第2話 部員勧誘ポスターを作ろう!

 4月、1年生校舎の廊下の掲示板は、新入部員を募集するポスターで埋め尽くされている。昨夜、私も部員募集ポスターのデザインを考え、ラフスケッチを描いてみた。「バスケットボール部部員募集!!」のロゴを立体的にして強調し、その下にダンクシュートを決めるイラストを配置した。

 なかなか、迫力のあるイラストに仕上がった。我ながらいい出来栄えである。

 今朝も同じ時刻通り教室に入ってきたミーちゃんに、その自信作を披露した。

「ジャーン! 部員勧誘ポスター描いてみましたっ」

 ミーちゃんの顔の前にポスターを広げる。

「へえ~。このマッチ棒みたいのと『回』って漢字にはどんな意味があるの?」

「それ人! マッチ棒じゃなくてダンクシュートしてる人っ。あと『回』じゃなくってバスケットゴールだからっ」

「う、うんうん。冗談だよ~。最初から分かってるって」

 この反応、分かってなかったな。まったく、絵心の無い人はこれだから困るよ。

「なるべくたくさんの子に注目してもらえるポスターにしたいんだよね。ミーちゃんもなんかアイデアあったら教えてよ」

「ええっと、じゃあ、ここはこういう感じの方がいいかも……」

 ミーちゃんは席につきポスターを机の上に広げると、消しゴムとシャーペンを取り出し、イラストの修正を始めた。

「できたっ。部長、いかがでしょう?」

「……!」

 あまりのハイクオリティに言葉を失った。

 そこにはもはや私のイラストの原形は無く、どこのイラストレーターさんの作品だよ!とツッコみたくなるくらいレベルの高い、爽やかイケメンが華麗にダンクを決めるイラストが描かれていた。

 うわっ、汗とかめっちゃキラキラしてるし。汗ってこんなに美しかったんだ。

「イラストにペン入れして、下に陽子ちゃんの名前とクラスを書いたら完成だね」

「ミーちゃんありがとー」

「どういたしまして。私に出来ることなら何でも手伝うよ」

 ミーちゃんが微笑んだ。

 ミーちゃんマジ女神。

 そういえば小学生のとき、ミーちゃん絵が上手でよく賞とか取ってたな。図工の成績も良かったし、漫画とかも描いていてよく見せてくれたっけ。

 懐かしい思い出を振り返りながら自分の席に戻る。

 よし、昼休みミーちゃんに手伝ってもらってポスター完成させて、先生に掲示板利用の許可もらってこよっと。


 昼休みお弁当を食べ終えたあと、ミーちゃんに手伝ってもらい、部員募集ポスターを完成させた。そのポスターを持参して私たちは職員室へ行き、担任の国府方先生に掲示板利用について尋ねた。先生は、学年主任の石橋先生にポスターを見せるとこちらを振り向き、笑顔でOKサインをおくってくれた。

「利用許可をいただいたよ。1年生校舎の掲示板1箇所につき、1枚のポスターを貼ることができるよ」

 戻ってきた先生が説明する。

「先生、2、3年生校舎の掲示板にもポスターを貼らせてほしいんです。バスケ経験者の先輩がいるかもだし、マネージャーさん希望者もいるかもしれないから」

「そうか。じゃあ2、3年生の学年主任の先生にもお話してみよう」

 先生は快く承諾してくれた。

 国府方先生のあとに続き、2年生学年主任の先生にあいさつに行く。愛想の無い神経質そうな先生だが、国府方先生が話をすると学年主任は首を縦に振り、私にも「がんばってね」と優しく声をかけてくれた。

 人間見た目で判断しちゃいけないね。2年生学年主任さんありがとー。

 3年生学年主任の先生は笑顔で対応してくれて、見るからにおだやかそうな人だった。国府方先生の話を終始にこやかに頷きながら聞いていた。

 で、答えはノーって、ホント人は見た目によらないよね。「受験生の邪魔をするような行為は控えていただきたいですね」なんて笑って言うもんだから、ちょっぴりカチンときちゃったよ。

 結局ポスターは1、2年生校舎の掲示板に貼らせてもらえることになった。

 国府方先生が職員室でポスターをコピーしてくれた。先生にお礼を言って、私とミーちゃんは早速1年生校舎の掲示板にポスターを貼りに向かった。1年生教室前の掲示板は、すでに数多の部活やサークルのポスターでひしめき合っており、我がバスケ部のポスターを唯一貼ることができたのは、4階第一音楽室前の掲示板だった。吹奏楽部と合唱部、そして軽音部のポスターの並びにバスケ部のポスターを貼る。

 アウェイ感はんぱねっす。

「まあ、仕方ないよ。他の部はもう先週からポスター貼ってたし。でも2年生校舎の掲示板は空いてると思うよ。行ってみよ」

 ミーちゃんに慰められ、気を取り直して2年生校舎へ向かう。

 ミーちゃんの言うとおり、確かに掲示板は空いていた。生徒会や各委員会、それに学校からの連絡事項が貼られているくらいで、あとはマネージャーを募集している部が少しといったところ。スペースは十分にある。

 2年生校舎各階の掲示板全てにポスターを貼ることができた。

 よし、あとは入部希望者が来るのを待つだけだ。マネージャーさんも来てくれるといいな。


 部員募集ポスターの効果はすぐに発揮された。放課後、私に訪問者があった……が、息を切らせすごい勢いで教室に入ってきたのは渡辺先生だった。

「ハア、ハア……ちょっと飯田さん、このポスター何?」

 先生はどこの掲示板からはがしてきたのか、ポスターを私の目の前に突き出した。

「バスケ部の新入部員募集ポスターですよ。そのイラストすごくないですか? ミーちゃんに手伝ってもらったんです」

 実際は手伝ってもらったんじゃなくて、代わりに描いてもらったが正解なんだけどね。

 ミーちゃんは特にツッこむこともせず苦笑いしていた。

「そうじゃなくて、ここっ。私が言いたいのはこれよ!」

 渡辺先生は、怒った様子でポスターの一番下、コーチとして記されている自分の名前を指差した。

「もっと強調した感じの字体が良かったですかあ?」

「ちがーう! 何で私がコーチになってんのよ? 塩屋先生から聞いたけど、荒井先輩が監督やるんでしょ? 私はコーチの件、塩屋先生にちゃんと断ったんだからね。何で私の名前は書いて、荒井先輩を書いてないのよ?」

 渡辺先生は興奮して早口でまくしたてた。

「まあまあ。荒井先生は部員が5人集まって正式にバスケ部が発足したら監督を襲名すると言ったんです。だから現時点では監督でないため名前も書かなかっただけで。それに渡辺コーチ、昨日熱心に指導してくれたじゃないですかあ」

「そ、それは飯田さん、あなたが変なこと言い出して、それでいたしかたなくそんな流れになっただけで……」

 先生は少し恥ずかしそうに下を向きながら反論した。

 そこにもう1人、ポスター効果による訪問者が現れる。

「おい飯田っ。ポスターに書いてある渡辺のことなんだが」

「荒井先輩。そーなんですよ。ちゃんと言ってやってください。私はコーチじゃないって!」

 荒井先生もポスターを持参している。

 それ、どこの掲示板からはがしてきたのよ。コーチと監督が部員募集ポスターはがすとかマジありえないし。

「ここ、ここを見ろ飯田。違うだろ!」

 荒井先生が真剣な顔でポスターの渡辺先生の名前を指差す。

「そうよ! 私はコーチじゃないわよ」

 渡辺先生が強い味方を得たと言わんばかりに断固否定する。

「渡辺の名前、『れい』の字は『りっしんべん』じゃなくて『おうへん』の『玲』だ!」

「そっちかよ!」

 渡辺先生がビシっとツッコミを入れる。

「ありがとうございます。書き直しておきます監督。コーチすみませんでした。」

「ああ、気にすんな。一応、現代文の教師だからな。あと、監督言うなっ」

「誤字の謝罪とかまったくいらないから! 飯田さん、書き直さないでいいからそのまま消して」

 私と先生たちのやり取りを眺めていたミーちゃんが必死に笑いをこらえている。

「ところで先生、昨日の合コンは収穫ありました?」

「それが聞いてよー。胸やら足やらめっちゃ露出してるバカ女が1人いてさー。それに釣られる男共も低脳としか言いようが……ちょ、やだ。飯田さん、何言わせてんのよ! ワーーー! ワーーー!」

 先生、今さら叫んでも過去の発言はかき消せませんから。

 渡辺先生は取り乱し、それを見て笑いをこらえ切れなくなったミーちゃんがついに吹き出してしまったところに、今度は本当にポスター効果による訪問者がやってきた。

「あのお、すみません。そのポスターを見て来たんですけど、飯田さんですか?」

「は、はい。部長の飯田陽子です」

 私は慌てて答えた。まさかポスターを貼ったその日に入部希望者がやってくるとは思っていなかったから。

「初めまして。2年7組の米山留美といいます」

 米山先輩は背が高くほっそりした人だった。色白の肌がキレイで、顔立ちも整っている。肩まで伸ばした髪には緩いウェーブがかかり、いかにもお嬢様という雰囲気をかもし出していた。

 高身長という要素を除けば、とてもバスケという激しいスポーツには縁遠く感じられる先輩である。

「入部希望ですか?」

「いえ、そうじゃなくって。マネージャー希望なんですけど……」

 米山先輩はうつむき加減で、少し気まずそうにつぶやいた。

「ありがとうございます。マネージャー大歓迎です。いや、むしろまずマネージャーさんが欲しかったくらいです」

「飯田さん、良かったわね。私はこれで失礼するわ。名前、消しといてよね」

 渡辺先生は興味なさそうに声をかけると私に背を向けた。

「先生、今日も合コ――」

「ワーーー! ワーーー! 先生、今日は予定無いわよっ」

 私が言い終える前に、渡辺先生は叫びながら華麗なフットワークで切り返し、こちらに戻ってきた。

「こちら、美人コーチの渡辺玲先生です」

「コーチの渡辺です。小学校から高校までバスケをやっていたの。分からないことがあったら遠慮なく聞いてちょうだい。よろしく」

 いつものクールな美人教師キャラに切り替わった先生が笑顔で自己紹介をきめる。

「よろしくお願いします。私も小学生のときミニバスをやっていて、中学、高校もバスケ部でした。試合にはあまり出られませんでしたけど……でも、バスケは大好きで。私はもう2年生だし、受験もあるから選手としては無理ですけど、マネージャーとしてもう一度大好きなバスケに関わることができたらいいなって、そんな風に思ったんです」

 米山先輩は私と渡辺先生の目を交互に見つめながら、一生懸命に語った。

 やばい、感動した。なんか涙出てきた。泣くなよ、私。

「そ、そうっだったんですか。部員、まだ私しかいないんですけど、これから頑張って勧誘していく予定なんで、ご協力お願いします」

「はい。マネージャーとして貢献させていただきますね」

 米山先輩が元気よく答えた。

「それから、こちらが監督の――」

 私が手を出した先に荒井先生の姿は無かった。

「さっき、こっそり帰ったわよ」

「先生、何で引き止めてくれないんですかー?」

「無理言わないでよ。あんなんでも一応、大学時代の先輩なんだから。ちなみに塩屋先生も駿河大のOBだから」

「ええっ、そーなんですか!」

 驚いた。まさか、3人とも駿河大のOBだったなんて。渡辺先生が荒井先生のことを先輩って呼ぶ理由に納得して、思わず1人で頷いてしまった。

「私が大学1年のとき、荒井先輩が大学院生だったの。私は男子バスケ部のマネージャーで、荒井先輩はコーチとして後輩の指導に当たっていたの。バスケ部OBの塩屋先生も時々コーチにいらしてたわ」

「じゃあ、じゃあ、先生は荒井先生の3ポイントシュート近くで見たことあるんですね!」

「ないわよ。先輩、実演して教えるタイプじゃなかったし、実際あまり細かい指導とかしていなかったから。あ、でも、駿河大がインカレで準優勝したときの試合は全部DVDで見せてもらったから、先輩のプレイは知ってるわ。悪く言えばクセが強くて1人よがりな選手ね。だけど、どんなに悪いムードになってもあきらめないところや、多少強引でもシュートを決める得点への執着心とかはすごいわね。あと、何て言えばいいか分からないのだけど、先輩のプレイには独特の、人を魅了するものがあるように感じる。カリスマ性って言ったら言い過ぎだけど、それに近い感じのもの」

 渡辺先生は当時を懐かしむように語った。

 私があの時見た荒井選手のプレイを渡辺先生も見て、同じように何かを感じていたことに嬉しさがこみ上げてきた。

 喜びのあまり、私は小2のときに観戦したインカレ決勝戦のこと、荒井選手の3ポイントシュートに魅せられてバスケを始めたことを興奮しながら熱く語った。

 あ、やばい。夢中になりすぎて私ばっかり話しちゃった。米山先輩、ひいてないかな……。

「荒井先生はすごい選手だったんですね。お話を聞いているとプロ選手になっていてもおかしくないように感じたのですが……」

 米山先輩が不思議そうにつぶやいた。

「先輩、インカレ準優勝後に『浜松シルバーナイツ』からスカウトされたのに、断ったらしいの。それで大学院卒業後、教員の道を選択したの」

「えええっ!? 何でですかあ? 荒井選手って子供のころからずっとバスケ一筋で、試合に出られなくてもずっと続けて、ようやく大学で3ポイントシュートの才能を開花させてスタメンに選ばれた遅咲きのスター選手なんですよ! バスケが3度のご飯より大好きんですよっ。何で断っちゃうんですか!」

 荒井先生がスカウトを受けたのにも関わらず、プロバスケの道を選択しなかったことを初めて知り、なぜか怒りに近い感情がこみ上げてきた。

 プロは、大学チームでスタメンに入るよりもさらに難関な狭き門である。門はすでに開放されていたにも関わらず、彼はそこへ足を踏み入れることをしなかったのだ。

「私に怒らないでよ。別に私のせいじゃないんだからね」

 渡辺先生が不服そうに口を尖らせる。

「……理由って、なんだったんですか?」

「まあ、一応他の先輩たちや塩屋先生から聞いて知ってるけど……。私が、先輩のバスケ辞めた理由とかを人に話すことじゃないし。それに、今はもう私はカンケーないから……。どうしても気になるなら、塩屋先生に聞きなさい」

 先生はなぜか寂しそうに、小さな声で答えた。

「よし! では、コーチ&マネージャー、部活に行こう!」

「何でそーなるの!? 話の流れ的に講師室の塩屋先生のところに行くのが普通じゃない?」

「だって、放課後は部活の時間だよ。練習できる時間は限られてるんだから。体育館へレッツ・ゴー」

「私も練習、お手伝いさせていただきますね。ちょっと、着替えてきます」

 米山先輩は張り切った様子で教室を出て行った。

 嫌そうな顔をして、なかなか動こうとしない美人コーチの手を握り、強めに引っ張りながら教室の扉を開ける。

 振り返ってミーちゃんにバイバイすると、彼女は笑って手を振り「頑張って」と声をかけてくれた。

「ちょっと飯田さん、離しなさい。練習は見てあげるから」

 廊下ですれ違う生徒たちから失笑され、先生が恥ずかしそうに言った。

「離しません! 昔のこととか荒井先生のこととか、私はよく分かんない。だけど、先生も荒井先生も私にはカンケー大ありです。私たちは光城学園バスケットボール部の仲間なんです! だから絶対に離しません!」

「そ、そうね。先輩が監督で私がコーチだったわね……ありがとう、飯田さん」

 渡辺先生の瞳が少しだけ潤んでいるように見えた。

 荒井先生がバスケを拒絶する理由は分からない。でも、バスケが嫌いになったんじゃないってことだけは何となく分かる。

 小学生のときに見たインカレの荒井選手に憧れて私はバスケを始めた。その人がこの高校にいるんだ。荒井選手が監督のチームなんて夢みたいだ。もちろんコーチは美人だけどちょっと残念な渡辺先生。それからお嬢様系マネージャーの米山先輩。絶対にあと4人集めて、光城バスケ部を創るんだ!

「ヌオオーーー!」

「ちょ、ちょっと飯田さん、廊下は走らない!」

 渡辺先生の手を握ったまま、気合を入れて体育館へダッシュした。

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