第57話 とある公爵子息の無謀な行動

アラン・カーディナルは退屈していた。

何度かこの場を抜け出そうと試みたが、側には母がつかず離れず寄り添い、絶妙な距離で逃してはくれない。

それはそうだろう、と納得する頭は持っている。

何せ、他人様の屋敷でやらかされてはたまったものではないだろう。


しかし、理解と退屈は別物だ。


それに、かつては同列にあった家格であっても現在は所詮は格下。こちらが多少粗相を起こしたところで格上に強く出る筈もない。

その証拠にこの屋敷の使用人たちは格上の招待客として母とアランをもてなしている。アランは王都でそれをよく学んでいた。


幸い、お目付け役のユートは別室で今日の主役になる、あの小さな「青いの」の番を言いつけられてここにはいない。しかし、それもアランにとっては有難い事ではあったが、面白くない事でもあった。


ユートは何かと口うるさく、両親をのぞけば真っ先にアランを捕獲する事に長けた使用人だ。身の回りの世話もそつなくこなす。だからこそ、その実力を認めてもいるし、おとなしくついてくるのであれば、ぶっちゃけ連れまわして自慢してやっても良い。


それなのに。だ。


アランは甘えるように母の膝に顔を埋めた。

「あらあら、」と気をよくした母の手がアランの頭を撫でる。


こともあろうに、格上カーディナルの使用人が格下ウィスタリアにいいように使われているのが気に入らない。

それが例え、母の采配だとしても。

母のドレスの膝の部分をぎゅっと握る。

「アランもまだまだ甘えん坊さんね~」などと機嫌よくしているがアランの思考は別室にいるだろう、あの小さい青いのだ。


本日のアランのターゲットは決まった。


あとは、どうやってこの一切隙を見せない母から逃げ切るかにアランは思考を巡らせるのだった。





バタバタと使用人たちの慌ただしい足音にクロフォードは視線をあげた。

予想より早めに来た客の対応とこれから来るであろう、残りの客の迎えの準備に屋敷の中は浮足立っていた。


シャトルーズよりも先にカーディナルが来た事は幸いだっただろう。

何せ、シャトルーズ夫人たるエミリアとリザレットとの再会は久しいからだ。

リザレットの愛らしさにやられたエミリアが女児を生むべく挑んだ結果、実に愛らしい子息を出産した話はウィスタリアにも届いている。

それはそれで第二子に対しても愛情を注いで育てているようだが、リザレットと再会を果たした時のシャトルーズ夫人の行動が読めない事も事実である。

実際、リザレットの愛らしさにやられたカーディナル夫人ですら暴走したのだ。


「お嬢様の愛らしさは留まる事を知らないな」


そんな感想ひとりごとが出て来るくらいにはクロフォードもリザレットの愛らしさにやられていた。

そして、お嬢様リザレットに思いを馳せたクロフォードは現在お世話係真っ最中であるユートの事も思い出す。


今頃リザレットとキャッキャウフフしているかと思うと殺意と苛立ちが込みあがってくる。使用人の采配と宴の準備をユートに丸投げして、自分こそがお嬢様とキャッキャウフフしていたいと思うが、お嬢さまリザレットの為の祝いの宴である。


手を抜く訳にはいかない。


そんな決意と共にクロフォードは使用人たちに指示を的確に与えていくのだった。


そして再び使用人の慌ただしい足音にクロフォードは足をとめ、こちらを眼中に留めず、走り去ろうとするメイドの襟首を絶妙なタイミングで捕まえた。


「ぐえっ」

「何があった?」


咳き込むメイドの襟首から手を放すとメイドが文句を言おうと何事か口を開きながら振り返り、ぎょっとした表情でクロフォードを見ると慌てて口を閉じた。


「何があった?」


再びクロフォードが問えば、メイドはうろうろと視線を彷徨わせ、迷うそぶりを見せたあと、恐々と口を開いた。


「カーディナルのご子息様が、その、お姿をくらましました」


クロフォードの眉が跳ねた。







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幸せのありかた かずほ @feiryacan

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