第25話 おめでた報告

「お出かけですか? ダスト様、ゆんゆん様」


 空飛ぶ城の庭園。何度か手伝った私からしてもいつの間にか出来ていた綺麗な庭で。ミネアさんに乗り込もうとしてた私たちに、庭を花で一杯にした主犯のリリスさんにそう声を掛けられる。


「おう、紅魔の里までな」

「わざわざ飛んでいくのですか? あの里であればゆんゆん様は転移先に登録されていたと思いますが」

「俺もそう思うんだがな。こいつが飛んでいきたいって言うからよ」

「だって、地獄に行ったら綺麗な景色をしばらくの間見れないじゃないですか。今のうちに堪能しとかないと」


 地獄にあるバニルさんの領土は文明的にはこの世界とほとんど変わらないし、むしろ一部だけ見ればかなり発展している。

 でも地獄は地獄なわけで、風景とかはかなり陰鬱としたものが広がっていた。


「けれど、今日はお二人……シルバードラゴンをいれても3人ですか? ブラックドラゴンの子は?」

「ジハードなら部屋で寝てるよ。どっかのドラゴンが昨日際限なしに連れまわして疲れ果ててたからな」


 自分は関係ないとばかりにそっぽむいてますけど、ミネアさんのことですからね。

 遊んでくれるのはありがたいけど、ハーちゃんはまだまだ小さいんだからその辺りはもう少し気を付けて欲しい。


「てことで、リリス。一応リーンにもジハードのこと頼んではいるが、お前も気をかけててくれ」

「承りました。…………けれど、本当に3人だけで大丈夫ですか? ドラゴンと一緒に居る限りこの世界でダスト様を害せるような方はそういないのは分かっていますが……」


 魔王軍も瓦解してるし、四大賞金首もすべて討伐されてる。大精霊のような自然災害は置いておくにしても、人類種の敵対者でダストさんを倒せそうな存在はほとんどいないかもしれない。

 数少ないダストさんを倒せそうな明確な敵対者アリスさんはそこで優雅に紅茶飲んでるし。


「ダスト様の故郷への警戒も必要でしょう。あの子を連れて行きませんか?」

「ロリーサねぇ……まぁ、あいつなら連れて行っても別に問題ないだろうが……」

「では連れていかれますか?」

「んー……やっぱいいや。欠片も守備範囲じゃねぇし人間ですらねぇがあいつも一応女だからな」


 今回の里帰りは私の妊娠のことをお父さんたちに伝えるため。単純な里帰りならリーンさんやロリーサちゃんも一緒の方がいいんだけど、報告のためだと考えると一緒だとちょっと面倒かもしれない。

 特にリーンさんが一緒だといろいろ複雑になりそうだし。


「そうですか。あの子ったらせっかくダスト様と真名契約しているというに、最近は私に付いてきてばかりですから。使い魔としての仕事をこなしてきてもらいたかったのですが」

「あはは……契約してるとはいえダストさんはそれを理由に束縛するのは嫌いますし、クイーンのリリスさんに付きっきりなのは仕方ないんじゃ……」


 リリスさんがサキュバスクイーンだと知った時は本当に驚いたけど、初めて会った時から普通の夢魔じゃないことは分かってたし、今では納得できる感じが強い。

 アリスさんとはまた違ったカリスマというか上に立つ存在の威風があるし、サキュバスなロリーサちゃんがついていくのも仕方ないと思う。


「てか、あの店のリーダーがリリスの世話しろって言ってるみたいだからな。お前についていくのがあいつのバイトみたいなもんらしいぞ」

「別にそのようなものいらないのですが……」


 煩わしそうにため息をつくリリスさん。アイリスちゃんもだけど、偉い人は偉い人でいろいろ悩みがあるのかもしれない。



「てことで帰りは夕方くらいの予定だ。夕飯の時間までには戻るだろうから準備はよろしくな」

「ハーちゃんの事よろしくお願いしますね」

「承りました。お二人ともお気をつけて」


 そうして、リリスさんに見送られながら。私たちはミネアさんに乗って紅魔の里への道を飛んでいくのだった。




「やっぱ、後ろに乗せるならゆんゆんだな。リーンやロリーサとは感触の幸せ度合いがちげぇ」

「その台詞は酷すぎてドン引きですし、きっちりと二人にはダストさんがそんなこと言ってたと報告しますけど、私もダストさんに抱き着いて飛ぶのは好きですよ」


 ミネアさんと別れて。紅魔の里を私はダストさんとゆっくりと歩いてく。


「ダストさんとくっ付いてるとなんか安心して……でもドキドキして。なんていうか…………うん、幸せなんです」

「そーかよ。…………、ならくっ付いて歩くか?」


 腕に抱き着くようにかな? ダストさんが軽く腕を上げてくる。


「知らない街ならともかくこの里でそれは恥ずかしいですよ。だから、その…………これくらいで」


 でも、流石に子供のころから私を知っている人ばかりの故郷でその腕に抱き着くのは恥ずかしくて。

 だから私はそっと手をつなぐ。自分が持てる精一杯の勇気と繋がりたいという欲求を持って。


「ったく……ガキじゃねぇんだからせめてこれくらいは繋げっての」


 そんな私の精一杯を笑い飛ばすように。ダストさんは少し乱暴に手を繋ぎなおす。指と指とを絡めあう……恋人つなぎだ。


「……やっぱり、私ダストさんのこと好きです」

「そうかよ、そりゃ良かったな。見る目あるぜ」


 本当に好きだなぁ。

 こうして強引に私を引っ張ってくれるところとか。

 私の言葉にそっぽ向いて顔赤くしてる所とか。



「驚いた。話には聞いていたけど、想像以上にラブラブなようだね」

「あるえ!? あ、え? いつからそこに!?」


 懐かしい──割と最近は会ってるからそうでもないか……──声に驚いて振り返ってみれば、作家志望の幼馴染の姿。相変わらず謎の眼帯をしているあるえがいた。


「ついさっきだよ。具体的に言うなら金髪の人の『やっぱ、後ろに乗せるならゆんゆんだな』のあたりからかな」

「それ恥ずかしい所は全部聞いてるじゃない! なんでもっと早く声をかけてくれなかったの!?」

「特に理由はないよ。しいて言うならそっちの方が面白うだったからかな? 小説のネタにちょうど困ってたところでね」

「少しも悪びれないあたりが本当にあるえだなぁ!」


 昔からネタになりそうなことに遭遇したら自重しない子だったからなぁ……。


「おう、確かゆんゆんの数少ないダチだったか。相変わらず胸でかいな」

「ナチュラルにセクハラしてくるあたり話に聞いた通りの人だね。ええと……ダストさんでよかったのかな? それともラインさんと呼んだ方が? はたまた最年少ドラゴンナイト様?」

「『お兄ちゃん』とか『兄さん』とかでもいいぞ」

「ちょっと何を言ってるか分からないんだけど……」

「いやちょっと前にゆんゆんと兄妹プレイした──」

「──ダスト! ダストさんのことはそっちの名前で呼べばいいから!」


 相も変わらず余計なことを喋ろうとするダストさんの口を防ぎながら私は叫ぶ。


「ふむ……よく分からないけど、とりあえず、名前の件と君たちが仲良くやってるのはよく分かったよ。兄妹プレイについては今度時間があるときに詳しく教えてくれるかな」

「その台詞完全に理解してる台詞だよね!?」


 いらない所までよく分かってくれる幼馴染だった。



「それで? 作家志望……もうニートでいっか。里随一のニートのぶっころりーさんに次ぐニートなあるえは私たちに何の用なの?」

「おーけーゆんゆん。作家志望をニートと呼ぶなんて君は間違いなく喧嘩を売ってるね? よりにもよってあの変態ストーカーと同類扱いとはいい度胸じゃないか。そっちがその気ならこちらとしてもやぶさかではないよ」

「ふふん、万年三位のあるえが二位だった私に勝てるとでも? それに今の私はすっごく強くなってるんだからずっとニートしてるあるえが勝てるわけないよ」

「前にも言ってるけど君が卒業する前の試験では私が勝っているからね」

「あれは実力じゃなくてわざと負けたんだから!」


 爆裂魔法を覚えようという馬鹿なことを考えてるめぐみんと一緒に卒業するため、わざと試験で手を抜いたことがあった。

 …………今にして思えば私も馬鹿なことを考えてたなぁ。


「なぁ、ゆんゆん。喧嘩するのは構わねぇんだけどよ」

「? なんですか、ダストさん。実力を勘違いしているニート志望の子に世間というものを教えないといけないから忙しいんですが……」

「おう、だから手短にするが…………喧嘩すんなら手を離すぞ? 流石に女の喧嘩に巻き込まれたくはねぇからよ」


 そう言って示されるのは相変わらず恋人繋ぎしている私とダストさんの手。


「…………。ねぇ、あるえ。喧嘩ってむなしいものだと思わない?」

「奇遇だね。ちょうど私もそう思ったところだよ。…………どうぞ男とお幸せに」


 呆れ顔のあるえに私は何も言い返せなかった。




「結局あるえは何の用だったのかな?」


 いつも以上に気怠い様子のあるえと別れて。実家の前までやってきた私は今更になって結局あるえの用事を聞いてないことを思い出す。


「単純に挨拶しただけじゃねぇの? ダチだったらそれくらいすんだろ」

「それだけだったらいいんですけどね」


 なんとなく話したいことがあったような気がするんだよね。


「まぁ、今度会った時にでも聞けばいいかな」


 急ぎの用事だったら喧嘩する前に言ってるだろうし。

 それよりも今はお父さんたちへの報告だ。


「ただいまー! お父さん、お母さん、いるー?」


 気合を入れて家の扉を開ける。いつかの勘違いとは違う正真正銘の妊娠報告だ。新しい家族が出来ることをちゃんと伝えないといけない。


「ゆんゆん? お帰りなさい。ジハードちゃんは……、…………お邪魔しました」

「お母さん!? ここは自分のお家でお邪魔も何もないよ!」


 嬉しそうな声と一緒に出迎えてくれた私のお母さんは、けれど出てきてすぐに奥の自分の部屋に逃げるようにいなくなる。


「…………なんだあれ? お前なんかしたのか?」

「いえ、多分ダストさんの姿に驚いたというか…………怖かったんじゃないですか?」

「あー……そういや、男性恐怖症の紅魔族とか言う凄いめんどくさい母親だったなお前のお袋さん」

「人の母親をめんどくさい言わないでください」


 お父さんのことは普通に平気だったり、恐怖症って言うより単純に苦手って感じだから否定は出来ないんだけど。


「そうだな。族長に聞いた話よりかは普通っぽいし、ぼっちやってた頃のお前に比べれば全然面倒じゃないかもな」

「昔……私が生まれる前はもっと酷かったかもしれないですけどね。今は友達が少なかった頃の私よりちょっと面倒なくらいですよ」


 少なくとも面倒だと言っても許されるくらいには、お母さんの男性恐怖症は深刻なものじゃない。


「二人して人の家内を面倒言わないでもらえるとありがたいんですが」

「あ、ただいまお父さん」

「よ、族長。ミネアの引っ越し以来だな」


 ため息交じりに居間からやってきたのはお父さん。少しだけ白髪が増えたかな?


「おかえり、ゆんゆん。ダストさんもようこそいらっしゃいました。…………ところで、ゆんゆん、ジハードの姿が見えないようだが……」

「今日は連れてきてないよ」


 多分今頃リーンさんと一緒にご飯食べてるんじゃないかな。


「そうか。………………そうか」

「うん。なんでお父さんは娘が帰ってきたのに死ぬほど残念そうな顔をしてるのかな?」

「孫娘が出来た父親の娘に対する態度なんてどこでもこんなものだろう」

「泣くからね!」


 ハーちゃん連れてきた時のねこっ可愛がりようを考えれば想像ついてたけど。

 いくらハーちゃんが世界一可愛いからって娘をないがしろにはしてほしくないなぁ……。


「それで、ダストさんも一緒とは今日は何の用で来たんだ? 今少し立て込んでいるから、厄介ごとは出来れば遠慮したいのだが」

「? 立て込んでるって何があったの?」


 魔王軍が攻め込んでくることすら日常の雰囲気で終わらせる紅魔の里で、立て込むような厄介ごとってなんだろう?


「うーむ…………そういえばお前はふにふらとは同級生だったか。なら、伝えておいた方がいいか」

「? ふにふらさんがどうかしたの?」


 学生時代からの数少ない友達のふにふらさん。学校を卒業してからはずっと会ってないけど、何かあったのかな?


「ふにふらから親の元へ手紙が届いたそうでな。……子どもができたそうだ」

「………………えーと…………確かふにふらさんって弟さんと駆け落ちしたって話だったよね?」

「そうだな」

「…………誰との子ども?」

「さっぱり分からないな」

「そうだよね、分からないよね」


 弟さんと駆け落ちしたきりなんだから、分かるはずないよね。


「なんで親子揃って現実逃避してんだよ。普通に考えたら──」

「──普通に考えたらそれはありえませんよ!」


 いくらふにふらさんが重度のブラコンとはいえそんなはずが……。


「何を常識人ぶってんだか。お前だってこの前俺のこと実の兄だと思いながら──」

「──あー! あー! 耳鳴りが酷くてダストさんが何を言ってるか分からないなぁ!」


 本当に全くこれっぽっちもダストさんが何を言ってるか分からない。


「まぁ、ふにふらの手紙の内容では、本当に出来たか分からない。想像妊娠かもしれないし、どこかで子供を拾ったという話かもしれない」

「あー……ふにふらさんだとそういうことありそう」


 というか紅魔族一般に当てはまる。


「とまぁ、そういう話だ。ゆんゆんもどこかでふにふらにあったら里に帰るように、それが無理ならきっちり事情を聞いておいてくれ」

「うん、分かった」


 あるえの話がある様子だったのもこれのことだったのかな。


「それで? お前たちの話は…………と、玄関で立ち話をする必要はないか。とりあえず上がりなさい」

「うん。もう一度ただいまーっと」

「邪魔するぜ」


 そのままお父さんに続いて居間に入り、ダストさんと一緒にお父さんの前の席に座る。


「では、改めて。今日は何の話できたんだ?」

「うん。えっとね、…………さっきの話の後だと凄い切り出しにくい!」


 なんでこのタイミングで子ども出来たとか手紙よこしちゃうかなふにふらさん。狙ったようなタイミングすぎるんだけど。


「別にこっちはやましいことはないんだから普通に言えばいいだろ」

「本当に言えますか? やましいことないって本気で思ってますか?」


 今更な話だし私が望んだことだけど、私とダストさんは付き合ってはいても結婚してるわけじゃない。

 一般的には結婚せずに子どもを作ることは推奨されてないし、百歩譲って子どもが出来た結果にやましいことはないにしても、子どもが出来るはいろいろとやましすぎる。


「言えるし、思ってるぞ。てことで、族長。こいつ俺の子ども妊娠したみたいだから報告に来た。妊娠一か月だと」

「そして本当にあっさり言いますね! 私が気合入れてたの完全に無意味じゃないですか!」

「お前の気合なんて知らねぇよ。こういうのは男が言った方がしまりがいいだろ」


 確かに男の人が言った方が責任取る意思がある感じで収まりがいいけど。

 今回の妊娠は私の我儘が大きいから自分で伝えときたかったのに……。


「……って、あれ? お父さん? 何も言わないの?」


 てっきり、ハーちゃんが私たちの子どもだって勘違いした──今となっては勘違いとも微妙に言えないんだけど──時みたいに大喜びすると思ったのに。


「で……」

「で……?」

「でかしたゆんゆん!」

「あ、よかった、思った通りの反応だ」


 喜びすぎて固まってただけだったみたい。




「それで、二人とも。結婚はいつする予定で? あまりお腹が目立たない方がいいだろうが……」

「えっと……その話なんだけどね? 子どもは出来たんだけど、もしかしたら私ダストさんと結婚しないかもしれない」


 リーンさんとの決着次第ではそういう可能性もある。


「ダストさん、この子は何を言ってるんですか?」

「俺にも全く分かんねぇ」

「とにかく! 結婚するにしても子どもが生まれてからだからよろしく!」


 そのころまでには決着がついてるはずだし。


「ダストさん、この子は何を考えてるんですか?」

「さぁなぁ……リーンの奴となんか企んでんのは知ってるが」


 なんで私二人に可哀想なもの見る目向けられてるのかな。


「ま、こいつが何を考えてるかは置いとくにしても、結婚を子どもを産んだ後……全部終わった後にしようってのは俺も同じ考えだ」

「ふむ……? その理由は聞いても?」

「ああ。…………おい、ゆんゆん。お前ちょっと席外せ」

「? なんですか、私を外していったい何の話をするつもりですか」


 当事者の私を外してしようとする話ってなんだろう。


「いいから外してろ。お前に聞かれたら面倒な話しするだけだから」

「その言い方で素直に外れるわけないですよね!?」

「いいから」

「むぅ…………分かりました」


 有無を言わせないダストさんに渋々と私は頷く。

 その様子からきっと話の内容は私やお腹の子どものための話で……でも、きっと私が納得できない話をするのは想像できたから。

 そしてそれが昨日ダストさんとバニルさんが話していた、私の分からない話に繋がることも。




──ダスト視点──


「結論から言うとだな、俺はもうすぐ死ぬかもしれねぇんだよ」


 ぼっち払いを済ませて。あいつがお袋さんのいる部屋に入ったのを確認してから俺は族長に単刀直入に言う。


「…………、それは確度の高い話ですか?」

「世界一の相談屋の予言だからな。あいつの……ゆんゆんの選択次第じゃ俺は死ぬらしい」


 正確には実質的な死とかそんな予言だったか? まぁ、実質的に死んでるなら別に死ぬって言ってもいいか。


「それで、その時期があいつが子ども産む直前とかどっかその辺りらしくてな。俺としてもあいつと結婚するとしたらそういうの全部乗り越えたあとが良いんだよ」

「……仮にダストさんが死ぬとしても、その前にあの子と結婚してあげるという選択もあると思いますが?」

「冗談だろ。こんなチンピラのためにバツつける理由ねぇよ」


 あいつはまだ若いし誰よりも良い女だ。俺みたいなチンピラに引っかかっちまったのだけが玉に瑕だが、俺さえいなくなればいくらでもやり直せるはずだ。


「それでこっからがお願いなんだがな。もしも俺が死んだら、俺の子どもは拾い子ってことにしてくれねぇか?」

「別に出来ないことはありませんが…………あの子が納得するとは思えませんね」

「かもな」


 でも、ゆんゆんがどう言おうと構わない。


「あいつが妊娠してた時期なんてねぇんだ。事情を知らない奴らがゆんゆんの言うこと信じるわけないし、もしも信じてくれる相手なら信頼できる」

「妊娠してた時期がないというのは?」

「俺らはこれから子どもが生まれるまで地獄にいる。あっちは時間の流れが速いから、こっちの世界じゃ2週間しないで子どもが生まれる計算だ」

「なるほど」


 だから、普通はゆんゆんの言葉は信じられない。証言がそれだけならともかく、親であり族長の証言と並べばどっちが信じられるかなんて決まっている。


「だから改めて頼む。俺にもしものことがあったら、あいつとあいつの子どもを幸せにしてくれ」


 そう言って俺は深く頭を下げる。

 俺みたいなチンピラには言葉に重みもなければ、気の利いたこともできない。だから精一杯の誠意を込めて頭を下げて頼むしかなかった。


「頭を上げてください、ダストさん。いろいろと言いたいことはありますが、私はこのことで頭を下げて頼まれる理由がない。……あなたがどうしようと、どうなろうと、娘と孫を幸せにしようと努力する……それは父親として祖父として当然のことだ」

「それでも……頼ませてくれ。もしかしたら、俺が自分の子どもに出来る最後のことかもしれねぇんだから」


 これはただの自己満足なんだろう。でも、だからこそやりたいって俺は思う。

 意味のない、けれど大切なことをやらせてほしかった。


「……一つ質問させてください。なぜダストさんはあの子と子どもを作ったんですか? 自分が死ぬという予言は、以前から分かっていたのでしょう?」


 こうして自分の死後を頼むくらいなら、何故娘を傷物にしたのか。族長はそれを聞いてくる。

 でも、それはきっと聞かれるまでもない事だ。


「決まってんだろ。あいつのことが好きだから。自分の命なんかよりずっと大切で、好きだから。だから、そんな相手に求められて断れるわけがねぇ」


 理屈で考えるなら俺の行動は矛盾だらけで馬鹿な行動なんだと思う。

 でもきっとこればっかりは理屈じゃない。

 そもそも理屈で守備範囲外だったあいつを好きになるはずねぇんだから。

 むしろ守備範囲外だって理屈で自分の気持ちを誤魔化してたくらいだしな。


「やっぱり、先に結婚するべきだと思いますよ。あなたのためにも、あの子のためにも」

「まぁ、いろいろもしもの前提で言ったけどよ、別に死ぬ気はしてないんだぜ? あいつならちゃんと大丈夫だって思ってる」


 ゆんゆんならちゃんと正しい選択をすると信じてる。だから、すべてが終わった後、俺はあいつと結婚する気満々だ。

 あいつらが何を企んでるかは知らないが、この気持ちは揺るがない。


「では、やはり先に結婚してもいいのでは? 信じているなら先にしても後にしても一緒でしょう」

「それも正論ではあるんだがな……」


 ゆんゆんの言い分を無視するなら、確かにこっちは後でも先でも変わらない。


「でも、思うんだよ。この騒動が終わる頃には自分が変われるんじゃないかって」


 こんなどうしようもないろくでなしでチンピラな俺だけど。



「あいつなら…………ゆんゆんなら本当に俺を更生しきっちまうんじゃないかってな」



 胸を張ってあいつの隣に立てるような男に。結婚するならそうなってからがいい。

 俺はそう思っているのだった。

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