第二夜【講義】


 こんな夢を見た。

 

 大きな階段状の講義室、その一席に座っている。

 

 中央右寄り、後ろの方の席である。

 もにゃりもにゃりと聞こえづらい話を続ける講師の顔は見えないほどに遠く、しかし何故か、講師の背後にある真四角の黒板に書かれた白墨チョークの字は、それほど大きくも無いくせにはっきりと見えた。

 それは異国の文字の羅列だ。講義の内容はすっかりと分からない。

 

 この講義は、最終日に試験があるのではなかったか。

 

 そう思い出し、焦るが、自分は内容を書き留めるための筆記具もノートも持っていないようだった。

 すぐ隣に鞄があることに気付き、それらを求めてその中を漁る。

 

 見つかったのは飴がぎっしり入った小袋ひとつだけだった。

 誰かの手作りらしき小袋には、隅に花の刺繍がされている。ほつれている箇所を見つけたが、きっと見ないふりをして、直すことはないのだろう。

 

 周りには自分と同じ、学生のような人々が大勢座って居る。

 右を向いても左を向いても、誰もノートなど開いていなかった。

 それでもやはり、自分にはノートをとっていないことがとても悪いことのように思えてくる。どこかをいじいじと啄まれているような気分になる。

 

 もう一度代わりになるようなものを探していると、通路を行く人がそれを見てポケットティッシュとボールペンを手渡していった。礼を言う前にその人は去っていく。

 三つも貰えたティッシュは、引き出してみると真っ白というより、少し黄色みがかかっていた。ティッシュにボールペンを乗せてみるが、当然ながら文字を書くことは出来なかった。


 やがて講師は言葉を止めると、黒板の文字を消していった。

 それを見て、自分はとても悔しく思った。どうにもたまらない気持ちから足を床に打ち付けて踏み鳴らしてみるが、誰もこちらに意識を向けはしない。

 仕方なく、講師の後ろ姿を睨むように注視していた。

 

 真四角の黒板を綺麗に消しあげた講師がぐるりと目線を見渡して、受講者に向けて一言告げる。


「これまでの話はすべて、入り口で売ってある本に書いたものである」


 がたがたと立ち上がる学生たちに、商売が上手いものだ、と思った。

 最終日の試験のためにそれを求める学生により、売り上げは伸びるだろう。

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