第17話 幻のバスケ部!?②

 3年生校舎の1階には学校教務課があり、その隣が教頭室である。さらに奥には校長室、学園理事長室が並んでおり、生徒である私たちがそのエリアに訪問する機会は滅多にない。

 実際、教頭室を訪ねるのも今回が初めてだ。

 教師の威厳と根拠無き自信に満ち溢れた渡辺先生を先頭に、私たちバスケ部は教頭室の前までやってきた。

 中から話し声が聞こえる。1人は教頭先生、もう1人はおそらく客人のものだろう。

「まだ、話しているみたいね。待っていましょう」

「ねえ、レイちゃん。今、バスケ部がどうとか聞こえたよ。私たちのこと話しているみたいだよ」

「ちょ、ちょっと飯田さん。よしなさい。教頭室の前で盗み聞きなんて」

 扉に耳を押し付ける私を渡辺先生が慌てて止めようとする。

「えっ、マジ? 教頭の奴、何しゃべってんだ」

「なになに? もしかして褒められてる?」

「ハルカちゃん、私も聞きたい。間に入れて」

「お、おいマユ、苦しいって。マジ定員オーバーだし」

「ちょっとみんな、はしたないわ。そんなことをしなくても、耳を澄ませばそれなりに聞こえるものよ」

 髪を耳にかけ、そっと目を閉じた持田さんが室内の会話に意識を集中させる……。

 結局、持田さんも盗み聞きしてるじゃん。

 明るく活発な客人の声は女性のものだった。元気な大きめの話し声につられ、教頭先生の声もいつもより心なしか弾んで聞こえる。

「――は知っているのかな?」

「知らないでしょう。存在しなかったものとして蓋をされているもの」

「そうよね。あんなことがあれば仕方ないわよね。ねえ、久子はその子たちとお話したことあるの?」

「無いわよ。教頭が生徒と会話する機会なんてないもの」

「えーっ、つまんないわね。話、すればいいじゃない。久子が話さないと、私が聞けないじゃない」

「まったく。あなたは相変わらずね」

 2人はずいぶん親しげに、楽しそうに会話していた。

 いつもの厳かな雰囲気と違い、柔らかな口調と優しい声で話す教頭先生に意外な一面があることを知って驚いた。

「お、おい陽子、押すなって」

「私じゃないし。ハルちゃんだし」

「うーん、よく聞こえないよー」

「ハルカちゃん、ダメだよ。中に聞こえちゃうよ」

「ちょっとみんな、静かにしてくれないかしら。中の会話に集中できないわ」

 朝の通勤ラッシュ状態の私たちに、持田さんがクレームをつけたときだった。

 教頭室の扉が急に開かれた。

 体を押し付けるようにしていた私たち4人が、そのまま教頭室の中へ倒れこむ。

「わっ!」

「イテッ」

 体を起こして前を見ると、そこには私たちに鋭い視線を向ける教頭先生が仁王立ちしていた。

「渡辺先生、行きましょう」

「えっ! このタイミングで?」

「仕方ありません。飯田さんたちが体を張って突破口を切り開いたんです。今度は渡辺先生の番です」

 持田さんが無理のある説得で嫌がる渡辺先生の腕を引っ張り、教頭室に入ってきた。

「し、失礼しまーす」

「渡辺先生! また、あなたですか? 生徒と一緒になって盗み聞きとは、ずいぶんと素敵な趣味をお持ちのようね」

 教頭先生がうっすらと笑みを浮かべながら冷たい視線を送る。

 怖い……。

「ち、ち、違います。盗み聞きだなんて――」

「渡辺先生は、決して盗み聞きなどしておりません。先生は、教頭先生の用事が済むまで待っているよう私たちに言いました」

 おっ、持田さんが先生をかばった。いいとこあるじゃん。

「飯田キャプテンが欲望の赴くままに、先生や私たちの注意を無視して独断でこのような不始末をしでかしてしまいました。本当に申し訳ありません」

 私が悪者かっ!

 前言撤回。持田さんの裏切り者め。

「ねえねえ、あなた達バスケ部よね?」

 まるで無邪気な子供のように目を輝かせて尋ねる客人が、車椅子であることにこのとき初めて気がついた。

 色白で細身のキレイな人だった。若く見えるが年齢はおそらく教頭先生と同じ40代くらい。

 ビシッとしたスーツ姿とは対照的に、にこやかな表情からは親しみやすさが感じられる。

「あ、はい。バスケ部の――」

「飯田陽子さん、キャプテンよね?」

 私が名乗る前に言い当てられ、驚いた。

 びっくりされたのが嬉しい様子の客人は、子供っぽく得意げに笑った。

「美紀子、そろそろ時間でしょ。それに、あまり生徒と話すのは――」

「ちょっとくらいいいじゃない。ね、お願い。久子が黙っていてくれれば、問題ないでしょ?」

 美紀子さんが子供みたいにねだると、教頭先生は深いため息をつき、仕方無さそうに首を縦に振った。

「えっと、キャプテンの隣、ギャルっぽいあなたが梅沢伽耶さん。ショートカットのあなたが飛鳥春香さん。そして、眼鏡のあなたが荒井真由子さんね」

 フルネームを言い当てられた3人とも、私と同様にびっくりした様子で頷く。

「後ろのロングヘアーのあなたは、持田文香さん。それから、コーチの渡辺玲先生ね。さすが駿河大の元ミス・キャンパス。美人さんね」

「あ、いえ。そんな、とんでもない」

 久しぶりに褒められて、渡辺先生めちゃくちゃ嬉しそう。

 そういや忘れていたけど、先生はミス駿河大だったっけ……。

「私、人の名前を覚えるのが特技なの。エッヘン。みんな、バスケは好き?」

「はいっ!」

「元気な返事でよろしい。息もぴったりね」

 声をそろえて答えた私たちに、美紀子さんは満足そうに微笑んだ。

「荒井先生が監督になって練習が厳しくて苦しいときも多いけど、やっとみんな揃ってコウジョバスケ部ができたから、先生たちやマネージャーの米山先輩、チームメイト全部ひっくるめてバスケが大好きです!」

「だな」

「うん、うん」

「私もー」

「ええ、そうね」

 みんなで顔を見合わせて頷く。

「そう、素敵ね。練習頑張ってね。色々と理不尽で大変なこともあるでしょうけれど。ごめんなさいね……」

 話している間ずっと明るい顔をしていた美紀子さんの表情が曇った。

 美紀子さんが悲しそうな目で見つめる訳も、私たちに謝る理由も分からなかった。

 ただ私には、彼女が何かを伝えたいのに話すことができないジレンマに苦しんでいるかのように見えた。

「美紀子、もうこの辺で。さあ、行きましょう」

「ええ。バスケ部のみんなとお話できて楽しかったわ。ありがとう。またね」

 美紀子さんは元の笑顔に戻ると私たちに手を振り、教頭先生に車椅子を押してもらって退室した。

 来賓用の玄関まで見送りをした教頭先生はすぐに戻ってきて、教頭専用の高級感漂う革張りの椅子に腰掛けると、私たちに改めて用件を尋ねた。

「それで用件は何かしら? この後も予定があるので、要約して具体的かつ簡潔にお願いします」

 無愛想な表情と事務的な言葉に圧力を感じる。

「私たち、これから部室になる倉庫の片付けしていたんです。そしたら、『苗木久子』と書かれたロッカーを見つけて」

「……それが何か?」

 教頭先生がトゲのある声で聞き返す。

 まったく身に覚えが無い様子で振舞っているけれど、『苗木久子』の名前を口にしたとき、一瞬だけ教頭先生の眉がピクリと引きつったのを私は見逃さなかった。

「だからさー。教頭先生が昔使ってたロッカーなんじゃないかって、超気になったからさ」

「記憶に無いわね」

 まるで政治家の言い逃れみたいな返答をする。

 ウメちゃんが舌打ちをして教頭先生を睨みつける。

「あのお、ちなみに教頭先生ってご結婚されてますかあ?」

「なぜ飛鳥さんに私のプライベートを話さなければいけないのかしら?」

「いえいえ。既婚か独身かを知りたいのではなくてですね、結婚されていた場合、旧姓は何だったのかなあと」

 ハルちゃん、粘り強い。

 教頭先生は眉間に深いしわを寄せながらため息をついた。

「……苗木よ。そのロッカーのかつての使用者と同姓同名ね。こんな偶然もあるのね。驚いたわ」

「あの、この雑誌に見覚えありませんか? このページだけ切り取られているんですけど……」

 マユちゃんが教頭先生の目の前に『月間バスケ』を掲げる。

 このときも教頭先生は一瞬だけ目を大きく見開いて反応を示したが、あくまで知らないという態度を貫いた。

「さあ、もう気は済んだでしょう。私は忙しいの。そろそろ退室してくれるかしら?」

「あのお、さっきの車椅子のお客さんて――」

 非常に冷たく鋭い視線を突き刺され、私は思わず出しかけた言葉を飲み込んだ。まさに蛇に睨まれたカエル状態。

「お忙しいところお邪魔しました。失礼いたします。さあ飯田さん、戻りましょう」

 石化して動けなくなっていた私の腕を持田さんが引っ張った。

「失礼しました」

「渡辺先生、ちょっと残ってください」

 おじぎして私たちが退室したところで、渡辺先生だけ呼び止められた。

「は、はい。何でしょう?」

「それは、こちらが聞きたいですね。その爪は何ですか?」

「……ネイルアートです」

「それは見れば分かります。そんなことを聞いているのではありませんよ。どういうつもりでそんな爪をしたまま学校に来たのか聞いているのです!」

 教頭先生の叱責に渡辺先生が身を縮めるのが目に浮かぶ。

「ええっと、このあと友人と約束がありまして……」

「プライベートと仕事を混同するなといつも言っているでしょう。ネックレスにピアス、頭髪から服装にいたるまで何度注意したら分かるのですか。いつまで女子大生気分でいるつもりですか!」

「す、すみません」

「教師は生徒の模範でなくてはならないと言ったはずですよ。それをあんたは――」

 教頭室から大音量で聞こえてくる教頭先生の声に、私たちは顔を見合わせて苦笑いした。

 渡辺先生は、私たちと同じ高校生のころも今みたいに注意を受けていたのかなあ?

 そんなことを考え高校時代の先生に妄想を膨らませていると、よりいっそう渡辺先生に親近感が湧いてくるのだった。


 テスト週間には、先生の許可を取らないと職員室及び講師室には入室できない。

 講師室の扉をノックしてから開き、荒井先生に声をかけた。

「今日は普通に入っていいぞ。月曜からは気をつけてくれよ。来週から中間テストだからな」

 講師室一番奥の席から、荒井先生が大きな声で答えた。

 いよいよ来週の水曜日から中間試験が始まる。

 高校に入学して初めてのテストに、私はちょっぴり緊張している。そのことをみんなに話したら、「陽子らしくねー」とウメちゃんにからかわれ、「陽子ちゃんでも緊張することあるんだねえ」とハルちゃんに驚かれた。「私もすごい緊張する……」とマユちゃんがフォローしてくれたのもつかの間、「普通に授業を受けていれば問題ないはずよ」と持田さんに正論を叩きつけられて鬱が悪化した。

 テストもすごい気になるけれど、それよりも聞きたいことがあって講師室に来たのだ。

「お前ら、まだ帰ってなかったのか? 早く帰って体を休めろ。あと勉強しろ」

「荒井先生、車椅子の女の人知ってる?」

「何じゃそりゃ? 飯田の話は突拍子ねーな」

「今日、学校にいらしたお客人です。教頭先生と親しげに話していました。年齢はおそらく教頭先生と同じくらいだと思います」

 持田さんの補足説明を聞いて、荒井先生は少し考え込んだ。

「……いや、知らねーなあ。俺がこの学校に来てから、車椅子の客なんて1度も見たこと無いぞ」

「私たち、倉庫を片付けていて教頭先生の名前が書かれたロッカーを見つけたの! その中にこの雑誌が入っていて」

 マユちゃんが『月間バスケ』を先生の机の上に置いた。

「教頭先生は『知らない、記憶に無い』の一点張りだったんですけど、同姓同名なんて滅多に無いことだし。それに、教頭先生は車椅子の女性とバスケ部の話をしてたんです」

「ハルの言う通りだよ。車椅子の人、アタシらの名前をフルネームで言い当てたんだぜ。あの人、昔バスケ部で足ケガしたっていう理事長の娘じゃね?」

 ウメちゃんが興奮気味に早口で話す。

「また幻のバスケ部の話か? 仮にお前らの見つけたロッカーが教頭の使ってたものだったとしてもだ、バスケ部だったとは限らんだろ。誰にだって触れられたくない過去の1つや2つはあるもんだ。あまり詮索してやるな」

「じゃあ、車椅子の人は?」

「その客人だってバスケ部だったかどうか、そもそもコウジョの卒業生かどうかも分かんねーだろ。推測で話を大きくするな。お前らの悪いクセだぞ」

 注意されて、マユちゃんと荒井先生の関係を疑った件を思い出した。

 それを言われると反論できなくなってしまう。

「とにかく、探偵ごっこはおしまいだ。お前らにはやるべきことがあんだろ。まずは中間テスト。平均点以下は補習と追試で部活停止になるからな。テストが終わったら、またみっちり走りこんでもらうぞ。今月中に速攻の形をしっかり作っていくからな」

「はいっ」

 国語教師の顔からバスケ部監督の顔に切り替わった荒井先生に、私たちは背筋を伸ばして返事した。

「幻のバスケ部なんて不確かな過去の産物だ。今はお前らがバスケ部だ。今を必死でプレイしろ」

「はいっ」

「ところで、渡辺はどうした? 講師室に戻ってきた様子はないんだが」

「教頭室で教頭先生にお説教されてます」

「何やってんだ、あいつは。まったく……」

 私が答えると、荒井先生は呆れた顔でため息をついた。


 週明けの月曜日は昼練習をお休みして、部室の片付けをした。

 明日までは朝練と昼練で体育館を使用できるのだけれど、中間テストが始まる水曜からは完全に使用禁止となる。

 そのこともあって米山先輩は「練習してきていいですよ」と言ってくれたのだけれど、やはり先輩1人に片付けを押し付けることはできないので、こうして皆で部室に集まったわけである。

「結局皆さんにも手伝ってもらうことになってしまい、すみません」

「そんなことありませんよ。みんな揃ってコウジョバスケ部ですから。私たちのチームワーク、見せつけてやりましょう」

「誰にだよっ」

 私につっこむウメちゃんを見て米山先輩が笑い出す。

「米山先輩とか?」

「飛鳥さん、それだと先輩が敵という設定になってしまうわ。とりあえず真由子さんあたりが無難じゃないかしら?」

「フミカちゃん、ひどーい!」

 ハルちゃんたちもワイワイ騒ぎながら楽しそうにやっている。

「土曜日、私だけ帰ってすみませんでした。練習後で皆さん疲れていたのに、ここまでキレイにするのは大変だったでしょう」

「いえいえ。今日もですけど、土曜も楽しかったですし。全然です」

 自分だけ先に帰った先輩は、残って倉庫の片付けをしていた私たちのことを気にしている様子だった。

 伊豆市に実家がある米山先輩は、沼津市の叔父さん宅に下宿して学校に通っている。実家は自営業だそうで、先輩は土日に帰省して手伝いをしているのだ。

「先輩、これ見てくれよ」

 ウメちゃんが例のロッカーを指差した。

「何ですか? ……『苗木久子』と書かれてありますね」

「土曜日に見つけたんだけどさ、多分このロッカー、教頭が使ってたやつだぜ」

「えっ? そうなんですか?」

 先輩は驚いた様子でロッカーのネームプレートをまじまじと見つめた、。

「このロッカーにこの雑誌が入っていたんです。それでこのページだけ切り取られていて……」

 マユちゃんが本棚から古びた『月間バスケ』を取り出してきて先輩に見せる。

「この倉庫、テーピングとかコールドスプレーなんかも転がっていて、きっと昔のバスケ部が使っていた部室なんじゃないかって、みんなで話していたんです。それで私たち、教頭先生のところに確かめにいったんです。そうしたら、車椅子に乗った女性のお客さんがいて――」

 ハルちゃんは教頭室での出来事を語った。

「教頭室まで行ったんですか? みんな、勇気ありますね」

 ハルちゃんの話に再び驚いた先輩は、目を丸くして私たちを見渡した。

「教頭先生は、旧姓が苗木であることは認めたのですが名前は偶然の一致であり、それ以外のことは『知らない、記憶に無い』の一点張りでした」

「意固地に否定するところが、超あやしくね? しかも無茶苦茶目つき悪かったし。『それ以上聞いたら殺す』みたいな」

 持田さんとウメちゃんの話を聞いて、先輩は難しい顔で「うーん」と唸ったあと、突然ぷっと吹き出した。

「先輩、どしたよ?」

「すみません。梅沢さんの真似た教頭先生の顔が面白くて。それに、教頭先生とみんなのやり取りを想像すると可笑しくなってしまいました。教頭室に乗り込んで、幻のバスケ部について問い詰めるなんて、すごく破天荒でみんならしいなって」

 米山先輩は口元を押さえながら、長いこと笑っていた。

 よほどツボにはまったらしい。

「まあ、アウトローが私たちのバスケスタイルですから」

「いつからだよ! ポーズ決めんな。うざいし」

「陽子ちゃん、カッコいい。なんかワイルドって感じ」

「飛鳥さん、アウトローって犯罪常習者や無法者という意味よ。まあ、ワイルドと言えばそうかも知れないけれど」

「私たち、ルール無視の反則チームってことになっちゃうよー!」

 マユちゃんが頭を抱えて声を上げる。

「そっか、じゃあインローにしよう」

「適当言うなっ! そんな英語ねえし」

「ちなみにインローとは位置だし用のはめ込み形状のことで、機械加工用語よ」

「……フミカちゃん、何でそんなことまで知ってるの?」

「持田さんはすごいよね。歩く広辞苑みたいだね。ちょっときもいね」

「飛鳥さん、持ち上げてから突き落とすの、やめてくれないかしら?」

 持田さんが腕を組み、ハルちゃんに冷たい視線を送る。

「はいはい、コウジョのバスケスタイルも幻のバスケ部も話はこれでお終い。残り、片付けてしまいましょう。もう水曜から中間テストですよ。平均点以上取らないと部活に支障をきたしますから、みんな頑張りましょうね」

 米山先輩の言葉で現実に引き戻された。

 そうだ。あさってからテストなのだ。

 部室の使用許可をもらって喜び、幻のバスケ部のことで盛り上がって忘れていたけれど、この難関を乗り越えねばならない。

「みんな、この中間テストという厚く高い壁を乗り越えなければ、私たちのバスケに未来は無いんだよ。どんなに敵が強大であっても、絶対にあきらめちゃいけないんだ! その道のりは長く険しく――」

「陽子、話なげーし。大げさだし」

「陽子ちゃんにどんな冒険が待ち構えているか、私は気になるよっ」

 いや、マユちゃん、冒険じゃなくてテストの話ね。

「持田さんは、得意科目ってなに?」

 ハルちゃん、放置プレイとは新たなスキルを身に付けたね。

「そうね、国語かしら? まあ、苦手な科目も無いのだけれど。飛鳥さんは?」

「うーん、私は得意と呼べるのは無いや。どれも似たような感じかなあ」

「陽子は得意科目とかあんの?」

 ウメちゃんの質問に、みんなが私に注目した。

「得意科目は、家庭科でーす。将来の夢はお嫁さんでーす」

「マジ死ね」

「陽子ちゃん、ごめんなさいっ」

 ハルちゃんにふられた!

 しかもプロポーズする前に……。

「家政婦は需要もあるし、現実的に就職も可能だと思うわ。でも、大失態を連発して解雇されないように頑張ってね」

 持田さん、家政婦じゃなくてお嫁さん……。

「陽子ちゃん、すごいね。家庭科得意なら、期末テストで点数加算だね」

 マユちゃん、ガチで返されるとリアクションに困ります。

「もう聞いてると思いますが、平均点以下は放課後に補習を受けなければいけません。さらに追試もありますから、部活時間がつぶれてしまいます。皆さん、くれぐれもそうならないよう、頑張ってください。特に飯田さんは、死ぬ気で頑張ってくださいね」

 米山先輩がニッコリ微笑んだ。

 私が大きなため息をつくと、部室中が笑いに包まれた。

 幻のバスケ部はやっぱりすごく気になる。

 教頭先生はきっと嘘をついているし、絶対バスケ部について知っている。

 ――色々と理不尽で大変なこともあるでしょうけれど。ごめんなさいね……。

 美紀子さんの沈んだ声と悲しい瞳を思い出す。

 私たちがバスケを続けていれば、幻のバスケ部のこともいつか分かるかも知れない。

 よし! まずは中間テスト、全教科平均点以上でクリア目指すぞ!

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