第21話 小っちゃくても勝てるんです!④
日曜日、私たちコウジョバスケ部は練習試合に臨むべく御殿場商業高校へやって来た。
6月に入ってから急に気温が上がり、この日も天気は快晴でまさしく真夏日となった。クーラーの効いた電車内とはうって変わり、御殿場駅からの道のりは強い日差しを直に受けて歩いてきたため、御殿場商業に到着する頃には全員汗ビッショリになっていた。
「超アチー。マジ溶けそうなんだけど」
「ウメ吉、大変だわ。肌が焼け焦げているわよ」
「ワッ! マジやべー。って生まれつきじゃいっ」
テンポ良くノリツッコミを見せたウメちゃんに、皆が爆笑する。
「でも、この暑さはちょっとキツいね。体育館の中も蒸し暑いんだろーな」
マユちゃんの言うように、この暑さのせいで普段よりも体力の消耗は激しいかもしれない。
「でもさ、暑いって条件は相手も同じじゃん。そう考えたら、ひたすら走りまくってた私たちの方が、有利になる気がするんだよね」
「さすがキャプテン。いいこと言う。それに体育館の中が蒸し暑いってことはさあ、サウナってことだよね。痩せられてキレイになるチャンスだよ、みんな」
ハルちゃん、ポジティブなのはいいことだと思うよ。
「それにしてもこの学校、超キレイじゃね? 新設校とか?」
「いえ、ゴテショは今年開校60周年の歴史ある高校ですよ。去年、校舎を改築したばかりのようです」
キョロキョロと見回す梅ちゃんに米山先輩が答える。
確かに塗装の新しい校舎は美しかった。ところどころでカラフルな色彩も使われていて、近代的な学校をイメージさせる。校舎の外装とは対照的に、意外にも校内はごく普通のつくりだった。
荒井先生が教務課の受付で練習試合に来た旨を伝えると、バスケ部顧問の先生が出迎えてくれた。
全員で声をそろえて挨拶し、更衣室として使用させてもらう教室まで案内してもらった。
土曜にも関わらず校舎内には制服姿の生徒がけっこういて、廊下ですれ違うたびに視線を向けられた。
コウジョの場合、基本的に土曜日はどのサークルもお休みだ。活動しているのは正式な運動部くらいで、校舎内に生徒がいるということは稀である。
ゴテショは文化部の活動が盛んなのかなあ?
着替えを済ませて体育館へ向かう。
「学校に来ている生徒が多いですね。部活動ですか?」
「ええ、うちは6月に文化祭がありまして、その準備をしているんです」
渡辺先生の質問にゴテショバスケ部顧問の先生が愛想良く答える。
なるほどね。しかし6月に文化祭とは季節はずれな。
「どうぞ、こちらです。光城学園の皆さんは手前側のコートを使ってください。今、キャプテンの森を呼んでまいります」
顧問の先生は奥のコートでアップをしているゴテショバスケ部の方へ歩いていった。
アップをしている中に、私たちと公園で3on3をした1年生3人の姿を見つけた。さらにひときわ目立つ一番背の高い選手がいる。あれがおそらく、センターの杉浦直子先輩。他にも170センチくらいの選手が数名いて、遠くから見ていても威圧感がある。
「まさか殴りこみに来るとは思わなかったわー。その勇気、まじリスペクトだわー」
ベンチにタオルやスポドリを置き、準備を終えたところに森先輩が挨拶に来た。
「森さん、失礼だろ。ちゃんと挨拶しなさい」
「チューッス! よろしくー」
「監督の荒井心です」
「コーチの渡辺玲です。よろしくお願いします」
荒井先生と渡辺先生が丁寧に挨拶する。
「やっぱお嬢様校は違うって感じー。監督とコーチ付きかよ。フーッ!」
「コラッ。森さん、やめなさい」
顧問の先生が慌てて注意するが、森先輩は態度をまったく改める様子もない。
「私たちがここに来た意味を理解しているかしら?」
「ああ? 全然わかんないんだけど」
落ち着いた声で尋ねる持田さんに、森先輩は不機嫌な顔で答えた。
「あなたがある人から奪った大切なものを取り返しに来たの」
「へー、ウチらと賭け試合するってんだあ。じゃあ、アンタらには何を賭けてもらおっかなあ。そーだ、アンタらには高校バスケを賭けてもらうよ。今日の試合に負けたら、即バスケ部解散っつーことでよろしくー」
「ちょい、待てよ!」
立ち去りかけた森先輩をウメちゃんが呼び止める。
「なに? 今さらビビッったとか言うなよ。許して欲しかったら慰謝料払いな」
「バカかテメエは? 慰謝料ってのは精神的損害に対する賠償金のことを言うんだよ。意味わかんねーで使ってんじゃねーよ」
「クッ……」
思いもよらないカウンターを食らい、森先輩は言葉に詰まった。
「森先輩、私たちが勝ったら二度と賭け試合はしないと約束してください。バスケを好きな子達に意地悪しないと誓ってください」
「うーわっ、超うざっ。アンタ頭大丈夫? お嬢様校の奴って自分がヒロインだと勘違いしてるわけ? マジ痛いから。ま、その賭けには乗るけど。試合に負けたときのアンタらの顔見るのが超楽しみー」
森先輩はバカにしたように笑いながら自陣のコートへ戻っていった。
「陽子ちゃんヒロインだったの!? すごーい」
素直で信じやすいのはハルちゃんのカワイイところだけれど、将来悪い男に騙されないか心配です。
「陽子ちゃんがヒロインということは、私たちはサブヒロイン?」
「真由子さん、私たちがサブヒロインなら飯田さんは、さぶいヒロインよ」
「ハハハッ。超うけるー。ブン吉やめろよ、試合前に。笑いすぎて腹イテーし」
ウメちゃんの大笑いにつられ、コウジョのベンチは爆笑の渦に包まれた。
「私1人がヒロインでも、さぶいヒロインでもないやい! コウジョバスケ部全員がヒロインだよ!」
「ええ、そうね」
「さすがキャプテン、いいこと言う」
持出さんとハルちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
マユちゃんも目を輝かせている。
「でもさ、シンちゃんがヒロインってのは無理っしょ? おっちゃんだぜ」
「梅沢、おっちゃん言うな! ギリで20代だっつーの。お前らも見んじゃねーよ」
ウメちゃんの言葉を聞いて荒井先生に視線を向けた私たちは、思わず吹き出してしまった。
「それに、レイちゃんも年齢的にヒロインはキツくね?」
「プフッ」
「あなた達、いつまでおしゃべりしてるのっ。さっさとアップ始めなさい!」
「はーい」
渡辺先生に注意され、笑いをこらえながらコートに入った。
アップを終えてベンチに戻ると米山先輩がナンバリングを配ってくれた。荒井先生に「背番号は好きに決めていいぞ」と許可された私たちは、サンナンとの練習試合のときと同じ背番号を着用することにした。一度つけただけの背番号だけれど、なんだか愛着が湧いていたから。
早くユニフォームが欲しいと思うけれど実績も無く、ましてや創部間もないコウジョバスケ部に、ユニフォームを揃えるほどの部費は無い。公式戦デビューまでになるべく部費を貯蓄して、不足分は自費で補ってユニフォームを購入する予定となっている。
「なんかギャラリー増えてね?」
お気に入りの青いリストバンドを両手首につけながらウメちゃんが周囲を見渡す。
確かに最初に比べて、制服姿の生徒が増えている。バスケ部の練習試合を聞きつけて観戦に来たらしく、体育館の外にも色々な運動部の生徒達が集まってきていた。
「なんだか、まさしくアウェーって感じだね」
言いながらマユちゃんが苦笑いする。
「ああっ、あれ、滝沢ちゃんだ! 井上先輩と横井先輩もいるよ」
ハルちゃんの指差す先には、コウジョの制服に身を包んだ滝沢先輩たち3人が、外から遠慮がちに中の様子をうかがっていた。
「先輩方、応援に来てくれたんですか? いやいや、超心強いっす。もっと近くで応援してくださいよー」
「ば、バカッ。ちげーよ。ワッ、引っ張るな、飯田」
私が腕を掴んで中に引き入れると、最初は抵抗していたものの観念した滝沢先輩はおとなしくベンチのそばまでやってきた。その後から井上先輩と横井先輩もついてくる。
「お、滝沢。それに井上と横井も一緒か。わざわざ応援に来てくれたのか? サンキューな」
「い、いえ。別にそーいうんじゃないですけど。ちょっと気になったって言うか……」
そっか、荒井先生は2年生の国語担当だから滝沢先輩たちと面識があるんだ。
それにしても、恥ずかしそうにモジモジしている滝沢先輩は面白くてちょっと可愛らしい。
「審判を務める3年生の福田と羽鳥です。福田は元キャプテンで、羽鳥も引退するまではスタメンだったんですよ」
「皆さん、今日はよろしくお願いします」
ゴテショ顧問の先生が2人を紹介する。
福田先輩と羽鳥先輩は小さい人だった。身長は私とほとんど変わらない。
ゴテショは高さを生かしたインサイド中心の攻撃が得意と聞いていたから、小柄な3年生2人がスタメンだったことがすごく意外に感じた。
「よーし、そんじゃ作戦会議な。お前らにバスケの必勝法を伝授してやるからよーく聞け」
えっ!? そんな必勝法とかあるの? 是非知りたい。
荒井先生の前で1列に並んだ私たちの期待感はグッと上昇した。
「相手より1点でも多くシュートを決めろ! そうすればお前らは確実に勝てる! 以上」
「……」
沈黙の後、みんなが一斉にため息をついた。
期待した私がバカだった。荒井先生がまともな戦術を口にするはずないもんね……。
「で、他は? もっと具体的な作戦ねーのかよ。作戦ボード使ったりしてさ」
呆れた様子でウメちゃんが尋ねる。
「そんなもんねーよ。そもそも、お前らのチームとしての武器は1つしかねーだろ。今日までひたすらバカみたいに練習してきたんだからな。ま、個人の武器の使いどころは任せるからよ」
「ラジャ! よし、みんな円陣組もう」
私の合図で5人が輪になって気持ちを1つにする。
「コウジョーッ、ファイッ!」
「オーッ!」
気合のこもった掛け声が体育館に響き渡った。
「さあ、集中よ。普段の練習を思い出して」
「皆さん、いつも通りいきましょう」
渡辺先生と米山先輩に声をかけられ、私たちは2人の手にタッチしてコートへ入った。
試合で普段の練習通りにするということがどれだけ難しいことかは、すでに経験済みだ。
いつもと違うコートにバスケットゴール。周囲には試合を観戦するたくさんの生徒たち。初めて対戦するチーム。相手は学年も経験も上で、身長も私たちより10センチ以上高い。ゴテショに勝つためには、いつも通りの私たちのバスケをしなくちゃいけないんだ。
みんなの表情はキリッと引き締まり、集中力が高まっている様子。その顔に緊張の色は見られない。むしろ渡辺先生と米山先輩の方がソワソワしていて、一目で緊張が伝わってきた。
「うむ、みんないい顔しとるじゃないか」
「お前は監督かっ」
ウメちゃんのツッコミで皆の表情が和らいだ。
「それで小さな監督さん、何か指示はあるかしら?」
「うむ、スタートからガンガンいきなさい。常にゴールを意識すること。ウメちゃんはむやみに切り込まないこと。試合中に帰りのコンビニで何を食べるか考えないこと。以上」
「最後のなんだよっ」
「小さい監督ごめんなさい。今日は暑いからアイスがいいなあって思ってました」
ハルちゃんはカワイイから許すっ!
「3ポイント、試してみてもいいかしら? 45度からならいけそうな気がするの」
「いいよん。マユちゃんは調子どう?」
「調子は悪くないと思うけど。コートがいつもと違うから、感覚を掴むまでに少しかかるかも……」
「オッケー。じゃ、マーク確認するよ。私が4番の森先輩、ハルちゃんが5番の杉浦先輩、ウメちゃんが6番の大竹先輩、あとは持出さんが7番、マユちゃんが8番だよ」
みんなはそれぞれ頷いてから、センターラインに相手チームと向かい合って整列した。
こうして目の前にすると、ゴテショの選手はホントに背が高い。7番と8番も170センチはありそうだ。
「佳代子の言う通り、ホントにちびっ子軍団じゃん。ハハハ」
「しかも創部1ヶ月でみんな初心者とかありえないわー。アンタ達、バスケ舐めすぎだよ」
杉浦先輩が私たちを見下ろして高らかに笑い、大竹先輩は声を低めて脅すような口調で言いながら睨みつける。
「違いますからっ。創部2ヶ月なんです!」
「どーでもいーとこつっこむな、陽子」
「フッ、フフフ。確かに、創部2ヶ月に間違いないけど。プフフ」
ウメちゃんと持出さんが吹き出し、笑いをこらえようとしている。
「フフフ。今日一番のツッコミだね、陽子ちゃん。あれボケ? ツッコミ?」
「プフフッ。ハルカちゃんもどっちでもいいよー。やめてー、お腹いたいよ」
首をかしげるハルちゃんを見て、マユちゃんも笑いが止まらない。
ゴテショスタメンの皆様は、そんな私たちを怖い顔で睨んでいた。
「先輩への態度が全然なってないね。この試合で嫌と言うほど思い知らせてあげる」
「私語は慎んで。もう始めます」
明らかに怒った様子の大竹先輩を審判の福田先輩が注意した。
互いに礼をして、ハルちゃんがジャンプボールの位置につく。相手は177センチのセンター、杉浦先輩。
がんばれ! ハルちゃん。
「陽子ちゃん、絶対に勝つからね私。カヤさん、頼んだよ」
相手と対峙したままハルちゃんはキッパリと宣言した。それを杉浦先輩が鼻で笑い飛ばす。
私はウメちゃんと顔を見合わせて頷いた。
審判がセンターサークル中央でボールを持って構える。
体育館中が静まり、1つのボールに全員の意識が集中する。
ボールが高く真上に上がった。
ジャンパーの2人が同時に跳躍する。
あっという間にハルちゃんの手は杉浦先輩の高さを越えてボールを叩いた。
狙ったかのように私の手元へ落ちるボールをしっかり受け止める。
「ウメちゃん、走れっ」
「言われなくても、走ってんよっ」
すでに敵陣コートのフリースローラインまで走っていたウメちゃんへ鋭いロングパスを送る。
「ナイス、パーッス」
叫びながらウメちゃんがランニングシュートを決めた。
戻ってきたウメちゃんとハイタッチをかわす。
「さあ、ディフェンス1本。止めるよっ」
「オーッ」
ディフェンスに切り替わり、それぞれの相手をマークする。
私のマッチアップはポイントガードの森先輩。あの時、公園で森先輩のプレイは見ていない。
さて、どんなプレイスタイルなんだろう?
思い切って間合いを詰める。相手にピッタリと張り付くようなディフェンスでプレッシャーを与える。
私のディフェンスに全く動じず、森先輩は安定したドリブルでボールをキープしている。
森先輩が少し強引なドリブルで私を抜き去り、ゴールへ向かって真っ直ぐ走り出した。
インサイドに集まっていた杉浦先輩と大竹先輩が外にきれてスペースを空ける。
「ハルちゃん、ヘルプ!」
私の声でハルちゃんが森先輩のディフェンスにつく。森先輩の勢いは止まらず、力強いドリブルで中へ押し込まれたハルちゃんが転んで尻餅をついた。
ホイッスルは鳴らない。
森先輩がゴール下からシュートを決める。
「佳代子、ナイッシュ!」
「カヨちゃん、ナイス」
杉浦先輩たちに声をかけられ、森先輩は「イエーッ!」と大げさなリアクションを見せた。
「ハルちゃん、大丈夫?」
「うん、平気。陽子ちゃん、ありがとう」
私の手を掴んで立ち上がったハルちゃんはペロリと舌を出して笑った。
「あのポイントガード、自分で切り込んでくるタイプみたいね」
「だね。注意するよ。あ、オフェンスだけどさ、持出さんとマユちゃんはいつもよりシュートの射程を狭くしてくれる?」
「えっ!? なんで?」
マユちゃんがびっくりした顔で見つめる。
「わざと相手ディフェンスの前でシュートしろ、と言うことかしら?」
「そうそう。ブロックされてもいいからさ。それと3ポイントだけど、第1ピリオドは封印でよろしくね」
「了解したわ」
「陽子ちゃんが言うなら……」
持出さんは私の意図を察した様子で静かに答えた。
マユちゃんは、ちょっぴり不安そう。
ちゃんと説明してあげたいけれど、試合中だからゴメンね。
「それからウメちゃんは、くれぐれも無理しないよーにっ」
「それは、さっき聞いたし。でも大丈夫かよ? アウトサイドからの攻撃を封印すると、速攻の1パターンになるぜ。って言うか、速攻できるチャンスだって毎回あるわけじゃねーし」
「そこは心配ありません。ハルちゃんが頑張ってくれます!」
「ええっ!? 私? あのインサイドで得点する自信は無いよう」
ハルちゃんは困った様子で弱音を吐いた。
「まずは前半戦、第2ピリオドまで今の作戦でいくよっ。得点は速攻でもぎ取るよ!」
「オーッ!」
私の指示通り、ハルちゃんは積極的にインサイドを攻めた。何度も果敢に挑むも、全員が170センチ前後の高さを誇るゾーンディフェンスの前にハルちゃんのシュートは阻まれた。
持出さんとマユちゃんも外からのシュートを封印し、なるべくゴールに近い位置シュートを放った。やはり相手ディフェンスの高さに苦戦し、幾度もブロックにつかまった。
対するゴテショは十分に高さを生かし、インサイドで得点を重ねていく。公園で3on3をした1年生とは、やはりプレイの重みが違う。パワーだけでなくターンの技術も巧みで、私たちのディフェンスは一蹴された。
そして、私たちの速攻は――。
「ハル、リバン!」
大竹先輩がミドルシュートを外し、ボールがリングに当たって跳ね返る。
杉浦先輩のほかに、7番と8番も中に入り込みスクリーンアウトでポジションを確保している。ハルちゃんが素早く杉浦先輩の前に出て、スクリーンアウトで彼女を外に押し出した。
跳躍したハルちゃんが、ゴテショの高身長プレイヤー3人よりもさらに高いところへ手を伸ばし、ガッチリとボールをもぎ取った。
「速攻!」
ハルちゃんからボールを受け取り、力いっぱい一直線にパスを出す。
「うりゃあああ!」
敵陣コートへ走るウメちゃんが前のめりになりながらボールをキャッチし、フリーでランニングシュートを決めた。
「ウメ吉、ナイスラン」
「カヤちゃん、ナイッシュー!」
持出さんとマユちゃんが戻ってきたウメちゃんの背中を叩く。
「無茶なパス出すなよ、陽子。今、ギリだっだぞ」
「ウメちゃんには、あれくらいが調度いいのさ」
「なんだよ、そりゃ?」
「ほら、次ディフェンスだよ。切り替えて」
「分かってんよ」
ウメちゃんは仏頂面で返事をするとディフェンスについた。
森先輩は、持出さんの言うように自分から積極的にドライブを仕掛けてくるタイプだった。
ドリブルは安定感があって上手だけれど、少し高い。ボールを持ち替えて切り返す一瞬に隙が生じるのを私は見逃さなかった。
森先輩がクロスオーバーでドライブを仕掛けた瞬間、ボールに手を伸ばしてスティールを決める。森先輩の手からこぼれたボールを素早く奪う。
ウメちゃんと持出さんがゴールに向かって一斉に飛び出す。
ドリブルで疾走する私の左には持出さん、右にはウメちゃんの3線速攻を繰り出す。
私からパスを受け取った持出さんが、フリーでランニングシュートを決めた。
「フミカちゃん、ナイッシュー!」
「すごーい。3人とも息ぴったり。練習通りだね」
マユちゃんとハルちゃんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ええ。速攻は問題なさそうね」
「カウンター決まると超気持ちーな」
持出さんとウメちゃんも手ごたえを感じている様子。
「さあ、ディフェンス集中だよ!」
「オーッ!」
自分達が練習してきた速攻が決まり、ますます士気が高まった。
ゴテショのインサイドの攻撃力はすさまじく、はっきり言ってなすすべが無かった。高さとパワーというシンプルな力の差を見せ付けるかのように、ゴテショはひたすら中に入り込んできて、ローポスト、ミドルポストの近い位置からシュートを決めていく。
ディフェンスがついていてもお構いなしにシュートを決められる。中でもセンター杉浦先輩のポストプレイには圧倒された。ハルちゃん、持出さん、ウメちゃんの3人がかりでも吹き飛ばされるパワーには、もはや呆れるしかなかった。
私たちのディフェンスは通用しないものの、オフェンスもそうかと言うと決してそんなことは無かった。
ほとんどのディフェンスリバウンドをハルちゃんが拾ってくれたおかげで、たくさんのチャンスが生まれた。私たちが繰り出す速攻に、ゴテショはほとんど反応できずにいた。度々、相手のドリブルをカットしてからの速攻も決め、私たちは走りでゴテショを圧倒した。
第1ピリオドが終了。得点は24対14の10点差でゴテショのリード。
「ナイスファイトッ! 速攻、練習通りできてるわよ。まだまだ大丈夫よ。これからよっ」
ベンチに戻った私たちに、渡辺先生は普段以上に明るい声で振舞った。
「レイちゃん、心配いらないし。アタシら勝つ気満々だし」
「もしかしてコーチ、私たちが戦意喪失してるように見えました?」
「えっ? 違うの?」
マユちゃんが尋ねると、渡辺先生は驚きながら聞き返した。
「あのインサイドのオフェンス力には呆然ですけどねー。ハハハ」
笑って答えるハルちゃんの気持ちは計り知れない。ずっとセンターの杉浦先輩を相手にゴールを守っていたのだから。何回吹っ飛ばされても諦めず、しつこくディフェンスを続けたハルちゃんのおかげで、ゴテショの得点を20点台に抑えられたのだ。マッチアップがハルちゃんでなければ、手遅れになっていたに違いない。
「で、どのタイミングで仕掛けるんだよキャプテン? あんまし離されると後半きつくなるぞ」
私の考えを全てお見通しといった顔で荒井先生が尋ねる。
「第4ピリオドだよ」
「大丈夫か?」
「飛び道具は第2ピリオドで開放すから、ご安心あれー」
「ハハハ。飯田らしいな」
豪快に笑う荒井先生を見て、渡辺先生は要領を得ない様子。
「仕掛けるって? 飛び道具って? なんなのよ、一体!」
「先生、落ち着いてください。私と真由子さんは、キャプテンの指示でアウトサイドのシュートを打っていません」
「えっ!? そうなの? なんで?」
「それは、私はちょっと……」
マユちゃんが言葉を詰まらせる。
「試合を見ていただければ分かりますよ、コーチ」
持出さんは悪戯っぽく微笑んだ。
静かに呼吸を整え、第2ピリオドに向けて準備する私たちとは対照的に、ゴテショのベンチは非常に騒がしかった。奇声を上げたり手を叩いたり、大げさなそぶりを見せながら盛り上がっている。
「イエー! もう10点差じゃん」
「余裕じゃーん」
背番号7番と8番がわざとらしく大声を上げる。
「先輩、トリプルスコアいけますよー」
「うちの相手じゃありませんね」
「100点ゲームしましょー」
1年生も興奮した様子でスタメンの2年生を賞賛している。
10点差にリードを広げて喜ぶ周囲とは違い、キャプテンの森先輩は静かだった。
「どうしたの、佳代子? 黙っちゃって。らしくないじゃん」
「……別に。ただ、第1ピリオドでコウジョに10点以上も決められたのがムカつくだけ」
「ハハハ。佳代子はプライド高いなあ」
笑う杉浦先輩に対して森先輩は首を横に振る。
「そんなんじゃないし。それに……」
「それに、何?」
「なんでもない。さあ、第2ピリオドいくよ!」
言葉を飲み込むように口を閉ざした森先輩は、自分自身を奮い立たせるかのように声を出した。
ふー、怖いいなあ。私の作戦、ばれちゃったかと思ったよ。
「さあ皆さん、そろそろ時間ですよ」
米山先輩に声をかけられ、私たちは立ち上がった。
「第2ピリオドも速攻でガンガンいくよー!」
「キャプテン、3ポイント解禁していいですか?」
「うむ、許す。持出さんもシュート打っていいよー。ただしっ」
「何かしら?」
「点差を10点以上、離された場合に限ります。基本は速攻でいきますからっ! 第4ピリオドのラストまで、走って走って走りまくるよー!」
マユちゃんと持出さんは互いの顔を見合わせてから「プフフ」と失笑した。
「陽子ちゃんが言うと、マジメな作戦でもなんだか冗談みたいに聞こえるねえ。さすがはキャプテン」
ハルちゃん、そこ褒めるとこ?
「で、キャプテン。アタシはまだ無茶しちゃダメなわけ? 暴れたくてウズウズしまくりなんですけどー」
「うむ。速攻だけに専念するのじゃ。さすれば、必ずや道は開かれるであろう」
「だから、誰だよ!」
ウメちゃんのツッコミでコウジョのベンチに笑いが起こった。
「さあ、第2ピリオドも気合入れていくよっ。コウジョーッ、ファイッ!」
「オーッ!」
第1ピリオドにも増して、さらに気合のこもった声が熱気を帯びる体育館にこだました。
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