強くお尻を叩かれ、驚いた杉浦先輩が飛び上がった。
「たった1ゴール差だろーがっ! ワタシがすぐに取り返してやる。直子はいつも通り、思いっきりやればいいんだよ。あんなチビッ子にビビッてんじゃねーよ。ゴール下は直子が主役なんだ。全員ぶっ飛ばせ!」
「うん。ありがと、佳代子。頼んだ」
杉浦先輩の表情に明るさが戻る。
嫌な予感……。
着実に流れはコウジョにきている。この良い流れを断ち切られたくない。
何とか1ゴール差でもいい。コウジョのリードで第4ピリオドへつなげたいんだ。
それは、ゴテショも同じ気持ちのはず。
今の悪い流れを断ち切るためにリードして第3ピリオドを終了したいと、森先輩はきっとそう考えている。
「よくもうちのインサイドで、好き勝手やってくれたな」
ドリブルしながら森先輩が私を見下ろす。
「いえいえ。ゴテショさんほどでは。ははは……」
とりあえず褒めて、愛想笑いを返してみた。
「ぶっ潰す! クソチビ共がっ」
こ、怖い……。
感情的な罵声とは裏腹に、森先輩の顔は能面のように無表情で、とても冷たく感じた。
荒げた声と冷静な表情のギャップが不気味で、私は思わず警戒して後ろに下がった。
3ポイントラインの外側、右手で小刻みにドリブルを続ける森先輩は、私と目を合わせたあと、ジッとゴールへ視線を送った――。
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