第24話 おめでた

「ダストさん。私、子ども出来たかもしれません」


 空飛ぶお城へと引っ越して早1か月。その間特筆することはなかった…………わけでもないけれど、割と平和な日々を過ごして。お手洗いから帰ってきた私はダストさんにそう打ち明ける。


「…………、マジか」

「流石に冗談でこんなこと言いませんよ」


 冗談で言ったら悲しくなりそうだし。


「何かの勘違いとかはねえのか?」

「あるかもしれませんけど…………多分そうなんじゃないかなぁと」


 子どもを作るって決めてからちゃんとそのあたりの事は勉強したし、も含めて周期とかも把握している。こんな経験は初めてだからそうだと自信もって言えないけど可能性は高いはずだ。


「…………誰との子どもだ?」

「それはダストさんが一番分かってると思いますけど」


 それに関しては可能性は一つしかないから答えるまでもない話だ。


「というか、別の人の子どもであってほしいんですか?」

「いや、悪い。ちょっと動転した。だよな、俺の子だよな。…………、マジかぁ…………」

「えっと…………もしかして、嫌……でした?」


 私が浮かれた気分を必死で抑えてるのに比べて、ダストさんの様子はあまりぱっとしない。


「嫌って気持ちは全然ねぇんだが…………自分が親になるって実感が全然わかなくてな。どう反応していいのか分からねぇんだよ」

「そうなんですか?」


 不思議と私は自分が親になるんだという実感がある。その辺は男女の違いか……もしくは育った家庭の違いか。


「まぁ……でも、そりゃできるわなぁ……こっちに引っ越してからで考えても兄妹プレイ主従プレイバニーさんプレイ……本当いろいろやってたわけだし」

「…………、私としてはいろいろやるのは構わないし望むところなんですがノーマルなプレイが一つもないってどういうことなんですか?」

「ん? 何回かは普通にやっただろ?」

「私にはどれがダストさんにとっての普通だったのか分からないんですが……」


 本当、この人変態さん過ぎる……。


「まぁ、なんにせよだ。まだ妊娠したかどうかは確定してないんだろ? ちゃんと調べた方がいいんじゃねぇのか?」

「ですね」


 妊娠してからどれくらいかで対応も違ってくるし。その辺りはちゃんと分かる人に見てもらった方がいい。


「で? そういうのってどこで調べりゃいいんだ?」

「紅魔の里ではそけっとさん……占い師に頼んで見てもらってましたね」

「ふーん……じゃあ里に行くか? テレポート使えば一瞬だしよ」


 スキルポイントの荒稼ぎは今も続けていて、テレポートの登録可能数も結構増えた。当然故郷である紅魔の里も登録している。ダストさんの言う通りテレポートで飛んでそけっとさんの所に行くのも手だけど……。


「いえ、今回は近場で済ませましょう。その……里に行くとなるとお父さんたちの所に寄らないといけませんし……」

「あー…………流石にまだお前の親御さんに報告する心の準備は出来てねぇな。本当に出来てんなら遠くないうちに行かねぇといけねぇが」


 私としても、妊娠が分かったその足でお父さんたちに報告に行くのはちょっと勇気がいる。行かないといけないにしても多少は落ち着いてからがいい。


「けど近場? アクセルに紅魔の里にも負けない占い師なんていた…………いるな」

「はい、性格は置いとくにしてもそういうことを調べさせるなら多分世界最高の相談屋さんが」


 そして私たちの共通の友達でもある。


「じゃ、行くか旦那の所へ」

「はい、行きましょう!」


 地獄の公爵にして見通す悪魔。そして街の相談屋であるバニルさんの元へ。




「ちなみに俺はついては行くが、話は一緒に聞かねえからな」

「そこは一緒に聞いてくださいよ! 一人でバニルさんに悪感情絞られるのは嫌ですからね!」







「おい、アリス。ちょっとグリフォン借りてくぞ」


 城のテラスで優雅に紅茶を飲んでいるアリスさんにダストさんはそう声をかける。

 この空飛ぶ城にあたっての移動手段としてアリスさんは適当にグリフォンやマンティコアを捕まえてきていて、リーンさん達とかにも無償で貸し出しをしてくれている。

 ちなみに持ち運びできる遠隔操作用のスイッチを押せば降下させることもできるけどそれをしようとする人はあまりいない。


「別にいいけど、相方のドラゴンはどうしたのよ? シルバードラゴンはもちろん、ブラックドラゴンの方も二人くらいなら乗せて飛べるでしょうに」

「ミネアとジハードなら二人一緒に遊びに出かけてんだよ。クエストで稼いだ金で買い食いしてくるって」


 私にはちょっと距離があるミネアさんだけど、ハーちゃんとは本当に仲良くしてもらっている。今日も朝から眠気まなこのハーちゃんを連れて遊びに行ってくれていた。


「ふーん、とにかくグリフォン借りたいのね。別に恨みがあるあんたにだけ貸さないとか意地悪はしないから勝手に連れて行きなさい。実際、あんたたち以外は私に許可取ったりしてないし」

「そうかよ。じゃ、遠慮なく借りてくぜ。…………これも貸しにするとか言わねぇよな?」

「この程度のことを貸しにするほど狭量じゃないわよ」

「本当かよ……」


 まぁ、傍目から見てるとアリスさんはダストさんにだけは小さなことでも貸しにしてる気がする。私とかリーンさんとかには別にそんなこともないんだけど。


「そういえば、あんた私を地獄に連れて行ってくれるって話はどうなったのよ? あんたたち二人だけ何度も地獄に行ってずるいわよ」

「そんな約束してたか? てか、なんでそんな地獄行きたいんだよ。そんないい所でもねぇぞ」

「それをあんたに話す義理はないわね。とにかく、次行く時には私も連れて行きなさい」

「とか言ってるが……どうするよ、ゆんゆん」

「どうするって言われても……」


 基本的に私たちが地獄に行くのは子作りするためで…………そこに他の誰かを連れて行くっていうのはちょっと考えたくない。ハーちゃんすら地獄に一緒に行ったことはないのに。


「と、とりあえずいつもの用事以外で地獄に行くことになったら、アリスさんも一緒に行きましょうか」

「ま、それなら別に断る理由もねぇか」


 ただ、子作り以外の理由で地獄に行かないといけない理由ってあんまり思い浮かばないけど。観光には適しない所だし…………ロリーサちゃんの実家に遊びに行くとか?


「? 結局いつになるのよ、それ。そもそもあんたたちってなんで地獄に行ってるの?」

「あー! もうこんな時間ですよダストさん! 早くいかないと日が暮れちゃいます!」

「まだ、朝だろうが。誤魔化すにしても──って、首引っ張んな! 引かれなくても行くっての!」


 アリスさんから逃げるように──というより実際逃げてるんだけど……──私はダストさんを引っ張ってその場を後にするのだった。






「よっと。おーい、ゆんゆんもさっさと降りろよ」

「簡単に言いますけど、結構高いですよ!?」


 ギルドの上空。グリフォンの背からさっさと飛び降りたダストさんの気楽な声に私はそう返す。

 今の自分のレベルを考えれば大丈夫な高さなのは分かるし、実際飛び降りたダストさんも普通に平気そうなんだけど、理屈でどんなに安心させても本能的な恐怖というのはなくならない。

 多少は慣れたけどそれでもレベルリセットする時は吐きそうになるし、程度は違ってもそういう怖さは当然あった。


「……やっぱりダストさんって人間辞めてるんじゃないかなぁ」

「なんか言ったかー?」

「言ってませんよー」


 ダストさんの非常識っぷりを今考えても仕方ない。いつまでもグリフォンが街の上空に居たら迷惑だし早く降りないと。


「でも……やっぱり怖いなぁ……」


 それに怖さだけでなくお腹にいるかもしれない子どものこともある。別にこれくらいのことで影響が出ないのは分かってるんだけど……。


「なんだよ、マジでこれくらいで怖がってんのか? そんなに怖いなら俺が下で受け止め──」

「──てぃっ────ふぅ……思ったよりは怖くなかったですね」

「おまっ! いきなり飛ぶんじゃねょよ! びっくりすんだろうが!」


 飛び降りた私を抱きとめ、お姫様抱っこしてくれてるダストさんがなんか文句言ってるけどスルー。

 だって、空から飛び降りて好きな人に受けてもらうのは紅魔族的にポイント高いシチュエーションだから仕方ない。


「よっ……と。それじゃ、早速ギルドの中に入りましょうか」

「お前、何事もなかったように行くのな……」


 地面におりてそのままギルドに入る私にダストさんがなんか不満そうだけどやっぱりスルー。

 憧れのシチュエーションとはいえ、衆人環視の中でお姫様抱っこは恥ずかしいからやっぱり仕方ない。




「ダストさん、ゆんゆんさん。グリフォンから飛び降りてくるなんていう非常識なことはやめてください」


 ギルドに入った私たちの元に一番にやってきたのはお仕事笑顔なルナさん。完璧すぎる笑顔だけど、その感情が呆れとか怒りとかそんなのに溢れているのは一目で分かった。


「なんだよ? じゃあグリフォンを地面に降ろした方が良かったか?」

「そもそもグリフォンを街中に連れてこないでください!」

「なんでだよ? 魔獣使いが街中に魔獣連れてくるなんてよくあることだろ?」


 基本的に魔獣や魔物を街中に連れてくることは禁止されている。ただ、許可さえあれば連れ込むことを許されるし、それこそ人化してない頃のハーちゃんも許可をもらっていた。

 だからダストさんの言う通り魔獣使いが魔獣を街中を連れ歩くというのはよくある事なんだけど……。


「そうですね、許可があればそうなります。今現在アクセルの街にグリフォンの連れ込みの許可もなければ申請すらありませんけどね」


 ただ、その許可を魔王軍なアリスさんがもらえるかと言えば当然無理なわけで。その使い魔であるグリフォンも当然モグリな存在だ。


「ほら、ダストさん。やっぱり街中に入っちゃ駄目だったんですよ。空の上なら街の治外法権だろって屁理屈こねちゃ駄目だったんです」

「別にそれくらい見逃してくれてもいいのにな。誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだからよ」


 いえ、上空にグリフォンいるのは普通に迷惑だと思いますよ? と思ったけど、今回は普通に私も同罪だから言わない。

 うーん……この人と付き合いだして私もちょっと非常識になってきてるかもしれない。どこかの誰かが街中で爆裂魔法放ったことと比べると可愛いものだし、正直これくらいのことはアクセルの街じゃ普通のことな気がするけど非常識は非常識だ。


「そもそも、どこの魔獣使いのグリフォンなんですか? グリフォンを使い魔にする魔獣使いとなると最高ランクの魔獣使いのはずですが…………この国のギルドにそのレベルの魔獣使いの方はいないんですよね」

「あー…………一応隣国出身の魔獣使いだな」

「隣国……ダストさんの故郷の国はそういえば魔獣使いの育成に最近は力を入れてるという話でしたか。確かにあの国ならグリフォンを従える魔獣使いもいそうですが…………ダストさんの言ってることは本当ですか? ゆんゆんさん」

「えーっと…………とりあえずダストさんの言葉に嘘はありませんね、一応」


 魔王領も一応ベルゼルグの隣国だったと言えないことはないし。魔王軍筆頭幹部だったアリスさんが隣国出身の魔獣使いというのも間違いじゃない。


「…………、なんかお二人とも隠してるというか誤魔化しているような気がしますが…………聞いたら頭痛くなりそうなので、質問はこれくらいにしておきますか」

「そうした方がいいぞ。あいつの存在には俺らも頭痛くしてんだから」

「あ、いいです。それ以上話さないでください。ダストさんがそんな反応するような人に気づきたくないですから」


 ダストさんが厄介者扱いするって言ったらめぐみん含むカズマさんパーティーとかセシリーさんとかで、その上存在を隠さないといけない人って…………多少慣れたけどそう考えるとアリスさんって本当厄介な人なんだなぁ。


「そーかよ。…………、そろそろ行っていいか? 今日は旦那に相談があるだけで、ギルドに用はねえんだ」

「そうですか。お二人揃って相談というのは珍しいですね」

「ああ、なんてーかゆんゆんがにn──」

「──あ! バニルさん今ちょうど前の人の相談が終わったみたいですよ! 他の人が相談に入る前に行きましょう!」

「だから首根っこ引っ張んなつってんだろ!」


 ちょっと恥ずかしいのもあるけど、それ以上に婚期を気にしているルナさんに言うことじゃない。余計なことを言おうとするダストさんを連れて私はバニルさんの元へと急ぎ──




「おお、ぼっち娘を孕ましたチンピラとチンピラに孕まされたぼっち娘ではないか! 今日は何の相談できたのだ?」



 ──そして、大声で私が妊娠したことをばらすバニルさんにそんな気遣いは台無しにされた。


「ギルド中の悪感情美味である。行き遅れ受付嬢の悪感情が少しばかり絶望気味で我輩好みから外れてるのが残念であるが」


 一瞬の静寂の後、ギルドはざわざわと騒ぎ出す。軽く耳を澄ましてみればそれはもちろん私たちのことで……。


「まぁ、汝らの羞恥の悪感情は我輩好みであるからよしとしよう。最近色気を増したぼっち娘や少しまともになったチンピラに横恋慕していた者たちのがっかりとした悪感情も大量であるしな」


 自分たちの悪感情を搾り取られるのは覚悟してたけど、ギルド全体を巻き込んでまで搾り取られるとは思ってなかった……。

 バニルさんの性格を考えれば友達として想像できて当たり前な気がするけど、最近はそこまでひどい目にあわされてなかったからか油断していた。


「…………、聞きたいことも聞けましたし、帰りましょうかダストさん……」

「…………、そーだな……」


 妊娠してどれくらいかはそけっとさんに聞きに行こう。


「まぁ、待て妊娠1か月目のぼっち娘よ。我輩からも汝らに話と提案があるのだ」

「…………、ダストさん、私この悪魔さん苦手かもしれません」

「お前旦那と友達始めてもう何年目だよ。旦那はこういう悪魔だ、いい加減慣れろ」


 慣れてもこれが平気になるのはなんか違う気がするなぁ……。平気になるとしたもうそれは諦めの境地のような。



「で? 俺らが一言も相談内容言ってないのに全部解決してくれた稀代の相談屋の旦那が俺らに何の話があるんだ?」

「もうなんか疲れたので話があるなら早くしてください……」


 早く帰ってダストさんの膝枕で休みたい……。


「では、甘えんぼっちの要望に応えて手短に行くが。一つ目、ぼっち娘のお腹の中にいる子どもだが、我輩の願いを叶える存在、もしくはその祖となる存在ではないようだ」

「ふーん……てことは、旦那を倒すのは後に生まれてくる子どもかその子孫って事か」

「うむ。ゆえに汝らにはこれからもじゃんじゃん子どもを作ってもらいたい」

「まぁ、一人っ子は寂しいですからもっと子ども作りたいとは思ってましたけど……」


 でも、その頃にはリーンさんとの決着もつけないといけないわけで…………もしリーンさんが選ばれても子ども作っていいのかなぁ?


「くだらぬことを考えているぼっち娘は置いておくとしてチンピラ冒険者よ。いつか言った汝への予言だが、それを避けることは我輩にはできなそうだ。時が近づいた今、他の道を探っては見たが、我輩が動き、避けさせた汝らには更に悲惨な道しか存在せぬ。世界の反動もあるが、が動いている限り我輩に出来ることは多くない」

「予言って…………ああ、あれか。そっか、もう近いのか……」


 悲惨な道? ダストさん達は何の話をしてるんだろう。私にあった『目を背けたくなる未来』の話かな? でも、それはダストさんと付き合いだしたことでなくなったって事だったんじゃ……。


「ゆえに、ここからが提案だ。汝たちには子どもを産むまで地獄の我輩の領地に来て欲しい」

「なんで……って、聞くのは野暮か。理由はどうあれ、旦那が考える俺らの最善がそれなんだな」

「うむ。避けれぬし遠ざけることも難しい分水嶺。だが、近づける事なら出来ぬこともない」

「なんでそれが最善になるのか俺には分からねえが、旦那が無駄な事するわけもないか。俺は問題ないぜ。ゆんゆんはどうだ?」


 どうだと言われても、ダストさんとバニルさんが何の話をしてるか私には全然分からないんだけど……。

 とりあえず、二人のやり取りは無視して、バニルさんの提案だけを考えると……。


「…………、ちょっと、難しいかもしれません。地獄にずっといるってことは、地上の時間で考えればそれだけ早く赤ちゃんが産まれるって事ですから」


 私が子供を産む。それはリーンさんと約束した決着の期限でもある。それをこっちの都合で早くするのはあまり気が乗らない。


「そういうことなら野菜好きの娘も一緒に連れて行けばよかろう」

「? なんでそこでリーンを連れて行くって話になるんだ?」

「バニルさんが私の心の中を勝手に覗いてるからじゃないですかね……」


 でも、リーンさんも一緒に行く。それなら確かに期限を短くすることにはならないか。問題は他の人と会えない期間が長くなると寂しいことだけど……。


「寂しんぼっちが寂しがらぬよう、汝らのであればであれ公爵の名において地獄に来ることを許そう。そう何度も帰られても困るが、地上に戻るなという話でもない」


 つまり、ハーちゃんとかも連れていいってこと?


「いいのかよ、旦那。そんな許可出して。悪魔にとってドラゴンは天敵みたいなもんだろ?」

「ドラゴン使いと一緒に居るトカゲは確かにそうだな。だが、今回ばかりはそうも言ってられまい」

「…………、ミネアやジハードの力が必要になるってことか。地獄でそれってあんま考えたくねぇなぁ……」

「あの…………二人して私の分からない話しないでもらえません?」


 不穏な話をしてるのは分かるけど。分かるからこそ自分が蚊帳の外にいることが凄く不安になるんだから。


「俺もはっきり分かってるわけじゃねぇんだが…………ただ言えるのは、俺は旦那とお前を信じてる。だから大丈夫だって思ってるよ」

「ますます訳が分からないんですが……」

「我輩も最善は尽くす。が、結局のところ汝らの未来は汝が…………ゆんゆんが決めるという、ただそれだけの話だ」

「よく分からないけど、なんか重大な責任をいつの間にか背負わされてるのだけは分かりました」


 リーンさんとの決着の事だけでも頭いっぱいなのに、何かそれ以上に大変なことが私の知らない所で進んでいるらしい。

 それもバニルさんが私の名前を呼ぶくらいには。


「ということだ。リリスには我輩から話を通しておく。汝らは準備が出来次第一緒に行くもの達と地獄に向かうがよい」

「了解」

「私はまだ了承してないんですが…………そう言える雰囲気でもないですかそうですか」


 まぁ、一人で一年近く異世界で過ごした時と比べればマシかなぁ……。


「ま、行くっつっても今すぐって訳じゃねえんだ。お前の親御さんに話行かないといけねぇしな」

「あー……流石に子ども産んでから報告するわけにはいかないですよねー」


 別に怒られたりはしないだろうし、むしろ喜んでくれるだろうけど…………反応が想像つくだけに少しだけ気が重い。ハーちゃんが私たちの子どもだって勘違いしただけでもあれだったからなぁ。

 というかハーちゃんの時の反応を考えれば産んでから行っても問題ない気がしてくるけど、そういうわけにはいかないよね。



「てことで、旦那。出来るだけ早く地獄に行けるように準備するからよ」

「とりあえず、リーンさん達に話をしないといけないですね」


 めぐみんとかにも子どもが出来たことや1週間以上留守にするって伝えとかないといけない。



「それじゃ、バニルさん。ありがとうございました。相談の代金は…………って、あれ? 私たち相談しましたっけ?」


 相談しに来たのは確かだし、解決もしてもらったんだけど、相談をした覚えが全くない。


「…………1万エリスくらい払っとけ。俺も相談した覚えはないが、後で請求されても面倒だ」

「それもそうですね。バニルさんお金のことになると煩いですし、相談してませんけど払っときましょう」


 悪魔祓い料金だと思えば安いかな。


「悪魔が契約外のお金を受け取る訳がなかろう。『嘘をつかない』『契約は遵守』『自分より上位の悪魔の命令には服従』。これらは悪魔にとっての前提だ。多少の抜け道があるとはいえ、相談屋が相談をされておらぬのに金銭を貰う事は出来ぬのだ」

「その抜け道使えば貰えるだろうに。旦那も変なところで律儀だよな」

「そうですね。そういう所だけは本当まともですよね」


 それ以外はめぐみんやダストさん並にあれだけど。


「ええい、我輩を頭のおかしい爆裂娘やアクセル随一のチンピラと同列扱いするでない! 汝らさっきから心の中で言いたい放題し過ぎではないか!?」

「旦那の悪行の数々を考えれば優しいくらいじゃねぇかなぁ……」

「ですよね。ダストさんが言える立場かどうかは置いときますけど」


 友達だから私たちはバニルさんに優しいけど、それ以外の人だったらもっと怒ってると思う。


「引っ込み思案だったぼっち娘が言うようになったものだ。……いや、このぼっち娘は変なところで押しが強かったか」

「押しってか……こいつは無意識で毒舌なんだよ。そんで世話焼き。そういう所は昔っから変わってねぇんじゃねぇか」


 昔……。そっか、もうこの人たちと昔話が出来るくらいの時間を一緒に過ごしてきたんだ。

 あの日路地裏で出会ったときはこんな長い付き合い……それも片方とは恋仲になるなんて思ってもなかったなぁ。







──ダスト視点──


「しっかし……ミネアのやつジハードをどこまで連れてったんだ? あいつらの力を感じないってことは少なくともアクセルの街にはいないみたいだが」


 旦那との話を終えて。ゆっくりと街中をゆんゆんと歩きながら。俺は契約しているドラゴンたちのことを思う。


「王都の方に行ったんじゃないですか? お金はありますからテレポート屋を使ったのかも」

「王都に行くんだったら、ゆんゆんに頼めばタダだろうに。無駄遣いじゃねえか?」

「ダストさんに無駄遣い云々言われるのはミネアさんでも怒ると思いますけど…………そういうのも含めてお金を使ってみたいんじゃないですか?」

「そんなもんかねぇ……」


 考えてみれば、あいつが過ごしてきた時間を思えば人化出来るようになってからの時間は短い。知っている事でも実際に経験するとなれば話は別だろうし、色んなことにお金を使ってみたいってことなのかもな。



「ところで、ゆんゆん。そこの路地に入ろうと思うが大丈夫か?」

「あ、はい。どこで対処するのかなと思ってましたから」


 急な提案にも慌てず。ゆんゆんは自然な動作で俺と一緒に路地へと入ってくれる。

 ギルドを出てからずっと付きまとっている人影にゆんゆんも気づいてたようだ。


「どうします? 多分私一人でも大丈夫だと思うんですけど……」

「とりあえずは俺一人で相手するさ。俺ら相手に喧嘩売るってのはちょっと変だからな」


 軽く確認したがついて来てたやつは人間だった。俺やゆんゆんの実力は知れ渡ってるし、普通に考えれば一人で喧嘩売るような奴はいないと思ってたんだが、殺気混じりだし単なるストーカーって線はなさそうなんだよな。


「それに、お腹の中の子どもを考えればお前に極力戦わせたくはねぇ」

「怪我とかしなければ大丈夫ですよ? ……でも、ダストさんのその気持ちは嬉しいんで、大人しくしてます」


 顔を赤くして嬉しそうにはにかむゆんゆん。こうして素直になってる時はぐうの音も出ないほどいい女なんだよな、こいつ。



「それ以上ゆんゆんちゃんといちゃつくなチンピラ!」


 ゆんゆんの可愛さに半分忘れてた厄介ごとが表の通りからやってきてそう叫ぶ。

 全く見おぼえない奴なんだが、なんだこいつ。


「おい、ゆんゆん。お前の知り合いか?」

「んー…………知らない人ですね」

「じゃあモブか」


 ゆんゆんに横恋慕してたやつかね? で、ゆんゆんが妊娠したって聞いて暴走したとかそんなとこだろうか。

 まぁ、理由なんてどうでもいいな。興味ねぇし。


「で? そこのモブ。お前は俺に喧嘩売りたいって事でいいのか?」

「喧嘩などではない! これはチンピラからゆんゆんちゃんを助けるための聖戦だ!」

「なるほど、とりあえず話が通用しない輩なのは理解した」


 あのモブは何様のつもりなんだろう。


「あんなんでも殺したら面倒なことになる……か」

「一応人みたいですし、殺すのはまずいですね」

「レアモンスターの山賊みたいなもんな気がするんだがなぁ……」


 昔の俺だってここまで噛ませ犬っぽくはなかったぞ。


「なんてーか、話す方が疲れそうだ。噛ませモブ、喧嘩でも聖戦でも何でもいいから来るならさっさと来い」


 身のこなしから多少は腕に覚えがありそうだが、その程度の相手に苦戦するほどやわな経験を積んできていない。


「ふ……そんな余裕を見せていいのか? 今のお前は近くにドラゴンがいない。つまりドラゴンの力を借りられないということだ!」

「そーだな」

「そして油断していたのか槍も持ってきていない! 長剣使いのチンピラ相手ならおいどんにも勝機がある!」

「そーだな…………って、一人称だけ無駄にキャラ濃いな。なんだこのモブ」


 ちょっと手心加えてやろうかと思っちまうだろうが。


「ま、まぁいいや……。勝機があるって思うならさっさと来い。時間が惜しいんだ」

「言われずとも!」


 さっき、さっさと来い言っても来なかっただろうが。本当このモブ面倒くせぇな。さっさと終わらせよう。





「なんてーか…………よくその程度で俺に喧嘩売れたな」


 流石の俺も10秒で決着つくとは思わなかったわ。


「何故だ…………槍使いのお前がなぜ長剣でそれほどの力を……」

「いや、長剣使いだして俺も結構なげぇし。槍ほどじゃなくても剣も普通に使えるぞ」


 というか、そんな驚かれるほどの実力は出してないはずなんだが……。


「でも、ダストさん。最初にあった頃と比べると長剣使う姿もだいぶ様になりましたよね。前は我流というか、適当な感じでしたけど。

「まぁ……いい手本がいたからな」


 アイリスとの特訓であいつの剣技は嫌というほど見せられたんだ。当然影響は受けている。


「だから、ゆんゆんちゃんといちゃつくな!」

「普通に話してるだけだろうが。……てか、なに? お前までやるつもりかよ」


 ふらふらと立ち上がりながら噛ませモブは俺をにらみつけている。完全に決着ついてると思うんだが……。


「ふ……ふふ……まさかこれを使わされるとは思ってなかった。──これで、お前も終わりだ」


 気持ち悪い笑みを浮かべながら噛ませモブは黒い種のようなものを取り出し、それを飲み込む。


(…………種?)


 思い浮かぶのはリリスが調査しているという『悪魔の種子』。生物を悪魔へと転生させる代物だ。


「ゆんゆん、『子龍の槍』を頼む」

「はい。────どうぞ」


 詠唱の後、ゆんゆんの手元に『子龍の槍』が現れる。王族の持つ持ち運び式屋敷の魔道具にも使われている魔法だ。

 長剣を収めた俺は、その魔法で取り出した槍を受け取り構えた。


「でも、子龍の槍が必要なんですか? さっきの様子だと多少パワーアップしても勝てそうですけど」

「俺も長剣でも大丈夫だと思うんだがな。ま、念には念をって奴だ」


 仮にあいつが飲んだのが『悪魔の種子』だとして、その効果がどれくらいのものなのか想像がつかない。一度リリスの手伝いで悪魔の種子で悪魔化した奴と戦ったが、それはあくまで悪魔化した後でどれくらい強くなったかは分からなかった。


「──ふぅ……これが悪魔化……人間をやめるということか。すごい力を感じる……」


 そうこうしている内にモブ噛ませの悪魔化?は終わったらしい。その姿はさっきまでの姿とは似てもつかない醜く角が生えた姿で……。


「なぁ、ゆんゆん。あいつ悪魔化してるとか言ってるけどよ」

「はい。人間やめてるのはそうですけど、悪魔化はちゃんと出来てませんね。悪魔のなりそこない……どう見ても鬼です」

「だよなー」


 前戦ったやつはちゃんと悪魔だったからこの辺りは素質の差か? ちゃんとした悪魔転生の儀式でも失敗して鬼になるってこともあるらしいし。


「ば、ばかな! 選ばれしおいどんが悪魔化失敗……!?」

「なんてーか…………お前可哀想なくらい噛ませなんだな」


 ちょっと殺すのがかわいそうになってきたぞ。でも、流石に街中に出た鬼を討伐しないわけにはいかないしなぁ。悪魔は人とそんなに見た目変わらない奴いるし旦那やサキュバスみたいに街に溶け込んだり出来るんだが。


「ま、殺しても地獄に送還されるだけだからいいか」


 悪魔のなりそこないである鬼は地獄にある街には入れないからこれから大変だろうけど。流石にそこまでは知ったことじゃない。


「失敗したとはいえおいどんが恐ろしく強くなったのは間違いない! 槍を持ったくらいでドラゴンの力が借りれないお前に勝ち目は──」

「──『速度増加』『反応速度増加』『筋力増加』……ん? なんか言ったか?」

「…………。えーと? もしかして今使ったのは噂の『竜言語魔法』で? ドラゴンがいないから使えないんじゃ?」

「ドラゴンならいるだろ、ここに。この『子龍の槍』に宿ってるリアンとは契約してるから『竜言語魔法』なら普通に使えるぞ」


 流石にジハードがいなけりゃドレイン能力と回復能力は使えないが。


「そんなのチートじゃないか! そんなチーターにゆんゆんちゃんはやれない!」

「流石の俺も悪魔化しようとした奴にそんなこと言われるとは思わなかったわー。やっぱお前疲れるから今度こそ終わらせるぞ」


 いったいどれほど強くなったのか、データを取らせてもらおう。


「さっきと同じように簡単に勝てると思うな! 今のおいどんには恐ろしいほどの力が──」




 ──ということで、5秒でおいどんモブを地獄に帰してやった。モブのセリフ全部聞けてやれなかったのはちょっと可哀想かもしれない。



「えっと……お疲れさまでした?」

「お疲れさまでいいぞ。戦闘じゃ全然疲れなかったが、会話すんのは本当疲れた」


 むかつくけど所々可哀想と思ってしまうあたりが本当に疲れた。


「じゃあ、お疲れさまです。でも、あれがリリスさんの言ってた『悪魔の種子』ですか? 悪魔化って言ってもそこまでは強くならなそうですね」

「そうでもねぇぞ。おいどんの奴鬼になる前と後で3倍くらい力の差があった。完全な悪魔化が出来てたら長剣じゃちょっと危なかったかもな」

「それでも負けるとは言わないんですね」

「そりゃ、強いだけのモブに負けるほど死線くぐりぬけてねぇからな」


 どんなにステータスが上回れようとそれを扱えない奴に負ける理由はない。むしろステータスが低かろうが自分の力を完全に使いこなす奴の方が百倍厄介だ。


「ま、とにかくだ。今回はモブだったから良かったが…………英雄クラスのやつが『悪魔の種子』を使ったらちょっとばかしやばいかもな」


 リリスの話によれば悪魔化は素質の完全開花と肉体的制限からの解放だ。今現在強い英雄クラスが使えば今以上に強くなるのは間違いないし、今は弱くても才能を秘めてる奴が恐ろしく強くなる可能性もある。


「それでも…………やっぱり負けるとは言わないんですね」

「そりゃな」


 いつも言ってるだろうに。



「ドラゴン使いと一緒に居るドラゴンは最強だからな」



 たとえ相手が悪魔だろうが神様だろうが。『最強の生物』の相棒として、戦う前から負けるつもりは全くなかった。

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