第23話 友達

 次の日。


「ああ……、あなた達……出掛けるのね。……気を付けて行ってらっしゃい……」

 もう昼前だというのに、イリーナは二日酔いで苦しんでいた。


「あまり遠くへは行かないようにするんだぞ。私はイリーナ殿を介抱した後、村に必要な薪や食料を調達しなければならない。さすがに、ただの食客でいるわけにはいかないからな」

 ライアスはイリーナの背中をさすりながら、ハク達を見送る。


 ハク達はイリーナとライアスに挨拶をして、レント達の待つ遊び場へと向かった。



 遊び場へと向かう道中。ディオネは昨晩の笑顔とは打って変わり、最初に出会ったときのような暗い顔をしている。

「ディオネ……、どうしたの? 大丈夫?」

「……大丈夫よ。それより、外ではあまり話しかけない方がいいわ」


 ハクがディオネを気遣う。しかし、ディオネは周囲の目からハクを守ろうと、自らを遠ざけるように下を向いてしまった。

「なんで——」


「おーい! ハクー! ラドー!」

 ハクの呼び掛けは、遊び場から聞こえてくるレントの声によって遮られた。

 ハク達が前を向くと、レントとサキ、そして他にも数人の妖精族の子ども達がこちらに手を振っている。


 ハクは手を振り返し、ラドは翼を広げてそれに応える。しかし、ディオネは依然として下を向いたままだった。

 レント達がディオネも同行していることに気付く。すると彼らは揃って同じように困惑した顔を見せるのだった。



 ハク達が遊び場に到着する。だが、遊び場の空気は重い。

 そんな中、第一声を発したのはラドだった。


「おはよう、レント。それにみんなも。それで、昨日言ってたとっておきの場所ってどこなの?」

「あ、ああ。それはこの奥の森にあるんだけど……」

「へぇ、森にあるんだ。それじゃあ早速、みんなでそこに行こう」


 レントはちらちらとディオネを見ながら、歯切れの悪い返答をする。しかしラドは、まるで何事もないかのように、極めて自然に話をする。


「ねぇ、なんでディオネも一緒なの?」

 レントの隣にいた女の子——サキが冷めた表情でディオネを睨みつける。ディオネは下を向いたまま、自分の服を両手でぎゅっと掴む。


「ディオネは僕とラドの友達だから」

 ハクは庇うようにディオネの前に立つと、サキに向かって微笑んだ。


「なっ……!?」

 ディオネは驚いて顔を上げる。視界には、レントやサキ、他の妖精族の子ども達の驚いた顔。そして、自分よりも少し背丈の低い白髪があった。


「……良かったわね、ディオネ。オトモダチができて! ……あたしは今日は帰るわ」

 ハクとラドと一緒に遊べることを、サキも余程楽しみにしていたのだろう。サキは少し悔しそうにそういうと、強がりながら大股で帰っていってしまった。

 他の子ども達も、サキに続いて遊び場から逃げるように帰っていく。


 遊び場に残ったのは、ハク、ラド、ディオネ、レントの四人だけだった。


「あらら、四人になっちゃったけど……。レント、案内よろしくね」

 苦笑いしながらも、ラドはレントに案内をするよう頼む。

「……ダメだ。ディオネは連れて行けない」

 しかし、レントの口から発せられたのは、明確な拒絶だった。


「なんで?」

 ラドがその真意を問う。


「ディオネなんか連れて行ったら、絶対よくないことが起きるだろ」

「なんで?」

「だって……こいつの髪の色、黒いじゃん!」


 一瞬の沈黙が訪れる。

 この重い雰囲気とは裏腹に、遊び場には温かな日の光が降り注いでいる。


「あたし……帰る!」

 ディオネが体を百八十度回転させ、元来た道を帰ろうとする。

(やっぱり、あたしは来ちゃいけなかったんだ! イリーナ様に一緒に遊ぶように言われたけど、やっぱりダメだったんだ! このままじゃ、ハクも、ラドも——)


「だめ!」

 ハクが帰ろうとするディオネの手を掴む。驚いて後ろを振り向いたディオネの両目は、今にも溢れそうな涙でいっぱいだった。


「ディオネの髪が黒いのが、そんなにいけないことかな? 僕もハクも、綺麗な色をしてると思ってるんだけど」

 ラドは堂々とした態度で、自身の考えを述べる。


「ハク……、ラド……」

 ディオネはとうとう涙を我慢できず、初めてできた友達の名前を口にする。しかし、その流れていった涙の意味は、先ほどまでとは違うものだった。


「それにさ、レント。妖精族にとって、黒っていう色が不吉なのは聞いたけど。遊びにいくだけで良くないことが起きるっていうのは、ちょっとひどいんじゃないかな」

「違う! 今から行く場所は、村の外にあるんだ。だから、もしも何か起きたら危ないだろ!?」


 レントは顔を少しずつ赤くしながら、あくまでディオネを連れて行くことを拒否する。

「レント……、こわいの?」

 しかし、ハクがレントの地雷を踏んでしまった。


「!! 怖いわけないだろ! ……分かった。今日だけはディオネを連れて行ってやる」

 レントは不承不承ながらも、自分の面子を保つために、ディオネの同行を承諾した。


「それで? その危ないかもしれないっていう場所はどこにあるの?」

 ラドは態度を変えないまま、その場所について尋ねた。


「それはな……。この森の先にある、鍾乳洞なんだ」


 こうしてハク達三人と一頭は、村の外にある鍾乳洞を目指すことになった。


 ディオネは、繋がれている手の温もりを、ぎゅっと握りしめながら感じていた。

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